37話 終末級
キルシュテルゲ島という、南国の島がある。そこはある男によって不法占拠されていた。
誰も、その男の決定に逆らえない。しかし、入港も出港も自由であり、意外にも観光に訪れる者が後を絶たない。
そんな島に、勇者レトロは降り立った。
南国独特の装飾が施された建造物たち。宿や飲食店、土産屋など様々立ち並ぶ。
賑やかな繁華街を抜け、島の中央にそびえる山を見上げた。
頂上に向けて、真っすぐに急勾配な階段が続いている。
「飛んだ方が速いな」
レトロは両足に風を纏い、その先へ飛んだ。すると、山の頂に宮廷が見える。
人の気配を全く感じない静かな宮廷。部外者が近づいても、それを阻む仕組みは何もない。
レトロが門の前に立つと、独りでにそれは開く。その後もいくつかの門を越え、先へ進む。
外と内の仕切りが少なく、宮廷内であるにもかかわらず風がレトロの前髪を揺らす。
誰とすれ違うこともなく、真っすぐに謁見の間へ辿り着いた。
「お久しぶりです、王子」
レトロは、絢爛豪華な玉座に座る男と対面する。
事前の連絡などない。それでもその男は待ち構えるようにそこにいた。
「久しいね。君がここに来たということは、何か知りたいことがあるんだね?」
王子と呼ばれる男は、世間話など不要と言わんばかりに本題を促す。
「えぇ、その通りです。私に“終末級”の居場所と、彼らについての情報を教えていただけませんか?」
「そうすることで、僕に何の得があるのかな?」
「……私が、人類の存亡をかけた催しをお見せしましょう」
レトロが世界に潜む“終末級”をスカウトしようとしていることを、王子は知っている。
王子が誰よりも世界の行く末に関心を持っていることを、レトロは知っている。
「相変わらずだね、君は。その本性を世界が知ったら、どうなるかな?」
「どうにもなりませんよ。今や世界は、【悪の特異点】につくか、勇者につくかの二択ですから」
「それはどうかな?」
彼の前に機密は意味を成さず、嘘は真実を隠すに至れない。
全知の王子クォーツ・シレン。
彼は、知るが故にレトロの考えを否定した。
「“終末級”の者たちは互いに干渉せず、世界を滅ぼそうともしない……それに意味が無いと理解しているからだ」
魔王のように特定の種族に敵対し、世界を征服しようとする者は確かにいた。
だが、ほとんどの豪傑たちは互いに牽制し、目的を持たずにただ奔放に生きている。
「今は違う。【悪の特異点】の存在が、“終末級”を変えた」
魔王の時代は、勇者との対立で世界の均衡は保たれていた。
しかし、【悪の特異点】は既に勇者を二度も退けている。
「どうやら、【悪の特異点】は東の無主地を占有しようとしているらしいじゃないか」
王子は牧緒の目的と動向を知っている。彼の言う『らしい』は断定と同義。彼なりの謙遜だ。
「魔女と唯一竜……それと魔王の生まれ変わり。彼らに対する憧れか、それとも対抗意識によるものか……いずれにしろ、“終末級”は各々の趣意をもって動き始めた」
「まさか、世界征服が流行している……と言いたいんですか?」
「はっはっは、その通りだ! 若者が可笑しな言葉を使い、不細工な装飾で身を飾る様にな!」
牧緒は世界を征服するつもりなどなく、ただ元の世界に戻りたいだけ。
そのための行動が、結果的に勇者を動かし、国を動かし、世界を動かしてしまった。
傍から見れば、世界征服を企む悪逆の軍団に他ならない。
三名もの“終末級”が団結し、それを成そうとしている。それは、他の“終末級”たちの価値観を変えた。
「それは……あなたも同じなのですか?」
レトロが問うと、クォーツの顔から笑顔が消えた。
国も民も持たず、国家に属さないクォーツは、それでも“王子”と呼ばれている。
その所以は、彼の所有する召喚獣にあった。
昔話の一つに、人間の王が魔物と化した物語がある。
人間の飽くなき悪意に曝され続け、その王は魔物となった。
子供に教訓を与えるための創作……世間ではそう思われている。
だがある時から、その昔話から派生した噂話が蔓延する。
