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42話 魔法

 魔境の町、その中央広場に獣人たちが犇めく。

 牧緒は無駄に装飾された石造りの舞台に上がり、声を上げる。


「君たちには今日からここに住んでもらう。何人かの人間が、君たちをサポートする」


 奴隷として調教された彼らは、それぞれ不安そうな顔を浮かべるも、黙って牧緒の声に耳を傾けた。

 眼前の男が新たな主人だと勘違いしているのかもしれない。


「不便があれば遠慮なく言ってくれ。できる限り配慮しよう。俺が望むのは、君たちがこの魔境で平和に生きること。ただそれだけだ。最低限の統治はあるが、税を取るつもりもなければ、対価も求めない」


 リデューシャの魔法により、その声は漏れることなく、全ての獣人に届いている。

 しかし、目視するのも難しいほど遠くに追いやられた獣人にも聞こえるように、大声で叫ぶように言い切った。


「はぁはぁ……よし、後は頼んだ」


 息を切らしながら、ヒューリカの肩を叩く。


「畏まりました。一月後には、彼らの人間らしい暮らしぶりを、ご覧に入れてみせます」


 きっぱりと言い放つと、ステージの影からぞろぞろと大勢のヒューリカたちが現れる。


「「「さぁ、あなた方はこちらに」」」


 類似した動物を身に宿す獣人をグループ分けして、てきぱきと案内する。


「それでは、(わたくし)も行ってまいります」


 そう言って、牧緒の隣にいたヒューリカもその場を離れる。


「うにゃ~、すっごいにゃ」


 ニャプチが口を開けたまま、ぞろぞろと街の奥へ消えていく獣人たちを舞台の上から眺めて呟いた。

 五千人を超える集会は、暴動以外ではなかなか見られない珍しい光景だろう。

 獣人が広場からはけた頃、体のラインが強調されたスーツを着た女性が、牧緒に近づいた。


「お初にお目にかかります、マキオ様。私はミシェル・ヒルバレンダ。直接はオルガノ様に雇われた傭兵です」


 髪は丁寧に結い上げられ、細い眼鏡を指先で上げる仕草は、彼女の几帳面さや自信を窺わせる。


「そして、私は彼らのリーダーを務めまております」


 ミシェルが視線を舞台の下に移すと、そこには数十人の屈強な男女が並んでいた。


「あぁ、オルガノから聞いているよ。細かいことはオルガノの指示に従って動いてくれ」


 多くの人間を動かすことに自信のない牧緒は、面倒なあれこれを全てオルガノに託した。

 ミシェルはそれを了承して軽く会釈すると、他の者たちと街の奥へ消えて行った。

 既に何をするべきかはオルガノから聞いて把握しているようだ。


 世界各地から奴隷が消えたことについて、既に多方で騒がれていることだろう。

 誰もが【悪の特異点(マレフィキウム)】の仕業であると知っている。

 そのために牧緒は奴隷の主たち全員の前に姿を見せたのだから。

 だが、獣人たちが無主地に集められ、町を成しているとは思いもしないだろう。

 その事実が知られ、広まるまでには時間がかかるはずだ。

 自らそれを周知させることも可能だが、敢えてそうせずに時間を作った。


「その間に何するにゃ?」

「そろそろ俺も、魔法ってやつを覚えないといけないと思ってね」


 かつて、努力の二年をかけて実ることのなかった魔法。しかし今は、千年を集約した魔法のプロフェッショナルがいる。

 最高の指導者の下に学べば、結果は変わるかもしれない――。



 ヒューリカたちが仕事をしている間、牧緒は魔法を学ぶべく、意気揚々と場所と人を用意した。

 もちろん、教師はリデューシャである。


 伏魔殿のとある一室。リデューシャは牧緒を凝視したまま、その周りをゆっくりと回る。

 牧緒は何となく両手を上げて、足を肩幅より少し大きく広げる。

 体の全体が隅々まで見えるようにした方が良いと考えたからだ。


 リデューシャが牧緒の正面で立ち止まり言い放つ。


「残念だが、魔法は使えないものと思え」


 確認していたのは、牧緒の魔力。

 極稀に、体外に魔力を放出できない者がいる。それならば、訓練次第で改善が見込めるが、牧緒には体内に必ず存在するはずの魔力そのものが見当たらなかった。

 

