24話 異端審問官
牧緒拉致事件の翌日。
約束の期日を一日残して、ベイランの遣いはやって来た。
その者はただ城への参集を願うばかりで、件の魔術師が見つかったのか話そうとしない。
微かに膝を震わせながらも堂々とした様からは、ベイランへの絶対的な信頼を窺わせる。
リデューシャの転送魔法で、用意された馬車を走らせることなく王城へと向かう。
出た先は正門の前。敬意を持って招かれた以上、土足で上がるわけにはいかない。
独自の価値観ではあるが、魔女にも他者の尊厳を尊重するだけの考えはあるようだ。
共に転送魔法に乗ったベイランの遣いが、牧緒たちを案内する。
辿り着いた貴賓室にビシャブ王の姿はなく、ベイランが一人迎えた。
「先日の騒動については、我々が把握できる範囲で聞き及んでおります。何か不備がありましたでしょうか?」
ベイランが知っているのは街中に現れた次元の裂け目。そしてバルバラが放った魔法のこと。
「問題ない、気にするな。それで、魔術師はどこだ?」
牧緒は再び“尊大モード”で対応した。
「魔術師を連れてくることは叶いませんでした……。しかし、魔術師の居場所を知る者を連れてまいりました」
牧緒にとって、それは正に欲していた情報。
魔術師が身を隠しているのは明らか。本人を十日間で見つけてくるなど到底無理であると、牧緒は考えていた。
用意した十日という期日は、発破をかけるためでしかない。
だが、そのプレッシャーはベイランにとっては重すぎたようだ。
「この不始末の責……どうか私一人の命で果たさせていただけないでしょうか……」
それは魔術師を連れてくるという使命を果たせなかったことに対する、ベイランなりの責任の取り方。
牧緒は、それほどの覚悟を汲み取る事ができていなかった。
だからこそ、放たれた言葉は――。
「何?」
それは深い意味を持たない。ただ純粋に発言の意味を問うだけの言葉だった。
だが、その一言にベイランをはじめとする全ての兵士が恐れ慄いた。
「責任は全て私一人にっ……! どうか、どうか……!」
ベイランの必至な態度を見て、流石の牧緒も場の空気を理解する。
「……まずはそいつを連れてこい。話はそれからだ」
「ははっ。マキオ様の前に連れてこい」
ベイランが兵士に指示し、連れてきたのは一人の女性。
金縁の丸眼鏡にベレー帽の様なものをかぶり、本人の等身をも超えるやたらと装飾が豪華な杖を持つ。
「あ、どもども。アタシはキュラハ・カテラテルト。異端審問官の第九席でーす」
異端審問官とは、魔法大国シオンレウベの神を自称する主君の直臣。
この世界の歴史を、人間の都合の良いものに書き換えていると噂される組織である。
その真相は定かではないが、彼らが世界に多大な影響を及ぼせることは間違いない。
「異端審問官か……マキオ、こいつらは信用できないぞ」
リデューシャは警戒している。
千年以上を生き、生の歴史をその目で見てきた彼女は、異端審問官たちにとっても警戒の対象であった。
(そういえば、バルバラも異端審問官がどうとかって言ってたな……)
牧緒は、ヴァーリア監獄でのことを思い出した。
同じく長寿であるバルバラも、異端審問官と対立する立場にあるのだろう。
思い出せた記憶では、確かに良い印象を受けない。
「聞くだけ聞こうじゃないか。異世界転移を可能とする魔術師は、今どこにいる?」
「魔術師デルバは異端審問官候補だったんだよね。色んな契約の下、彼の四年間の動向は全部天記の書に記録されるわけ」
そう言って、キュラハは一冊の小さな本を取り出した。
天記の書と呼ばれるそれを、牧緒の眼前に突き出して開く。
書かれている文字は牧緒にも読めるものであったが、ビッシリと書き詰められた文章を瞬時に読み解くことはできなかった。
それは人の手で記される物ではなく、魔法によって自動筆記される便利な書。
対象者が見て、聞いて、触れた物が事細やかに記録される。それはGPSの役割を担うことができる。
「これで魔術師デルバが、“迷いの森”に入ったことが分かるわけ」
「迷いの森?」
「そう、六百年前に六人の魔術師たちによって作られた魔法の森。未だかつて誰一人として出てきた者はいない、あの迷いの森だよ」
数多の冒険者たちが挑み、その生涯を終えた場所。
森の中がどうなっているか知る者はいない。一方通行、という意味では死と同義。
「マキオ君が森へ入る場合に限り、アタシが一緒に行って案内してあげる。天記の書は異端審問官が持ってないと追記されないからね」
キュラハの提案に、牧緒は躊躇した。
そこに、【悪の特異点】の盟主を森へ閉じ込めたい意図を感じたからだ。
そしてこの積極的な態度。恐らくベイランたちが彼女を見つけたのではなく、彼女がベイランに接触したであろうことが察せられる。
「ニャプチ、今までの話……嘘はなさそうか?」
「大丈夫、嘘はついてないにゃ」
魔術師デルバの居場所、キュラハの協力、それらは偽りではないようだ。
