41話 奴隷
夜――オルガノが伏魔殿に戻ると、牧緒に食堂へ案内された。
そこには、一人の使用人が立っている。
ヒューリカと呼ばれる彼女が、牧緒の雇った教育者だと言う。
「使用人を一人……? まずは基準を設けようということか」
オルガノが怪訝そうに言う。
どの様な能力を持った者が適任か問うために、試しに連れてこられた一人……だとオルガノは考えた。
「いや、彼女一人である程度は回せると思ってる」
「正気か?」
牧緒の判断を信じられないオルガノが語気を強める。
状況を察して、ヒューリカが口を開いた。
「私の原型魔法は【分裂】です。三百人程度の人手にはなるかと」
「原型魔法を扱えるのか……」
原型魔法は誰にでも備わる魔法。
しかし、こと人間においては、誰にでも使えるわけではない。己が魂の形を認識する必要があるからだ。
目に見えない物を掴むためには、想像を絶する精神修行や才能が不可欠だ。
オルガノにはこの使用人が、それほどの力量を持っているようには見えなかった。
「では今ここで、その【分裂】とやらを見せてみろ」
「はい、既に手筈は整っております」
ヒューリカが即座に答えると、奥から幾人ものヒューリカが現れる。
彼女たちは、温かい食事を次々に運んできた。
「調理も含め、全て私が行いました。他にも、ここ伏魔殿の清掃も全て」
「ほう……」
これにはオルガノも言葉が無い。
「誰だ、蜘蛛の巣を全て取っ払ったのは。雰囲気が台無しだ」
料理の匂いで人がいることを察したのか、リデューシャが食堂の扉を勢いよく開けてやって来た。
どうやらヒューリカの清掃が行き届きすぎたようだ。
「申し訳ありません。不要な物とばかり……認識を改めます」
ヒューリカは魔女を前に臆することもなく、それでいて逆鱗に触れぬように優しく透き通った声で謝罪した。
「謝らなくていいよ。俺もアレは気に入ってなかったから」
「え、そうだったのか?」
慰めるつもりで、牧緒はつい本音を零してしまう。
それを知ったリデューシャは、聞いたことのない裏返った声を上げて、あからさまに落ち込んだ。
「改めて紹介しよう。こちら、使用人のヒューリカ。ベイランからの紹介だが、彼女たっての希望で使用人兼教育者として雇わせてもらった」
「ヒューリカ・フォーラと申します」
彼女は【悪の特異点】を英雄視しているようで、是非働きたいと申し出た。
恐らく、世渡り上手なベイランがそのように風潮しているのだろう。
本人曰く、ウオラ王国に百人、魔境に三百人の人材としてヒューリカは存在している。
「そうか。しかし、雇い過ぎではないか?」
リデューシャは牧緒の決定に逆らうつもりはない。だが、突然我が家に押し寄せた複数の使用人に気圧される。
「あぁ、こっちがヒューリカで、あっちがヒューリカ、そこにいるのがヒューリカ。今、出て行ったのがヒューリカで、入って来たのがヒューリカだ」
牧緒は、からかう様に馬鹿げた紹介を続ける。
もちろん、リデューシャは彼女たちが魔法により増殖したものだと見抜いている。
「確かに同じ顔だな。気色悪い」
「たはは……で、町の方はどうだ?」
いつも通り態度も口も悪いリデューシャを見かねて、牧緒が話題を変える。
「完璧だ。いつでも奴隷共を放てるぞ」
「……そうか、そうか、ありがとう! じゃあ明日は早速、色んな国から獣人たちを救い出そう!」
救う、などと大それたことは考えていないが、『奴隷共を放てる』なんて言い放つほどリデューシャの口が悪いので、それを打ち消そうと必死になる。
ヒューリカがいなければ、適当に流していただろう。
「まあ、美味しそうな料理。使用人をお雇いになったんですね」
今度はユレナが食堂にやって来た。
「あぁ、そうなんだ。彼女はヒューリカ。で、あっちがヒューリカでこっちが――」
「もうやめてくれ、頭がおかしくなりそうだ」
同じネタを繰り返す牧緒に、流石のリデューシャも不平を漏らす。
「見る間に食事の場となってしまったが、続けさせてもらうぞ」
オルガノが閑話休題とし、自身の成果を牧緒に話し始める。
「いくつかの闇ギルドを回り、人手を集めた。町の治安維持を任せるつもりでいる。下々のいざこざに、我々が出るのも馬鹿馬鹿しかろう」
「確かにそれは重要だな」
「対価は単純に金だ。だが、私のかつての部下たちだ……信頼できる。準備が整い次第、紹介しよう」
その後も、牧緒とオルガノは食事をとりながら話しを続けた。
ヒューリカの数人は引き続き伏魔殿の使用人として働いてもらい、残りの二百人強は獣人の教育と生活のサポートを担う。
