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47話 合成獣人

 十八年前。

 とある国の僻地に、小さな研究所があった。

 町から遠く離れたその場所に誰が住んでいるのか、何をしているのか、誰も知らない。

 極稀に、好奇心旺盛な町の子供たちがやって来ることもあった。

 しかし、人の気配はすれど誰かが顔を見せることはない。

 ボロボロな外観とは裏腹に堅牢な作りをしており、何処かから忍び込むこともできない。


 そんな場所で、合成獣人(キメラ)は生まれた。

 人間の赤ん坊よりも一回り小さく、生まれたばかりなのに体毛に覆われた姿。

 狼の様な耳と尾を動かし、開かない瞼を震わせている。


 母体はなく、それは大きな卵を砕いて泣いた。


「おぉ、よしよし。フフフ、間違いない……成功だ!」


 合成獣人(キメラ)の赤ん坊を一人の男が抱き上げる。

 その男は、この世に存在しないモノを創造することに憑りつかれた研究者。


「んにゃぁ」


 赤ん坊は大きく口を開けて小さく声を吐き出した。

 既に泣き止み、安心しきった様子で呼吸している。


「お前の名前はイーラ・アラナ・リタリヴナウだ……! 私が考えた新しい言語で、『何者でもあり、何者でもない』ことを意味する言葉だ!」


 男が二十年の歳月をかけて作り出した言語。もちろん、それを理解できるのは本人しかいない。

 だが、特別な想いが込められた名であるのは間違いない。

 生まれた赤ん坊は、男にとってそれほどに大切な存在だった。


「ふぇあ、にゃ……にゃぷちっ‼」


 赤ん坊は身を縮めてクシャミをした。

 その小さな体のどこにそれほどの力があるのか……机上の分厚い本を開く程に勢いの良いクシャミだ。


 飛び散った大量の唾液は全て、男の顔面が受け止めた。

 男は一転して無表情となり、暫く硬直してから、掲げたままの赤ん坊を胸に抱き寄せた。


「……違うな。あぁ、違う。やっぱりお前の名前はニャプチだ。その方が可愛い‼」


 男は腕の中の愛らしさに負けて、アッサリと長年の想いを捨てた。


 男の研究は完成した。

 合成獣人(キメラ)はあらゆる生命の起源であり、進化の果てでもある。

 少なくとも、男はそう思っている。そしてそれ以上に望む物はない。


 時が経ち、男は日常を受け入れることにした。

 今までは無視していた町からやって来る子供たち。彼らを焼いたクッキーで釣って、研究所に招待する。

 傍から見れば、変質者が子供を誘拐する図の様だろう。

 だが、子供たちに危害はない。六歳になったニャプチに友達を作ってやりたいと考えた結果の行動である。


「うわぁ~、尻尾が生えてるぞ! 気持ちわり~」

「耳四つあんのか? 見せてみろよ!」


 幼き子供は素直で残酷だ。ニャプチは人間と変わらない大きさに成長したが、その容姿を受け入れてもらうことはできなかった。


「うるさい! ばーか! はははは!」


 が、意外とニャプチは楽しんでいた。

 悪意に鈍感なのか、それともニャプチ自身も人間を見下しているからなのか。

 互いに煽りながらも、追いかけっこで遊んでいる。

 大量のクッキーも共に平らげ、休む暇もなく草原に駆けだしてボールをぶつけ合う。


「ふぅ、良かった」


 その様子を見て、男は安堵した。

 この国では獣人を奴隷にすることは禁じられている。

 だからこそ、酷い差別を受けることはなかったのだろう。


 男はニャプチと二人で暮らしながら、日々を平和に過ごした。


「ほら、ニャプチ。『にゃ』って言ってごらん、『にゃ』って」

「やだ! ばーか、ばーか! わん、わん!」


 男は子供を育てた経験などなかった。

 それ故に、ニャプチの愛らしさに当てられるばかりで、躾けるというよりは愛玩する様な態度をとってしまう。

 獣人だからと、猫の鳴き声を口調に織り交ぜようとしたり、雌雄同体であるにもかかわらず、女児の服ばかり着せようとしたり。

 反骨精神の強いニャプチはいずれも撥ね退け、わざと犬の鳴きまねをしたり、素っ裸で外に駆けだしたりした。

 

