31話 決着
「出し惜しみはしない……!」
レトロは二本の魔剣を召喚した。
一本は魔剣ドレス。
その剣身に限りはなく、定形もない。水の様にしなやかなそれは、決して折れることはない。
意識の外から振り抜かれる刃は、避けることも受けることも許さない。
一本は魔剣エルクォード。
炎のように熱く、魔剣を握る者の魔力すら燃やす。
しかしそれは蒸気機関の様に力を生み、あらゆる身体能力を底上げする。
レトロはバルバラの爪を五回、その身に受けた。
魔剣により強化された肉体であっても、防ぎきることはできない。
受ける度、魔剣ドレスのしなる斬撃を浴びせたが、相変わらず効果はない。
裂けた肉も、砕けた骨も瞬時に魔法で修復し、内臓が飛び散る前に再び剣を構えて前進する。
バルバラはレトロの斬撃を九回、その身に受けた。
その度に鱗が僅かに削れるも、千の斬撃を浴びたとして、それが肉に届くところは想像できない。
小さなレトロを確実に視界に捉え、巨体を自在に捻りながら隙を生まずに爪を振る。
バルバラが仕掛ける度に生じる衝撃により、大地は元の形を失っていく。
果ての山すら塵にする炎に向かって、レトロは猛進した。
熱を浴びた体は赤く爛れて、徐々に灰になる。その傍から、肉と皮膚が再生する。
常人であればとっくに魔力切れを起こしているだろう。しかし彼の魔力は尽きる様子を微塵も見せない。
だが、それはバルバラも同じ。
大地に張り付いた炎が渦を巻いて火柱となる。それはまるで蛇の様にうねり、レトロを追う。
(いつの間に炎に魔法を……?)
放たれた炎はバルバラの意思を離れている。
自ら動き、標的を狙うはずもない。あるとすれば炎に魔法をかけた場合。
(そうか、最初から……)
レトロはようやく、バルバラの魔法を理解した。
無数の火柱は細く、槍の様になって迫りくる。それを避けつつ、バルバラの猛攻も受けきらなければならない。
二本の魔剣では手数が足りない。無情にも、一本の火柱がレトロの脇腹を貫いた。
「がっ……はっ……」
それは実体を持ち、内側から肉体を焼いた。
「拒絶する者!」
レトロの周囲に風が走り、火柱を切り刻む。
その隙に、バルバラは炎を天に向けて放った。それはバルバラと同じ大きさ、同じ形を成す。
「二対一か……! 悪くない!」
その炎はバルバラと同じ力を持ち、同じ速さを持つ。その首を落としても、再び炎は結合して構わず牙を振るう。
レトロの攻撃はどちらにも通用しない。
再びバルバラの爪が、尾が、牙がレトロを襲う。
受けた傷は瞬時に回復するが、脳が痛みによって悲鳴を上げていた。
その痛みは、魔力を成形する処理に遅れを生じさせる。
このまま戦闘が長引けば、いずれ引導を渡される時が来てしまう。
(私は何度剣を振った……? あと少し、あと少しのはずだ……)
レトロは来たる時に向けて、バルバラ本体の首に魔剣ドレスの斬撃を浴びせ続ける。
懐に入ることができれば、威力で勝る魔剣エルクォードの一太刀を振るうことができる。
だが、分身である炎の竜が邪魔だった。
魔物が使用する魔法は、そのほとんどが原型魔法である。
人間と違い、魔物は種族によって魂の形が決まっている。
故にどの魔物がどの様な魔法を使うか事前に把握でき、対策を講じることができる。
一方、バルバラは世界で唯一の竜という種。その魔法の真価は人類にとっては未知数。
それは先代勇者にすら暴けなかった炎の秘密。
しかし、戦いの中でレトロは確かに竜の魂の形を感じ取った。
原型魔法【炎の革新】。
あらゆる炎に命を吹き込み、生命として誕生させる魔法。
個性を持った炎は、ただの炎にあらず。熱や形だけに留まらず、炎たる性質すら自身の意思で変化させ、自立する。
炎が森羅万象に与える影響、その摂理すら変えてしまう魔法……炎という名の万能であり、全能である。
バルバラは、長い年月をかけて全ての炎を支配下に置いた。
その炎に焼かれながら、再びレトロの剣はバルバラの首に届いた。
「次だ……次で終わらせる……」
やはり、その刃は鱗の先に達しない。それでもレトロは、勝算を匂わせる。
バルバラは体を縦に回転させ、尾の一撃でレトロを空に突きあげた。
そのままバルバラは、地に足を付き、天を仰ぐ。
「距離を取るか! だがっ……」
一瞬、レトロの思考が止まる。
遥か上空から見下ろした世界に炎が映らない。
炎の塊でできたもう一頭の竜すらも、いつの間にか姿を消している。
バルバラの眼前に光が集まる。
魔力を一点に集中させ、新たな炎を生み出そうとしている。
それは、高熱を伴った光線。光の速度で放たれるそれは、回避不能。
それが放たれたと認識したときには、既に目標を貫いている。
体を動かすことなく、ノーモーションで行使できる魔法……レトロは危機を察した瞬間に、魔剣ドレスを亜空間に仕舞い、魔盾アルマトを召喚した。
その盾はスプマ・スライムの上位互換であり、あらゆる属性の魔法を一度だけ無効化する絶対効果魔法を持つ。
更に、物理的な衝撃の可能性に備え、無詠唱の【存在を賭す者】を施して万全を期する。
世界を分かつかの様に、一閃が空を刺した。
音も無く、無慈悲にレトロの半身は消滅する。
光線は決して、即死の性質を持ち合わせていない。
ただ、純粋な破壊を以って、盾など構わず、魔法など構わず、善悪など構わず貫いた。
