43話 獣人
奴隷だった獣人たちを強引に集めてから一週間と少し。
「ようこそ、バルバラの町へ?」
獣人たちの様子を視察しに、町へ足を運んだ牧緒が目にした看板を読み上げた。
明らかにリデューシャが作ったものではない。
「なんでバルバラ?」
「獣人のほとんどは、今も唯一竜を神様だと思ってるっぽいにゃ」
「ニャプチは違うのか?」
「ボクは宗教には興味ないからにゃ~」
「そっか……。何にせよ、バルバラさえいれば簡単に彼らをまとめ上げることができたってことか……」
この世界にも様々な宗教はある。
人間は国や地域によってそれぞれ崇める神がいるが、獣人にとっては種族共通で信じる神が決まっている。
個性が強く、他種族から迫害されてきた獣人は、唯一無二の存在であるバルバラに通ずるものを感じるのだろう。
「看板を作ったのは獣人たちだよな? だとしたら色々発展してそうだなぁ」
看板の作りはなかなかにしっかりしたものだ。牧緒は期待を膨らませ、ゆっくりと歩きながら街の様子を窺う。
全ては黎明。しかし、確実に文明は成されようとしている。
土を耕し、畑を作ろうとする者たち。
それぞれの特技を生かした店を立ち上げようと、建物を改修する者たち。
何やら用途不明の穴を掘り続ける者たちもいる。彼らにとっては意味があるのだろう。
どの作業場にもヒューリカが寄り添い、サポートしている。
「大丈夫そうだな」
それを見て、牧緒は安心する。
微笑みながら街を進むと、何人かの獣人が声をかけてきた。
「こんにちは、ニャプチさん! 言われた通りにしたら、簡単に卵が取れました!」
牧緒に軽く会釈する者もいたが、ほとんどは早々にニャプチに向き直る。
その態度は、牧緒が望んだ通りだ。
彼らにとって牧緒は、石造りの舞台で演説をしていた人……程度の認識だ。
名乗ってもいないし、立場を説明してもいない。それは支配者の存在を有耶無耶にすることで、奴隷としての自覚を改めさせたいからだ。
この町では、自由に生きて、自由に自己を持てることを意識させたいと、牧緒は考えている。
「良かったわん。分からないことがあったら何でも聞くと良いわん」
「ありがとうございます!」
ニャプチが獣人たちの肩を軽く叩いて言うと、頭を下げてその場を去って行った。
(わん……?)
いつもと違う語尾に、牧緒は少し困惑する。
彼女にとって、それは威厳を感じさせる語尾なのだろう。
(やっぱり語尾は意識的に付けてたんだな。他の獣人で「にゃ」とか「わん」って言ってる奴なんていないもんな)
牧緒は突っ込もうかとも思ったが、ニャプチにとっての当たり前を、今更ほじくる必要もないだろうと考え直した。
その後も、行く先々でニャプチは声をかけられる。
その度にニャプチが彼らを激励して送り出す、を繰り返した。
「ユレナからは、あんまりこういうのに興味ないみたいだって聞いてたけど、なんだかんだシッカリ上司してるな」
「頼られると弱いからにゃ~」
ニャプチは少し照れ臭そうに言った。
そんな様子を微笑ましく思いながら、牧緒は目に入ったベンチに向かい、腰を下ろした。
「俺に協力してくれたのも、それが理由か? 脱獄に協力してくれた理由、前に聞いたときははぐらかされたからさ」
成功率が限りなくゼロに近い杜撰な脱獄計画に乗ったのには特別な訳があるはずだ。
しかも、ウオラ王国でそれを聞いたとき、ニャプチは明確に答えなかった。
「うにゃ~……それは、何と言うか……マキオに共感したから、かにゃ」
「共感?」
「家族に逢いたいって……『二度と逢えない』と『いつか逢える』は、全然違うって言ってたにゃ」
「覚えてたのか。あぁ、俺は家族に逢いたい。もしかしてニャプチも?」
「家族じゃにゃいけど、ボクを生んでくれた人に逢いたいと思ったにゃ。もう、諦めてたんだけどにゃ……マキオが外に出してくれるって言うから……」
