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嫌われ聖女シャーロットの裏の顔  作者: 水都 蓮(みなとれん)


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第2話 シャーロットの誓い

 帝都東端。


 ここには城壁に囲まれるようにして、美しい庭園が広がっていた。

 美しい噴水が湧き上がり、目を奪われるほど麗しい草木や花々が並んで風雅な場所だ。

 しかし、その美しさと共に、物悲しさも同居していた。

 庭園の真ん中にそびえる慰霊碑、城壁の向こうに覗く、泥と瘴気に覆われた悍ましい大地。

 ここはただ美しいだけの場所ではなかった。


「今日は大事な式典……居眠りしないように気を付けないと」


 慰霊碑の前にずらりと並べられた椅子に一人座りながら紅い髪の少女――シャーロット・オルトリンデが気合を入れるように自分の頬を叩く。

 少女の髪は腰まで伸びるほど長く、その髪の手入れもしっかりしており、目を惹かれる美しさだ。

 一方で、大きな丸眼鏡をかけているため、どこか控えめで地味な印象を受ける。


 その身には白を基調とした学生服を纏っており、学生の身分であることが窺われる。

 この庭園には壮麗で豪奢な学院が併設されているのだ。

 そこは聖女あるいは聖人となりうる特殊な素質を持った若き男女を養成する学舎で、シャーロットはそこの生徒でもあった。


「あ、でも、もう眠くなってきちゃった……昨日は寝るの遅かったからなあ」


 眼鏡を外してまぶたを擦る。

 シャーロットは昨晩、ある特別な用事で、帝都の夜を駆け回っていた。

 そのせいで、ほとんど眠ることができなかったのだ。


「ううん。駄目だよ寝ちゃ。今日はあの日から十年が経った節目なんだから」


 それでもなんとか意識を奮い起こす。

 この庭園と学園が設立されたのはほんの十年前のことである。


 その直前、帝都をある災厄が襲った。

 その災厄は都市の六割を汚染し、人の住めぬ場所へと変えた。

 城壁の向こうの惨状はその結果だ。


 この庭園はその被害を悼む目的で造られ、そして二度と悲劇を起こさないため、教育研究機関が併設された。

 今日はその災厄の犠牲者の追悼式の日であった。


「チッ……なんであんたが居るのよ」


 しばらくして、誰かがやってきた。

 栗毛の少女――ロザリーは、見下したような表情で吐き捨てる。


「えっと……大事な式典なので」

「ふん……あなたのような怠け者が? 嘘も休み休み言いなさい。大方、陛下が来るからって、覚えめでたくしようって魂胆なんでしょ?」

「そ、そんなつもりでは」


 ロザリーの迫力にシャーロットは押され気味だ。

 もっとも、シャーロットが強く出られないのは、ロザリーの圧が強いからと言う理由だけではない。


「なら、どう言うつもりなの! 私はあんたの正体なんてお見通しなんだから!!」


 苛々した様子で、ロザリーが椅子を蹴り飛ばす。

 そこには、シャーロットへの敵意以上の、怒りが秘められていた。


「ご、ごめんなさい!! ロザリーさん!!」


 謝罪の言葉が、つい口をついてしまう。


「あんた、昨日の晩、どこにいたの?」

「昨晩……ですか? えっと、宿舎で寝ていましたけど」


 ロザリーの問いに、シャーロットは一瞬、動揺を露わにしそうになる。

 しかし、すぐにシャーロットは用意していた嘘で誤魔化す。

 彼女が昨晩、どこで何をしていたかは、知られてはならないのだ。


「嘘を言いなさい。あなたが貧民街を出入りしていたしていたことはとっくに知っているわ。朝方に、人目を偲ぶようにしてそそくさと駆け回って……噂通りのあばずれね。大方、学院の殿方に相手されないからって、男漁りでもしてたのでしょう?」

「なんだ……そのことなのですね」


 一方のシャーロットは自分の予想していた返答とは違っていたため、安堵していた。

 だが、それが逆にロザリーの気分を逆撫でしたようだ。


「何、安心してるのよ! 人の家が大変な目に遭ったって言うのに、いいご身分ね!」


 怒りが抑えられないのか、ロザリーはシャーロットを足蹴にする。


「っ……」

「何事ですか、ロザリー」


 しばらくして、取り巻きを連れた金色の髪の少女――リリアーヌがやってくる。


「リリアーヌさん」


 リリアーヌはシャーロットを見下ろす。


「何があったのかは知りませんが、こんな人の相手をする必要はありません、ロザリー。ただでさえ罪深い人だと言うのに、この方は怠惰で不真面目で、そしてふしだらです。そんな方と同レベルの争いをするなどもってのほかです」

