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48話 地下

 魔境に侵入した冒険者パーティーの一角、【真槍累々隊(エクセルキトゥス)】を降したニャプチは、次なる獲物を探していた。

 狙うはヒューリカの大群を撥ね退けながら猛進する剣士たちか……いや、ニャプチに他人の獲物を奪う趣味はない。

 ならば地中から聞こえる足音を追うか……しかし、今は土に汚れる気分ではない。

 残るは悠々と伏魔殿を目指す【知恵と石塊の輪(テネル・ラトムス)】の一行(いっこう)だけ。


 街の獣人たちは彼らを警戒するも、襲うことはしない。野生の勘が警鐘を鳴らしているからだ。

 そして同時に、彼らが敵意を向けていないことも分かった。

 だから獣人たちが導き出した最適解は、目を逸らさずにジッとしていること。


「【悪の特異点(マレフィキウム)】は不在なのかもしれませんね。我々は運がいい」


 無詠唱のドーラが、そう言って微笑む。

 侵入者たちは正面から騒々しく街中を進み、更には防衛用ゴーレムたちを沈黙させた。

 それでも尚、“終末級”が対処に当たる様子がない。


「英雄譚に出てくる魔王の様に、城の玉座にどっしり構えているのかもしれませんね」


 華道のレアラは、周囲の警戒を怠ることなく会話を続けた。


「強き者の慢心は、我々にとって都合が良い。本当にそうだとしたら、事は上手く運ぶでしょう」


 S級冒険者のドーラと会話を許されているのは、同じくS級冒険者のレアラだけであった。

 他の者もA級冒険者をはじめとする実力者ばかり。だが、S級とは大きな差がある。

 二人が会話を交わす後ろで、ただ静かに行進するばかりだ。


 高地に聳える伏魔殿へ続く階段。その手前に差し掛かると、ドーラが片手を横に伸ばして仲間の足を止めた。

 階段の一段目にちょこんと座って頬杖をついた獣人が一人。

 こちらに気付くと、パッと笑顔になって立ちはだかる。

 獣人ならば漏れなくドーラたちの実力を感じ取れるはず。にもかかわらず、それは楽しそうに殺気立っている。


「ニャプチ……君?」


 レアラはその獣人……いや、合成獣人(キメラ)を知っている。


「知り合いなのですか?」


 ドーラの問いに、レアラは遅れて答えた。

 

「……えぇ、そうです。まさか奴隷になっていたとは……」


 レアラは【悪の特異点(マレフィキウム)】のメンバーに獣人がいることを把握していた。

 しかし、幼気なニャプチがそうであるとは考えなかった。

 魔境は奴隷だった獣人たちが集められた町。故にその一人だと思い込んだのだ。


「この獣人が奴隷? ふむ……」


 半信半疑のドーラは、顎を摘まみながら怪訝な表情を浮かべる。

 しかし、最速の魔術師を自負する彼は、様子を見ることにした。

 その判断が凶と出て不覚をとったとしても、相手が引き金を引く前に手首を切り落としてしまえば弾は出ない。

 彼にはそれを成す自信があった。


「では、協力してもらいましょう」

「それは危険すぎます!」


 レアラはニャプチのことを案じて強く拒否した。

 しかし最優先は任務。知り合いとはいえ、敵に遠慮していると思われるわけにはいかない。

 だから彼女はこう続けた。

 

「……っ、【悪の特異点(マレフィキウム)】が彼女を遣わせたのかもしれません」

「罠だと? それはないでしょう。御覧なさい、あの腑抜けた顔を」


 一向に敵意を向けない彼らに、ニャプチは気勢を殺がれて鼻をほじっていた。

 ニャプチの興味は、別の侵入者たちに向きつつある。しかし、それをレアラの一言が引き止めた。


「ニャプチ君……お城の中に入ったことはある? 私たちを案内してくれない?」


 ドーラが折れないのなら、逆らうことはできない。

 仕方なく、ニャプチに打診した。一介の獣人が入城を許されているはずもない。

 だから条件を満たしていないニャプチは、案内を引き受けないはず……心の底から断ってくれと願った。


「おっけーにゃ」

 

