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38話 伏魔殿

 この世界には、いくつかの無主地が存在する。

 理由は様々だが、牧緒が目を付けた土地は強力な魔物たちが蔓延る危険地帯。

 隣国の資源が潤沢なのも相まって、何百年も人が踏み入れない領域となっている。


 拠点を構えるべく、牧緒たちは転送魔法でこの地にやって来た。


「この辺りが良いだろう。土地も高いし、何より眺めが良い」

「リデューシャがそう言うなら、ここにしよう」


 牧緒は全ての決定を託す。

 そこに部外者が踏み入らないという前提があれば、土地の良し悪しはどうでも良かった。

 何故ならば、リデューシャの手にかかれば快適な環境を整えることができると、知っているからだ。


 リデューシャは両手を広げ、十本の指で空を支える様に構える。

 途端、詠唱も無く地面が隆起し、根が走る。

 枯れた大地に緑が芽吹き、必要なだけの鉱石が地中から引き上げられる。

 木々は自ら割れて丸太や角材となり、一部の鉱石は身を削り加工され、あらゆる素材や装飾品となる。

 リデューシャはオーケストラの指揮者かの如く振る舞い、無機物たちは宙を舞いながら巧妙に組みあがって行く。


「流石リデューシャ」


 牧緒は積み木の様に重なって行くそれを見て、ウンウンと頷きながら喜ぶ。

 準備もなく迷いの森へ入ったのは、リデューシャが魔法で全て用意できると宣言したからだ。

 実際には森の中には町があり、その必要はなくなった。本来であれば、今と同じ光景が見られたに違いない。


 ものの十分程度。あっという間に立派な城が完成した。


「おおお! お? なんかちょっと雰囲気が……」


 牧緒は圧倒されながらも、違和感を感じた。

 西洋風の城を想像していたが、実際には様々な国の文化が入り混じった様な、美しくも歪な外観。

 他方の民俗文化を集結させ、無理やりロマネスク様式に落とし込んだ様な作りで、まるでお化け屋敷。

 左右非対称で、尖塔がいくつも突き出ているのも気になる。


「ん? マキオは魔王になるのだろう? 煌びやかでは似合わないと思ったのだが」


 リデューシャが顎に手を当てて眉を顰める。


「うーん、まぁ、確かに。これぐらいおどろおどろしい方が拍が付くか……あと、俺は別に魔王になりたいわけじゃないからな」


 牧緒はリデューシャの勘違いを正そうとする。しかし、そこにオルガノが割って入った。


「悪鬼羅刹蔓延る新世界を成そうというのだ。魔王は過去の遺物……改めるならば、“魔境の王”で良いだろう」


 オルガノは言うだけ言って、ふいっと顔を背ける。

 リデューシャはどうもその響きが気に食わないようで、口をへの字にして「むむむ」と唸る。


「……結構ノリノリだよな」


 国を作ると宣言してから、オルガノは今まででは考えられないほど協力的な姿勢を取るようになった。

 娘と安全に暮らすための環境を探すのではなく、自ら作り上げるという行為に血気盛んになっているのだろう。

 牧緒は呆れもしたが、この調子ならオルガノは裏切るような真似をしないだろうと安堵した。


「良い異名だと思います! マキオ様に相応しいかと!」


 ユレナが大げさに媚びてから、ぴょこぴょこと牧緒に近づいて耳打ちする。


「せめて内装は……私の部屋だけでも、もっと明るくて綺麗な見た目にして貰えるよう、魔女様にお口添え頂けないでしょうか……」


 彼女は、このお化け屋敷の様な城があまり気に入っていない様だ。

 しかし、直接それをリデューシャに言う勇気もない。


「あぁ、それとなくお願いしておくよ」


 牧緒は小さく頷くと、ユレナはホッと胸をなでおろした。


「うにゃ~、屋根裏がいっぱい……!」


 ニャプチは他の者とは違う理由で目を輝かせている。

 尖塔の数だけ屋根裏があると考えたのだろう。狭くて薄暗い場所を好むニャプチにとって、この城は満点の出来だった。


「魔城……魔境の城……うむ、そうだな……シンプルに“伏魔殿”が適当だろう。はっはっはっ!」


 今後、身を寄せる拠点をどう呼ぶか考えるオルガノが、ブツブツと呟いていたかと思いきや、唐突に笑いだす。


「確かに、ノリノリですね」

「あぁ、やっぱりノリノリだな」


 牧緒とユレナは、無邪気な大男の様子に目を丸くした。


「好きな部屋を選ぶといい。開かない部屋は妾とマキオの部屋だ」


 リデューシャがパンと手を叩き皆を促す。各々伏魔殿の中に入り、輝かしい新居の探索を始める。

