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29話 暗黒騎士

 迷いの森へ入って八日目。牧緒は森をじっと見つめる。


「うにゃ~、やっぱり戻って来たにゃ」


 ニャプチが森林から姿を現した。


「何歩だった?」

「大体三百歩とちょっとぐらいかにゃ?」

「途中で折り返してきたと考えて……大体百メートルぐらいか」


 この森の町と道は、人工的に作り出されたセーフティーゾーン。その上にいる限り方向を見失うことはない。

 だが森林を越えてその先を目指すと、必ず元の場所に戻ってくる。どこまで行けばそうなるのか、牧緒は検証していた。


「町は広い。道も長くてたくさん通ってる。多分、何十年……いや、何百年かけて広げたんだろう。でも、それも全部探索しきった……」


 結局、魔術師デルバを見つけることはできなかった。いるとすれば、残りは森林の向こう。

 入って百メートルの範囲で、どこかに身を潜めていると牧緒は考えた。


「住民の誰かが匿っている可能性は無いんだよな?」


 牧緒はニャプチの鋭い感覚を頼りにする。


「ゼロじゃないけど、匂いの数と人の数に違いはないにゃ」


 ニャプチは匂いで魔物や人を区別できる。更に、微妙な香りの違いで個人を特定することも可能だ。

 街にいる人間を全て目視で確認し、それに該当しない匂いが存在しないことを牧緒に伝えた。


「森林の中だと、ニャプチの感覚は使えないんだよな……だったらやっぱり魔術師は森林の中……」


 結局、何の成果もないままに牧緒たちはコテージへ戻ることにした。


 日が沈んで全員がコテージに戻ると、牧緒は今日までの成果を改めて確認する。


「この森に入ってから随分経つ。何か分かったことはないか?」

「町の方々は魔術師のことは何も知らないようです。森の外へ出る方法についても同じですが、昔から住んでいる方はその質問をするとすごく嫌な顔をされますね」

 

 ユレナは住民と良好な関係を築き、その中枢に潜り込んだ。だが彼らに悪意や裏があるとは思えなない。


「そうか……。キュラハはどうだ?」

「それが、なんっにも!」


 キュラハは、ハハハと笑いながら適当に答える。その態度から、牧緒は何かを察した。

 

「随分余裕なんだな。逃亡者である俺たちにとって、この森はある意味安置だ。でもお前は違うだろ? 異端審問官としての仕事を放棄して、行方不明の状態だ」

「ま、アタシは別に働き者じゃないからね。 俗世から離れて、平和に過ごすのも悪くないよ」

「信じられないな。この場所から出る方法を知ってるんじゃないのか? あるいは――」

「あーもー……出会った頃は、あんなにアッサリ信じてくれたのに、今度は信じられないって? もう遅いよ」


 キュラハは牧緒の言葉を遮って、不躾な態度で開き直る。


「アタシが言ったことはぜーんぶ、嘘。アタシの目的は、魔女をこの森に封印すること」


 そう言って、リデューシャに目を向ける。


「……殺さないんだ?」

「最初から死ぬ気の者を殺してもつまらんからな」


 リデューシャは彼女の本質を見抜いた。

 出られない森へ入るということは、命を賭す覚悟であるからに他ならない。


「ま、そういうことだから。残念でした」


 キュラハは牧緒の目を見て煽る。だが牧緒は表情を変えず、リデューシャに向いた。

 

