表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第3話 揺れる騎士

 演説を終え、若き皇帝が颯爽と去る。

 その後を付き添うのは黒い髪の騎士――フェリクスだ。

 去り際に至るまで、皇帝の立ち居振る舞いは力強く、災厄によって傷ついた臣民たちを大いに励ましたようで、いつまでも拍手が鳴り止まない。


 それからしばらくして、何人かの有力貴族が演壇に立つ。

 しかし、その内容は先ほどまでとは打って変わって、退屈で追悼式にも関係ない話題ばかりであった。

 彼らの自慢話にも近い聞く価値のない演説に、会場の荘厳な雰囲気は徐々に崩れていく。


「はぁ……何度見ても麗しいお姿。さすがは帝国の至宝と謳われる方だわ」


 リリアーヌの取り巻きたちも演説に飽きたのか、別の方向へ視線を向けてがうっとりとした表情を見せる。

 彼女らの関心は、先ほど演説した皇帝陛下とそのお付きの騎士に注がれていた。


「私は断然、お付きのフェリクス様派だわ。あの切れ長の目と、クールな雰囲気。素敵だわ」

「ならしっかり目に焼き付けないと。最近のフェリクス様は帝都守備の任が主で、お二人で並ぶ機会なんて滅多にないんだから」

「皆さん、追悼式の途中ですよ」


 リリアーヌが制したことで、彼女たちの私語は収まったが、その視線は依然としてヴィクトルとお付きのフェリクスたちに向けられている。

 両名ともその容姿から、彼に心奪われる者も少なくはない。


 まして、聖女候補である彼女らは年頃の少女だ。そういったことに特に関心を寄せるものなのだろう。

 そんな彼女らの様子を見て、ヴィクトルはため息を吐く。


「憂鬱そうだな、ヴィクトル陛下」


 黒い髪の騎士――フェリクスが声を掛ける。


「怖気のする呼び方をするな。いつも通り、呼び捨てで構わん」


 二人は十年来の友人で、誰よりも気心の知れた仲同士でもある。

 そのためか、ヴィクトルはフェリクスに陛下と付けられるのを嫌がる。

 他の家臣たちの手前、示しがつかないとフェリクスは呼び分けようとするが、その度にヴィクトルに諌められるというのが常だ。


「皇帝陛下は随分と退屈そうな様子だ。大方、あの私腹を肥やすことばかり考えている俗悪な貴族たちに呆れているのか、後ろで今にも黄色い声をあげんばかりの少女たちの様子に失望しているのか、あるいはその両方と言ったところか」


 先ほどまで見せた堂々たる姿とは裏腹に、今のヴィクトルは呆れたようにを眺めている。

 フェリクスはそんな様子を察したようだ。


「彼女たちだけではない。聖人・聖女の候補たち、学院の出資者。彼らは学院の使命に興味を持たぬ。ここが、互いにより良い結婚相手を見繕うためのお見合いの場か何かと勘違いしているのだろう。事実、この学院を卒業した多くのものは、他家の者たちと婚姻し、それっきりだ」

