40話 教育者
伏魔殿が建ってから一週間が経過した。
牧緒も自室を発見でき、様々な施設と構造を把握した。
今後やるべきことは多い。だが明確に計画が立てられているわけではない。
ぼんやりとした構想から、直ぐにでも実現可能なイベントを選択する。
まずは伏魔殿のお膝元、城下町を作る。その役割を担うのはもちろんリデューシャ。
伏魔殿を作り上げたときと同じ要領で、禍々しくも格式の高そうな建造物を次々に建てていく。
魔物の襲撃から守るため、町を魔法防御が施された高い壁で囲む。
更には、固定砲台式ゴーレムを何匹か配置し、空からの襲撃にも備える。
魔物が高度を下げて町に近づこうものなら、瞬時にゴーレムが電撃を放ち、撃退する。
これらもまた、全てリデューシャの魔法で成り立っている。
人類が数十年をかけ、ようやく作り出せる物を魔女は数分で成し遂げる。
「必要なのは指導者だ。それは“魔境の王”という存在があるだけで十分だろう。ならば同じ指導でも、教育者を立てねばならん」
「獣人を取りまとめる存在としては、ニャプチが身近でいいんじゃないかと思ってる。教育者については……手が取られそうだから、人を雇いたいな」
牧緒とオルガノは、円卓を挟んで今後について話し合っていた。
「何千人引き連れてくるかは知らんが、ニャプチ一人では無理だろう。獣人は気性が荒い。それ故、同じ種族内で争いが絶えず、疲弊した所を人間に搦め捕られているのだから」
純粋な生物としての力や能力は、人間より獣人の方が圧倒的に上。
にもかかわらず迫害され、果ては奴隷にまでされる理由は、オルガノが語った通りだ。
「その辺りは、自分たちで何とかしてもらえると思ってる。自浄作用もあるだろうし、何より目指すは国じゃなくて世界だからな」
ここでいう“世界”とは、ただの土地であり、環境のことを指す。所謂、天国や地獄といった曖昧な概念。
都合の良い法を定めるつもりもなければ、戦争に駆り出すこともない。それが牧緒の考える魔境の在り方。
もちろん、集めておいて放置するつもりもない。
獣人たちを【悪の特異点】の名の下に保護することが肝要だ。
オルガノが言う通り、教育が必要になることについても、牧緒は同意見だった。
「自給自足を学ばせなければ、食料問題は解決しないぞ。まさか永遠に買い与えるわけではあるまい?」
その気になれば、川も畑も果樹園も牧場も、リデューシャの魔法によって全て簡単に手に入る。
しかしそれでは飼い殺しも同然。魔境の民には自ら生きる術を身に着けてもらう必要がある。
「そんなつもりは無いさ。でも、獣人なら自給自足のあれこれは、本能的に知ってそうな気もするけどなぁ」
「奴隷に落ちるような奴らは、文明を知らん。野生の獣に立派な町をくれてやっても、爪とぎでボロボロにされるだけだ」
「そうだな。まずは優秀な教育者の勧誘か……いっそウオラ王国の人たちを魔境に招待して……」
「馬鹿が。元奴隷と共に暮らしたがると思うか? 命が惜しく、嫌でも断れまい……そうなれば不満は募り、いつか内部から腐るぞ」
オルガノは牧緒の安直な発想を一蹴して続ける。
「私に伝手がある……今の立場ならば、冥王の名を利用できるはずだ。幾人かの人材は用意しよう。お前はベイランを当たり、純粋に金で動く人間を紹介してもらえ」
闇ギルドの支配者として、オルガノは過去の人となってしまった。
そんなオルガノを敬い、付いてくる者はいないはず。
だが、【悪の特異点】の一人として名が知れた今なら、かつての異名を振りかざせると考えた。
「ベイランか……気まずいなぁ」
牧緒は嫌そうに顔を顰める。しかし一国の王子ならば、多様な人脈で必要な人材を見極めることができるだろう。
仕方なく、重い腰を上げた。
二人は円卓を離れ、旅の間に向かう。
旅の間とは、牧緒が勝手に名付けた、幾つもの扉が取り囲む広間のこと。
それぞれの扉は、リデューシャの転送魔法により、特定の国や土地に繋がっている。
「では、今晩また話し合おう」
そう言って、オルガノは赤い扉の向こうへ消えた。
