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27話 すれ違い

「少し街を散策してみようと思います。ご一緒していただけませんか?」

「……見たところ街の中は安全だ。付き添いは不要だろう」


 オルガノはユレナの誘いを蹴った。

 彼女は男装の様な騎士を思わせる服装を脱ぎ捨てて、町娘の様なラフな格好へと様変わりしている。

 腰に差したレイピアも、寝室の脇に立てかけられて役目を果たせずにいた。

 

「そう仰らず。そろそろお互いを知る必要もあるでしょう?」


 ユレナはこの機に、オルガノが何者なのか探ろうとしている。


 監獄を出て信頼できる者は牧緒だけだった。

 ウオラ王国では、最も年齢が近そうなニャプチに白羽の矢を立て、距離を縮めた。

 “終末級”と仲を深めるのは難しいだろうが、牧緒とのやり取りを見る限り、不可能ではなさそうだと判断している。

 しかし、オルガノにだけは近寄りがたかった。


 監獄で牧緒が言った言葉には幾つかの嘘が含まれていると、今はもう気が付いている。

 あの脱獄は牧緒を中心とした計画であり、ユレナを脱獄させる目的ではないことに。

 だが、彼は言った。『君を脱獄させたい人がいる』と。

 それ自体が嘘である可能性もある。だがユレナは消去法で、その人物こそがオルガノだと考えた。


「……少しなら良いだろう」


 オルガノが断らないことを、ユレナは知っている。

 今までも、彼の態度は明らかにユレナに傾倒していた。


 彼女は人を見る目がある。自身の都合の良いように動く人物を見抜くことに長けていた。

 その上、不利益だと判断した人物を容赦なく切り捨てる冷淡さも併せ持っている。

 そしてこの場合の不利益とは、【悪の特異点(マレフィキウム)】に対する物を意味している。

 ユレナはこの組織を、牧緒という存在を、自身にとってなくてはならない物と位置付けた。

 彼女はオルガノを見極めようとしている――。



 一方、リデューシャはコテージの暖炉の前で、安楽椅子に腰かけてゆらゆらと揺れていた。

 その瞳は、小さく散って消える火の粉だけを映している。


「魔女っちさぁ、言われた通り魔術師を探す方法考えなくていいの?」


 少し離れたソファーの上で、キュラハが天記の書をペラペラとめくりながら言った。

 その不敬な態度は、敢えてそうしているようにも感じられる。

 もしかすると、牧緒の手によって“終末級”がどれほど躾けられているか確認する意図があるのかもしれない。


「不要だ。もう分かっているからな」

「え……?」


 答えは意外な物だった。


「魔法の効果から逆算して、その形を特定する……特に原型魔法を再現した物を幾何(きか)魔法と呼ぶ」

「へー……そうなんだぁ」


 キュラハは知識としてそれを知っている。

 しかし、リデューシャが突然魔法の授業を始めた理由を理解できず、どの様に反応するのが正解なのか掴めずにいた。


幾何(きか)魔法【心眼(クレーデレ)】。妾の育ての親の原型魔法だった物だ。完全再現は難しくてな……他者の心までは読めず、千里眼の様な効果しか実現できなかった」


 つまり、リデューシャはこの森の全容を目視で把握しているということになる。

 しかし何故、過去の一片を(つまび)らかにするようなことまで話すのか……。

 それを考えると、キュラハの全身に鳥肌が立った。まるで冥途の土産の様に感じたからだ。


「アタシは、気分転換に外に出てこようかな」


 キュラハは直ぐにでもこの場から立ち去りたかった。

 できる限り平静を装い、小走りでコテージから脱出する。


 もしもリデューシャが()()に気が付いているのなら、何故直ぐにそれを盟主たる牧緒に伝えないのか。

 現状を楽しんでいるのか、それとも別の思惑があるのか……。底の見えない魔女の狂気に触れ、キュラハは息を切らした――。



 その頃、オルガノはユレナの笑顔を眺めていた。

