表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/50

21話 花火

 一般的な転送魔法は肉体を魔力で強化でもしない限り、脳や筋肉にダメージを与える。

 生じる痛みは意識を失ってしまうほどだった。


 どれ程時間が経ったのだろうか。

 目を覚ました牧緒のぼやけた視界に映るのは、偉そうに机に腰かける男と、その配下であろう者たちが数人。

 後ろ手に縛られており、体の痛みも相まって身動きが取れない。


「よぉ、お前が【悪の特異点(マレフィキウム)】のボスなんだってな? あいつの情報が嘘って可能性も考えてたが、こんな簡単に拉致れるんならマジで弱いってことだよな」


 意識を取り戻した牧緒に真っ先に声をかけたその男は、ドルーガン・ギルダンテであった。


(あの男……?)


 牧緒の思考はハッキリとしない。

 それでもドルーガンの言葉を頭の中で繰り返し、即座に状況の把握とそれを改善する方法を思案する。


「お前に聞きたいことがあるんだ。答えなきゃ殺す。どうやって“終末級”を従えてる?」


 ドルーガンは高圧的に問う。


「弱みを握ってるんだろ? でなきゃ、お前程度の男がボスを張れるわけねーもんなぁ」


 それがドルーガンの考えた、弱者が盟主となれる理由。

 もしも鍵が“弱み”であるのなら、それを知ることで誰でも“終末級”を従えることができるだろう。


「……まずは、俺の質問に答えてくれ……。分かったら返事をしてくれればいい」


 牧緒は項垂れたまま言った。

 少しずつクリアになっていく意識の中で、脱出の算段を立て始める。

 

「おい、立場が分かってねーのか? 質問してるのは俺だ」


 ドルーガンは眉間にしわを寄せて苛立つ。

 彼は牧緒の質問が自身に向けられたものだと思い込んだ。

 実際に牧緒の問いに答えたのは、胸ポケットの中に納まった小さな火であった。

 それは微かに痛みを伴うほどの熱を発することで、返答とした。


「ここはどこだ?」


 そう言うと、熱は冷めて痛みは消える。


「俺のことを弱いと言ったな……俺には勝てないと思うか?」


 再び熱による痛みを感じる。

 静かに熱を操るバルバラは、牧緒がどこにいるのか不明であり、牧緒を助けられるほどの力を出せないことを伝えた。


「お前、まさか自分が死なねーと思ってるのか? お前が奴らの弱みを吐かなくてもな、吐いたと思わせられればそれでいいんだよ」


 そう言ってドルーガンは牧緒に近づき、思い切り腹部を蹴り飛ばす。

 魔力で強化された肉体による攻撃。それは簡単に牧緒の肋骨の一部を粉砕した。

 痛みに耐えられず、悶えながら体を伏せる。


「その首を持っていけば、交渉材料になるだろうなぁ。だが最善はお前が大人しく従ってくれることなんだぜ? そうすりゃ生きてここを出られるかもしれねぇ」


 安い脅し文句が繰り出される。

 

「残念だが、お仲間は来ねーぞ。クソ高けぇ転送魔法の魔法石……そいつを何千個も用意して同時に展開した。魔力の痕跡を追えないようになぁ」


 次元の裂け目が消えた後も、転送先を特定できる魔法は存在する。

 恐らくリデューシャならば、当然の様にやってのけるだろう。

 しかし、複数の転送魔法の入口が、近い範囲で複数展開された場合、次元と魔力が複雑に干渉し、特定はほぼ不可能となる。

 最悪の場合は正しい転送先に送られないこともあるが、それはこの八日間で綿密に調整され解決されていた。


(バルバラの火は反応した……俺の声は聞こえてる……)


 ドルーガンたちはバルバラの存在に気が付いていない。

 外界との通信手段があるのなら、必要な情報を提供することで、バルバラに現在地を特定させることができるかもしれない。

 地に伏せたまま周囲を確認し、情報を集める。


 ここは室内。窓はない。床と壁はごつごつとした岩肌。

 複数の机と椅子。その上には酒と思しき樽ジョッキが複数。

 男たちは皆、防寒具を着込んでおり、ここは非常に寒い。暖炉は八つ。全て稼働中。

 壁には落書き。文字は読めないが、ハディルーン大陸で使われているものであることが分かる。

 床にピッタリと耳をつけると、かすかに空洞音。


 牧緒は、この世界の地理をそれなりに頭に叩き込んである。

 元の世界に戻る手がかりを見つけるためには世界を巡る必要があると考えていた。

 ならば地理は欠かせない情報の一つ。


(ここは鉱山の可能性が高い。このレベルの寒さ対策は……高地だからというだけじゃない、恐らく寒冷地)


 砕けた骨が肉に刺さる。

 その痛みが、逆に牧緒の頭を冴えさせた。


(ハディルーン大陸の北部、鉱業が盛んな場所……いや、廃鉱となった場所か?)


