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6話 秘密の抜け道

 バルバラは魔法を行使せずに飛行が可能である。

 それは“聖域”を抜けるために必須の逃走手段。

 

「我の背に乗って逃走するつもりであることは理解した。だが、どうやって外に出るつもりだ?」


 バルバラは監房の床を這いずり回る牧緒に問う。


「俺の考えが間違ってなければ、この監房には抜け道があるはずだ」


 牧緒は床や壁を撫でながら隠し扉を探している。

 何故そんな物が存在すると考えたのか……それは苦悩の塔の過去に隠されていた。


 バルバラがこの監獄に収監されたのは約百年前。

 ヴァーリア監獄には、唯一竜ほどの巨大な魔物を通せる入口はない。

 収監を可能とするのは、苦悩の塔の最上階しかなかった。

 天井を一度壊し、唯一竜を収監。その後、天井を元に戻す。

 大変な作業だが、魔法なら容易く素早く事を成せたに違いない。


 だが、苦悩の塔の最上階は本来監房ではなく、署長室だった。

 苦悩の塔の作りが芸術的な観点で凝っているのは、監獄の長たる者の特権を誇示するため。

 歴史に名が残るほどの凶悪犯たちを踏みつける様に、署長としての自尊心を満たすために、わざわざ最上階を署長室としたのだろう。

 しかし、突如巨大な竜を収監する必要に迫られ、署長室を改修してバルバラの監房へと変えた。

 

 これは囚人たちが古くから語り受け継いだ話。もはや噂に等しい信憑性しかないが、牧緒はそれを信じて動いた。


「あった! よし、やっぱり塞がれてない!」


 牧緒が見つけたのは床に設置された小さな扉。

 一見すると床のタイルと同化しているが、指を入れて持ち上げるための小さな穴が開いている。

 巨大な唯一竜には、それを見つけても開く方法はない。

 よって、穴をふさぐ必要はないと判断して放置されたのだろう。

 もしくは、署長以外にこの隠し扉を知る者は誰もいなかったのかもしれない。


「ほう、本当にそんなものが……。その存在をどうやって知った?」

 

 バルバラは不思議そうに覗き込み、首を傾ける。


「ここは昔、署長室だった。だから正面入り口以外に抜け道があると思ったんだ。下階層の凶悪犯たちが何らかの理由で監房の外に逃げ出してしまったとして、正面から下に降りるわけにはいかないだろ?」


 苦悩の塔に収監されるのは超常すら逸脱した化け物たちばかり。

 魔法を行使できないとはいえ、立ち向かうのは肝が冷える。

 そんな彼らと鉢合うよりは、抜け道を通って安全に苦悩の塔から脱出する方が良いだろう。

 

 しかし、これらは全て牧緒の推理に過ぎなかった。

 抜け道などない……なんて結果であれば、牧緒の脱獄計画はここで頓挫していた。

 これはただの幸運だと嘲笑うべきか、はたまた決死の行動力の成果だと感嘆するべきか……。


「我がそんな小さな穴に収まる器だと思うのか?」

「大丈夫。ここから外に出るわけじゃない。この先にあるのは、外に出るための鍵さ」


 牧緒はバルバラの嫌味を物ともしない。


「すぐ戻ってくる。その後で日本語を教えるよ」


 そうして牧緒は穴の中へ入った。扉を閉めて、しばらく暗闇に目を慣らす。

 松明を持っていく手もあったが、明かりを誰かに見られるリスクは犯せない。

 

 中は狭く、人一人が肩をすくめてようやく通れるほどの細い廊下が伸びていた。

 先へ進むと、下に降りる梯子が見える。

 牧緒は苦悩の塔の()()の階段を上った記憶を思い出す。

 苦悩の塔は二十階。それを数えながら、音を立てないようにゆっくりと下る。

 一階に辿り着いても尚、更に下る梯子がある。

 

