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16話 悪の特異点

 牧緒は、いずれ世界を代表する勇者となることを望まれていた。

 そのために施された教育は、強くなるためのものだけではない。

 貴族としてのマナーを叩き込まれ、社交の場に顔を出すことも多かった。


 建国祝いや王子の生誕祝い、その他幾つかの祝日には王城でパーティーが催された。

 主催するのは主に王子のベイランであり、ビシャブ王が顔を見せたことは一度もない。

 それでも国内に留まらず、各国を代表する者が招かれ参列した。

 中でもセントファム帝国の皇帝、ヴァルキア・ブラムストの顔は幾度も目にすることとなる。


 開催国の王が不参加であるにもかかわらず、これほどの賑わいを見せるのは、ひとえに王子ベイランの政治的手腕によるところであろう。

 勇者たる資格を持たない牧緒が、参列者たちに特別紹介されることはない。

 それどころか、ベイランともほとんど話す機会はなかった。

 牧緒が参列させられる理由は、教育の一環に過ぎない。

 今後のために、高貴な社交場に慣れること。そして参加者の顔と名前、立場や趣味を覚えることを強いられた。

 

 その時の経験と記憶が、逃亡先を決めた。

 参列者の中でヴァルキア皇帝が最も傲慢で、最も野心的であった。

 普段は思慮深いが、目の前の餌が大きければ簡単に釣られる一面も持っている。

 

 勇者の追跡をかわした牧緒たちは、日が傾く前にセントファム帝国の帝都シシリアに辿り着くことができた。

 目的はヴァルキア皇帝との交渉。

 もちろん、事前の連絡などあるはずもない。しかし日中であれば確実に活動しているだろう。

 公務で外出していたとしても、居場所を突き止めて向かえばいい。

 どちらにしても、明るい内にバルバラの姿をハッキリと多くの民衆に目撃させることが肝要であった。

 国に脅威が迫り、それを皇帝が打ち倒す。唯一竜の姿に慄いた民衆たちは、その茶番(シナリオ)をアッサリと信じることだろう――。



 後に、ある兵士は語る。

 突如として帝都に現れた凶人たちを皇帝陛下は恐れることなく叱咤し、その首に剣を当てたと。

 凶人たちは膝を付き首を垂れて許しを乞い、抵抗することもなく監獄へ投獄されたと。


 だが、真実は異なる。


 牧緒の交渉は成功し、名誉と力を与える代わりに、皇帝直属の使者となることを約束させた。

 そんな取留がない取引に、ヴァルキア皇帝は応じた。

 彼は世界の救世主という名誉を選択する。そういう人間であることを牧緒は知っている。


 場所は帝都のはずれにあるケルガ監獄。

 収監されている囚人たちは窃盗や詐欺、ちょっとした暴力沙汰で捕まった子悪党ばかりである。

 しかし、それが世の中の当たり前。

 強力な魔法を使う者は極刑となるか、またはヴァーリア送りになるかの二択だ。


 監獄の中央、囚人たちの休憩所の小さな丸机を囲んで牧緒たちは現状と今後について話していた。


「何故、一度捕まる必要があるんだ? 使者という役割を演じるのであれば、拘束される筋合いはないだろう?」

 

 リデューシャが不満を漏らす。


「取引って言っても裏取引だからな。色々処理が済むまでの少しの間はここにいないと」


 牧緒が宥める。

 打ち倒した悪党を直ぐに使者とする無茶は、流石の皇帝にも通せない。

 まずは監獄に捕らえ、内部の者を説得して考えを認めさせなければならない。


「だが、我々はもはや自由だ。良い寝床と良い食事を用意させることもできる。ちと肌寒いがな」


 意外にも、オルガノは現状に満足しているようだ。


「私も不満はありません。ここは日当たりも良いですしね」


 ユレナが監獄に差す光を見上げながら笑顔を浮かべた。

 それは、バルバラの体が破壊してできた穴から差し込む光。

 捕まったという体である以上、監獄の外にいるわけにはいかない。

 バルバラは破壊を最小限に抑えるため、慎重に体をねじ入れたが、翼と尾は無情にも監獄の半分を崩壊させてしまう。


「不満はある。窮屈だ」


 バルバラはムスッとして言った。

 感情に反応して無意識に揺れた尾に、何人かの囚人たちが吹き飛ばされる。

 監獄には穴が開き、刑務官もたじたじだというのに、誰一人逃げ出す囚人はいなかった。

 それは牧緒の願いで、リデューシャが監獄の周囲に結界を張っているからだ。

 逃げ出そうと外に出れば、途端に太い荊に巻かれて拘束される。

 何人かの囚人がそうなってからは、皆大人しい。

 