「だが、それ以前の問題という人物もいるようだな」


 フェリクスがちらりと後ろに視線をやる。

 そこでは紅色の髪の少女――シャーロットが、静かに寝息を立てていた。

 ヴィクトルの演説ではしっかりと耳を傾けていたのだが、貴族たちがあまりに退屈な話を繰り広げるので、寝入ってしまったのだ。

 それを見た皇帝ヴィクトルは、苦々しげに呟く。


「シャーロット・オルトリンデ……」


 その表情は険しく、声音には怒りのようなものが混じっていた。

 そんなヴィクトルの内心を代弁するかのように、フェリクスが言葉を紡ぐ。


「紅髪の忌み子、災厄を引き起こした大罪人ジェラルドの娘だ。その存在だけでも許されないというのに、今はああして呑気に寝入っているとはな。呆れ果てたものだ」

「全くだ。教会の庇護がなければ、今頃は……」


 ヴィクトルはその手を強く握り込む。

 彼は先王ヴィオレーヌを心から尊敬していた。

 聖女として類まれな資質を持ち、臣民一人一人を平等に愛し、帝国は彼女の加護によって大いなる平穏が保たれていた。

 しかし、その力は災厄を止めるために使い果たされ、災厄の停止と共に命を落とした。


「たとえあの娘の罪でなくとも、愚父の罪は死んだ程度で雪がれるものではない。だが、その自覚があの娘には欠片も足りていないのだ」

「だが、先ほどは陛下の演説に随分と聞き入っていたようだが」

「なんだと……?」


 ヴィクトルは驚きを隠せない。

 といっても、シャーロットの態度にではない。

 フェリクスがこの場で、たった一人の人物の挙動に関心を寄せたことに驚いたのだ。


「他人に興味を持たぬ貴公が、どういう風の吹き回しだ?」


 良くも悪くも、フェリクスは他人にあまり興味関心を抱かない。

 他人が良き行いをしようが、悪き行いをしようが、その感情を動かすことはない。

 ヴィクトルは、そんなフェリクスだからこそ、警察活動に向いているのではないかと皇帝守護の任を解き、帝都守備の任を彼に与えたほどだ。


「俺を無感情な人間のように言うな。ただ、おとなしい性格なだけだ」


 フェリクス自身もそのことを気にしているのか。

 ヴィクトルにそうしてからかわれることを好まない。

 だが、それでも言及せずにはいられないほど、ヴィクトルにとっては珍しいことであった。


「いや、そういえばつい先ほども、貴公は他人に興味を示していたな」

「なんのことだ?」

「紅月の騎士のことだ。昨晩、貴公は匿名の通報により、バラン家に押し入った。だが、件の騎士に見事してやられたそうではないか」


 フェリクスはドレン男爵に事情聴取をした。

 しかし、通報のあった人身売買の証拠など、一切出て来ず、ドレンもしらばっくれるばかりであった。

 このままでは埒があかぬと、フェリクスは撤収を決めるが、その後、またしても匿名の通報が入り、郊外の倉庫で売り物とされた奴隷たちと、売買の証拠を示す証書を見つけるのであった。


「その件を話すに、随分と悔しそうにしていたな」

「悔しいわけではない。だが、紅月だかなんだか知らぬが、所詮は義賊気取りの無法者だ。かねてより、帝都を飛び回っているようだが、奴に警察の権限などない」


 フェリクスが苦々しげに言及するのは、紅月の騎士と呼ばれる人物だ。

 仮面で顔を覆い隠した紅髪の女騎士で、帝都の夜に出没しては、違法行為に手を染める貴族たちの犯罪行為を暴いていく。

 その行動力と調査力は、法の縛りを受ける騎士団のそれを遥かに超えるもので、フェリクスは度々女騎士に先んじられていた。


「奴が我が物顔で帝都を歩き回るのも、全ては私の力不足によるものだ。今度は奴の好きにはさせん」


 フェリクスは決意を新たにする。

 半年ほど前から、紅月の騎士とやらが現れてからというもの、フェリクスは心をかき乱されてばかりいた。

 食べられればなんでもいいと食に興味を持たず、芸術を学んでも技法ばかり上達し、魂がないと言われる。

 色恋というものがさっぱり理解できず、自分に寄ってくる女性の考えていることが分からず、不気味にすら思える。

 フェリクスという騎士はそういう人物であった。


(ふむ。昔から何にも興味を持たなかったこの男がここまで心をかき乱されるとは……どうやら、ただ目障りなだけという訳でもなさそうだが、なんとも悔しいものだな)


 親友の思いがけぬ変化に、ヴィクトルは驚き、喜び、そしてわずかに嫉妬する。

 ヴィクトルは泥の中に捨てられていた幼子であった。

 記憶もなく、素性も知れず、それでもヴィクトルは放っておけぬと連れ帰った。


(ヴィクトルの記憶にある中で、最も共に過ごした時間が長いのは余だ。だが、わずか半年、それも夜にしか逢わない女の方が奴の感情を動かすとはな。だが、此奴には良い刺激か)

「なんだ、ヴィクトル。その微笑ましそうな視線は?」

「なに、その紅月の騎士とやらに興味が湧いてな」


 紅月の騎士はなんの権限も持たないただの一般人である。

 それが貴族の邸宅に押し入ったり、その身柄を拘束したりと、好き勝手にしている。

 それは帝国にとっては、許してはいけない異物であるが、それでもヴィクトルは彼女を好意的に捉えていた。


「あの泥が帝国を覆い、帝国が弱体化して以降、貴族たちの多くは自分たちの利益ばかりを追求するようになった。それどころか先日のドレンのように、卑劣な商売で財をなすものも後を絶たない」

「まさか、あの女に期待しているのか?」

「ドレンは氷山の一角に過ぎん。そうして内側から腐っていくのであれば、荒療治も必要だとは思わんかね?」

「とても正気の発言とは思えない……それに、あんな女の手を煩わせずとも、俺がなんとかしてみせる。これでも今の仕事には、それなりに愛着が湧いてきたところだ」

「愛着……? これはまたお前らしからぬ言葉だな」


 思わずヴィクトルが笑いだす。

 今のフェリクスは、ヴィクトルの思いも寄らぬ変化を見せていた。

 そのことが微笑ましいのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