 出で立ちや行動から、ドルーガンたちが鉱夫であるとは思えない。

 ここは荒くれ者の隠れ家に再利用された廃鉱だと、牧緒は考えた。


「オクヤーン、リヘイロウ、クロウヘルタルム……」


 牧緒は突然、考え得る地名を口にし始める。


「はっ! 占い師の手口だな。俺の反応を見てここがどこか当てようってか? 当ててどうする? 何ができる?」

 

 ドルーガンは、牧緒の行動が自身の反応を窺おうとしているだけのものだと判断した。

 まさかその情報が外部に漏れているとは思いもしていない。

 牧緒が魔法石を所持していないことは確認済みであったからだ。

 平たく薄い胸ポケットに()()が潜んでいるとは気が付けなかった。


「……ダヤ、サンデラ、オース」

「いい加減にしろよ」


 ドルーガンは、構わずに続ける牧緒の胸ぐらを掴み、体を持ち上げる。

 大きく振りかぶった拳が、牧緒の顔面に叩きつけられた。

 それは頬骨と眼窩底を砕き、眼球を破裂させるに至るほどの威力。そのまま体は吹き飛び、壁に叩きつけられる。


「がああああああああ……あああああああああああ……!」


 牧緒は痛みに叫び、喉を潰す。

 歯が欠けるほど食いしばり、痛みを一瞬麻痺させて言葉をひねり出した。


「順に……飛ばしてくれ……花火だ……デカい奴を頼む……」


 それは反撃の狼煙であった――。



 ウオラ王国の王城にて、バルバラは体を起こして翼を広げた。

 ただ一度羽ばたくだけでその巨体は浮かび上がり、一瞬にして城を見下ろす高さまで飛翔する。

 そのまま城の主塔にしがみつき、背筋を伸ばすように体勢を整えた。


 バルバラは、現在の地理をほとんど把握していない。

 投獄される前から、長らく人間との関係を断っていたためだ。

 しかし、古い地名であれば知る物も多い。

 牧緒が口にした地名のほとんどは、数百年前に呼ばれていたものであった。


 バルバラは聞いた国、あるいは都市、あるいは街、あるいは土地の名を復唱する。

 

「オクヤーン――」


 眼前に円形の炎が生成される。

 バルバラがフッと息を吹くと、それは目にも留まらぬ速さで彼方へ飛んでいった。


「リヘイロウ――」


 再び復唱し、同じように炎の玉を吐き出す。

 バルバラの原型魔法により生成された炎は、バルバラの望む形に姿を変え、望む方へと飛んで行く。

 後はこれを繰り返すだけ――。



 遠く、海を隔てた大陸の、ある村の住民は山の上空で花火が広がるのを見た。

 流れ星の様に空を駆けた光が破裂する。

 それは一帯に轟音を響かせながら、一度だけ咲いた。


 その日、いくつもの場所でその現象は確認された。

 人々にとっては、それはただの花火。

 だが、牧緒にとっては一縷の望み――。



 凍えた部屋に、牧緒の苦しそうな声が反響する。


「さっきから訳の分からねぇことばかり言いやがって……花火が見たいなら見せてやろうか?」


 そう言いながらドルーガンは左目を見開く。

 その眼球には魔法陣が刻まれていた。

 