「うにゃ~、まだ耳がキーンとするにゃ……」

 

 爆音で目を回したニャプチは、まだ本調子を取り戻せていない。

 耳が良すぎるが故に、誰よりもダメージを負ってしまったようだ。


「聞こえるか?」

「頭が痛いけど、聞こえてはいるにゃ」


 ニャプチと会話が可能であることを確認した牧緒は、わざとらしくゴホンと咳をして話し始める。


「俺たちは異世界に逃亡するために、その方法を探す。それまで仲間だ」

「異世界?」


 その事実を知らないオルガノは怪訝な顔で聞いた。

 ユレナも口に手を当てて驚いている様子だ。

 

「あぁ、俺は異世界からこの世界にやって来た。だから異世界の存在は確定している。最終的な逃亡先としては最適だ」


 異世界など御伽噺の与太話。オルガノはそんな馬鹿馬鹿しい提案に乗るつもりはなかった。

 だが、リデューシャとバルバラは黙って牧緒の話を聞いている。

 そんな状況で、オルガノはこれ以上口を挟むことができなかった。


「そこで、ルールを決めておきたい。まず、無暗に人を殺さないこと――」


 彼らは皆、大罪人。

 気に食わなければ殺す……なんてことになるのでは、と牧緒は心配していた。


「「何故だ?」」


 食い気味にリデューシャとバルバラがこちらに顔を向けて投げかけた。


(あぁ、やっぱり価値観が違いすぎる……)

 

 牧緒は深いため息をついた。

 彼らとの軋轢を生まないために、合理的な理屈を考える。


「俺たちに必要なのは情報だ。恐怖で人を従えようとすればどうなる? 力で敵わないと悟った者たちは、情報を墓場まで持っていくことで、報復とするかもしれない」


 過去の正式な記録には、異世界転移の魔法に関する情報は一つも存在しない。

 もしも、その方法が禁忌だとしたら。

 もしも、その方法が口伝のみで受け継がれるものだったら。

 秘匿された情報がどんな形で残されているかは、皆目見当もつかない。

 だが、そこに人類が関与していることは間違いない。

 秘密を聞き出すのに必要なのは恐怖ではなく、交渉だ。


「誰がどんな情報を持つか分からない以上、人を殺すわけにはいかない」


 牧緒はそう言って、ちらりとリデューシャとバルバラの顔を見た。

 彼らは牧緒の言うことに合理性を見出だしたのか、それとなく納得したようだ。


「もちろん、戦いは起こるだろう。自分の命を危険にさらしてまで手を抜く必要はない。だから俺たちのルールは――」


 他者を見下してきたであろう強者に刺さる言葉を考える。

 牧緒は皆の心象に強く残るよう、二呼吸ほど置いて続けた。


「弱き者には慈悲を、だ」





 人々は得体の知れぬものを畏怖する。

 恐れられる者たちの思惑や信念に関わらず。


 人々は得体の知れぬものを敢えて形にする。

 見えないものほど、表現できないものほど、恐ろしいものはないのだから。


 とある吟遊詩人が、新たな脅威を(うた)にした。

 世界に終わりをもたらす者たちの封印が解かれ、それは勇者すら退けるほどの邪悪である。

 軍門に降ったかに見えるも、真にそれらを支配することは叶わず。

 今も虎視眈々と逆転の時を狙っている。


 その詩は瞬く間に世界中へ広がって行く。

 人々は得体の知れぬ脅威が世界を一変させると信じて震え上がる。


 そして、それらをこう呼称した。


 【悪の特異点(マレフィキウム)】と――。


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