「リデューシャ。ウオラ王国で……どこで何をやってたんだ?」


 まるで違う話を始める。

 だが、この場、このタイミングで、あの夜のことを聞く意味をリデューシャは理解した。

 彼女は軽く唇を噛み、言葉を選びあぐねている。


「君が、何か後ろめたい感情で俺を避けている気がするんだ」


 牧緒が光なら、リデューシャは闇。彼女はその光に影を落としたくなかった。


「……白状しよう。あの夜、妾はマキオに仇なす可能性のある者を、全て処分した。生かしはしたが、死を望むほど徹底的に処置を施した」


 誰が第二のドルーガンとなるか分からない以上、リデューシャは無条件に【悪の特異点(マレフィキウム)】を監視する者たちを対象とする必要があった。


「俺たちを監視する奴らの中には、セントファム帝国の者がいたはずだ。俺たちを手放しに自由にるはずがないからな」


 諜報員の中に、帝国の監視者が含まれる可能性をリデューシャは考慮していなかった。

 本来味方である帝国の者を排除してしまったのなら、それは牧緒たちにとって不利に働く。


「俺たちが姿を消えても、バルバラが残ることで最低限の体裁を保てると考えていたが……もう、それ以前の問題だ」


 牧緒はリデューシャを責めるつもりはなかった。ただ、事実を整理しているだけだ。

 自身の配慮が足りず、仲間の動向や考えを把握できていないことが、今回の問題の根本原因であることを自覚している。

 迷いの森に入ることを即決したのも、牧緒のミスだと言えるだろう。

 しかし後悔することに意味は無い。直ちに問題の対処に当たる必要がある。


「もう一つ疑問がある。キュラハ、お前の協力者は誰だ?」


 キュラハが現れたその日、既にセントファム帝国ではリデューシャの行いが伝わり、問題になっていたはずだ。

 監視者からの連絡が途絶えたことを把握する方法……魔法があってもおかしくない。

 そうだとしたら、多くの思惑が牧緒たちを取り巻くことになるのは想像に難くない。


「さぁ、どうだろうね」


 突きつけられた問いの答えこそ、オルガノの言っていた『嘘の向こうに隠された物』。

 キュラハは今更、話しを誤魔化すつもりはなかった。ただ、面倒になってしまったのだ。

 どうせ森から出られないのなら、話しても話さなくても一緒だと。


「これは俺の想像に過ぎない」


 そう前置きし、牧緒はキュラハを説得するのを早々に諦めて自身の考えを話し始めた。


「事態を重く見たヴァルキア皇帝が助力を求めるとしたら、勇者だろう。いや、俺たちを監視する者たちの中に、勇者の関係者がいたかもしれない……勇者からヴァルキア皇帝に接触した可能性もある」


 それが意味するのは、ヴァルキア皇帝との間に結んだ取引が破談となるということ。

 更に、勇者とキュラハが繋がっていたとしたら、迷いの森へ(いざな)った理由は、魔女の封印だけではない。


 今、外の世界にいるのはバルバラのみ。

 勇者は複数の“終末級”と戦うことを避けていた。


「もう、のんびりはしていられない……今すぐ、ここを出る……!」


 バルバラを救うためには、不可能を可能にするしかない――。





 【悪の特異点(マレフィキウム)】が迷いの森へ向かう少し前。

 ビシャブ王は密かに国を出た。


 息子のベイランには、心労がたたって床に臥したと忠臣を経由して伝えてある。

 【悪の特異点(マレフィキウム)】を受け入れる体制のベイランとは対立関係にあり、お互い顔を合わせようとは思わない。

 だからこそ、ベイランは気付かなかった。ビシャブ王が臥してなどおらず、彼らを裏切ろうとしていることに。


 向かう先はオルニケア王国。必要とするは勇者の力。

 魔法により電報を送ることもできるが、傍受される可能性もある。なにより、直接バラン国王に謁見することが助力を求める者の誠意である。


「レトロ様、ウオラ王国の国王陛下がお見えになっております」


 ビシャブ王の来訪は、真っ先に勇者レトロへ知らされた。彼らは、応接室で対面することとなる。


「勇者殿。我々が置かれた状況を説明したく、バラン国王陛下に拝謁賜りたい」


 ビシャブ王は王冠をはじめとする装飾を取り払い、同じ国王としての立場ではなく、一人の人間として願う。


「残念ながら、陛下はお忙しく……代わりに私が承りましょう。これは、バラン陛下のご意思と捉えていただいて構いません」


 確かに必要とするのは勇者の力であって、オルニケア王国の軍隊などではない。

 だが公的な手続きであれば、バラン国王を通すのが筋である。

 ビシャブ王は躊躇ったが、暫くすると覚悟を決めて事の顛末を話し始めた。


 かつて、牧緒という男を異世界から呼び出したこと。そして今、彼らが帰る方法を探していること。

 それらは諜報員たちでも得られなかった情報。

 