「魔術師を見つけて異世界転移が実現すれば、別の世界に出ることができるかもしれませんね」
ユレナが考えを述べた。
森を出た者が一人もいないというのは、別の世界へ転移しているから……とも考えられる。
異世界から人間を召喚する術を持つ者が、わざわざ迷いの森へ消えた。
そこに意味を見出だすのならば、迷いの森そのものが異世界と密接に関係している可能性がある。
「森へは我々全員で入る必要がある。マキオが森に捕らわれたのか、異世界に転移したのか、外の者は判断できまい」
オルガノはまだ、異世界の存在を信じきることができていない。
だが、娘を救うためには異世界へ逃亡する他ないとも考えている。
だからこそ、この世界に置いて行かれる事態は避けなければならない。
「この女が嘘をついていた場合……または既に魔術師が死んでいるか役立たずな場合は、永遠に森の中で生きることになるな」
リデューシャの魔法を以ってしても、無条件に迷いの森から脱出することはできない。
それと同じように、異世界へ行く魔法も使えない。
「あ、言っとくけど、迷いの森に同時に入れるのは六人まで。で、魔物はNG」
キュラハが突然条件を増やす。
人数の制限はキュラハ側からして特に利点の無い条件。であれば、何故設けたのか。
牧緒はその疑問を投げかける。
「それは迷いの森が示す条件か?」
「流石、話しが早いね。その通りだよ」
牧緒の予想は的中した。
「『魂を伴う六つの肉体』……これが迷いの森に入るための条件。【悪の特異点】が全員入ろうにも、アタシが一人加わるから一人溢れるわけ。ま、人間が魔法で作った森だから、そもそも魔物は対象外なんだけどね」
これでは、バルバラだけを残していくことになる。
しかし、森から抜け出す方法がなければ、魔術師を探して直接異世界に転移する他ない。
そうなれば、バルバラとの約束を反故にすることになる。
牧緒は答えを出せないでいた。
その時、牧緒が羽織るマントの隙間から、トカゲの姿を模した炎が体を這って現れる。
それは肩まで登ると、体を丸めた。
「我のことは気にするな」
バルバラの意識が宿った炎は、牧緒の背中を押した。
「セントファム帝国との取り決めもある。誰かは残る必要があるだろう。我ならば適任だ。我が巨体は、【悪の特異点】が確かにそこにいるのだと周知させることができる」
使者という役目を放棄して、全員消えていなくなれば問題になる。
だが最も目立つバルバラが、その姿を衆目に晒した上で大人しくしていれば、ヴァルキア皇帝も文句はないだろう。
“終末級”の手綱を握れているという事実が、皇帝の自尊心を満たすのだから。
それに、上手くやれば牧緒たちが迷いの森へ入ったことすら気付かれないかもしれない。
「でもそれは……俺が迷いの森から抜け出すことが前提の考え方だ」
「あぁ、我は信じている。お前が戻ってくると」
それは全幅の信頼。
バルバラは利害関係などと誤魔化していたが、実のところ最初から牧緒のことを仲間だと認識していた。
異世界の言葉……日本語を学んだことで、彼は異世界の存在を確信している。
そしてこの世界で二人だけに通ずる言語は、最も分かりやすい絆の形に違いなかった。
「分かった……。バルバラを除いた俺たち五人がお前と同行しよう」
「りょーかい。出発の日は任せるよ。アタシはいつでも大丈夫」
「そうか。では支度が整い次第、ベイランを介して連絡しよう。それでいいな?」
牧緒はベイランとキュラハの二人を交互に見た。
「畏まりました。ご宿泊のホテルの前に遣いを置きます。何かあればお声かけください」
「じゃ、アタシは陛下の厄介になろうかな」
呑気なキュラハを横目に、牧緒はベイランの肩に手を置いて言う。
「よくやった。十分な働きだ。俺たちも、いつかお前たちの力になろう」
「き、恐悦至極でございます……!」
ベイランはその言葉に安堵した。
一時は死すら覚悟したが、今は少なくとも国を滅ぼされることはないだろうと確信できる。
「異端審問官よ、どういうつもりだ? 森に入れば、お前も出られなくなるやもしれん。それを案内するなどと……やはり信用できんな」
不信感を募らせたリデューシャは、そっとキュラハに歩み寄って囁いた。
異端審問官は、歴史を語ることのできる長寿の者を危険視している。
魔女も唯一竜も、果ては魔王すらも彼女にとっては敵であるはず。
それが何故、迷いの森へ入るなどという危険を冒してまで協力するのか。
目的があるとすれば、異端審問官にとっての邪魔者を永遠に迷いの森へ閉じ込めること。
しかし、返ってきた答えは意外なものだった。
「アタシを信用できないのは仕方ないけどさぁ、アタシは信用してるんだよね。あの難攻不落のヴァーリア監獄から脱獄した彼の実力を、さ」
リデューシャは「ほう」とだけ呟いて、それ以上問い詰めることはしなかった。
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