 更に時は流れ、男は幾人かの助手を雇った。

 到達したと思っていた研究の果て……その先があることに気が付いてしまったのだ。

 残りの寿命では辿り着けないと悟った男は、矜持を捨てて他者を頼った。

 雇われた助手は皆若く、十代の者が多い。

 凝り固まった知識ではなく、斬新で柔軟な発想を求めていたからだ。


「あっ、ニャプチ君。先生は今忙しいから、外で遊んでおいで」


 当時、魔術師の卵であったレアラという助手は、研究室に入ろうとしたニャプチにそう言った。


「それじゃあ、邪魔しないと!」


 十三歳になったニャプチは、未だに奔放な悪ガキだった。


「もう……ほどほどにね」


 レアラは、男とニャプチの深い絆を知っている。

 ニャプチと触れ合っている時だけ男は笑顔を見せる。助手となって数か月だが、そんな様子を何度も目にしていた。

 だから注意はしても、止めはしない。


「何のけんきゅう?」


 ニャプチはそっと男の背後に近づき、肩越しに顔を突き出して聞いた。

 男は驚くこともなく、微笑みながら答える。


「ニャプチの将来を研究しているのさ」

「ボクの将来?」

「そうさ。ニャプチの始まりは私が創った。だが、いつか訪れる終わりについては、私は何も知らない。だから、そこに何があるのか調べているんだ」

「意味わかんない。遊んでくる!」


 ニャプチは早々に興味をなくし、研究室を出て行った。


「……本当にあり得るんでしょうか?」


 レアラは独り言の様に呟いた。

 投げかけることすら憚られる疑問……それでも内に眠らせることができなかった。


「信じていないのだろう? 仕方ないさ。だが、ニャプチは可能性の権化だ。無限の可能性が集約した形……それが形を失った時、どうなるのか……」


 合成獣人(キメラ)はあらゆる生物の性質を併せ持つ。

 それは本来であれば、あり得ない存在。それ故に男は、ニャプチのことを可能性の権化と呼んだ。


「無限の可能性とはすなわち、平行世界を意味すると私は考えている。ニャプチの命が終わる時、新しい世界が生まれるのかもしれない」


 それは具体性を持たない推論に過ぎない。しかし男は信じている。

 レアラを含めた全ての助手たちは思っていることだろう……『あり得ない』と。

 それでも合成獣人(キメラ)を生み出した実績は無視できない。

 その技術と知識の一端を僅かでも物にできればと、助手たちは黙って男に従った。


 ニャプチの持つ無限の可能性は、水中での肺呼吸を可能とし、翼無き飛翔を可能とする。

 千切れた腕を生やすこともできるし、姿形を変えて擬態することもできるだろう。

 しかし、当の本人はそんな能力が備わっていることを知らない。

 自覚しているのは、自身が合成獣人(キメラ)と呼ばれる存在である、ということだけ。

 あらゆる生物の性質を併せ持つということが、何を意味しているかを彼女は深く考えたことがなかった。

 彼女の興味は、もっぱら自然の匂いと音に包まれることへ注がれていたからだ。

 研究所の扉を開けば眼前に広がる草原。

 その草の上で仰向けになって何も考えずに空を仰ぐ。すると風や虫の声が彼女の耳を満たす。

 花や、水の滴る岩と土の匂いが、体と意識を大地に溶け込ませる。

 体を動かしたくなったら、カエルの様に飛び跳ねたり、土を掘って珍しい色の石を探して日々を過ごす。


 そんな飾らないニャプチのことが、みんな好きだった。


 だが、彼女はある日突然に見捨てられる。

 男が失踪したのだ。


 何の兆候もなかった。何の変哲もなかった。

 あれほどにニャプチを愛したはずの男は、何も言わずに姿を消した。


 その日は快晴。

 ニャプチは気に病む様子もなく、草原の上にちょこんと座って研究所を見据えていた。


「ニャプチ君……一緒に来る?」

「大丈夫。ここが好きだから」


 心配するレアラに、ニャプチはいつも通りの笑顔で返答した。

 対して雇われた助手たちは困惑を隠せない。

 男がいつ戻って来るかも分からないし、行先や目的を知る者もいない。

 このまま男の研究を続けるか、それとも見限って新しい道を歩むか……答えは明白だった。

 