「そうですか……状況は把握しました。私がビシャブ国王陛下を、ウオラ王国を救いましょう」


 レトロは二つ返事で約束した。これは千載一遇のチャンス。

 元の世界に戻りたい牧緒の目的を利用すれば、“終末級”を孤立させることができると瞬時に閃いた。


「ビシャブ国王陛下は、しばらく我々の下で保護させていただきます」


 その名目で、実質的にビシャブ王を軟禁状態とする。


 それから事は順調に進んだ。

 レトロは早速行動し、異端審問官の一人に接触した。

 【悪の特異点(マレフィキウム)】が一枚岩であることを教え、異端審問官たちが敵視する魔女を迷いの森へ封印できる可能性を与えた。

 これで、迷いの森へ入れない唯一竜がこちらに残ることになる。

 仮に、牧緒と魔女以外がこちらに残ったとしても問題ではない。

 魔王を内に持つユレナが相手なら、魔王が覚醒する前に仕留めれば良いだけだ。

 唯一竜と魔女を分断することに意味がある。


 そして滞っていた勇者パーティー【黎明の羅針盤(ユースティティア)】の編成を急いだ。

 各国から優秀な者たちが名乗りを上げたが、“亡国級”にも届かぬ者たちばかり。

 役に立ちそうな者はいない。


 ただレトロには一人、どうしても仲間に加えたい者いた。

 まずはその者に会いにヴァーリア監獄へと向かう――。



 崩れた棟の修復も済み、より強固になった警備の下、レトロは刑務官に案内されて苦悩の塔へ。

 脱獄囚たちは、魔法を使わずとも飛行できる唯一竜の協力で聖域を越えることができた。だが、他の囚人たちにはその術がない。

 だからこそ、他の“終末級”や“亡国級”といった囚人たちは今もこうして檻の中にいる。


「久しぶりだな、私だ」


 レトロはある監房の前で、捕えられた人物に声をかける。


「ウォーハートか……過日の脱獄騒ぎも治まったはずだ。それでも俺の前に現れたということは……抜き差しならぬ状況にあると見た」

「認めたくはないが、その通りだ。君の力が必要になった。今こそ、私の騎士になれ」

「なるほど、奴らを仕留めそこなったのだな」


 レトロは望んだ返事を待たない。この囚人が最終的にどのような答えを出すか分かっているからだ。

 ガチャリと重々しく開錠の音が響き、扉が開く。

 黒光りした鎧を着込んだ、身長の高い男が姿を見せた。


 それは呪われた鎧。

 それは呪われた兜。

 それは呪われた剣。


 その身から引き剝がすことすらできない枷であり、力である。

 

 聖域は魔力の成形を阻み、魔法を封じる。しかし、呪いには無力であった。

 それは魔女の不老が聖域で効果を失わなかったのと同じ。


 この囚人は己にかけられた呪いの力を使って、この監獄から抜け出すことも可能だ。

 そうしないのは、ある契約(やくそく)を騎士の誇りを以って守り続けているからだ。

 そして今、それが果たされようとしている。


「お前の望んだ、混沌の時代がやってこようとしているのだな」

「ハハ、勇者の私がそんなもの望むわけないだろ? だが、混沌はすぐそこにある」


 この男は、かつて自身を裏切った国を滅ぼし、この世界すら切り裂こうとした“終末級”の大罪人。

 この男は、瘴気を纏い、呪いを糧とする暗黒騎士。

 この男は、勇者に敗れ、勇者の騎士となることを望む忠義の者。

 この男の名は、ゴーヴァン・アストレイ。


「ゴーヴァン、君を【黎明の羅針盤(ユースティティア)】に迎える」

仰せのままに(イエス・マイ・ロード)


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