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45話 侵入者

 牧緒とリデューシャは薄暗い部屋のベッドの上に座り、互いに黙って時間が流れるのを待っている。


(気まずい……)


 牧緒は唾を飲み込んだ。

 窓は雨戸の様な物で遮られ、鍵が掛けられている。部屋の扉も外から施錠されて開けることはできない。

 部屋の明かりは小さな蝋燭の光だけ。牧緒の袖に隠れたバルバラの炎は、その身を縮めて明かりを外に漏らさないようにしている。


 何故こんなことになったのか。掻い摘んで説明しよう。


 魔法大国シオンレウベの国土はさほど大きくない。一国の都ほどの土地を保有し、それは高い壁で囲まれている。

 そこから二キロほど離れた小さな町に転送された二人は、御者を雇ってシオンレウベの正門へ向かった。

 キュラハの持っていた青い宝石のネックレスが、異端審問官たる資格の証明になる。

 だが、それは必要なかった。


「お帰りなさいませ。カテラテルト様」


 門兵はキュラハの顔を見るや否や、姿勢を正して敬礼した。

 異端審問官の拠点であるシオンレウベでは、顔バスが効くようだ。


「うむ、くるしゅうない」


 顎を上げて偉そうに振る舞うリデューシャを見て、牧緒は演技を忘れたのかと焦った。

 しかし、実際にキュラハはふざけて偉そうな態度を取る傾向があるらしい。

 門兵に疑われることもなく、アッサリと入国に成功する。


 それからは早かった。

 キュラハの記憶を頼りに、真っすぐと神殿へ向かう。

 行き交う人々は皆、典型的な魔術師を思わせる服装をしている。流石、魔法大国を冠するだけはある。

 

「はっはっは、よく無事で帰って来たな、キュラハよ!」


 神殿に差し掛かると、一人の男が待ち構えていたかの様に迎えた。


「オーギュオン!」


 その顔を見て、リデューシャは名を呼んで抱擁を交わした。

 キュラハの記憶は、彼を異端審問官第一席、オーギュオン・ベヘルだと判断した。


「なるほど、そんなことが……。しかし、手土産が魔女の主だとはな。素晴らしい!」


 オーギュオンには創作(シナリオ)を全て話した。

 彼の態度だけ見れば、それを信じたように思える。


「しかし、君が魔女に操られていないとも限らない。それにその男が本当に魔女の主かどうかも私には判断できない」


 当然、すんなりとは行かない。

 オーギュオンは万全を期すために、牧緒とキュラハを三日間隔離することを決めた。


 そして今、隔離部屋と化したゲストハウスの一室にて、二人は暇を持て余している。


「……どうした?」


 手錠をかけたままの牧緒は、リデューシャが自分のことをジッと見つめていることに気が付いた。


「暇だから」


 リデューシャは両手で頬杖をついて笑顔を浮かべて構わず牧緒に視線を送り続ける。

 キュラハの様な喋り方と仕草……しかし中身はリデューシャその人。牧緒は何ともむず痒い気持ちでその視線を受け止めた。


「この体は、マキオ君から見てどうだい?」

「は?」


 牧緒にはリデューシャが何を言いたいのか分からない。


「ほら、例えば……」


 そう言って、突然肌着ごと服を捲り上げて脱ぎ始める。

 牧緒はすぐさま体ごと後ろを向き、大きく手振りして焦りを伝える。


「す、凄く綺麗な体だし、可愛らしい容姿だと思うけどっ! 声も良いし笑顔もキュート! でも他人の体なんだからもっと大事に扱ってくれ!」


 声を荒げて、早口で捲し立てた。


「なんだ、どうした? 少しおかしいぞマキオ」


 リデューシャは素に戻る。彼女が期待した反応とは少し違う。

 焦りながらも冷静を装うのが牧緒のあるべき姿。大げさな態度でキュラハを(おだ)てる態度には違和感がある。


「そんなことないさ。もう服は着たか?」

「あ、あぁ……。少し揶揄(からか)っただけさ」


 リデューシャは解釈違いの態度に、呆気に取られて直ぐに矛を収めた。


「リ……キュラハの見立てでは付近に監視もいないし、その類の魔法も施されてないんだよな?」

「そうだよ」

「隔離は三日……洗脳されているかどうかを判断するのにそれで足りるんだろうか?」

「魔法による洗脳なら一日もあれば解けるからね。アタシでも丸二日ぐらいが限界かな」


 牧緒は感じた違和感を言葉で羅列していく。


「何で俺とキュラハを同じ部屋にするんだ? 俺が洗脳魔法をかけている本人である可能性もあるだろ」

「この国では魔法による洗礼を受けた者しか魔法を使えないからね。本物の聖域と違って抜け道は多くあるけど」

「それにしたって、敵である俺は牢屋か何処かに放り込まれるべきじゃないか?」

「ん? ヴァーリア監獄にいた頃が懐かしいのかい?」


 当然、牧緒は牢屋に入れられたいわけではない。ただオーギュオンが下した判断を理解できないだけだ。


「俺たちの思惑が読まれてる……ってことはないよな?」

「さぁ? どっちでもいいじゃないか。アタシがついてるんだから」


 頼もしい限りであるが、牧緒の不安が解消されることはない。


「なぁ、監視もいないことだしさ、この手錠はずしてくれないかな?」


 囚われの身である者が鍵を持っているわけにもいかず、牧緒はそれをリデューシャに預けていた。

 