 そんな中、リデューシャは牧緒を呼び止めた。


「マキオ、まずは玉座に案内しよう」


 牧緒は言われるまま付いて行く。

 新築にも拘わらず、古めかしく、歴史的建造物かの様な内装だ。


「えっと、あの蜘蛛の巣は何?」

「どういう意味だ? 見たまま、蜘蛛の巣だろう」

「……そっか。雰囲気はバッチリだな……」


 進む廊下の天井には、あるはずのない蜘蛛の巣が幾つも張られている。

 ただの装飾のつもりか、害虫を駆除するための実用性を兼ねた物か、定かではない。


 異様な空間に飲まれそうになりながらも、牧緒は背筋を伸ばして歩き、ありもしない威厳を保とうと努力する。

 しばらく歩き、抜けた先はまさしく謁見の間。

 天井は高く、入口から玉座まで金色に縁どられた赤黒いカーペットが伸びている。

 左右には太く、荘厳な模様が掘られた柱が立ち並ぶ。


「おぉ、凄い!」


 セントファム帝国やウオラ王国のそれと比べても、別格の風格がある。

 牧緒は子供の様にテケテケと走り、玉座に飛び乗る様に座った。


「これが玉座から見る……風景……か」

 

 明るく張った声は、みるみる内に小さく、弱弱しいものになる。

 自分で決めたこととはいえ、これから本当に“魔境の王”を自称し、世界を席巻しようというのだ。

 そのことを思い出し、プレッシャーに押しつぶされそうになる。


「フフ、マキオは凄い奴だ。自信を持て」


 そんな様子を察してか、リデューシャが微笑みながら諭す。

 玉座に座る牧緒の前で両膝を付き、その手を握って続けた。


「誰もが当たり前に成すことに、お前は及ばないかもしれない。だが、お前が成すことに、この世の誰も及ばない」

「あぁ、俺もそうだと信じたい……」

「その調子だ」


 牧緒の眼光が鋭くなったのを感じ、リデューシャは立ち上がって背を向けた。


「あ、あと……その……、部屋のことなんだけど……」


 ユレナの部屋を、若い女の子らしい内装にしてもらわなければ。

 しかし、リデューシャのセンスを否定してしまう様で、牧緒は少し気まずい様子で声をかけた。


「あぁ、ちゃんと別々に用意した。妾はお前を失望させてしまったからな……ゆっくり取り返すから覚悟しておけ」


 リデューシャはニカッと笑い、そそくさと何処かへ去って行った。


「あ……うん」


 話しが嚙み合わず、少し落ち込む。

 リデューシャと牧緒の部屋だけ既に用意されている、ということだったので、てっきり同室なのだと牧緒は思っていた。

 だが当の本人は罪悪感を引きずり、牧緒を逆に遠ざけてしまっている。

 ウオラ王国での一件もそうだが、迷いの森で一瞬でも牧緒を見限ろうとしたことが尾を引いているのだ。


「しっかりしろ、俺!」


 両頬を強く叩き、玉座から立ち上がる。


「……俺の部屋ってどこだ?」


 牧緒の部屋は決まっている。だがその場所は伝えられていない。

 無限に広がるかの如き殿内から、自分の部屋を見つけ出すミッションが始まった――。



 牧緒のために用意した特別な部屋。

 巨大な窓越しに広がる壮観。安眠を保証するベッド。常に新鮮な空気を取り込み、快適な適温を維持する完璧な空調。

 だが部屋のことを聞かれ、リデューシャどうにも居心地が悪くなって、牧緒を置いてその場を後にしてしまった。

 ウオラ王国の宿で無理やり押し倒したことを、牧緒がまだ根に持っているのでは、と勘ぐったからだ。


「少し積極的に接しすぎたな……」


 リデューシャは伏魔殿の最も高い主塔に腰かけ、風に吹かれながら呟いた――。



 一方、そんな彼女の気も知らず、牧緒は伏魔殿の中を彷徨っていた。


「多分、上に行けばいいんだよな……」


 リデューシャが王たる者に特別な部屋を用意したことは、想像に難くない。

 ならば、高い場所に自身の部屋はあると推測した。

 しかし、全く辿り着けない。

 無駄に幅の広い緩やかな階段を見つけるも、上った先には更に上に続く階段は存在しない。

 半ば諦めた牧緒は、目的を冒険に切り替えて、手あたり次第にドアノブに手を伸ばして扉を開けた。


 どの部屋にも立派な家具が備え付けられている。

 巨大な書庫や、だだっ広いキッチン、クジラも浸かれそうな浴場。共用施設も申し分ない。


「さて、ここはどんな部屋かな」


 数十か所目の部屋チェック。

 扉を開いたそこには、悪そうな笑顔を浮かべたユレナが、アンティーク調の椅子に座って足を組んでいた。

 右手には髑髏の形のランプを抱え、左手でその頭を撫でながら「ふっふっふっ」と笑っている。

 