 まるで客人を招く様に、ニャプチは親指を立てて快く引き受けた。

 何故か。それは名前も思い出せない友の願いだから。

 そして、伏魔殿に重要な物は何もないと考えたからだ。

 牧緒たちは全員外出中。危険が及ぶこともない。


 だが、リデューシャの体だけが伏魔殿に取り残されていることを、ニャプチは知らない。


「【悪の特異点(マレフィキウム)】の方々は、城内におられるのですか?」

「いないにゃ。でもヒューリカがいるからお茶ぐらいは出せるにゃ」

「お構いなく。それよりも、()()()()()が何処にあるかご存じないですか?」

「リデューシャの匂いがする部屋は知っているにゃ」

「そうですか。それは是非、拝見させていただきたいですね」


 ニャプチが危険でないと判断したドーラは、遠慮せずに質問を投げかけ続けた。その全てに、回答が返ってくる。

 彼らは何に阻まれることもなく階段を上り切り、伏魔殿の門を開いた。


「にゃぁ……っ、んにあっ……は、元気にしてたかにゃ?」


 歩きながら必死に思い出そうとしたが、結局ニャプチはレアラの名前を口にできなかった。

 少し照れ臭そうな笑顔が、自身へ向けられたものであることにレアラは気付く。


「えぇ、元気にしてたよ。ニャプチ君は……()()幸せそうだね」


 レアラは何と聞き返せばいいか悩んだ。

 先生が帰って来たとは考えられない。もしそうなら、ニャプチはこんな所にいないだろう。

 それに彼女は、ニャプチが奴隷になったと勘違いしている。

 だから今まで何をしていたか聞くこともできない。

 小綺麗な服を身に纏い、健康そうな体躯をしたニャプチを見て、『今は』と前置きするしかなかった。


「確かに今が一番楽しいかもしれないにゃ」


 その純粋な想いを聞いて、レアラは忸怩(じくじ)たる思いに苛まれた。

 侵入者を城に入れたことが知れれば、ニャプチがどんな目に遭うかも分からない。


「適当に座ってにゃ。ボクは厨房へヒューリカを探しに行くにゃ。ついでにイモを油で揚げた美味いヤツも持ってくるにゃ」


 ニャプチが彼らを案内したのは食堂だった。『お茶ぐらい出す』というのは冗談ではなかったのだ。

 客間とそうでない部屋の区別などつかないニャプチにとって、多くの人が一堂に集う議場か食堂こそが客を案内するのに相応しい場所であった。


「ニャプチ君……! 私たちは()()()()()に用があって――」

「まぁまぁ、折角ですから、ご厚意に預かりましょう」


 先を急ごうとするレアラを、ドーラが(たしな)める。

 【悪の特異点(マレフィキウム)】が城にいないとは聞いたが、いつ戻って来るかは分からない。

 万が一にでも鉢合わせれば、自分たちだけではなく、ニャプチも危ない……レアラはそんな思いから焦りを募らせる。


「何故です? ゆっくりしている暇はないはずです! それとも、彼女がいない間に城を探索するのですか?」

「落ち着きなさい。あなたがあの獣人とどの様な間柄かは存じませんが、色眼鏡で見ているようですね」


 ドーラは既に察していた。

 他の獣人とは違って唯一好戦的な姿勢を見せ、城へ入ることに躊躇しない。

 何より、【悪の特異点(マレフィキウム)】の不在を把握しており、恐らく使用人であろうヒューリカと呼ばれるものを使おうとする。

 そんなことができる者は限られている。


「彼女こそが【悪の特異点(マレフィキウム)】の獣人で間違いないでしょう」

「そんなっ! そんなわけ……」


 ドーラは結論付けた。

 信じられず、レアラは必至にそれを否定しようとする。しかし、続く言葉が出てこない。


「しかし、今でも罠ではないと思っています。ならば焦らず、ゆっくりと懐柔しましょう。こちらにはあなたがいるのですから」


 そう判断したのは、ドーラが獣人という種を見下しているからだろう。

 だからこそ、犬猫の様に手懐けられると考えた。



 いとも容易く、伏魔殿への侵入を成功させた【知恵と石塊の輪(テネル・ラトムス)】だったが、一方で泥臭くそれを成功させた者たちがいた。

 【這い寄る静寂(シーカーリウス)】は地中を進み、伏魔殿の地下へ侵入した。


「不気味な場所だな……」


 長男キプロスが蚊の鳴くような声で呟いた。その僅かな声量は、家族全員の耳に届いている。

