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第一話 神は贄を喰らえない

「僕は君を喰らえない」


 目の前の神らしき少年は、私に向かい眉尻を下げてそう告げた。

 ――神らしき、というのは、本人にまだ確認していないためではあるけれど。

 白と黒を混ざらないように交ぜたような、不思議という表現が可愛すぎるほどの異様な髪色。

 それに灰色に縁どられた、清廉には程遠い白の瞳。

 ……これで人間とは、言い難いように思う。


「……貴方は私を喰らってくださる、神様ではないのですか?」


 私は、あくまでも確認のように尋ねた。

 確かに眼前の少年は、あの性質の悪いカルト教団に祀り上げられるには些か幼く弱々しいけれど。

 私のためにと閉ざされたこの密室に入れるのは、私を喰らいにきた神か超能力テレポーテーションでも使える超能力者くらいのものだろう。

 そして後者は贄とか何だとか知っているわけがない。超能力で知ったとしても、だったら何のためにここに来たのだという話だ。

 だからつまり、彼は神なのだろうと思ったのだけれど。


「うん。そうだったんだ、つい一週間前までは」

「……はい?」


 半分当たり、半分外れ。


 一週間前までは――少年は頷いてそう言った。

 それは一体、どういう意味だろうか。

 よく言えば柔和な、悪く言えば気弱そうに顔を歪める少年は、小さく嘆息にも似た苦笑を零して、一歩私の方へと踏み出した。


「説明すると長くなるけど」


 そう言う割に、彼は返事を待たずに言葉を続ける。


「あ、そうだ。神は力を補うため、定期的に贄を喰らうことは知ってる?」


 その話は何となく知っていた。頷く。

 自分が贄である限りは、多少のことくらい聞いている。


「そう。よかった。……えーとね、僕は確かに、一週間前までは君たちに神と呼ばれる存在だったんだ。そして僕にとって今日は、贄を喰らうその日だった。力を補うために、僕は贄として捧げられた君を喰らうはずだったんだ」


 やはり目の前の少年は神らしい。……それが過去形であっても。

 その話を詳しく聞きたい私は、神に対して失礼であると分かっていても、無言で先を促した。

 けれどその先の話は、一言で。


「だけど一週間前、ちょっとした失態をやらかして――親に勘当されちゃって」

「……は?」


 ――親? 勘当?

 あまりにも人間的な言葉に、急には頭がついていかない。


「ああ何だそんなこと、って君は思うかもしれないけど、僕の親が所謂《創造神》……何だか一番お偉い方でね、勘当つまり神をやめさせられたって訳」


 ――そんな事情、知ったことか! その意味を咀嚼した瞬間、私はついそう叫んでしまうところだった。

 正直親が訳の分からないカルト教団の教祖でも、私はその団員という訳でも信心深い信者という訳でもなかったので神の事情なんてものは知らない。

 私は神に喰われるために生まれてきた。ただそれだけなのだ。


 なのに。


「だから私を、喰らえないと?」

「その通り。悪いんだけどね、君はそのために生きてきたのだろうから」


 悪いなんて軽い言葉で、私の境遇を示唆される。

 そのため――なんかじゃない。そのためだけ、だ。私の人生はそこにしかなかったのだ。

 なのにこの神は、断ろうというのか。

 私は、それしか、ないのに。


「……お願いします。この際、貴方が神であろうとなかろうとどうでもいいです。だから私を喰らってください」

「それは出来ないよ」


 私の真剣な頼みに、苦笑して首を振る元神の少年。


「人を生贄として喰らえるのは神である身だけ――それを破れば、今度こそ僕は存在ごと消されてしまう」


 ――そん、な――


 初めて私の心の中が、失望と激昂の色に晒された。絶望、と言っても差し支えないかもしれない。

 だって私の存在意義は、ただ一つそれだけだったのに。

 私は喰らわれるために生きてきた。それ以外、何もなかった。

 けれどその生きる理由すらもが、神本人によって踏み躙られようとしているのだ。


 中途半端な生は、約束された死よりも辛い。


 たとえ他の人は違っても、私にとってはそうだった。

 それが全てで、そのためだけに私は今ここに立っているのに。


「……それでは私は、これからどうすればいいのですか。責任を取ってくださるのですか?」


 見捨てられることを覚悟で、私は聞いた。

 私は役立たず。もう、あの狂った教団の元にも帰れないだろう。

 もしその上に生きろなんて言われたら、とても狂わずにはいられまい。


「僕には、君を助ける力はない」


 彼は捨てられた子犬のように、少しだけ悲しそうにぽつんと呟いた。

 目を閉じる。瞼の裏がひりひりして痛い。捨てられたのはこっちの方だ、存在意義まで奪われて。

 思い切り嘆息してやろうと唇を薄く開くと、自分のものじゃない、呼吸の音が鼓膜を微かに震わせた。


「だけど、救うことならできるよ」


 ――一瞬、何を言われたのか分からずに大きく瞬きをする。

 目の前の少年は真剣そのものの表情で私を見据えると、おもむろに軽く手を叩いた。


「――この者を、あるべき地へ」


 そして低い声で何か呟くと、ぶわりと浮かび上がるような感覚が私の身体を包んだ。

 事実、私の身体は何故か浮かんでいる。


「な、に――」

「君はここではもうとても生きていけないよね。だから、僕は君を喰らったことにして、違う世界へと送る」


 宙に浮く身体。だからと言って空を飛んでいるとか、そんな感慨は抱けない。

 自由にならない身体は拘束されているかのようで、余計に気持ち悪かった。

 これが、神の力という奴なのだろうか。疑っていた訳ではないけれど、別段信じていた訳でもなかった。


「ごめんね。最後の力を使って、僕は君を生かすから」


 困ったような表情。

 知りもしないのに私は、それを神らしくないと思った。

 それもそのはずだ。彼は神ではないのだ――彼の話によれば。

 だからそれは、当たり前のことだというのに。


「……何故私のような存在に、そこまでするのですか?」


 つい口が滑り、私はそんなことを尋ねていた。

 彼がますます困った顔をするのを見て、慌てて言葉を引っ込めようとする。が。


「贖罪、なんてどうだろう」

「……似合いません」


 率直な感想だった。

 似合わない。私を喰らうことも出来なかった人が。


「だよね。じゃあ――」


 それを怒った様子もなく、彼は言葉を止める。

 ふわりと私の身体を更に上へと持ち上げて、再び、少年は笑った。


「君が可愛いから、かな」


 ――聞き慣れない言葉に、身体は咄嗟に反応しない。

 私が何かを思いついて言い返す前に、意識は昏い闇の底へと落ちていった。

次回から徐々にコメディー、ラブを入れていくつもりです。

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