「ダメ。誰か入ってきたら困るでしょ? 食事はアタシが食べさせてあげるからさ」

「……それはキュラハならそうするからか? それとも……」


 リデューシャは「フフ」と笑って誤魔化した――。



 一方、オーギュオンにより派遣された冒険者たちは、牧緒たちとは入れ違いに魔境へ迫っていた。

 その足音は、伏魔殿を取り囲む獣人たちの町にまで及ぶ。


「獣人と言えど、奴隷の寄せ集めだ。大した戦力じゃないだろう」


 【秩序の剣(ウォクスデイ)】のリーダー、剣烈(けんれつ)のターダはそう分析した。

 最も好戦的な冒険者パーティーは、誰よりも早く進撃する。


「突破するつもりですか? 目的はあの高地の城……抜け道を探して侵入した方が良いのでは?」


 パーティーの人数は十六人。その中には冷静な者もいる。

 進言されたターダは、その者の肩を強く握った。


「お前の言う通りだ。だから俺たちが町で暴れれば、他の奴らがそれだけやり易くなるだろ?」


 他のパーティーは今も遠方から魔境の様子を窺っている。

 侵入経路や敵の戦力を正確に見極めるために。

 だが、魔法防御が施された高い壁は破壊できそうにない。

 更に、各所に点在するゴーレムと思しき魔物たちは、ジッと空を見据えている。上空からの侵入も難しいだろう。

 考えられる方法は一つ。正面から侵入すること。少なくとも誰かがそうすれば、別の侵入を可能とする隙を生むことができるだろう。

 

 転送魔法で移動する牧緒たちにとって、本来必要のない町の出入り口。

 しかしそれは、軟禁されているという印象を獣人たちへ与えないために必要な物だった。

 そのため大きな門は解放されており、オルガノが雇った傭兵の何人かが門番をしているに留まっている。


「おい、止まれ。何者だ貴様ら」


 平然と門をくぐろうとするターダたちを、門番が止める。


「旅の者さ。見慣れない町があったんでな。寄ってみたのさ」

「部外者を入れることはできない。直ぐに離れないと痛い目を見るぞ」


 門番が言い切った瞬間、ターダの剣は鞘から抜かれ、眼前の首を両断していた。

 門番の数は前面に四人、更に奥に六人。たった一太刀の斬撃は、隔たる空間を無視してその全員を亡き者とした。


「【悪の特異点(マレフィキウム)】は世界の敵だ。それに(くみ)する人間も敵だ」


 ターダはそう言い捨てて、正門を易々と突破した。

 忘れてはならないのは、彼らはS級冒険者であること。

 “終末級”という枠組みを無視すれば、全員が特定の強さや技術を極めた強者たちである。

 努力では到底及ばない境地に辿り着いた彼らにとって、金で雇われただけの傭兵など雑兵に過ぎない。


「……十人やられた。まさか真正面から攻めて来るとは」


 傭兵のリーダーであるミシェルは、常時発動型の検知魔法により部下の死を悟った。


「侵入者です。数や目的は不明。ニャプチ様に伝えなさい」

「うぃっす!」


 ミシェルは状況を部下を使って伝達させる。

 それと同時に、魔法具を用いて各所に電報を入れる。

 道具を上手く使えないニャプチと、魔法大国シオンレウベに潜入捜査中の牧緒とリデューシャにはそれが伝わることはない。

 しかし、オルガノとユレナには間違いなく届くだろう。


(全員が正面突破するはずもない。恐らくこれは陽動作戦……こちらの主戦力を対処に向かわせるつもりか)


 ミシェルは状況を分析する。

 主戦力とは、当然【悪の特異点(マレフィキウム)】のことを指す。

 ミシェルたちは本来、獣人たちのいざこざを解決するために雇われた傭兵。

 侵入者の対処は仕事に含まれていない。

 それでも門番として人手を割いていたのは、獣人たちが無秩序に外部へ逃げ出さないようにするためだ。

 雇い主であるオルガノからは、獣人たちの出入りを許可するよう言われているが、フリーパスとするわけにもいかない。


(“終末級”を倒すことは不可能。なら目的は何? 獣人たちを攫う、もしくは始末するため?)


 ミシェルは知らない。現在魔境に“終末級”が不在であることを。

 少しでも外部に情報が洩れることを避けるために、牧緒たちは誰にもこの事実を伝えていない。

 使用人として伏魔殿へ入ることができるヒューリカですら、少し外出する程度の認識でいる。


 このタイミングで侵入者が現れたのは完全に偶然であった。

 当然、侵入者たちも“終末級”が不在であることを知らない。

 つまり、彼らは勝てるはずもない敵と戦うことを前提に魔境へ攻め入ったのだ。

 それは討伐が目的ではないことを意味している。

 

(獣人たちが目的では割に合わない……なら……!)


 侵入者たちが伏魔殿を目指しているであろうことを、ミシェルは推察する。

 だが伏魔殿で何をしたいのか、それが分からない。

 ミシェルは返信の電報が来るのを待つよりも、自らが出向いた方が早いと判断し、派出所を飛び出して伏魔殿へ向かった――。



 正面突破したターダの想定では、多くの獣人を殺すことで【悪の特異点(マレフィキウム)】の誰かが現れるはずだった。

 そうなれば、ターダは仲間を見捨てて転送魔法で脱出。その後、騒ぎに乗じて()()()()で侵入を試みる他のパーティーたちに追随すればいい。

 しかし、現実は違った。


「はぁ、はぁ……、何人いるってんだ……お前はよぉ……」


 未だ、誰一人獣人を仕留めることはできていない。

 それどころか、既に二人の仲間が戦闘不能な状態にまで追い込まれている。


「何人でもいますとも。(わたくし)には、あなた方が諦めるまで死に続ける覚悟があります」


 彼らに立ちはだかったのは、使用人のヒューリカであった。

 そこら中に彼女の亡骸が転がっている。だが、同じ顔をした同じ姿のヒューリカは無尽蔵に彼らの前に姿を現す。

 一人一人の力が弱くとも、物量は絶大な力を発揮するのだ。


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