17話 七か国会議
ヴァーリア監獄脱獄事件から数日――。
世界でも秀でた軍事力を持つ、七つの国の代表が集まった。
「“終末級”の者たちが脱獄しただけならば……多少世は荒れるだろうが、均衡は崩れまい」
「だが、問題なのは彼らが一団となったことだ。これでは勇者も太刀打ちできぬ」
「奴らが手を組んだという確証はあるのか? 魔女も唯一竜も、かつては自身のテリトリーで猛威を振るっていただけだろう。何故今更」
「彼らには先代勇者に討伐されたという共通点があります。魔王に至ってはその命を奪われている……勇者への恨みから手を組んだ可能性は大いにあるでしょう」
「セントファム帝国は厄介ですな。これを機に戦争を仕掛けてくるかもしれませんぞ。【悪の特異点】を利用されれば、勝ち目がない」
「それは無いでしょう。民衆は他国も含め、ヴァルキア皇帝陛下を英雄視しています。それを覆すような非道な真似をするとは思えませんな」
各国の代表者はそれぞれの考えを口にする。
唯一、オルニケア王国のバラン国王だけが沈黙を貫いていた。
聖域たるヴァーリア監獄を持ち、現代の勇者を輩出した最も大きな国。
魔法石の生産数も世界一を誇る。
しかし、肝心のバラン国王の政治手腕を疑問視する者は多い。
「ヴァルキア皇帝陛下に打診すれば、奴らを分断させることも可能なのでは? 単体であれば敵うのではないか? バラン国王陛下のご意見を伺いたいですな」
バラン国王は険しい表情を浮かべるだけで、口を開こうとしない。
代わりに、その場に同席した勇者レトロが答える。
「陛下もそれはお考えになられています。しかし、ヴァルキア皇帝陛下は協力を拒むでしょう。他の方法を使って彼らを分断させるのが良いかと」
勇者の力は世界を動かす指針になる。
バラン国王が決断を迫られる時、勇者は必ずそこにいる。
「そんな方法が、果たしてあるだろうか? いや、無いでしょう。それとも彼らの寝込みを襲うとでも?」
すぐさま反論の声が上がった。
「いえ、そうは言いません。しかし、方法については既に考えてあります」
それがバラン国王の考えか、それとも勇者レトロの考えか……いずれにせよ、各国の代表者たちはそれに縋るしかない。
レトロは続けて進言する。
「私も全力を尽くします。しかし、もっと力が必要になるでしょう。私はここに【黎明の羅針盤】を再び結成することを望みます」
それは代々に受け継がれてきた勇者パーティー。
脅威が現れる度に、勇者と世界中の強者が集い結成される。
最後にこの名が歴史に刻まれたのは、先代勇者が魔王を討伐した日。
「成員の選出は慣例に倣い、勇者である私が務めさせていただきます。腕に自信のある者に覚えがあれば、ご紹介いただければ検討いたします」
レトロは軽く頭を下げ、代表者たちの意見も聞かずに断言した。
「何人いても同じだろう。“終末級”に敵うのは貴殿しかいないのだから」
魔王を除いて、人類に直接牙を剥いた“終末級”は存在しない。
こちらから近づかなければ、滅ぼされることもなかった。
故に人類の平和を維持するのには、勇者一人で事足りていた。いや、勇者以外に抑止力となる者などいなかった。
「……そうでもありません。目には目を、歯には歯を、“終末級”には“終末級”を」
【悪の特異点】が台頭することで、世界の情勢は変わるはず。
それは人類における話だけではない。世界に存在する他の“終末級”たちにとっても例外ではないはずだ。
強すぎる力は敵を生む。レトロはそれを利用するつもりだ。
「当てがあるというのですか?」
「はい、もちろんです」
レトロは即答した。
彼はずっと考えていた。世界を終わらせる者が現れたとき、どうやってそれを打ち破るか。
脱獄事件を切っ掛けに、平和なまま人生を終えてしまうのではないかと、日々募らせていた不安の感情は逆転した。
レトロの鬼気迫る表情は、喜々を帯びている。
こうして七つの国は同盟を結び、【悪の特異点】に匹敵する力を集めることになった――。
七か国会議から更に数日後。
セントファム帝国の帝都シシリアにて。
「これから忙しくなりますね!」
ユレナが手を叩き満面の笑みを浮かべる。
正式にヴァルキア皇帝直属の使者となった面々は、監獄から出ることができた。
