44話 魔法大国シオンレウベ
伏魔殿の議場。そこは【悪の特異点】の面々のみが入室を許され、僅かな音すら漏らさぬ密室。
バルバラのために設けられたランタンは暗く、何も照らしていない。
唯一残された小さな残り火は生きてはいるが、バルバラの意識を宿していない。
それは常に牧緒の傍を離れようとせず、項を温める様にちらちらと首筋から火先をのぞかせるばかりだ。
「話した通り、これからは手分けして事を進める」
既に今後についての討議は終わっているようだ。
牧緒は締めとして、改めてそれぞれの役割を伝える。
「オルガノとユレナは、各地を回ってバルバラが健在であるかのように見せかけること。それと同時に、バルバラ復活の手段を探ってくれ」
ユレナが幻影魔法でバルバラの姿を投影し、オルガノが重力魔法で幻影に質量を持たせる。
そうすることで、バルバラが恰もそこにいるかのように見せかける。
元々はバルバラを崇める獣人たちへ希望を与えるために考えた手法であったが、方針を転換して魔境の外で実施することとした。
目的は、各国に【悪の特異点】の戦力が欠けていないことをアピールするためだ。
実際にバルバラが倒れたことを知っているのは、勇者レトロとその仲間の二人のみ。
真実が周知されようとも、幻影のバルバラを見た者たちはそれを疑わざるを得なくなる。
「任せてください! バルバラ様のためにも全力を尽くします!」
やる気のユレナとは裏腹に、オルガノは険しい顔をしている。
魔境を完成させることの方に興味がある彼にとって、隊商の様に世界を旅することは望んでいないのだろう。
しかし、ユレナと組まされてしまっては不平も言えない。牧緒はそれが分かって分担していた。
「ニャプチは引き続き町の獣人たちの助けになってやってくれ」
ニャプチは獣人たちの代表として、十二分に役割をまっとうしている。
淡々と仕事をこなすだけのヒューリカとも、治安維持のためにそれなりの威圧を以って接するミシェルたちとも違う。
友の様に彼らと関わるニャプチは信頼を得ていると言って良い。
「がんばるにゃぁ~」
気の抜けた声で面倒くさそうに振る舞うが、その表情はまんざらでもなさそうだ。
「俺とリデューシャは潜入捜査だ」
それは魔法大国シオンレウベへの侵入。もちろん目的は自称神に会うこと。
魔境の噂も、程よく世間に浸透してきた頃だろう。自称神の耳に入っていれば、むしろあちら側から牧緒と接触したがるかもしれない。
作戦は単純。リデューシャが異端審問官の一人であるキュラハに憑依し、その体を動かす。
異端審問官ならば、魔法大国シオンレウベのあらゆる検問を突破して中枢に潜り込むことができるだろう。
キュラハは魔女を迷いの森に封印することには失敗したが、その主である牧緒を捕らえて自称神へ献上する……というシナリオだ。
「まぁ、大きく事を構える気はないから安心してくれ」
牧緒は念のため方針を伝えた。
バルバラの復活を待たずして、自称神と戦うつもりはない。これは潜入捜査に過ぎないのだから。
魔法大国シオンレウベの実情と、神の在り方や容姿、その考えを知ることができれば御の字だ。
危なくなれば、リデューシャの転移魔法で逃げればいい。
こうして【悪の特異点】の面々は散り、各々は準備に取り掛かった。
リデューシャは伏魔殿の地下へ。
薄暗い廊下の突き当りに鎮座する重々しい扉が、ガリガリと床を削りながら開く。
部屋の中央には、正体不明の液体に満たされた大きなガラスの筒が見える。
その中には呼吸もしていないキュラハの肉体があった。まるでホルマリン漬けだ。
「この矮躯なら、妾にも“かわいい”を成せるやもしれん……フフ、楽しみだ」
キュラハは決して小さくない。人間の女性としては平均的と言って良い。しかし、牧緒と比べても頭一つ分背の高いリデューシャにとっては違った。
彼女は、自身の体躯ではユレナの様な幼さを併せ持つ可愛さを表現できないと考えた。潜入捜査に託けて、牧緒との関係をより親密な物とするつもりだ。
そんな思惑があるとは露知らず、牧緒は一人バルコニーの手すりにもたれ掛かって風に当たっていた。
マントを脱ぎ捨て、片手には手錠を握っている。後はそれを掛けて、キュラハに扮するリデューシャに連行される様を演出するだけだ。
普通なら緊張もするところだが、潜入するのも脱出するのも、リデューシャがいればなんら不安はない。
知恵を絞る必要があるとすれば、自称神からどうやって異世界へ渡る方法を聞き出すかだ。
自称神がそれを知っているというのも、牧緒の予想に過ぎない。ニャプチがいない以上、相手の嘘を見抜く手段もない。