「ぐっ…………あっ…………!」


 突然、牧緒の体は炎に包まれ、その身を焼く。

 喉が焼かれてしまわないように、必死に叫びを抑えた。


「悪い、これじゃあ花火じゃなくて火葬だな」


 ドルーガンが左目を閉じると、炎が一瞬にして掻き消える。

 それは視界に入れるだけで、任意の物を燃やすことができる魔法。


「はっはっは! そろそろ死んじまいそうだなぁ? 吐くもの吐いちまった方がいいんじゃねーか?」


 燃やされたことで、牧緒の手を縛ったロープは焼き切れた。

 しかし、動くたびに赤く焼けただれた皮膚が痛みを脳に伝える。

 その場から逃げ去るどころか、立ち上がることすらできない。

 それでも牧緒は口を開く。


「お前の言う通り……俺は、弱い……。だが……お前は、俺の……仲間を、舐めすぎだ……」


 そのか細い声を、ドルーガンはほとんど聞き取れなかった。

 ついに“終末級”の弱みを吐いたのだと考え、ドルーガンは耳を澄ます。

 牧緒を必要以上に痛めつけ、尊厳を蹂躙しながら嗤った彼の行いは、十分な時間を与えた。


 振動を感じるほどの轟音が鳴り響く。


「聞こえた……かなり、近い……」


 牧緒はそう呟いた。

 順にバルバラが放った花火の音は、牧緒の大まかな位置を特定することに成功した。

 そうなれば、リデューシャが転送魔法でやってくる。

 そうなれば、ニャプチが音と匂いで詳細な位置を特定する。


「おい、何だ今のは? ちょっと見てこい」


 ドルーガンは部下に指示を出し、その不気味な音の正体を考える。


「花火……いや、まさかな」


 脳裏によぎった可能性を否定する。しかし、その時は容赦なく訪れた。


 壁や天井、部屋中にヒビが走る。

 ガラガラと音を立て、それらは砕けて空へと舞い上がっていく。


 牧緒が考察した通り、ここは鉱山の一角。

 山中の地下に作られた鉱夫たちの集いの場。それを改修して作られたドルーガンたちのアジト。

 今はもう、山は削れ、地上は割れ、本来見えるはずの無い青空が広がっている。


「おいおいおいおい、何だこれは……⁉」


 ドルーガンは動揺を隠しきれない。

 彼の知る魔法では、起こりようのない現実が目の前で繰り広げられているのだから。


 逆光に照らされたリデューシャが、空に浮かんでいる。指を軽く振り、いとも容易く地形を変えた。


「お前のボスは全て吐いた! 俺に協力するのなら、悪い様にはしない!」


 ドル―ガンはリデューシャを見上げて大声で叫ぶ。

 何も聞き出せていない以上、ブラフをかける他ない。しかし、そんなことが聞き入れられるはずもない。

 何故なら、ドルーガンが握れる弱みなど最初から無いのだから。


(へき)……」


 リデューシャは呪文の詠唱を中断した。

 痛々しい傷を負いながらも、牧緒が立ち上がったのを目にしたからだ。

 この状況でそうまでする理由はたった一つ。

 リデューシャはそれを察して矛を収めた。


「はは、そうだ、降りてこい! 話そうじゃない……か……あ?」


 リデューシャが攻撃してこない理由を、ブラフが通ったからだとドルーガンは勘違いしている。

 そんな偽りの希望にすがる彼の目に、ゆっくりとこちらに向かってくる牧緒が映った。


「大したもんだ、まだ立てるとはな。だが、こうなった以上、お前は殺しておかないとな」


 口封じのために息の根を止めようと、その左目に牧緒をしっかりと捉える。

 魔力をより注げば、魔法で強化されていない牧緒の肉体を一瞬にして灰にすることも可能だ。


 だが、そうはならなかった。


「な、何故魔法が発動しない⁉」


 これはリデューシャの仕業であった。

 彼女は空間を満たす魔力を操作して捻じ曲げた。

 本来、見ることで対象を定めて発動する魔法の指向が定まらぬ様に。


「俺は……こいつに……勝てる、か……?」


 それは、バルバラに向けた問い。

 右の拳が痛みを伴うほど熱く、燃える。

 牧緒の居場所が分かったことで、バルバラは遠隔で更なる魔力を注ぐことができた。


「答え、は……Yesだそうだ……!」


 牧緒は倒れてしまいそうになるほど体を前に傾けて走る。

 満身創痍の状態ではあり得ないほどの動きと、魔法が使えないことの困惑から、ドルーガンの反応が遅れる。

 牧緒はそのまま全力でドルーガンの腹に拳を叩きつけた。

 それは彼の皮膚を焼き、肉を焼き、巻き起こった熱風は屈強な体躯を吹き飛ばして暖炉の一つを破壊した。


「はぁ、はぁ……俺は……生きて……帰るん、だ……」


 牧緒は力なくその場に倒れ込んだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