それからは帝国の援助により、必要な物資の調達を行った。
まずは皇帝御用達の仕立て屋を呼び出し、相応しい衣装をデザインする。
ユレナはその役割を率先して引き受け、仕立て屋と綿密な打ち合わせを重ねた。
次に、帝国に武器を卸している商人も招致し、使える魔法具を仕入れる。
リデューシャとバルバラは魔法具を必要としない。魔力の無い牧緒には無用の長物。
ニャプチは魔力で身体を強化することに長けてはいるが、魔法を使うことは苦手としている。
武器を使うよりも拳で殴った方が強いニャプチにも、魔法具は必要とされない。
魔法具選びを楽しんだのは、結局ユレナとオルガノの二人だけだった。
時間はかかったが、牧緒たちはユレナの独断と偏見によりコーディネートされた衣装を身に着ける。
貸し与えられた帝都の庭付き邸宅で、各々着替えを済ませて広間に集まった。
どのようなコンセプトを意識したのか、彼女自身の衣装は一見すると男装かと見紛うものだった。
奔放に靡いていた蒼く長い髪を後ろで束ねて上げてある。剣身の長いレイピアを帯剣し、まるで歴戦の騎士かの様な面持ちだ。
「うむ……悪くない」
オルガノは重厚なゴシックスーツを照れ臭そうに撫でる。
先端に黒い宝石が輝く魔法具の杖は、巨漢の彼の手には小さすぎるように見えた。
「尻尾が楽で気に入ったにゃ~」
ニャプチの服は機能性重視。無理なく尾を出す穴が開いている。
厚めの革を防具とした戦士調の風貌だ。
「フフ、いい履き心地だ」
リデューシャはハイヒールを脱ぎ捨て、ショートブーツに履き替えた。
彼女は魔法で衣装を生成できる。故にユレナの厳選した衣装を全て拒絶し、気に入った靴だけを何足か購入した。
「我には何もないのか?」
小さすぎる庭で体を窄めて、バルバラは開け放たれた大窓から顔を覗かせて欲する。
「意外とこういうのに興味あるんだな。人間の姿になれたりしないのか?」
牧緒が窓からバルバラを見上げて問う。
「無理だな。変身魔法は使えない」
残念ながら、バルバラに衣装を着せる機会はなさそうだ。
「やはり【悪の特異点】として相応しい衣装でなければ!」
皆が身に着けた衣装を一通り見てから、ユレナは決起するように言った。
ユレナは、世間で呼ばれている名を気に入っているようだ。
悪役を演じて悪徳令嬢と呼ばれていた彼女は、悪人として扱われるのに抵抗が無いのだろう。
「それ、あんまり名乗りたくないんだよなぁ……」
牧緒はその名を気に入っていない。
自身が仕出かしたことは理解している。だが、自ら悪人を名乗るのには抵抗がある。
「それにこれ、ちょっと似合ってない気がするんだけど……」
牧緒の衣装は暗い紫色を基調とした艶のある高価な紳士服。
更にファー付きのマントまで羽織らされている。
「動きやすくはあるんだけどさ……なんか俺にしては気取りすぎというか、かっこつけすぎというか……」
転移する前は、年中デザイン性皆無の古着か安いジャージを身に着けていた牧緒にとって、今の自分は違和感の塊でしかない。
「何を言っているんですか! マキオ様が私たちの盟主なんですから、それぐらい立派なお召し物でなければ拍が付きません!」
ユレナは早口で捲し立てる。
世間では牧緒が【悪の特異点】の盟主であると広まっている。
脱獄の首謀者であることは間違いないが、盟主と言われると、まるで彼らを従えているかのようだ。
それに牧緒は納得がいっていない。
だが、目を輝かせるユレナを説得できそうにないと悟り、ため息をついて項垂れた。
「まぁ一応準備は整ったということで、向かうはウオラ王国……まずは俺をこの世界に召喚した方法を聞き出す!」
呼び出せるのであれば、帰すこともできるかもしれない。
かつては聞いても黙秘されるばかりであったが、魔女や唯一竜を伴って迫られれば話してしまうに違いない。
使者の名目で自由に動くことを許されているが、立場上は皇帝の召集がかかれば従わなければならない。
それでいて、ヴァルキア皇帝の後ろ盾もどれほど続くか分からない今、勇者の脅威が去ったとは言い難い。
一刻も早く異世界へ渡る方法を見つけ出さなければならない。
一行はバルバラの背に乗り込み、セントファム帝国を後にした。