自らを生んだ者を家族ではないと言う。
しかしその様子から、それが怨恨などに起因したものではないことが分かる。
「その人がどこにいるかも分からないにゃ。だから今はマキオたちと一緒にいるだけで大丈夫にゃ」
今までに見せなかった、悲しそうな表情を浮かべる。
「探そう、必ずその人を。約束する」
元より、牧緒は全員との約束を守るつもりだ。
しかし今日まで、ニャプチの願いだけは分からなかった。
他の者たちの願いは……少なくとも牧緒の認識では、共通して異世界へ行くことが要となる。
だがニャプチの場合は、この世界のどこかにいる者を探すだけ。
比べれば、難易度は簡単だ。ニャプチが今までそれを言い出せなかったのは、そういう理由からかもしれない。
そんな、しんみりとした空気を一人の獣人がぶち壊す。
「おい、あんたが王様だな?」
不躾に声をかけたのは、人狼の男。その姿は獣に寄っている。
彼の背後には、同じように屈強な獣人が数人控えていた。
獣人の中には、彼の様に牧緒の立場を把握している者もいる。
それこそ、ヒューリカやミシェルたちに聞けば分かること。
王であることを吹聴はしないが、隠しているわけでもない。
「あぁ、そうだ。何か用か?」
一応、“尊大モード”で応答する。
すると人狼の男は爪を立て、素早く牧緒の首を狙う。しかし、虚しくもそれは失敗に終わった。
ニャプチが目にも留まらぬ速さで人狼の足を掬い、そのまま頭を掴んで地面に叩きつけたのだ。
「お前ら、やれ!」
人狼は大声で仲間に指示を出すも、彼らは全員、腹を抑えて地面にうずくまっている。
あの刹那、ニャプチは眼前の人狼に留まらず、周囲の殺意を秘めた者たち全員に悶絶するほどの一撃を加えていた。
「くっ……これほどの強さで……何故そんな奴に仕えてる! 我々獣人には相手の潜在的な強さが分かる……その男は弱い!」
野生の勘の前に、牧緒は丸裸にされる。魔力量や、才能、肉体の強さを含めた、生物としての実態を見抜かれたのだろう。
「お前も獣人だろう! 俺たちで、そいつの立場を奪うんだ! こんな辺境の地に留まる必要はない!」
「そういうのはお断りにゃ」
きっぱりと拒絶され、人狼の全身から力が抜けていく。
奴隷として開放されたとはいえ、急に知らない土地へ連れてこられ、文明的な暮らしを強要される……より野生に近い獣人にとっては、我慢ならない環境だったのだろう。
だからこそ、より自由を求めて反逆した。
「……殺せ。全ては俺の責任だ……他の奴らは関係ない……」
無策で愚かな行動には違いないが、覚悟は決まっている。
「そう言えば済むと思っているのか? これで俺の獣人に対する認識は変わった……お前の所為で全員が苦しんで死ぬ」
そう言って、牧緒は足を組んでふんぞり返る。
もちろん、そんなつもりはない。しかし、このままアッサリ許してしまうわけにもいかない。
自身が仕出かしたことの重大さを、分からせる必要があった。
「……てめぇ! クソ人間があああ!」
再び人狼が力いっぱい暴れ出す。しかし、地に付いた頬を引き剥がすことはできない。
「以前にもお前の様な奴がいた……そいつのことは嫌いだが、お前のことは気に入った。何故なら、利用できるからだ」
牧緒は、かつて【悪の特異点】の盟主たる地位を奪おうと画策したドルーガンと、人狼を比較した。
その言葉が届いているのか分からないほど、人狼は息を荒げて体を激しく動かし続けている。
「行動範囲という意味で、より自由を与えよう。人間が憎いなら、その思いも発散させてやろう。話を聞く気はあるか?」
人狼は動きを止めて、息を整える。ニャプチはそっと、頭を押さえつけていた手をどけた。
「はぁ、はぁ……聞くだけ……聞いてやる」
人狼は観念し、牧緒の慈悲に縋りついた――。
それから数日後。場所はウオラ王国の北西に位置する、コタン村。
