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12話 ヴァーリアの空に

 オルガノが指定した脱獄期日の最終日。


 待機組のニャプチは寂しい監房の中で、一見退屈そうに仰向けになっている。

 しかしその耳はピクピクと小刻みに動き、遠い苦悩の塔にいる牧緒の指示を捉えていた。


 オルガノは事の終わりを見届けるべく、自身も待機組となるよう手を回していた。

 落ち着かない様子で足を揺する。


 牧緒は制御室に降り、木製のカバーが施された本命の摘みを下げた。

 カバーを強く捻りながら引っ張ると、パキパキと音を立てながらひび割れ、僅かに木くずが舞う。

 それまで、どんなに力を加えてもこうはならなかった。

 監獄の魔法防御は、間違いなくその力を失っている。


 牧緒は音を立てることも憚らず、急いでバルバラの元へ駆け上がった――。



 雲一つない晴天。

 陽気な昼下がりに、刑務官は大きくあくびをして目をこすった。


「今日も平和だな」

「あぁ、俺たちにとってここは最高の職場だ」

「他の監獄じゃあ、命懸けの仕事だもんな」

「魔法の使えない囚人なんて、少し生意気な子供みたいなもんだ」

「ハハ、違いない」


 物見台から監獄の外周を見張る刑務官たちの、なんてことの無い日常の会話。

 滅多に敵襲などないため、彼らは暇を極めていた。

 だが、中には忙しい者たちもいるようだ。


 複数の掛け声や釘を打ち付ける音が、中央棟の中庭から響き渡った。

 刑務官たちが、死刑執行に向けて断頭台と立会人のための座席を用意している。

 ヴァーリア監獄で正式な処刑が実施されることはほとんどない。必要になる都度、こうやって設備を用意するのだ。

 ユレナの様な高い地位にあった者には、関係者の立ち合いの下に処刑が行われる。

 元公爵令嬢だけあって、用意された座席は三段にも及び、断頭台を半円で囲むように設置された。


「まったく……なんでどいつもこいつも悪事を働くのかねぇ。お天道様が見てるっていうのに」


 そう言って、一人の刑務官が空を見上げた。苦悩の塔が太陽の光を反射し、誰もが目をそらす。


 瞬間――それは火山が噴火したかの様に吹き飛んだ。

 塔の(むね)が砕け散る轟音と共に、竜の雄叫びが天を刺す。

 広げられた巨大な翼が岩の破片を弾き、刑務官たちに降り注ぐ。


「脱獄だああああああああああ! 全員配置につけえええええ!」

 