「も、申し訳ございません」

「それよりも、ロザリー。あなたは家のことで大変でしょう? 今日は休んでもいいのですよ?」

「い、いえ。それには及びませんわ」


 リリアーヌはその場を収めると、シャーロットのことなど意にも介さず、席に就く。

 容姿端麗にして成績優秀、皇帝家と縁戚にあるバレスティン公爵家の令嬢でもある彼女の周りには人が絶えない。

 あっという間に、人の輪ができるが、シャーロットはその中には入れない。


 だが、彼女はそれを気にした風もなかった。


(昨日のこと、バレてなくて良かった。それに、彼女が荒れてるのも私のせいだし……)


 ロザリーの父の名はドレン・バランという。

 昨晩、人身売買の容疑で捕縛された人物で、そのことが原因でバラン家は微妙な立場に立たされている。

 ロザリーが荒れているのもそれが原因だ。

 ドレンの自業自得でしかないが、シャーロットはどこかで引け目を感じていた。


(人身売買は許されざる大罪。だけど、それはドレンの罪で、彼女の罪じゃない。せめて、私に怒りをぶつけることで、気が晴れればいいのだけど)


 シャーロットは自分に向けられた仕打ちを気にしてはいなかった。

 この帝国において、シャーロット・オルトリンデは微妙な立場でもあった。


 やがて、式が始まり、一人の青年が壇上に立った。

 薄い金の髪の見目麗しい青年で、式典用の豪奢な衣服を身に纏っている。

 その人物こそが、エードゥルガ帝国の現皇帝ヴィクトルである。


「十年前、大罪人オルトリンデ侯の愚行により、帝国は未曾有の大災害に見舞われた。帝国臣民の多くが死に、国土の六割は未だに汚染されたままである」


 ヴィクトルの言葉に、シャーロットは胸が締め付けられるような気分であった。

 ジェラルド・オルトリンデ、霊子研究の第一人者で、帝国を襲った災厄の首謀者であるとされている人物で、シャーロットの父でもあった。


 ――シャーロット。どうか、この災厄の真相を突き止め、この国をあるべき姿に戻してほしい。


 シャーロットは死の間際の父の言葉を思い出す。

 十年前、シャーロットはあの災厄が起こるのを間近で見ていた。


 友人、世話になった近所のおばさん、身の回りの世話をしてくれた従者。

 みんなが次々と泥に飲み込まれる中、彼女を庇ってくれたのが父――ジェラルドであった。

 その代償としてジェラルドは命を落としたが、シャーロットは九死に一生を得ることとなった。


(お父様が、あの災厄を引き起こしたなんて絶対に嘘)


 シャーロットは父の無実を信じていた。

 しかし、一方で自分が周りから恨まれる存在であることは承知していた。

 故に、父の無罪を証明し、この国の汚染を浄化するまで、シャーロットはどんな仕打ちにも甘んじると誓ったのだ。


「余の背後に広がるこの悍ましい光景。瘴気と汚泥に汚染された大地と臣民。あの姿こそが、余がこの学院を創設した最大の理由なのだ。かつての災厄は、余が敬愛する先王ヴィオレーヌが身命を賭して食い止めた。だが、災いの傷跡は今もこの帝国に残ったままだ」


 シャーロットは熱心に皇帝の言葉に耳を傾ける。


 ヴィクトルもまた当時十歳と幼く、敬愛していた先代の王を失い、悲しみに打ちひしがれていた。

 その悲しみと、災厄への怒りを晴らすため、ヴィクトルは様々な手段を講じた。

 その際たるものがユグレミア聖術学院の創設だ。

 汚染地域の研究と探索を進め、汚泥を完全に浄化する。それこそが学院の使命であった。


「学生の諸君らは強力な霊子をその身に宿し、聖なる力を操るのに長けている。この汚染を浄化するためには諸君らの力が必要なのだ。どうか諸君、余とともにこの国最大の困難へと共に立ち向かってほしい。どうか、よろしく頼む」


 ヴィクトルが深々と頭を下げる。

 この国の頂点に立つ皇帝が頭を下げる。

 それはこの上なく重大な行いで、それを目の当たりにした者たちから自然と拍手が巻き起こる。

 シャーロットもその一人であった。


(陛下、あなたはこの私を許せないことでしょう。ですが、それでも私は陛下と志を同じくし、この国のために身を粉にして働きます)


 シャーロットはそう心に誓う。

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