人口約三百人。王都が崩壊するまでは、数人の傭兵が常駐していたが、今はない。
そんな村に隣接する森から、ある盗賊団が忍び寄っていた。
「カシラ、ざっと見まわしましたが、やはり傭兵はいませんでしたぜ」
「年寄りも多い。苦労はなさそうだな」
彼らの数は五十。それぞれが殺傷力を持った武器を携帯し、幾つかの魔法具を扱う。
ここ数日、この様な盗賊団がウオラ王国の各町村で暴れる事件が多発していた。
国力が落ちたことで脅威ではないと判断され、他国からの侵略は免れているが、王国の手が届きにくい地方で略奪が行われることとなってしまった。
「よし、一気に終わらせるぞ」
頭が合図を出すと、一斉に森から盗賊たちが飛び出した。
「オラオラァ! 殺されたくなけりゃ大人しくしてろ!」
村人たちは叫びながら逃げ惑う。
盗賊団としても、家がもぬけの殻となるなら願ったり叶ったりだ。
抵抗する者がいれば、むしろ面倒な仕事が増える。
盗賊には残虐な快楽殺人鬼も少なくないが、今回はそういった輩はいなかった。
だからと言って、彼らの行為が許されるわけではない。その罰は、すぐに下ることになる。
幾つもの建物の陰や屋根上から、獣人たちが姿を現す。その風貌は多種多様。
獣の耳や尻尾を生やした人間に近い見た目の者から、複数の腕と足を持つ者、甲殻類の性質を持ち合わせた見た目の者もいる。
「おい、何だこいつらは⁉ 傭兵はいなかったんじゃないのか⁉」
「へ、へい! 確かにいなかったはずなんですが……」
焦る盗賊団は、いつの間にかその背後も取られていることに気が付く。もう、引くことはできない。
「お前ら程度の人間が、俺たちの気配を探れるはずがないだろう」
人狼の男が前に出て言う。
獣人の気配探知能力は非常に高い。それとは逆に、気配を消すことにも優れている。
「仕方がねぇ! 全員殺せ!」
頭が声を張り上げる。
「おらぁ!」
一人の盗賊が剣の魔法具を振る。途端、不可視の斬撃が人狼の体に届く。
「……きかねぇなぁ!」
人狼は無傷。同じように、様々な魔法が獣人たちに牙をむくが、その全てが通用しない。
「ぐぎゃあああああ!」
盗賊たちは瞬く間に倒れていく。魔法が通用しない以上、速さでも力でも獣人には敵わない。
ものの数分で事は片付いた。
「終わったな、ゲルン」
ある獣人は、人狼のことをそう呼んだ。
ゲルン・バッド。誇り高き人狼として生を受けるも、姑息な方法で人間の手に落ちた獣人。
牧緒を殺そうとして返り討ちにあい、今はこうしてウオラ王国の国土を守護する役割を担わされている。
「ふぅ、見えない鎧か……大したもんだ。魔法が痛くもかゆくもねぇ」
ゲルンは透明のそれに爪を立てながら感心した。
リデューシャにより与えられた魔法の一つ。
発動自体はリデューシャの魔力を消費するが、その維持にかかる魔力は、鎧を身に着けた者たちから抽出される。
一仕事終えた獣人たちの元へ、一人の村人が近づいてくる。
「あ、ありがとうございました……なんとお礼をすればよいか」
謝意を述べるその声は、僅かに震えていた。
「俺たちは魔境の王に雇われただけだ。それより、こいつらの死体を村の外周に吊るし上げておけ。身に着けている物は全部やる」
「つ、吊るし上げ……そ、そんなこと……」
「馬鹿野郎。俺たちも次があるんだ。別の盗賊に狙われるのは嫌だろ?」
牧緒が村々の守護を依頼したのは、気性の荒い一部の獣人たちのみ。
彼らだけで全土を網羅することは不可能。そのため、いつまでもこの村に常駐はできない。
故に、遺体を吊るし上げることは見せしめとして重要なことだった。
「は、はい……その通りにします」
村人もそれを理解して、首を縦に振った。
これは、あらゆる町村で行われた。
主に盗賊を中心として、獣人の傭兵たちのことが広まり、それがウオラ王国を実質的な属国とする、魔境の王によるものだと伝わって行く。