 彼らの五感は魔力による強化がなくとも優れており、敵に気付かれることなく意思疎通を可能とする。


「待って。この先に強い魔力を感じる」


 母アルサが警戒する。不要な戦闘を避けるのが【這い寄る静寂(シーカーリウス)】のやり方。

 検知系魔法を駆使して状況をいち早く把握することには手慣れていた。


「五十人以上いるな。しかしこれは……浮いている?」


 次男カルスが透視魔法で魔力の正体を探る。

 目にしたのは、液体で満たされたガラスの筒に入った人間の姿。

 僅かにぼやけた状態の透視魔法では、それが何もない場所で宙に浮いている様に見えた。


「多分これ、兄貴の魔法じゃ穴開けらんないよ」


 長女ムランが地下の壁に触れて、その性質を魔法で読み取った。


「何言ってる。じゃあ、どうやってここに入れたってんだ」

「私が間違ってるっての?」


 ムランが物質の性質を読み誤ったことはない。

 だが、穴を開けて地下室へ侵入したのは事実。彼女の所見はそれと矛盾する。


「……なるほど、俺たちは誘われたってことか」


 そう言って、父グノーバが眉間にしわを寄せた。


「恐らく、この先の強い魔力とやらを突っ切るしかないじゃろうな」


 祖父のジュガが、腰を抑えながら言い切った。

 とはいえ、彼らは戦闘を避けるための幾つかの案を挙げた。しかし妙案は出ない。


「まぁ、カルスが言う通り、五十人程度なら負けはしないだろう」


 キプロスはそう判断した。彼らもS級冒険者……暗殺に特化しているとはいえ、脅威を正面から迎え撃つ実力を備えている。

 家族の意見は一致した。相手が“終末級”でないのなら、負ける道理はない。


 彼らはそれほど入り組んでいない地下を進み、扉の前に差し掛かる。

 

静寂の触手(マラキア)――」

 

 アルサが唱えると、重い扉は音を立てることなく開いた。


「死体か? だが確かに魔力が込められている……」


 眼前に広がる幾つものガラスの筒。キプロスはその一つに近づき、目を凝らした。

 次の瞬間、ガラスが一斉に割れて、水を失った魚の様にぐったりとした人間たちがその場に倒れ込んだ。


「これはっ……!」


 それらは直ぐに力を取り戻し、立ち上がる。

 オルガノが作り出した魔法、【死者への冒涜(ネクロマンシー)】によって操られた魂なき戦士たちは、侵入者に反応して迎撃態勢に入った。


「要はアンデッドの類だろ? 大したこと――」


 途端、短刀を構えて余裕を見せるキプロスの上半身が燃え上がった。


水泡(ラクーナ)――!」


 瞬時にムランが水魔法でそれを消火する。


「助かっ――」


 礼を言う暇もなく、再びその体は燃え上がる。


「あの男じゃ! 他のアンデッドを壁にして身を隠せ!」


 ジュガは眼球に魔法陣を宿した男を指した。その者の視界に入ることがトリガーであることを、長年の経験により瞬時に見抜いたのだ。


「ぐっ……これはっ……、ただのアンデッドじゃないぞ!」


 グノーバは苦しそうな叫びを上げた。

 アンデッドとは、肉体が腐食して尚、生きている魔物を指す。

 まるで熟成されたワインの様に魔力の質は上がるが、逆に肉体の強度や力は格段に下がる。

 だが、彼らを襲うそれらは全く異なる性質を持っていた。


 生物は自身の体が破壊されない様に、無意識化で自らに制限を掛ける。

 だが、眼前の屍たちに命はない。だからこそ痛みもなく、制限もない。

 肉体が壊れることを厭わない使()()()()の拳は、鉄をも貫く一撃と成る。


「受けるな、避けろ!」


 そう警告したグノーバは、既に右腕を犠牲にしていた。


「でもそれじゃ――」


 誰かの言葉が再び炎によって遮られた。

 その度にムランが水魔法で消火する……しかしこれでは切りがない。


 一件苦戦している様に見える【這い寄る静寂(シーカーリウス)】であったが、それは慢心による一時のものに過ぎない。


「仕方あるまい……儂が終わらせよう」


 ジュガは、両の手の平に刻まれた魔法陣を向かい合わせるようにして、手印を結んだ。


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