 街に繰り出すと、あっという間に子供たちに囲まれた。外から来た若い女性が珍しいのだろう。

 ユレナは疎むことなく子供たちと戯れた。


「オルガノ様も一緒にどうですか?」


 大縄跳びの中で、ユレナは細かく息を吐きながらオルガノを誘った。

 厳格な雰囲気を纏い、齢五十を越えているであろう大男が首を縦に振るはずもない。

 しかし、オルガノは少し悩んだ後に一歩前進した。


「あっ! お姉ちゃん引っかかった!」


 その時、ユレナの足が縄にかかり、子供たちが笑いながら騒ぎ始める。

 流れは断ち切られ、オルガノが大繩跳びに参加する光景は拝めなかった。


「ふぅ、疲れちゃいました」


 ユレナはそう言ってオルガノの元へ駆け寄る。

 彼女はオルガノの態度から、その目的を明らかにしようと試みる。

 オルガノは、ユレナが願えば子供の遊びにすら参加しようとすることが分かった。

 牧緒や“終末級”の願いを無下にできないのは理解できる。

 しかし、ただの小娘でしかない者にまで従う理由が、ユレナには分からない。


「マキオ様とはどの様な間柄なのですか?」

「深い仲ではない。脱獄計画の一端を担っただけだ」

 

 息を整えるためにゆっくりと歩きながら問うも、大した答えは返ってこない。


(詳しくはマキオ様に確認するしかないかしら。でも、私が思っている以上の信頼関係があれば、無理な詮索は私の評価を落とす結果になるかもしれない……)


 まさか直接オルガノの正体や目的を聞くわけにもいかない。

 

(私はマルジルク家の汚点……公爵家の権力を利用する目的ではないはず。なら、私を脱獄させる理由は、私の中の魔王しかない)


 しかし、初めて会話した時の牧緒は、魔王の存在を知らない様子であった。

 オルガノが魔王の存在を隠して牧緒にユレナの脱獄を提案したとして、牧緒はどのような理由でそれを飲んだのか。


(マキオ様はオルガノ様に弱みを握られていた……? それは今も……?)


 事実、オルガノは脱獄計画を刑務官に暴露すると脅し、ユレナの脱獄を実現させた。


(ということは、元から魔王の力を利用しようと考えていたのはマキオ様ではなく、オルガノ様)


 彼が実の父であることを、ユレナは知らない。

 オルガノもまた、自分のような悪人が実の父であるとは知られたくない。

 そのすれ違いは、ユレナがオルガノを敵視する結果に至る。


 ユレナは思い返す。

 牧緒を拉致した不届き者は、何故あのような暴挙に出たのか。

 “終末級”の脅威を抑えたいにしても、報復を避けるためには話し合いの道しかないはずだ。

 つまり、報復はないと考えた。何故? どう考えを巡らせてもその様な判断には至れない。

 だとすれば、誰かにそう()()()()()()のだろうか?


(もしかするとオルガノ様は……)


 ユレナの考えはまとまった。

 考察した内容の真偽にかかわらず、自身が【悪の特異点(マレフィキウム)】を支えなければと決意した。

 まずは不穏分子を排除する必要がある。組織の輪を乱さずにオルガノを消す方法を考えなければならない。


(私が……私がやらないと……!)


 彼女が【悪の特異点(マレフィキウム)】にこだわる理由は一つ。

 それは()()令嬢の延長線。

 世界に名を轟かせれば、いずれどこかにいる実の父の目に触れるだろうと考えている。


 牧緒は異世界を目指しているが、ユレナはそれを何としてでも阻止するつもりだ。

 彼が世界を征服すれば、逃げ続ける必要はない。

 彼が世界を征服すれば、実の父を探すことも容易い。

 彼が世界を征服すれば、もう上辺だけの悪役を演じる必要はない。


「まあ、美味しそうな果物。どれも見たことはないけれど、良い匂いがしますね」

「そうだろう、お嬢ちゃん! この森限定だ! 一番オススメはレルゲの実だよ!」

「フフ、オルガノ様、買って帰りましょう」


 ユレナは腹の内を見せず、オルガノに笑顔で接し続けた。

 