 怒号が鳴り響く。

 その騒ぎを、オルガノは監房の中で静かに聞いていた。


「やったんだな……」


 柄にもなく両手を握って祈っていたオルガノは、立ち上がって鉄格子を掴んだ。


 飛び立ったバルバラは、苦悩の塔の周りを旋回する。

 長い尾を器用に扱い、建物を倒壊させない程度に外壁をがりがりと削った。

 そして監房の壁は崩れ、青空がのぞく。


 魔女は百年ぶりに太陽の光を浴びた。

 伸びきった髪はくすみ、腕は枯れ枝の様に細い。身に纏っていたドレスも軽く触れるだけでホロホロと崩れるほど劣化していた。

 その瞳に空を映せる喜びよりも、醜く弱った自身の肉体を目にした悲しみの方が大きい。

 そんな万感をかき乱す者が、魔女の視線を奪う。


「やっと会えたな。さぁ、ここから出よう!」


 壁の向こうから聞こえたいつもの声。

 今やその壁は崩れ去り、青空を背景に声の主は魔女に手を差し伸べた。


「お前、本当に……」


 魔女は信じられないという様子で呆けている。

 牧緒は、腰の上がらない彼女を強引に抱き寄せ、崩れ落ちた壁の淵に立った。

 そこから望むのは大地に影を作るバルバラの姿。


 刑務官たちが魔法石を使った魔法で光の矢を放ち、バルバラを墜とそうと躍起になっている。

 しかしその鱗は、如何なる魔法も撥ね退ける。

 バルバラは低く飛行し、刑務官たちに向けて火を吹いた。


「恐れるな! これは魔法ではない! 魔法で身体を防御すれば熱さすら感じない!」


 一部の冷静な刑務官が声高に叫んだ。

 だが、体に燃え移った火をかき消そうと、叫びながら地面を転がる者たちが後を絶えない。

 これはあくまで混乱を招き、時間を稼ぐためだけの攻撃。

 “聖域”を出るまでは、魔法による炎は使えない。


 バルバラは体を翻して中央棟の上に降り立ち、翼を羽ばたかせて周囲の刑務官たちを吹き飛ばす。

 牧緒の指示通りにその場で待機し、獣人の仲間がやって来るのを待った。


 その頃ニャプチは、鉄格子を簡単に破壊してオルガノの監房へ向かっていた。

 騒ぎに便乗して監房から脱出した大量の囚人たちが廊下を走り抜けていく。

 ニャプチは肩すらぶつけることなく、素早くその中を駆けた。


「あれ? いないにゃ……」


 オルガノがいるはずの監房はもぬけの殻。

 曲げ広げられた鉄格子から抜け出したのは間違いない。

 ニャプチは監房に残った匂いを頼りに、オルガノの居場所を確認する。

 彼女は牧緒からオルガノを連れてくるように指示されていた。


「あちゃあ、これは困ったにゃ……」


 匂いが苦悩の塔へ向かっていることを嗅ぎとり、ニャプチは計画を変更して一人その場で跳び上がった。


「にゃああああ~!」


 天井を突き破って異常に高く跳躍しながら叫ぶニャプチは、回転して空中で軌道を変えて見せた。

 そしてそのまま、バルバラの背に着地する。


「お前がニャプチか?」

「そうだにゃ。 よろ~」


 バルバラはその気の抜けた態度に呆れるも、翼と尾を使って刑務官たちから放たれる魔法攻撃を防いでニャプチを守った。


 一方、苦悩の塔では――。

 カタカタと梯子を上る音と共に、ユレナが顔を見せる。

 使用していた秘密の抜け道は外壁が崩れ去ったことで露わとなり、ユレナも梯子を利用できるようになっていた。


「えっと……あなたがマキオ様ですか?」

「あぁ、俺が牧緒だ」


 牧緒は魔女の肩を支える方とは逆の手を差し出し、ユレナを引っ張り上げた。

 風貌は随分と小綺麗で、軽く香水が香っている。他の囚人と比べて待遇はかなり良かったようだ。


「……女がいるのか……」

「え?」


 魔女がぐったりと顔を伏せたまま呟くも、牧緒はそれを聞き逃す。

 そうしている内にバルバラが苦悩の塔に戻ってきた。


「よし、行こう!」


 牧緒の眼前にヌッと現れたバルバラの鼻先に魔女とユレナを押し上げる。

 乗り上げた途端にグワッとバルバラの顔が上がり、牧緒たちはその首を滑った。

 手すりの無い長すぎる滑り台を、バルバラが首を細かくうねらせることでバランスを取り、安全に背の上まで運ぶ。


「うおぉ、ニャプチ! 久しぶりのもふもふだ!」