「全く魔力を感じない者を見るのは初めてだ」


 リデューシャは、初めてそう感じたかの様に驚いて見せた。

 実際には、牧緒を一目見たときから魔力が一切存在しないことに気が付いていた。

 そもそも牧緒に強さを求めていなかったリデューシャは、それをわざわざ伝えるつもりも改善するつもりもなかった。

 だが、本人がやる気を出して教えを乞うならば、現実を突きつけざるを得ない。


「やっぱりそうか……。まぁ、俺の世界に魔法なんて使える奴はいなかったし、当たり前か」


 牧緒は落胆する。

 分かっていたことではあるが、リデューシャの目から見れば、また違った結果になるかもしれない、という期待があった。


「ふむ、少し触るぞ」


 そう言ってリデューシャは、両手で牧緒の体を撫でる。腕、脇の下、果ては足の付け根まで満遍なく。


「ふ、ふへっ……ちょっとくすぐったいな」


 牧緒はうっかり声を漏らしてしまい、照れながら誤魔化す。

 

「分かりづらいな。ちょっと服を脱いでみろ」

「え? いや、それはちょっと……もう魔法が使えないことは分かったし、もういいよ」


 協力してもらっている立場ではあるが、流石の牧緒もこれは即座に断った。

 リデューシャは一瞬ムッとした表情になったが、やり過ぎたと思ったのか、牧緒から離れて部屋の隅の椅子に腰かける。


「更に詳しく見てみたが、はやり結果は同じだった。マキオに魔力は存在しない。魔力がなくてどうやって生きていられるのか不思議なものだ」

「普通人間は魔力なんてなくても生きていけるよ」


 魔力が誰にでも備わるのなら、この世界の人間は魔力が生命を維持するのに必要不可欠な物だと考えても仕方がない。

 牧緒は自身の常識を語った。しかし、リデューシャは納得がいっていない様子だ。


「では、どうやって血液を体中に循環させるのだ?」

「そりゃあ、もちろん……あれ? “心臓”ってこっちの言葉でなんて言うんだっけ?」

「“シンゾウ”……? 心のことか?」

「うーん、まぁ、そうかな」


 ニュアンスの違いに若干戸惑うも、牧緒はその訳を肯定した。


「マキオの体は、“シンゾウ”というものが心の役割を担っているというわけだな」

「ん? んー……そうなの、かな?」


 話しが上手く嚙み合わず、もどかしさを感じる。


(医学書的な物にも目を通した方がよさそうだな)


