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授業で音読をする必要性はあるの?

作者: ラベンダー

 学校の国語の時間で音読をする機会がありましたが、あれは何のために行っているのだろうと思うことがありました。私は黙読で自分のペースで読み進めたいと思っています。しかし、音読では常に人のペースに合わせなくてはいけません。イライラしてしまいます。そして、音読はとても緊張します。時には胃が痛くなるほどです。


 自分の一つ前の人が読んでいる間は緊張が収まらず、内容が全く頭に入ってきません。そして、いざ自分の番になり読んでみると、周りの人は黙って聞いている。その張り詰めた空気に耐えられません。さらに、音読をすることで自分の漢字の読み能力を知らず知らずのうちにテストされているような気分になります。時々、先生が私の音読を止めて、間違えた漢字の読み方を訂正することがあります。そのたびに、「これも読めないの?」とクラスの人に思われてしまうのではないかと感じ、心が傷つきます。そのショックで他の人の音読に集中できず、内容が頭に入りません。


 私にとって音読の時間は、それほど価値のないものだと思っています。家で黙読した方が内容をしっかり理解できますので、学校の音読の時間は時間の無駄だと感じます。ちなみに私ではありませんが、緊張しすぎて声がかすれてしまう子もいます。休み時間では普通に賑やかにしゃべっている子なのに、音読の時になると声が小さくなり、かすれてしまうのです。このような状況を考えると、音読の時間は本当に恐ろしいものだと感じます。


 授業で音読をする必要性はあるのでしょうか?黙読ではいけないのでしょうか?私には音読をする必要性がわかりませんでした。ただ、音読の良いことは眠気覚ましになることかな、と思います。今の学校教育のことはわからないのでもしかするとなくなっている可能性もありますね。



おわり

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― 新着の感想 ―
これは、江戸時代に寺子屋などで行われていた『素読(そどく)』の影響もあるんでしょうね。 ドラマなんかで、寺子屋の子どもたちが『子曰く(し、のたまわく)──』などと一斉に唱和しているシーン、見たことない…
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