もっと計画を練る必要があるだろう。しかし、それは今までがそうであった様に、牧緒は今回も行動を急いてしまっている。
この行動力が彼の良いところでもあり、欠点でもある。
「待たせたなマキオ。いや、マキオ君……だったかな? 杖を持ったのなんて数百年ぶりだよ」
リデューシャの視点で語られる言葉であるにもかかわらず、キュラハの声色と口調をほぼ完璧に再現していた。
服装も髪型も、初めて会った頃と同じである。
「凄いな……完全にキュラハだ。記憶なんかも読み取れるのか?」
「あぁ、浅い部分の記憶ならね。より深く読み取ろうとすると、体が拒絶反応を起こしちゃうから無理」
「そうか。やっぱり記憶は魂じゃなくて脳にあるのか」
それは疑う必要もない当然の仕組み。しかし、心臓を心だと言い張るこの世界の人間なら仕組みが異なるかもしれない。
だから牧緒は、憑依したリデューシャに確認するまで確信が持てなかった。
「……本当にリデューシャなんだよな?」
「もちろんだ。普段の妾でいては襤褸も出よう。今から慣らしておかねばな。とゆーことでよろしく」
記憶を読み取れるのは、本人になりきって潜入するのには都合が良い。だが、牧緒にとっては不気味な違和感でしかなかった。
姿は異なっていても、相手をリデューシャだと認識している分、その違和感が払拭されることはないだろう。
「じゃあ、早速向かおう。開龕――」
リデューシャは転送魔法で黒い壁を作り上げた。使える魔法は変わっていないようだ。
しかし、黒い壁の角が僅かに丸みを帯びている。光を飲み込んでいるかの様に漆黒だったそれは、波打ちながら光を反射している。
「うむ、魔力の質が悪いな。まぁ、効果が変わるほどではない」
動かす体に文句を言いたい時は、元の口調に戻るようだ。
牧緒は自ら両の手に手錠をかけた。何故かリデューシャは腕を組み密着する。
見様によっては連行されている様でもあるが、お互い妙に笑顔である所為で仲睦まじくも見える。
一方は照れ臭さから、一方は可愛らしい様相をアピールするために。
牧緒は無理やり口角を下げようとして不細工な表情になる。それがむしろ、捕えられた男の悲痛な感情を思わせる物になっていた。
リデューシャはそんな牧緒の腕を引き、壁の向こうへと消えた――。
場所はまさに魔法大国シオンレウベ。その都の神殿。
ある男が、荘厳で煌びやかな廊下を進む。
見上げなければ頂が見えないほどの階段を前に、男は跪いた。
「異端審問官が第一席、オーギュオン・ベヘル。ご報告を持ってまいりました」
「申せ」
オーギュオンの言葉に反応し、遥か上段から声が降った。
「件の魔境に、魔女の存在を確認しました」
それは直接目視されたものではない。
魔物が徘徊するだけの何もない土地に、気が付けば町と城が据わっている。
それは紛うことなく強欲の魔女にしか成せない業。
「ならば消せ」
その声は簡単に言う。書き損じた手紙を破り捨てるのと同じ感覚であるかのように。
「魔境を討ち滅ぼすべく、優秀な冒険者たちを派遣しております」
世間からすれば、魔境は罪人が不法占拠した土地である。冒険者がそれをどうしようと、全ては正義。
魔物に占拠された迷宮を荒らすのと、もとい攻略するのと変わらない。
向かう冒険者たちは各国の精鋭と言っても過言ではない。彼らは全員、S級を冠するパーティーである。
剣士のみで構成されたパーティー【秩序の剣】は、滅びの巨人を討滅した実績を持つ。
サイサーナ帝国の元近衛十二兵が独立して立ち上げた【真槍累々隊】は、迷宮の魔物を根絶やしにすることで名高い。
四百年の歴史を持つ暗殺一家【這い寄る静寂】は、数多の戦争を終結に導いた立役者ではないかと噂されている。
叡智を以って新しい魔法具を創生し続ける組織【知恵と石塊の輪】は、冒険者ギルド最大手と言って良いほどの人材を有する。
少数精鋭の超新星【渡り鳥の賛歌】は、六体にも及ぶ“亡国級”の魔物を倒して多くの国を救った。
「魔女に敵うとは思えませんが、敵情を知るには役立ちましょう。場が整いましたら、例の力を解放して魔女を葬る算段です」
魔境は侵入するのも難しい土地。牧緒は、そんな場所に攻撃を仕掛ける者はいないと考えていた。
少なくとも、勇者が万全を期するまでは。しかし、それは間違っていた。
【悪の特異点】の戦力が分散した今、奇しくも人類の精鋭が魔境に牙を剥く。
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