「やっぱりこの下が制御室だ……」


 地下鉱山に見た制御室。そこは苦悩の塔の真下に位置していた。

 牧緒はそれに気が付き、抜け道の行きつく先が制御室であると推察した。


 地下に相当する場所には廊下がなく、移動もままならぬ小さな部屋に降り立った。

 牧緒は壁を隈なく探り、不自然な引っ掛かりを見つける。

 引っ掛かりに指をかけ、上下左右に引いてみる。ガチッ、と音がして扉が開いた。


 そこは淡い緑色の光に包まれており、ゴウンゴウンと何かが稼働している音がする。

 そっと顔を出して辺りを見回した。


「よし、誰もいない……」


 牧緒は扉から体を出して部屋へ入る。

 そして、ランタンで照らされた鉱山の黄色い光が差し込む場所を見つけた。

 間違いない、制御室の換気口だ。

 その証拠に、真下には牧緒が投げ入れたパンくずが落ちている。


 ここが制御室である確信を得た牧緒は、慎重に部屋の中を探る。

 魔法石から魔力を抽出するガラスの筒。その土台から伸びた革の管は、制御室の壁の向こうへ続いていた。

 まさにその場所に、多種多様な摘みやボタンが並ぶ操作盤らしきものが見える。

 わざわざ扉に“制御室”と記載しているだけあって、牧緒の予想通り魔法石の魔力抽出を制御する装置がそこにあった。


「くそっ、俺の知らない文字だ……」


 操作盤に刻まれた様々な文字。恐らく機能の説明であろうそれを、牧緒には解読できない。

 それでも諦めずに全て目視で確認していく。

 他にも操作盤があるかもしれないと振り向いたとき、壁に不自然な木製のカバーが設置されていることに気が付く。

 その上には赤い文字。

 木製のカバーは施錠などされておらず、簡単に開くことができた。

 その中には小さな摘みが一つ。


「他の摘みがむき出しなのを考えると、間違えて操作されないように保護されているこれは……装置の停止スイッチか?」


 文字が読めない以上、それは推測でしかない。

 だが、理屈は通っている。


「決行当日に試すしかないな。あとは例のものがあれば……」


 牧緒は明かりのほとんど届かない部屋の奥へ進む。


「っ! やっぱり……あると思ったんだ!」


 お目当ての物を見つけた牧緒は、小さく喜んだ。

 それは干された果実やカビの生えたチーズ、古いワインや缶詰などが隙間なく並ぶ棚。

 旧署長室の秘密の抜け道は災害時の避難経路であり、パニックルームでもあるだろう。

 どこかに保存食が備蓄されていることは想像に難くない。

 それらは人一人が数か月生き残れるほどの量だった。


「これは、うぇ……ダメそうだな」


 保存食といえ、ほとんどは食べるに堪えがたいものだった。

 定期的なメンテナンスがされていないのであれば、これらは百年以上前の物である可能性すらある。

 

「この世界にも缶詰があるのか」


 最も保存に適しているであろうそれを、牧緒は両手でコロコロと回して確認する。

 当然プルタブなどなく、棚やその周囲を確認しても缶切りは見つからない。


「仕方ない、バルバラに開けてもらうか」


 牧緒はいくつかの食料を抱えて、梯子の部屋へそれを放り込む。

 そして換気口の下に座り、その時が来るのをじっと待った。


 暫くすると――。


「ふにゃ~、疲れたにゃ」


 そんな声が聞こえてきた。

 刑務作業の休憩を装い、ニャプチが換気口の下で壁に寄り掛かっているのだ。

 これが牧緒とニャプチを繋ぐ連絡経路。


「唯一竜は何とかなった」


 牧緒は誰にも聞こえないほど小さく囁く。

 しかし、ニャプチの耳にはハッキリとその声が届いていた。

 狼の聴力は、たとえ牧緒が監獄の外にいたとしてもそれを聞き逃さないだろう。


「魔法防御の解除も……たぶん大丈夫だ」

 

 確証はないが、見当は付いている。

 いっそのこと、全ての摘みを下げて、全てのボタンを押してしまうのもいいだろう。

 

「食料も見つけた。パンはもう必要ない」


 もしも制御室に食料が無かった場合、ニャプチに千切ったパンを少しずつ換気口へ放り込んでもらう手筈であった。

 牧緒はそれを糧とするつもりでいたのだ。腹は膨れずとも、餓死は防げる。

 だが、幸いにも食料の問題は解決し、ニャプチの手を煩わせる必要もなくなった。


「初日の報告は以上だ」

「ん~、そろそろ仕事に戻るかにゃ」


 牧緒が締めると、ニャプチは大げさに声を上げて背伸びをした。

 それを聞いた牧緒は、静かに抜け道を戻っていく。


「にゃ~、本当にやりきるなんて……これは期待してもよいのかにゃ?」


 刑務官の目の届かぬ場所で、ニャプチは手の甲で顔を擦りながら呟いた。


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