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20話 拉致

 牧緒はバタバタと音を立てながら、ホテルの廊下を早歩きで進む。


「ニャプチニャプチニャプチニャプチ」


 小声でその名を繰り返し口にしながら……。


「うるさいにゃ~、どうしたにゃ?」

「うわっああ!」


 思惑通りニャプチを呼び出すのに成功したが、突然天井から降ってきた彼女に度肝を抜かれる。


「なんで上から……?」

「屋根裏部屋に丁度良さそうなデッドスペースがあってにゃ~」


 それは獣の本能か。豪華な部屋を用意されているにもかかわらず、人気(ひとけ)の無い狭い空間を探してホテルを徘徊しているようだ。


「そんなことより! リデューシャに好かれてるみたいで……何でこうなったか知ってるんだろ⁉」


 牧緒は落ち着かない様子で問い詰める。

 リデューシャの話になると、ニャプチの態度が妙によそよそしくなるのは事情を知っているからだと考えた。


「……『一生を懸けて』とか『月を贈る』だとか、そんなことを毎日毎日囁く男が、百年近く捕らわれた暗闇から助け出してくれたとしたら、それは惚れても仕方ないんじゃないかにゃ~」


 ニャプチは目を閉じ少し頬を赤らめて、呆れたように息もつかさず言い切った。

 リデューシャを脱獄計画に加えるために、牧緒は毎日声を掛けて続けていた。

 その声を、遠く離れた監房でニャプチの耳は捉えていたのだ。

 歯の浮くようなセリフも多く、それを聞いているだけのニャプチすら羞恥したほどだ。


「俺はそんなつもりじゃなかったんだが……」


 牧緒は自身の浅はかさを自覚しつつも、様々な言い訳を考えて、無理やりこの現実を打破しようとする。

 しかし、続く言葉は出てこなかった。


「魔女の独り言をボクが勝手に聞いて感じただけだけど……マキオが魔女を『月の魔女』と呼んだのが、キュンっとさせた理由の一つじゃないかにゃ」


 開き直って羞恥を捨てたニャプチは腕を組み、神妙な面持ちで分析する。

 監獄でニャプチが聞き取ったのは牧緒の声だけではなかったようだ。


「だって、月の魔女の方がかっこいいし、愛嬌があるかと思って……」


 牧緒はそう言って項垂れる。


「事情はよく分からんが、好都合ではないか。今なら魔女を傀儡にできるということだろう?」


 真ん丸とした炎と化したバルバラが話に割って入る。

 事実、リデューシャが協力的であるのは牧緒の存在があるからだ。

 惚れた弱みにつけ込めば、今後も彼女を利用できるだろう。


「それはリデューシャに悪いし、一歩間違えたらとんでもないことになりそうだ……」


 合理的ではあるが、牧緒はその手に乗り気ではなかった。

 牧緒はニャプチに礼を言うと、そのままトボトボとホテルを後にした――。



 街の散策を始めると、牧緒の陰鬱とした気持ちも少し晴れた。

 目立つマントはホテルに脱ぎ捨て、バルバラには蝋燭の火程度に小さくなってもらい、胸ポケットから少し顔を出す程度に留めてもらった。

 それにより、街を行き交う人々の視線からは解放された。


「バルバラの本体は、今どうなってるんだ?」

「睡眠をとっている。二つ以上の意識を同時に活性化することもできるが、疲れるのでな」

「へぇ、便利なんだな。その魔法ってどうやって使ってるんだ? リデューシャみたいに魔力を操作できるとか?」

「これは原型魔法だ。魔物と呼ばれるものが使う魔法は大抵がこれだな」


 原型魔法は魂の器に魔力を注いで行使する魔法。

 魔物は生まれながらにして、その形を理解している。故に、原型魔法を行使できる。

 これが人間となれば話は別だ。優れた知恵を持ち得た弊害か、人間は魂の形を把握できない。

 一握りの、限られた才能を持つ者だけが原型魔法を使えるに至る。


「あぁ、魔法学の授業で習った気がする……」

 

