23話 魔女の私刑
牧緒たちはホテルのレストランを貸し切り、テーブルを囲んで向かい合う。
「今回、俺がやらかしたことで、街の全員の目に入る場所でバルバラが魔法を使うことになった」
手を組んで、牧緒は深刻そうに話す。
バルバラが放った炎は空中で爆散して花火となっただけで、何かを攻撃する意図もなければ、実際の被害もない。
だが、その光景を目の当たりにした者たちは、それを知る由もない。
ヴァルキア皇帝が手綱を握っていると世間に思わせている以上、勝手な行動は全て皇帝の指示と捉えられてしまうだろう。
下手をすれば重大な国際問題に発展しかねない。
「でも、バルバラが機転を利かせてくれたおかげで、何とか事なきを得た……はずだ」
バルバラは牧緒の居場所を特定した後、小さな複数の火の玉を真上に吹き上げ、それは適度な規模の花火となり街を彩った。
僅かな時間とはいえ、街中に次元の裂け目が現れた件と相まって、何かの催しだと思い込んだ人々も多い。
「幸い、現時点でヴァルキア皇帝からの通達はない」
汎用魔法を用いれば、国を隔てていても即座に連絡が可能である。
恐らく牧緒たちを監視する諜報員たちの中には、ヴァルキア皇帝が遣わした者もいるだろう。
そういった者が接触してこないということは、ここウオラ王国で起きた出来事は問題視されていないと考えられる。
他の国、他の組織の諜報員たちがどの様に判断するかは分からない。
しかし実害がない以上、何かを咎めることもできないはずだ。
「本当に助かった、ありがとう! ということで、お詫びと感謝を兼ねて最高級のフルーツパフェをどうぞ……」
すると、給仕たちがテーブルの上に人数分の巨大なパフェを運ぶ。
輝くフルーツたちは甘い生クリームを彩り、冷たいアイスクリームは高く積み上がっている。
パフェを初めて見るのか、ニャプチは不思議そうな顔をして、スプーンも使わずに器を持ち上げ大口を開けて頬張る。
対してユレナは、ゆっくりと上品にパフェを掬い取る。
最初は平然としていたが、数か月ぶりのスイーツは徐々に彼女を狂わせていき、口元に付いたチョコソースすら気にせずにスプーンを往復させた。
残念ながらオルガノは見向きもしない。
「どうされたんですか? おいしいですよ」
しかしユレナにそう言われ、オルガノは気恥ずかしそうに喉を鳴らして、仕方なくパフェを口に運んだ。
「はぁ、妾の出した金貨で買ったパフェが礼とはな」
リデューシャはため息をつきつつも、その顔はほくそ笑んでいた。
ささやかとはいえ、牧緒から贈られた物を喜んでいるのか、それとも純粋に牧緒の無事を喜んでいるのか。
いずれにしても機嫌は良いようだ。
「それは……へへへ、ごめん。埋め合わせはいつかするから」
「良い、今回は寛大な心で許してやろう」
自分に惚れていなかったら一体どんな仕打ちが待っていたのだろうかと、牧緒は息を吞んだ。
「おい、我にどうしろというのだ……」
小さな火の塊で参加したバルバラは、目の前でパフェに盛られたアイスクリームが溶けていく様を見守る他なかった――。
その夜。
牧緒は覚悟して自室のベットへ横になった。
それはリデューシャに対して不甲斐ない態度を取り続けた侘びと、助けてもらったことへの感謝のつもりである。
牧緒はリデューシャが何をしてきても受け入れるつもりでいた。
そもそも牧緒自身が、女性と恋愛的な関わりを持つことに慣れていないことが拒絶の原因であって、彼女を嫌っているわけではない。
むしろ白百合の様な美貌と、子供の様な無邪気さを垣間見せる愛らしさは、既に牧緒の心を鷲掴みにしていると言っても過言ではない。
だが、リデューシャが部屋に戻ってくることはなかった。
その頃彼女は雲の様に宙に浮いて、星の少ない夜空を背景に街を見下ろしていた。