 牧緒はニャプチに抱き着いて、大きな尻尾の柔らかさと温かさを味わった。


「オルガノはどこだ?」

「あそこにいるにゃっ……」


 ニャプチは苦しそうに牧緒の脇の下から手を伸ばして指を差した。

 そこには苦悩の塔の外壁を登るオルガノの姿があった。

 牧緒がユレナを連れて行く確証はどこにもない。脱獄に際して、死刑囚は囮とするには最適だ。

 そうなった時、オルガノは自身の手でユレナを守ろうと考えていた。

 刑務官の目を避けて駆けつけた結果、指先に血を滲ませながら苦悩の塔を上る羽目になったのだ。


 オルガノはこちらを一瞥し、ユレナが唯一竜の背に乗っていることを確認した。

 安心した様に「ふっ」と笑うと、顔を壁に向けて蝉の如くその場から動かなくなってしまった。

 その滑稽な姿を娘には見られたくなかったのかもしれない。だが、全く壁には擬態できていない。


 バルバラは牧緒の指示に従い、オルガノを尾の先で巻き取って回収した。


 この間、約七分。

 勇者の足止めを諦めて戦うことを前提にした牧緒にとっては、この時間は概ね満足のいくものだった。

 だが、予想では既に勇者は現れており、戦闘に移行しているはずだ。

 牧緒はこのまま、勇者の影を見ることもなく脱獄を果たせるのではないかとすら考えた――。



 刑務官たちは皆ヴァーリアの空を見上げて、小さくなっていく唯一竜を眺めるしかなかった。

 魔法を以ってしても傷一つ付けられなかった事実に、“終末級”の恐ろしさを垣間見る。


 騒ぎの直後、刑務官たちは魔法防御が効果を失った原因を特定したが、制御室の装置は破壊されており、直ちに復旧はできなかった。

 魔法は使えずとも、囚人たちは数で勝る。ニャプチほどでないにしても、力の強い獣人も多い。

 更に、苦悩の塔に収監されている“亡国級”や“終末級”の囚人は手に余る。

 刑務官たちは必至でその者たちの対応に当たるも、多くはすり抜けて逃亡を許す結果となってしまった。


 監獄を支配する狂乱の渦を塞き止める様に、次元の裂け目が出現する。

 そこからゆっくりと姿を現した一人の男を見て、刑務官たちは歓声を上げた。


「あぁ……、あぁ! 勇者様! 勇者様が来てくれたぞ!」

 

 その男は歴代最強にして現代の勇者、レトロ・ウォーハート。

 

「酷い有様だな。脱獄した“亡国級”以上の囚人は何人いる?」


 勇者は辺りを見回し、最も近くにいた刑務官に問う。


「三人ですっ! いずれも“終末級”の囚人です。唯一竜と魔女、それに例の悪徳令嬢が逃げ出したことを確認」


 刑務官たちはユレナの中に魔王の魂が存在していることを知らない。

 しかし、彼女もまた“終末級”の囚人であると伝えられていた。


「そうか、魔法防御の復旧はいつになる?」

「わ、分かりません。どうやったかは不明ですが、制御室に侵入されて出力が停止された上に操作盤が破壊されておりまして……」

「分かった。ここの対処は君たちと彼らに任せる」


 未だ閉じない次元の裂け目から、次々と屈強な兵士たちが姿を現す。


「私は“終末級”の対処に当たるとしよう」


 そう言うと、レトロの持つ魔法石のネックレスが強く光る。

 その魔力は飛翔の魔法を実現し、彼は空高く飛んだ。

 魔法石の魔力量では、飛翔の効果は数分程度しか持続しない。

 だが逃亡者を追えば、いずれ“聖域”から抜けて自身の魔力を使用できるだろう。

 それは同時に、魔法を行使する“終末級”を相手にすることを意味する。


「西に逃げたか」


 レトロの常人を超越した視力は、遥か遠くに唯一竜の姿を見た。

 彼は高揚している。その強さと立場故に、死力を尽くして力を振るう機会に恵まれなかったからだ。

 だが“終末級”の脱獄は、大義名分の下に剣を抜く状況に相応しい。


「感謝するよ……。平和な世界は退屈がすぎる」


 レトロは空を蹴り、脱獄囚を追った。


お読みいただき、ありがとうございます。

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ポイントが増えると、作者が小躍りして喜びます٩(ˊᗜˋ*)و

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