28話 疑念
「一体何があったんだ……?」
日が沈む直前に、狩りを終えて戻ってきた牧緒とニャプチが目にしたのは、氷漬けになった街であった。
正確には、至る所が霜に覆われて肌を刺すような冷気が充満しているだけだ。
実際に氷漬けになっているのは、巨大な狼の魔物や牙を持った鳥型の魔物、棍棒を振り上げたトロールたちだった。
住民たちは家の中から、窓の隙間を通してこちらの様子を窺っている。怯えているのは間違いない。
だが、それが魔物たちに向けられた恐怖なのか、街の中央に佇むリデューシャに向けられたものなのかは分からない。
「街を襲った魔物を、リデューシャが瞬殺したって……ところか?」
牧緒はリデューシャに近づき、この惨状の顛末を予想する。
リデューシャは笑顔で牧緒に向いた。
「おかえり、マキオ。お前の言う通りだ」
「ついさっきの騒ぎじゃないよな? どうしてコテージに戻らないんだ?」
彼女の火照った顔は、冷え切ったこの場所に暫く留まっていたことを物語っている。
「街の人間が引っ込んだからな。こんな状況だと、お前は混乱するだろ? だから戻ってくるまで待っていただけだ」
それは言葉の通り。
しかし、牧緒を案ずる健気な様をアピールしたかったからでもあった。
故に、同じく牧緒たちを迎えようとしたユレナを無理やりコテージに帰らせたのはリデューシャである。
「そうか、ありがとう」
牧緒は礼を言うと、羽織ったマントを脱いでリデューシャを包む。
彼女が寒さに怯むとは思っていないが、吐き出す白い息を見て自然と体が動いた。
「フフ……」
そんな牧緒を見つめてリデューシャは微笑む。
「いやぁ、本当にありがたいことです」
突然、ポグロが二人の空間に割って入った。
リデューシャが殺意のこもった視線を向けたことに、彼は気付いていない。
「森から魔物が街に入ってくるのは珍しくありません……しかし、これほど大量の魔物が一斉に現れるのは初めてです。彼女がいなければ、我々は多くの犠牲を払っていたでしょう」
大量の魔物が集ったのは、他でもないリデューシャの強力な魔力を感知したからに他ならない。
感じたことも無い脅威を排除するべく、魔物たちが力を合わせて襲来したのであった。
しかし、ポグロをはじめとする町の住民はそれを知る由もない。
「凍り付いた魔物の後処理は我々に任せて、今日はゆっくりお休みください」
その言葉に甘え、牧緒たちはその場を後にする。
捕まえたハグボッグも、結局自分たちで頂くことにした――。
その夜。
「さぁ、召し上がってください!」
ユレナがハグボッグ料理を振る舞った。
彼女は血抜きから皮と骨の処理まで完璧にこなし、捌いた肉をソテーにし、シチューにもした。
魔物退治の礼として受け取った野菜もふんだんに使用し、彩り鮮やかな食卓となった。
「元令嬢とは思えないな……」
何もかも使用人に任せるタイプの令嬢をイメージしていた牧緒は、ユレナの手際の良さに驚く。
「いずれ追放されることを想定していたので、一人で生きるための術は習得しているんです」
悪役令嬢を演じていた彼女は、バットエンドの先まで想定していた。
だが、魔王が覚醒して死罪を宣告されたのは、人生最大の誤算であっただろう。
自慢げに胸を張るユレナに声もかけずに、オルガノは一心不乱に食事を貪る。
娘の手料理を口にできることが、さぞ嬉しかったのだろう。
不器用な男の姿は、他の者からしてみれば非常に不気味に映った。
「で、どうだった? 森の謎は解けた?」
フォークを片手に片膝を付き、椅子に斜めに腰かけたキュラハが牧緒の成果を確認する。
「……森の謎?」
「ほら、迷いの森から出る方法を探してたんでしょ?」
牧緒はキュラハの言動に違和感を感じた。
確かに、牧緒たちは森から出る方法を考察していた。しかし、それは牧緒が独断で決行したものに過ぎない。
本来の目的は魔術師デルバを探し出すこと。その認識は共通であるはずだ。
ならば、キュラハの第一声は『魔術師は見つかりそう?』でなければおかしい。
だが、牧緒はその思考を振り払った。ニャプチが彼女は嘘をついていないと判断したのだから。
「まだまだ全然だ。ただ、この森の特性は森の奥へ惑わせるタイプじゃなくて、森の奥へ行けないタイプのものだってのは分かったよ」