電気技術が発展していなくとも、魔法石の普及により街は明るく、未だ賑わっている区域もある。
「ふむ……やはり多いな。気持ちの悪いウジ虫が数百……堪え難い」
その目には見えている。最初から見えていた。
街に蔓延る諜報員の数と容姿、その実力まで全て捉えていた。
牧緒を付け狙う者の存在も、その者が良からぬことを企んでいたことも、全て。
リデューシャは敢えて牧緒が攫われるのを見逃した。
ドルーガンたちが施した付け焼刃の小細工など関係ない。リデューシャにかかれば牧緒の居場所を探知することなど容易かった。
そうしなかったのは、牧緒が危機に陥れば必ず助けを求めると考えたからだ。
ただ一言、魔女の名が叫ばれれば彼女は満たされる。そのはずだった。
実際に牧緒が助けを求めたのはバルバラであり、囚われた場所を特定する方法もバルバラに依るところであった。
リデューシャにとって、それは耐えがたい現実。牧緒の弱さに寄り添うことで、その心を掴む算段であったのに。
雲に隠れた月が露わになった時、殺気を放つ魔女の姿を捉えた者がいた。
夜風に当たるつもりで窓を開き空を見上げたその者は、背筋を凍らせて慄いた。
「あ……あぁ……に、逃げるわよ……。速くっ!」
「急にどうしたんですか?」
これはある諜報員たちの末路。
荷物もまとめずに立ち去ろうとする彼らを襲ったのは、青い閃光。
「霹靂――」
その呪文が彼らの耳に届くことはない。しかし、放たれた稲妻は脳天を貫いた。
リデューシャは空を踏み、まるで階段があるかの様に軽快に下る。
とある建物の窓に差し掛かると、身を丸めてふわりとその中に着地した。
「あ……がっ……」
部屋の中には、煙を上げて倒れる諜報員たちの姿。
眼球は溶け、喉は焼け、ピンと背筋を伸ばしたまま体は硬直している。
「こんなことをするつもりはなかったんだがな……やはり害虫は駆除しておくべきと思い直した」
リデューシャはゆっくりと話し始める。
ドルーガンの行いの報復は、結果的に【悪の特異点】を監視する全ての諜報員に向けられることとなってしまった。
「我らが盟主様の主義は『弱き者には慈悲を』。だから命までは奪うまい」
無表情だったリデューシャの顔は少しずつ歪み、口が裂けんばかりに口角を上げる。
「光を失い、音を失い、匂いを失い、声を失い、動きを失って尚、生きていたいと思うかどうかは……お前たち次第だ」
諜報員は聴力を既に失っている。だが、魔女の声だけは頭に響いた。
普通の魔法は、損傷を完全に回復させられない。
本人の治癒能力を数百倍に向上させる魔法では、失った物までは取り戻せない。
別の物で補う魔法では、拒絶反応を起こすこともあれば、副作用を伴うこともある。
何のリスクもなく、致命傷ですら瞬時に治す魔法は、才ある者にしか行使できない。
しかし、それほどの才を持つものに限って、それを世の苦しむ者たちに施さないものだ。
きっと彼らも、元の姿で元の生活に戻れないことを理解していることだろう。
リデューシャは窓枠に腰かけて、右腕を掲げて指を鳴らした。
途端、数百の稲妻が街を刺す。稲光と共に響いた雷轟が人の動きを止めた。
その日、この街に潜んでいた全ての国、全ての組織、全ての種族の諜報員たちは、生きる術と生きる気力を失った。
リデューシャは月明りに照らされ、歪み切った顔を両手で抑えた。
「フフ、フフフフフ……妾が誰かのために何かを成したいと思う日が……もう一度来るなんて……」
独り言を呟きながら不気味に笑い続ける。
「あぁ、マキオ……千年を経て、妾はもう一度生まれた……次の千年で、お前は何を魅せてくれる? フフフ、ハハハハハ!」
それは愛故の狂気。
それは誰にも制御できず。
愛は、必ずしも美しいものではないことを、物語っていた。