「明日も様子を見に来るからね」


 早々に立ち去る助手たちの中で、レアラだけはニャプチを気に掛けた。


 次の日も快晴。

 ニャプチは同じ場所、同じ姿勢で佇んでいた。


「まさかずっとそこに?」

「んにゃ、さっきまで蝶々を追っかけてたにゃ」


 そう言ってニャプチは右手を開く。

 そこには、ぐったりとした一匹の蝶がいた。


「かわいそうだよ。逃がしてあげな」

「ぺいっ」


 ニャプチは、どうでもよさそうにそれを投げ捨てた。


「やっぱり、先生が戻ってくるまで町で一緒に暮らさない?」

「やだ」


 フラれたレアラは、暫く一緒に座って研究所越しの空を眺めた。


 続く快晴。

 ニャプチは何日も同じ場所で同じ様に過ごす。


 レアラの訪問も少なくなっていた。

 研究所には豊富な食料がある。だからそれほどニャプチを心配する必要もないとレアラは考えたのだ。

 それに、食料が尽きれば自然と町に降りてくると思っていた。


 男がいなくなって早一年。

 その日レアラは、ニャプチに別れを告げに来た。


「私、国を出ることになったの。魔術師として冒険者パーティーに勧誘されて……」

「そっか」


 ニャプチは顔を向けずに素っ気なく答えた。


「先生は……もう帰ってこないと思う。だから、ご飯は自分で町に買い出しに行って、仕事も探して……」

「んにゃ」


 ニャプチは甘やかされて生きて来た。レアラはそれが心配だった。

 男がいなくなってからも、その日暮らし。このままでは生きていけない。

 でも、自分が責任を持って面倒を見ることもできない。

 レアラは感じる必要もない僅かな罪悪感を胸に、小さく「さよなら」と言って去って行った。


 町の若者は皆、都会へ出て行った。

 過疎化した町から、かつての様に研究所へ冒険にやって来る子供たちもいない。

 もう、誰もいなかった。


 その日も快晴。

 透き通った空気が、ニャプチの声を空に届けた。

 雨でも降ったかの様に伸びきった服を濡らしながら、顔面をくしゃくしゃにした。


 待っていれば、いつか帰って来て体中を撫でまわされるんだと思っていた。

 そうしたら、思いっきり背中を蹴り飛ばして、お尻を引っ搔いてやろうと思っていた。

 でも、いつまで経ってもその日は来ない。


 初めて、大切な人を探そうと思った。

 ニャプチは何も持たずに、何も考えずに、ただ本能に身を任せて旅に出た。

 

 腹が空けば食料を盗み、気に食わない奴がいれば打ちのめした。

 ただ奔放に生きて、奔放に世界中を巡った。

 しかし、男の情報を聞いて回ろうにも名前を知らないことに気が付く。

 思い返せば、他の者が男の名を呼んでいるところを聞いたこともない。


「眼鏡を掛けた、お腹を空かした感じの幸薄そうな男を見たことないかにゃ?」

「あぁ、見たぜ」

「ホントかにゃ⁉」

「付いてきな」


 ある日、ニャプチは清々しいほど馬鹿馬鹿しい方法でヴァーリア監獄に投獄された。

 気ままに暴れすぎた所為で、いつの間にか罪人として懸賞金が掛けられていたのだ。

 ほいほいと知らぬ男に付いて行った結果、ニャプチは聖域の壊せぬ壁の中に閉じ込められてしまった。


「しまった……にゃ」


 ニャプチは鉄柵を握って呟いた。

 

「ま、どうせ探しても見つかんないし、やーめにゃ」


 幸いと言って良いのだろうか……彼女の飽きは早かった。

 感情を揺さぶるほどの決意は、ヴァーリアの壁に阻まれて簡単に砕け散った。


 そんな彼女を再び高ぶらせたのは、家族に逢いたいという想いを諦めなかった、一人の囚人だった――。



 そして現在。


「ニャプチ……君?」


 紆余曲折の邂逅。それはかつて男の助手をしていた魔術師。


「あぁ……、あの! にゃぁぁぁぁ……あぁ!」


 ニャプリは唸った。その顔からその人物をハッキリと思い出せるのに、名前だけが出てこない。

 それは【知恵と石塊の輪(テネル・ラトムス)】の一人、華道のレアラであった。


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