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第二話 目覚めた先のエセ神様

 目が覚めたのは、水音と喧騒を背に受けた、煌びやかな街中だった。


 …………待てよ、私は教祖様に貰った色々な小説や漫画を読んだけれど、異世界トリップでこんな街のど真ん中で目覚める例なんて聞いたことないぞ……。

 私は目覚めてすぐに多分世間からずれているのだろうところに絶望する。街中って。人混み苦手だっていうのに。せめて開けた草原か豪華なベッドの上にして欲しかった。

 因みに、普通突っ込むべきなのであろう異世界トリップについてはもう突っ込まなかった。突っ込む気も起きなかった。神を信じてしまっているのだから、神の力も全面肯定しかあるまい。


 とりあえず記憶と現状を照らし合わせるに、私は神には喰らって貰えず、今もまだ違う世界で生きているらしい。そのことに少なからず落胆を覚えたものの、今さらどうしようもない。私の力でどうできるものでもなかった。

 わざわざ自分で死ぬ気力も起きず、これからどうするねと何気なしに伸びをすると、ぴしゃりと冷たいものが伸ばした指に触れた。


 ――水?


 目を丸くして振り返る。

 先刻からずっと耳朶を打つ心地のいい水音の正体を、私はそこでようやく知った。

 振り返った先には大きな噴水。私が腰掛けていたのは何と、噴水の縁の部分だった。


 ……あの方はまた随分とマニアックな場所を指定していらっしゃる。


 噴水の水なのか汗なのかよく分からないものが頬を伝って落ちていく。

 けれど幸いにも周囲の人が怪しんでいる様子はなかった。というか――おお。金に銀に蒼に緑に。

 先程までの焦慮も忘れ、私は思わず感動する。

 様々な髪色や目の色をした人が、普通に道を行き交っているのだ。別に黒という色が珍しいという訳ではなさそうで、私に好奇の目を向ける人はいないのだけれど。


 これは正に、ファンタジー。


『――どう? 気に入ってくれたかな?』

「にゃあっ!?」


 感激していた私の目の前に何の前触れもなくいきなり見覚えのある少年が姿を現し、私は思わず変な声を上げて仰け反ってしまった。

 ……私は猫か……。

 猫だってあんな間抜けな声は上げない。悲鳴を上げる心臓を何とか落ち着かせていると、目の前の少年が、くすくすと笑った。


『面白い反応だね、可愛い』


 ……ええと、私の記憶が正しければ、この人は元神とかいう私をこの世界に送ってくれやがった全ての元凶さんなのだが。

 何だろう。その人が眼前にいる。幻? ――では、ないだろうけれど。


「……ええと念のためお尋ねしますが、貴方は私を喰らってくれなかった最低な神様で間違いありませんか?」

『何だか執拗な恨みがこもってるけどそういうことかな。強いて言うならもう神じゃあないけど』


 そんなことは正直どうでもいい。

 神の事情なんて知ったこっちゃない私にとっては、神だろうが元神だろうが同じだ。一緒くたで構わない。

 けれど彼にとっては重要なことらしい。からりと笑うと、言葉を続けた。


『だから敬語とか使ってくれなくていいよ。神じゃなくて、シルファスって――名前で呼んでくれていいし。立場は対等。何か不満があるなら、全部言ってくれていい』

「……シルファス」


 ぽつりと呟く。何だか不思議な感覚だ、と思った。

 今まで人の名前をほとんど呼んだことがないせいかもしれない。教祖様、信者の方、エトセエトセ。

 私は自分の指に視線を落としそれをぐっと握り締めると、再び顔を上げた。


「……それじゃあ一つ、いいですか?」

『うん? 何?』


 拒むこともせずに元神様のシルファスは笑う。

 私はその笑顔をやはり神らしくないと思いながら見据え、言いたかった言葉を口にした。


「――死んでくれエセ神」

『わーお』


 ぶっちゃけた感想だった。


『何ていうか……言葉遣いが女の子らしくないのは仕様かな。それとも地?』


 けれどシルファスは笑みを消した真剣な顔で、そんなことをのたまう。

 突っ込むところはそこか。

 私はまるで真摯な態度のシルファスを見て余計に呆れ返った。


「地だ。私にそんな言葉遣いは似合わない、というか女らしくなんて出来ないから」


 贄ですから。

 暗にそんなメッセージを込めてそう告げるがシルファスはそっかと言っただけでそれ以上の反応を返さなかった。こいつ。

 因みに心の声が普通の口調なのは仕様である。別に素でそんな口調にしている訳ではありません。


「それで、シルファス。今ならまだ間に合うぞ、やっぱり私を喰らう気はないと?」

『うーん。そうだね、ていうか僕、もう霊化しちゃったし……』

「……は?」


 今、嫌な言葉が聞こえた気がした。

 ……気のせいだろうか。ついにあの変なお祈りのせいで耳が腐ったか。


『実は僕、君をこの世界に送る過程で力使い切っちゃって今仮死状態なんだよね。実体ないから喰らおうにも喰らえないっていうか』


 ……この神。

 実体があるなら30発くらい殴って川に捨てたいところだったが、生憎実体がなければそれも敵わない話なのだった。




 実体がない?

 だから私を喰らえない?


 ――ふざけてる。




 このエセ神、一体どうしてくれようか?

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