 ここは異世界。認識の違いだけではなく、本当に人体の作りが牧緒と異なっている可能性もある。

 その違いこそが魔法を使うヒントになるかもしれないと考えて、牧緒は医療知識を学ぼうと決心した。


「俺に魔力がなくても、リデューシャが俺に魔法をかけて強くできないのか?」


 それはゲームと同じ要領。仲間の攻撃力や防御力、素早さなどを強化する。そんなバフ効果が期待できると牧緒は考えた。


「それも難しいな。その手の類は、被術者の魔力に接続して初めて効果を得る。魔力そのものを持たないマキオには魔法をかけられない」

「でも、俺の傷を治したじゃないか」

「それは別だ。要は効果を持続させるためには、被術者の魔力も必要になるということだ」


 リデューシャが行使する癒しの魔法は、本人の治癒力や免疫力を増強させるものではなく、魔法で細胞を生み出して補う形式のものである。

 そのため、牧緒自身が魔力を有している必要はない。


「じゃあ、こんな感じで武器になる魔法をかけてくれないか?」


 諦めきれない牧緒は、背中にしがみ付いていたバルバラの炎を手の平に乗せて突き出す。

 もはやこの炎に大した力はないが、かつてバルバラが魔力を供給していた炎は牧緒の拳を強力な武器に変えた。

 それはたった一撃でドルーガンを吹き飛ばして撃沈させてしまうほどの威力。


「……悔しいが、妾にはできない」

「え?」


 意外な返答に牧緒は無礼な声を漏らす。見下す意図はなかった。

 ただ、バルバラにできてリデューシャにできないことがあることに驚いたのだ。


「マキオの体を焼かずに業火を放つ炎など……そんな器用なことは妾にはできん。炎でなくとも同じだ。もちろん、剣や鎧を生成して手渡すことはできるがな」


 バルバラの炎は、それそのものが生命体であるが故に、自ら魔力の流れや強弱を調整して何を焼くかを取捨選択できる。

 つまり、原型魔法【炎の革新(イフリート)】にのみ実現可能な絶技であった。

 リデューシャは魔力の流れどころか、その形すら操作できる稀代の天才。似た様な現象なら再現できるだろう。

 しかし、それに集中してしまえば自身が十分に戦えなくなる。牧緒を強化するよりも、自身が戦う方が格段に安全なのだから、どうするべきかは決まっている。


「そっか……」


 牧緒はしょんぼりとしながら、バルバラの炎を撫でるような仕草を取った。


(方法は……ある)


 リデューシャは椅子の肘掛けに傾いて頬杖をついて考える。

 彼女の原型魔法ならば、牧緒に魔法を使わせることができる。しかし、それは最終手段である。


(妾の魂の形は忌むべき魔法……生涯使うことはないと思っていたが……)


 魂の形は生まれ持ったものではない。

 早くて幼少期、遅くとも成人するまでの環境により成形される。

 彼女の魂の形は、奴隷としての生活で成形されたもの。それは今の彼女にとって、許しがたく受け入れられない効果を持つ。


 もしも、自身が牧緒を守ることができない状態に陥ったのなら、リデューシャは迷わずそれを使うだろう。

 だが、それは今ではない。


「お前には妾が付いているのだ。魔法など必要なかろう」


 落ち込む牧緒にかけられる言葉は、それだけだった。


「まぁ、そうなんだけどさ。いつも口だけの盟主ってのも、かっこが付かないと思ってさ……」


 脱獄も脱出も、魔境の創生すらも、牧緒は切っ掛けを作っただけで結局は仲間頼りの他力本願によって得られた成果に過ぎない。

 それでも牧緒は盟主として【悪の特異点(マレフィキウム)】を導くことを誓った。

 だから、少しずつでも盟主に相応しい人間となるための努力をしたい。

 その第一歩が、魔法だった。そのはずだった。


「得てして盟主とはそういうものだ。それに、妾たちの目的は異世界へ行くこと。お前はその道しるべとして十分に役割を果たしているだろう」


 リデューシャは落ち込む牧緒を励ます。


「切り替えるしかないかぁ。じゃあ、ついでだし、例の作戦について詳細を詰めるか」


 牧緒は仕方なく魔法を諦めて、話題を変える。


「神とやらを表舞台に引きずり出す作戦か。それにはまず、魔法大国シオンレウベについて知っておく必要があるだろう」


 入国するためには多くの審査をクリアする必要がある。それらは他国と比較すると非常に厳戒である。

 入国が認められても、常に監視が付いて自由は制限される。

 更に、首都には絶対効果魔法の結界が施され、疑似的な聖域と化しており、選ばれた者しか魔法は行使できない。


 牧緒とリデューシャは、互いに認識を共有した。


「他所に国際会議の場を設けて、そこに誘き出せればいいけど……」

「獣人の楽園を作り、神とやらの反感を買っても、自らが姿を見せるとは限らん」

「じゃあ、やっぱり」

「あぁ、反感を買った上で、こちらから出向くしかあるまい」


 それこそが、リデューシャが提示した最善の選択肢。

 相手優位の場所に、安全に侵入する方法とは……。


「今こそ、あの異端審問官の抜け殻が役に立つ……フフフ」


 魂だけを迷いの森に置いてきた、キュラハの体が肝となる。


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