それを見送ってから、牧緒は「ニャプチ」と一言呟いた。するとその場にいなかったはずの本人がどこからともなくやって来た。
「どこ行くにゃ?」
「ベイランに逢いに行く。優秀な教育者が欲しい」
ウオラ王国へ続く緑の扉を開く。
その先は黒い液体の様な物で満たされており、向こう側は見えない。
原理は幾度となく使用したリデューシャの転送魔法と同じ。何の不安も抱くことなく、二人はその身を投じた。
転送先は、未だ復興作業中の城下町。建物はまばらだが、抉れた地面のほとんどが舗装され、広場として活用されている。
テントを張った出店がいくつもあり、それなりに活気づいていた。
「細かい座標はイメージによって変わるらしいけど……人物をイメージしたから上手くいかなかったか?」
行先は広義であるため、ウオラ王国のどこに行きたいかをイメージする必要がある。
しかし、牧緒はベイランその人をイメージして扉を抜けた。そのため、失敗したかのように思えたが……。
「マキオ様! 来ておられたのですね。迎いも寄こせず、申し訳ない」
背後から、ベイランが声をかける。その周りには配下ではなく、一般の国民たちが群がっている。
ビシャブ王が行方不明となり、ベイランは王位に即いた。
復興に際して、国民に安心感を与えて士気を上げるために巡行しているのだろう。
「何でリデューシャに頼んで、ちゃちゃっと直してあげないにゃ? お城も壊れたままにゃ」
魔境にて、伏魔殿と町をあっという間に作り上げた様子を目にしたニャプチは、ウオラ王国の現状を見て疑問に思う。
「瀕死の国に、追い打ちをかけようとは思わないだろ?」
ウオラ王国は、【悪の特異点】と共に世界征服を企んでいると認められてしまった。
世界を敵に回した以上、他の国に攻め込まれてもおかしくない。
だがウオラ王国の国力が低下している今、【悪の特異点】と直接対決となる可能性を考えれば、そうするメリットはない。
敢えてこの状況を維持するために、最低限の労働力としてリデューシャの召喚獣を数匹派遣する程度に留めている。
ニャプチは、分かったのか分かっていないのか、口をぽっかりと開けて頷く。
「獣人たちに、文明的に生きることを教えたい。数千の獣人を教育できる者を何人か雇いたいんだが、伝手はないか?」
細かい話は少しずつ詰める想定で、牧緒はざっくりと目的をベイランに告げた。
「例の魔境開拓ですね。それなら、丁度この町に優秀な者がおります。おりますが……」
「何か問題があるのか?」
「素性がハッキリしないのです。聞くに西のパラメという町で食堂の給仕をしていたとか」
曰くその者は、自国の首都が崩壊した報せを聞いて、復興の手助けをすべくやって来た。
給仕どころか教師や研究者、漁師や庭師や冒険者に至るまで、あらゆる経験を積んだ生き字引の様な者なのだとか。
その姿はまだ若く、最初はただのホラ吹きだと思われていたが、あまりの手際と要領の良い仕事ぶりから、数日後には誰もその者を疑うことはなかったという。
「本当なら、それ以上に相応しい者はいないだろうな……。だが、百人力の労働者が欲しいのはそちらも同じだろう。他の者でいい」
既に【悪の特異点】とウオラ王国は切っても切れぬ関係。
わざわざ辛辣に当たる必要性はもうない。いつも通り尊大に振る舞いながらも、牧緒はベイランから必要な人材を奪うつもりはなかった。
「いえ、それが本当に百人力なのです」
ベイランの表情は、遠慮するでもなく感謝するでもない微妙な顔。
牧緒には、その表情の意図するところも、言葉の意味も分からない。
「どういった魔法かは分かりませんが、彼女は増殖できるのです」
上手く説明する言葉を持たないベイランが、もどかしそうに身振り手振りを加えて表現する。
すると、群衆をかき分けて一人の女性が現れた。
「お初にお目にかかります。私、使用人のヒューリカと申します」
彼女こそが、ベイランの言う百人力の一人であった。
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