それは脱出できないという意味では同じ。だが、安全性の面では大きな違いがある。
一度森林の向こうへ足を踏み入れれば、魔物が蔓延る光も通さない場所から永遠に出られない……というのが一般的な迷いの森に対するイメージだろう。
実際には、森林の向こうへ行くことができない。つまり、必ず街や道に戻ってきてしまうというものだった。
「他にも色々試したいことはある……まぁ、まだ一日目だ。慌てる必要はないさ」
そう言うと、牧緒は引き続き食事に舌鼓を打った――。
食事を終えると、オルガノとキュラハはさっさと各々の寝室へ向かう。
対してユレナとニャプチは、リビングのソファに座って仲良く談笑している。
牧緒は皿を洗いながら、リビング全体を見渡した。
暫く物憂げな表情で座っていたリデューシャが、その場から立ち去るのを見る。
否でも応でも、この後のことを想像してしまう。
きっと自分に割り当てられた寝室の扉を開けると、そこにはリデューシャがいるだろう。
あぁ、どうやってやり過ごせばいいんだ……などと考えながら、最後の皿を積み上げた。
「あれ?」
そそくさと寝室に向かった牧緒は、拍子抜けする。そこには誰もいなかった。
「まぁ……別に……」
自身の妄想を恥じながらも、ベッドに入って目を瞑る。
数時間か、いや、たった数分かもしれない。牧緒はもぞもぞと何度も寝返りを打ちながら、眠れぬ夜に苦しむ。
「いやいやいや、おかしいだろ!」
別室に聞こえない程度に声を上げて、体を起こす。
リデューシャはウオラ王国で、積極的に牧緒にアプローチした。
ホテルでは同じ部屋を勝手にとり、牧緒に告白して押し倒した。
今日も、牧緒の帰りを肌を冷たくしながら待っていた。
そんな彼女が、何故、何もしてこないのか。牧緒は納得がいかない。
「くそっ……意識させるだけさせておいて……女の子に告白されたことなんてないから舞い上がっちまった……いや、千歳以上だから女の子ではないか……」
一体何が原因か、頭を抱えて考える。
思えばウオラ王国では牧緒は彼女を避けていた。それが原因に違いない。
朝早くにホテルを出て、夜遅くに戻る……寝るときはニャプチの部屋を借りて朝を迎えていた。
しかし拉致事件の夜からは、むしろリデューシャの方が部屋に戻ることがなかった。
「押してダメなら、引いてみろ作戦の真っ最中ということだろうか?」
牧緒は、自分が嫌われたかもしれないという可能性は微塵も考えていない。
女性と交際したことがない彼の脳内は、常に自分優位な前提で考えを巡らせていた。
だが、ふと冷静になる瞬間がある。それは何度か死線をくぐったことで、平和ボケした思考がぶれるようになったからかもしれない。
「拉致事件の夜……リデューシャは何をやってたんだ?」
ほんの僅かであったが、牧緒の中に、ある疑念が芽生え始めた。
それから数日の間、牧緒は観察した。
魔物の様子や雲の動き、町の住民と仲間の様子まで。
森林の奥へ進めないのは、魔物も同じ。
森林の中で生息している魔物が道や街に姿を現すと、二度と森林の奥へは戻れない。
なので街に現れた魔物は、追い返すのではなく討伐する必要がある。
雲の動きに違和感はない。
ただその流れを追っていくと、山が見えないことに気が付いた。
これは、迷いの森が隔絶された別の空間であるという仮説を決定づける根拠となる。
街の人間は日々を平和に過ごしている。
ユレナが積極的に彼らと接触し、関係を築いている姿を見た。
リデューシャは普段コテージでゆっくりしているが、街中に魔物が出現するタイミングを知っているかの様に度々外に出ては、魔物を氷漬けにした。
オルガノは魔法を駆使して運搬や建築を手伝っている。
意外にも積極的な行動からは、娘と森の中で安全に暮らす選択肢を視野に入れているようにも見受けられる。
キュラハは魔術師デルバを探すと言って、頻繁に町の外へ出ているが、実際に成果を持ち帰ることはなかった。
牧緒は疑念の根幹を見つけられずにいた。観察の中で微かに感じる違和感の正体が掴めない。
それどころか、魔術師デルバの居場所も、異世界転移の方法も、迷いの森から出る方法も何も掴めていない。
疑念と共に、焦りだけが募っていった。
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