 かすかな記憶を呼び起こしたが、魔法が使えない自分には関係ない、と思考を停止する。

 結局牧緒は、街を見回しながら別のことに考えを巡らすことにした。


「やっぱり帝都とは雰囲気が全然違うなぁ」


 セントファム帝国では職人と思しき者が多く歩いていた。

 しかし、この街では戦士や魔法使いといった風貌の者たちが多く見受けられる。


「近隣の環境によるのだろうな。恐らく魔物やダンジョンが多いのだろう」


 バルバラは考察した。

 何の対策もなく平和は訪れない。この街は彼らのような戦う者たちによって支えられているのだと。


「気まずくて宿には帰りづらいし、今日は徹底的に見て回るか!」


 こうして牧緒は、毎日のように街へ繰り出した。

 夜はニャプチの部屋を借りて朝を迎える。そしてリデューシャに気が付かれる前にホテルを出る。それを繰り返した。


「ここが冒険者ギルドです。大きな町には大抵どこにでもありますね」


 街の中でも一際大きな建物を前に、ユレナがその正体を説明する。


 この日はユレナが街の案内を買って出た。

 街というよりは、異世界の案内と言った方が正確かもしれない。

 牧緒にとっては全てが目新しく、本でしか知り得ない世界が広がっていた。

 それはバルバラにとっても同じ。久々に垣間見た人間たちの成長に感服している。


「冒険者ってどんな仕事なんだ?」

「その名の通り、冒険することが仕事です。未知を探索し開拓する、誰もが憧れる職業ですね!」


 ユレナは楽しそうに語った。

 彼女も幼い頃は冒険者を目指していたらしい。

 親に無茶を言って剣術を学び、幻想魔法の適性があることも判明したのだとか。

 だが現実は甘くない。ユレナの立場では当然冒険者になることなどできなかった。


「冒険者には常に危険が付き纏います。だから上位ランクの冒険者ほど強く、それを買われて魔物の討伐や治安維持の仕事を依頼されることもあるんですよ」


 冒険者の仕事は幅広い。しかしどの仕事も共通して、強いことが大前提となる。

 ユレナが騎士を思わせる衣装に身を包んだのは、冒険者たちへの憧れからくるものだろう。


「未知を探索して開拓する、か……」


 牧緒は冒険者を利用できないか考えていた。

 最優先は魔術師デルバを探し出すこと。だが、彼が見つからなかったらどうするか。見つかっても元の世界に戻す方法を知らない可能性もある。

 その場合は、広く世界を知る冒険者たちの見聞が役立つかもしれない。


「そろそろお昼ですし、美味しい物でも食べませんか? 街の人に聞いたオススメのお店があるんです」


 ユレナと牧緒たちは楽しく日々を過ごした。

 つい先日まで暗く辛い監獄に囚われていたとは思えないほどに――。



 ウオラ王国へやって来て八日目の朝。

 牧緒はホテルに併設されたレストランで朝食をとっていた。


「何故、妾を避ける?」


 突然、静かに尋ねる声が隣から聞こえる。

 リデューシャが頬杖をついて牧緒を真っすぐ見つめていた。

 

「お、おはようリデューシャ。別に避けてるわけじゃないけど……」


 牧緒は必至に誤魔化そうとするも、彼女を避けているのは事実である。

 

「あまり一人で出歩くと危険だ。まぁ、何があってもマキオなら乗り越えてしまうのだろうがな」

「買いかぶりすぎだよ……。でも大丈夫。【悪の特異点(マレフィキウム)】に手を出すような無謀な奴はいないさ」


 そう聞いて、リデューシャは妙な笑顔を浮かべる。


「困ったことがあれば妾を頼れ。いつでも駆けつけよう」


 牧緒が「ありがとう」と返事をする頃には、リデューシャの姿は既にそこになかった。

 彼女の不気味な態度の所為か、牧緒は言い表せない悪寒に襲われた。


 そんな牧緒たちの様子は、今日も監視され続けている。


「頻繁に街に出ている奴もいますが、特に気になる動きはありませんね」

「そうね。でも彼らがビシャブ国王陛下に謁見したのは確か……この街に滞在しているのにも狙いがあるはず」

「殿下が隊を組んで国を出たのも何か関係ありそうですけど、しっかり口止めされていて情報は入ってきません」


 そんな会話を繰り広げるのは、とある国の諜報員たち。

 他にも多くの国の諜報員がこの街に集まっている。


 彼らの仕事はあくまで監視。しかし、そうでない者たちもいた。


 その者たちの狙いは牧緒である。

 毎朝一人でホテルを出て、夜まで街を練り歩く……その行動パターンを詳細に記録され、計画は念入りに練られていった。

 稀に獣人や騎士風の女と合流し同行することもあったが、大抵の場合は数時間もすれば再び一人になる。


 そして午後、街の人々が昼食を終えて仕事に戻る頃。

 その時はやって来た。

 突如として、街中のあらゆる場所に次元の裂け目が出現する。

 その数は千を超え、内一つは牧緒の目の前にも現れた。

 

「なんだ、これ?」


 それは転送魔法により作られたゲート。

 リデューシャの使うそれとは見た目が大きく異なる。

 そのため、牧緒はそれが何なのか理解できなかった。

 奇妙なそれを前に牧緒は後ずさるが、複数の男たちに体を掴まれ、無理やりゲートに押し込まれる。


 そしてゲートは閉じられた――。


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