魔物となった王は、世界を従える異能を持つ。そしてそれは、ある男の召喚獣として手中に収められていると。
王を降し、いずれその上に立つ者は“王子”。だからこそクォーツはそう呼ばれている。
そう、実際に“終末級”の力を持つのはクォーツの召喚獣。
世界を従えられる力を従える者。すなわち彼こそが“終末級”であるのだ。
「どうだろうね……世界征服に興味はないが、いずれ僕も否応なしに関わることになるかもしれないな」
クォーツは静かに笑った。そして、レトロが取り込もうと画策している脅威について語る。
「例えば、ある“終末級”の話だが――」
ある“終末級”の話。
その者は【分裂】の原型魔法を行使する。
分裂といっても、肉体の細胞は欠けることなく再現され、一人が二人に、二人が四人となる。
幸いなのは、魔力は均等に分けられること。肉体のように倍々となることはない。
その者は、世界に二千万人以上いると推定される個人である。
「もし、その“終末級”が世界中の井戸へ一斉に毒を流し込んだらどうなると思う?」
“終末級”の定義は、単独で世界を滅ぼす能力を有していること。
純粋な戦闘能力において劣っていたとしても、その手段を持っていれば世界は滅ぼせる。
「いや、汎用魔法の普及によって井戸の水がなくとも生活は事足りる……そうだな、彼らが暗殺者となって、一斉に各国の主要人物を殺害したら?」
そうなれば、人類においての世界は滅亡の一途を辿るに違いない。
「君の体は一つだ。それを阻止することはできないだろう」
クォーツは、勇者にも守れない物があると伝える。
「逆に……世界を滅ぼす能力がなくとも、“終末級”には対抗できる」
その言葉で、レトロは【悪の特異点】の獣人のことを思い出す。
あの獣人が世界を滅ぼせるとは思えない。しかし、“終末級”であるゴーヴァンを圧倒していた。
「理解できたかな?」
レトロは言葉を発することなく、一度だけ頷いた。
「そういった者を探す時間はあるだろう。君の体が完全に修復されるまで、一年以上はかかるだろうしね」
クォーツは全て知っている。
死を覆す光の魔法【抗い補う者】は、人智を超越した肉体に適応できていない。
無限の成長を約束する原型魔法【綺羅星】は、レトロを進化に近い状態へ押し上げてしまった。
進化とはすなわち、新たな種と成ることを意味する。
人間が人間用に創り出した魔法では、十分な効果を発揮できない。
「他に方法を模索しています。失ったままの左腕を取り戻す必要もありますから」
レトロは、復帰の時を待ち続けるつもりはない。
混沌と化した世界を統べるべく、【黎明の羅針盤】の結成を急ぎながら、より早く復帰する方法を見つけ出すつもりでいる。
「私の知りたいことを教えては頂けないようですが、方針は決まりました。いずれ剣を交える時が来たら、またお会いしましょう」
そう言って、レトロは不躾に去って行った。
「さて……僕はどう動くのが正解かな?」
クォーツもまた、新たな時代を生き抜く策を模索する――。
“終末級”とは、単独で世界を滅ぼし得る者の異名。
中には、自身すらその力に気付かぬままの者もいる。
世界でたった一頭の個体であり、万能の炎で万物を焼却する唯一竜。
強欲の限りを尽くし、あらゆるを貪り奪った、千年以上を生きる魔女。
かつて全人類に絶望を与え、人類に討滅された魔王。その魂を宿す悪役令嬢。
種の掟を破り、誓いを放棄した世界の反逆者にして、救世主たるエルフ。
獣人とも魔人とも異なる、曖昧なる境界に生きる人外、腐爛の吸血鬼。
深淵なる海を支配し、大地を飲み込み、文明に終焉をもたらす海獣。
望む力を創造し、望む運命を巡らせる、異端を殺す神。
呪いの概念を覆し、呪いを喰らい尽くす、暴虐の暗黒騎士。
果てなき悪意に曝され、修羅に堕ちた王。その脅威を掌握せし降魔の王子。
何時何処にでも在り、無窮の上限に届き得る森羅万象の権化。
死を伝い、生に帰巣する、純粋で純朴な神聖なる淑女。
己が存在を自由に定義し、地を泳ぎ、空を這う異形の土塊。
彼らは今、世界の不文律を越えようとしている――。