オルガノが雇ったという闇ギルドの人材は約五十人。実力も備えており、頭脳明晰な者もいる。
獣人の反乱を未然に阻止し、獣人同士の争いごとを仲裁する役目を担う。
そして本題は、魔法大国シオンレウベの神を、どうやって表舞台に引きずり出すかに移る。
「我々が獣人の味方であることを広く主張すればよかろう。奴隷を買うのではなく、解放するのだ。人間側にそれなりの被害を出せばよい。様々な国に喧嘩を売ることになるが……今更だろう」
「解放って手はアリだと思う。でも、人間を攻撃したくない。でも、それじゃあ話題性が低いってのも分かってる……自称神様の耳に届くほど、横暴に振る舞う必要があるよな……」
「奴隷商人や、その客がどれほど醜悪な者たちかは想像できるだろう? 弱き者に慈悲を与えるという信念は、そんな者も対象とするのか?」
「それは……」
牧緒は答えられない。食事の手は完全に止まり、腕を組んで静かに考える。
そんな時、パンを頬張ったままのリデューシャが切り出した。
「むぐ、人を傷つけずに目立てば良いのだろう? 妾になら可能だ」
リデューシャは「んぐっ」とパンを飲み込んで続けた。
「マキオの望む、最善の選択肢を妾が用意しよう」
そう言って、したり顔で牧緒に目線を向けた――。
翌日、とある国のとある町にて。
牧緒は、ニャプチとリデューシャと共に獣人の奴隷を売る店を探す。
国にもよるが、公然と奴隷売買は行われていない。
“牧場”という隠語で呼ばれ、主に都会の市場の隅で、ひっそりと営業している。
顧客は貴族や裏社会の人間たち。
奴隷は命の危険が伴う仕事に宛がわれたり、欲望を満たすために使用されることがほとんど。
気性が荒い者は調教され、従順にされる。
ニャプチが臭いで探り、牧緒は隠された場所へと向かう。
黒い布で覆われた一角を見つけると、掻き分けて中を覗く。蝋燭の明かりに照らされた幾つもの檻が見えた。
その中には、疲弊しきった様々な様相の獣人たちが捕らえられている。
吠える者など一人もおらず、ただ苦しそうな息遣いだけが響く。
「胸糞の悪い場所だ……」
牧緒は、腹に据えかねる様子で奥歯を強く噛んだ。
「うにぃ……、鼻がもげそうにゃ……」
衛生管理がなってないのか、強い獣臭を掻き消すために、更に匂いの強い香水が撒かれ、幾つもの香が焚かれている。
それらは混ざり合い、三人の鼻を刺激した。
見かねたリデューシャが指を鳴らすと、周囲から悪臭が消えてニャプチに笑顔が戻る。
「これはこれは、初めてのお客様ですかな? 私が支配人のダダバと申します」
脇から男が現れて、揉み手をしながら寄ってくる。
「御婦人もご一緒とは珍しいですな」
ダダバは牧緒の言葉を待たずに好き勝手に話す。
リデューシャの様にドレスを着込んだ女性が訪れることは滅多にないようだ。
「おぉ、そちらの奴隷は色艶が良いですな。さぞ手塩にかけたことでしょう」
本来ならば、“牧場”に連れてこられる獣人は奴隷以外にあり得ない。
その先入観から、ダダバは言ってはいけないことを言ってしまった。
「俺の仲間を……奴隷と呼んだのか?」
牧緒は冷酷無情な表情でダダバを睨む。
「っえあ、いえ、そんな滅相もございませんっ……!」
ダダバは腰を低くし、素早く後ずさる。
その時、彼は思い出す。【悪の特異点】の噂を。
(確か、獣人が一人……更には金色の髪の魔女。そして、黒髪に黒い瞳の盟主……まさか……)
ダダバにとっては、どう見ても異質な来客。ますます真実味を増す。
「やっぱり解放だな。こんな奴らに金をくれてやるなんて御免だ」
牧緒は途端に表情を緩め、あっさりと言う。
「承知した」
リデューシャが踵を鳴らすと、黒い影が辺りを満たし、獣人たちは檻ごと地面に吸い込まれていく。
「な⁉ これは……一体……」
ダダバは戸惑うも、何もできない。ただ、その光景を見守るしかなかった。
「貰っていくぞ」
牧緒はそう言い残してマントを翻し、その場を後にした。
その日、複数の国、複数の場所で奴隷が消えた。
売られている者も、移送中の者も、既に飼われている者も。
その数は五千にも及ぶ。
奴隷の主たちの前には、必ず黒髪と黒い瞳を持つ【悪の特異点】の盟主が姿を現した。
まるで挨拶を交わす様に、そして汚物を目にする様に、律儀に奴隷を奪うことを宣言する。
抵抗した人間もいたが、誰一人負傷した者は無し。
何一つとして破壊されたものも無し。
それはただ、奪われた――。