胴が消し飛び、細い小枝の様に僅かに残った肉が、首と下半身を辛うじて繋いでいる。
絶対効果魔法とは、人類が定義した指標に過ぎない。
海を飲み干すことは不可能。それほどに当たり前であるからして、絶対であると定義される。
しかし、それを可能にする例外が現れれば、絶対の壁はいとも容易く崩壊する。
この日、唯一竜バルバラは最強の矛にて最強の盾を降した。
(これが……死か……)
常人でないが故、意識を失わない。
常人でないが故、死を感じ続ける。
その脳が働きを失うまで、彼の魔法は足掻くのを止めない。
うなじに刻まれた魔法陣は、彼を死地から救いだせる物だった。
光の魔法【抗い補う者】。
光の糸が絡まり合い、塊となって、レトロの失われた部分と成る。
それは形だけではなく、内臓の機能、血液と魔力の循環すらも補填した。
「まさか……奥の手を全て使うことになるとはな……」
レトロの感情は怒りと困惑に満ちていた。
魔剣グラムがあったとはいえ、どうやってこんな化け物を先代勇者は打ち倒したのか。
多少苦戦することはあれど、一対一ならば余力を残して勝利する自信があった。
強すぎる……次元が違う。唯一竜は“終末級”の中でも間違いなく最強だ。
内に蠢く感情は、次第に喜びに変わっていった。
最強と交えることができた喜び、最強の首をここで断つことができる喜び。
レトロは光の糸が補填した右手を何度か握り、わき腹に手を当てて自身の生を実感する。
握られた魔剣エルクォードを以って、最後の一撃を入れるべく、レトロは空を蹴って急落下した。
「大地に放てば世界を終わらせられるほどの魔法……二度は撃てまい!」
しかし、彼の考えは間違っていた。
再びバルバラは光を生成し、それを放つ。
初見でなくとも、避けることはできない……はずだった。
今やレトロの半分は光の糸で構成されている。つまり、その性質の一部は光そのもの。
その飛行速度は、反応速度も含めて更に常軌を逸したものとなっていた。
バルバラは首を振って標的を追う。一度放たれた光線は途絶える様子を見せない。
「いつになったらっ……魔力が尽きる⁈」
レトロは光線が尽きる時を、必死に飛び回りながら待つ。
魔剣エルクォードの魔法により身体能力が底上げされ、更に速く空を蹴る。
だが、不意に触れれば間違いなく死に至る魔法を前に、距離を詰めることができない。
だからレトロは選択した。魔剣エルクォードと左腕を犠牲にすることを。
命中しなければ止まらないのなら、当たってしまえばいい。
太陽を背にする位置につくと、レトロは一直線にバルバラへ向かった。
放出され続ける光線が横から迫る。魔剣の切先を光線に突き出し、タイミングを計った。
魔剣は瞬く間に赤く溶けて、光線は左腕に差し掛かる。レトロの反応速度では、左腕を残したまま避けることはできない。
だが思惑通り、胴が光線に飲まれる直前に体を縦に翻し逃れることができた。
光線と同一射線に入った物体は目視で確認できない。
バルバラは魔力が目標に衝突した感覚を以って、魔力供給を止めた。
仮にレトロを仕留めきれていなかったとしても、次の手を考えるだけ。
強靭な鱗に攻撃は通用しないのだから、隙を作ってしまっても問題ない……。
その考えが、バルバラに終わりをもたらした。
「これが最後だ……」
レトロはバルバラの眼前に迫っていた。そして再び召喚した魔剣ドレスの一太刀にて、その首を断った。
決して傷をつけることのできなかったその首をアッサリと。
首と胴は、まだ僅かに動いている。
「諦めなければ、いつかは上手くいく……それが勇者の原型魔法さ」
原型魔法【綺羅星】。
それは綺麗事を実現させた様な魔法。無数の星の様に無限の成長を確約された力。
相対する者が強ければ、必ずそれに追いつき、突き放す。
そこに法則は存在せず、ただ際限なく強くなる。
薄れ行く意識の中で、バルバラはレトロの言葉を頭に留める。
たとえ不可能だと分かっていても、それを牧緒に伝えることができれば、次に繋がるかもしれないと考えて。
長い首に残った空気と血液が、バルバラの口から吐き出される。
レトロはそれを浴びながら、バルバラに声をかけ続けた。
「最高の気分だった……。お前のことは忘れない。だからお前も忘れないでくれ……最後に、望むことを教えてやる――」
それは、何を以っても知りたかった真実。
バルバラはそれを噛み締めて、目を閉じ――。
「今際の際の獣よ、冀望せし者の下へ集え――」
パン、と手を鳴らす音と共に詠唱が響く。
途端、バルバラは黒い液体となり、空に吸い上げられていく。
それは上空でレトロを見据えるリデューシャの手の平に集約し、黒い玉になったかと思えば、そのまま圧縮され消えた。
「これで唯一竜は妾の召喚獣となった。亜空間では、生物の時間は止まる……たとえ首と胴が離れていようと、生きているのならば死ぬことはない」
リデューシャはそう言って笑う。
「フ、フハハハハ! 最悪の……いや、最高のタイミングだ! 戻って来たのか……マキオ!」
レトロが振り向くと、そこに【悪の特異点】が盟主の姿があった。
「俺の名前は……当然知られてるか。だが俺はお前のことを知らない。勇者、できればもう二度と、会いたくはなかったよ」
未だ熱を失っていない大地を踏み抜き、牧緒はレトロと対峙した。