「あ、マキオ様……。な、なんだか悪役だった頃の自分を思い出してしまって……こういう雰囲気も結構良い物ですね」


 ユレナは顔を真っ赤にして、髑髏をサイドテーブルに置き、しおらしい座り方に戻った。


「気に入ったなら良かった。リデューシャに部屋のこと言いそびれちゃったからさ……じゃあ、また後で……」

「はい……後ほど……」


 集まる予定などないのに、お互い適当なことを言って茶を濁す。

 まだ十六歳の少女。一人になれば見られたくない内面をさらけ出したくもなるだろう。

 牧緒は無暗に扉を開けたことを反省した。


 ここでニャプチの名を呼べば、すぐさま寄ってきて寂しさは紛れるだろう。

 しかし、急いでいるわけでもない。

 今後のことを、歩きながらゆっくり考える良い機会だと思い直した。


「まずは魔物を駆除するか、統率するか……」


 この区域に生息する魔物たちは、どこよりも強く数が多い。

 リデューシャやニャプチの実力なら簡単に制圧できるだろう。しかしそれは力づくになる。可能なら統率の道を選びたい。

 迷いの森で、リデューシャの魔力を警戒して魔物たちが襲い掛かってきた通り、魔物は相手が圧倒的強者であっても怯まない。

 だが、相手が同じ魔物であれば別かもしれない。


「瀕死状態のバルバラをどうやって治療するかも考えないとな……」


 今はリデューシャの召喚獣として、亜空間に閉じ込められている。

 リデューシャ曰く、亜空間では生物の時間は停止する。

 そのため、首と胴が完全に切り離されていても、脳が機能を停止していなければ、今も亜空間で生き長らえているだろう……とのこと。


 リデューシャの魔法で治療しようにも、召喚してしまうと時間が進んで死んでしまう可能性がある。

 理想は亜空間の中で治療することだが、治療する者の時間(いしき)も止まってしまう。


「早く人を増やしてそれっぽい場所にしないといけないし……」


 片っ端から各国で奴隷となっている獣人を買い集める。そして、彼らにとって過ごしやすい環境を作り出し、この土地に留まらせる。

 内から見れば楽園。外から見れば魔境。

 そうすることで、最終的に引きこもりで人間至上主義の自称神を引きずり出す魂胆だ。

 神ならば、異世界へ行く方法を知っているかもしれない。


「そうなると、キュラハの協力も欲しいな……いつか助け出してやらないと」


 神を主君とし、その直臣である異端審問官のキュラハを味方に付ければ事を進めやすいはず。しかし、彼女の魂は未だ迷いの森の中。


「勇者は……まぁ、しばらくは大丈夫だろう」


 最も身近な脅威だが、牧緒はその優先順位を下げている。

 勇者が最後に発した『次はサシで勝負しよう』という言葉は、お互い力を蓄えての再戦を意味していると、牧緒は受け取った。

 ならば、すぐに向かってくることはないだろう。


 考えを巡らせながら、適当に歩いていると、正面に南京錠の掛かった扉を見つける。


「これが俺の部屋か。あ、鍵を受け取ってないや……」


 牧緒が落胆しながら南京錠に触れると、それは砂金となって崩れた。


「なるほど、本人なら開けられるってわけか。これ、閉めなおすときはどうすればいいんだ?」


 ぶつくさ言いつつも、やたらと凝った作りの扉の先が気になって仕方がない。牧緒は勢いよく両開きの扉を開いた。


 窓が無いのか、それともカーテンで遮光されているのか、中は暗い。

 扉から差し込む廊下の明かりが、天井からぶら下がる幾つもの装飾に反射している。

 小さなそれは、星の形をしたガラス細工。中央には月を模した球体が吊られている。


「確かリデューシャの部屋にも鍵が掛かってるんだよな。じゃあ、ここって……」


 牧緒が察すると、透き通る声が暗闇の向こうから囁く。


「ようこそ、と言いたいところだが……君はここにいるべきじゃない」


 牧緒は驚き、咄嗟に間抜けな構えを取る。


「リデューシャ……じゃないよな? あんた誰だ?」


 その姿は見えない。だが、確かにそこにいる。


「ここはリデューの心の中でもある。私が誰なのかはリデューしか知らない」

「イマジナリーフレンド的な?」

「さあ? そうかもしれないし、そうではないかもしれない」


 牧緒は要領を得ない会話を不気味に思い、ゆっくりと少しずつ後ずさりする。


「別に取って食ったりしないさ。出ていくと良い。寧ろ、そうするべきだと言っているだろう?」


 リデューシャは無からでも物質を生み出せる。少なくとも、牧緒にはそう見える。

 だから、無から人間を生み出すこともできるかもしれない。

 目の前にいるであろう人物が侵入者でないのならば、牧緒は関するつもりはない。


「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて」


 振り向いて部屋の外に出てから扉のノブを掴み、ゆっくりと閉める。

 それが締まりきる前に、微かに聞こえた気がした。


「リデューを、月の魔女と呼んでくれてありがとう」


 気が付くと、消えたはずの南京錠がガッチリと扉を掴んでいた。


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