「うむ……これで足りるか?」

「金なんて要らねぇよ! ここじゃあ、なんの役にも立たねぇからな!」


 オルガノが差し出した銀貨を、店主は笑いながら突き返した。

 閉じられたコミュニティーで必要になるのは、金ではなく信頼と働きだけだった。


「……後で私が持ち帰ろう。君は先に戻りなさい。私は少し寄りたいところがある」


 貸し与えられた籠に果物を詰め込んだ後、オルガノはユレナに促した。

 今後の方針を確立させ、これ以上探りを入れる必要がはないと判断した彼女は、それに素直に従った。


 オルガノは偶然視界の端に映ったキュラハの下へ向かう。

 ベンチに腰掛けた彼女の隣に座ると、僅かにベンチが傾いた。


「冥王オルガノが果物を抱えている姿が見られるなんてね。で、アタシに聞きたいことがあるんでしょ?」

 

 キュラハは焦る様子もなく、のんびりした体勢でサラリと言う。


「あぁ、貴様の目的を確認したくてな……この森に、魔術師はいないのだろう?」


 オルガノが核心を突く。

 彼女が異端審問官であることから、その真の目的について、何となく察しは付いていた。


「やっぱ気付かれるかぁ。てか、アタシも森に入るまでは魔術師がいると思ってたんだけどね」


 天記の書は、二種の魔法を実現する魔法具である。

 一つは、他者の動向を天記の書に転記する魔法。一つは、天記の書の内容を他者の認識に転記する魔法である。

 今回使用された魔法は前者と思われていたが、実は後者であった。

 記された内容が嘘であっても、対象となった者はそれを真実だと認識する。

 キュラハは、魔術師デルバが迷いの森へ入ったと信じ込んでいたのだ。

 だからニャプチは嘘を見抜けなかった。


 天記の書に魔力を供給して魔法を発動させているのは別の人間。

 迷いの森へ入ったことで、その者の魔力供給が途絶え、キュラハは真実を思い出した。

 だが、決してキュラハは騙されていたわけではない。本人も承知の上で、下した決断である。


「アタシの目的は、アタシの命を懸けて魔女をこの森に封印すること」


 魔女は何者にも靡かない。それは周知の事実。だが、実際には牧緒という男の下で動いている。

 その理由をキュラハは知らないし、理解することもできない。する必要もない。

 ただ事実を利用するだけ。

 牧緒を迷いの森に導けば、魔女も一緒について来ると踏んだ。

 一度入れば出られない。六百年間、それが覆ったことはない。

 この森は、魔女を封印するのに最適だったのだ。


「絶対効果魔法……この森に掛けられた魔法は、魔女すらも破れないってわけ」


 それは確定効果魔法とも呼ばれ、一度発動すれば、いかなる方法であってもその効果を無視できない魔法。

 一般的な魔法は暫定効果魔法と呼ばれ、威力を弱めたり、相殺したりなど、対策を講じることができる。


 リデューシャともなれば、絶対効果魔法を見極めて嵌まることなどない……はずだった。

 牧緒と共にあることが最優先となってしまったリデューシャは、それと承知でこの森へ入ったのだ。


「あんたにとっても、ここは望んだ場所でしょ? もう追われることは無いんだから」

「そうかもしれんな……。だが、奴はなかなか曲者だ」


 勇者の猛攻、ドルーガンの奇襲、そのいずれも牧緒は生き延びた。

 オルガノは牧緒のことを信用はしていないが、認め始めていた。


「だからこそ、その嘘の向こうに隠された物だけは守り通せ」


 キュラハがアッサリと嘘を認めたのは、他に隠していることがあるからに違いないと、オルガノは考えた。


「あんた、どっちの味方?」

「どちらでも無い。私が守るべき者はただ一人だ……」


 オルガノは試行錯誤している。

 出会うはずの無かった娘と共になった以上、互いが最も幸せに生きられるよう、もがいている。

 どのピースを、どこにはめれば良いか判断するために。

 あえて場を乱し、ピースの下に隠れた別のピースを見つけ出すために。


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