贋坊主9
覚えてる人もいないだろうけど…
―――――― 9 ――――――
「おい」
と男が声をかけた。
呼ばれた相手は剃髪していて坊主らしく見える男だった。その『らしく』というのも、剃り上げている頭からそう見えるというだけで、徳が高そうにも慈悲深そうにも決して見えない。
何よりもその目が―――
ジロリ
と見返すその目が酷薄な光をたたえ蛇のような色みを乗せる。第一、吉原の二階座敷で膝の上にしどけなく乱れた姿の遊女を座らせていて、何が坊主かという話だ。
にもかかわらずこの男、今江戸で評判の『静謫上人』その人だというのだから驚きである。もちろん、贋物屋の用意した方ではない(本物、とは言っていない)。
とはいえこの時代、吉原に出入りする坊主が皆無だったわけでもないのだ。そのため吉原に出入りしている=本物ではないということにはならないのが難しいところである。
僧侶が女を抱くことは『女犯』といって罪だったわけだが(浄土真宗は別だが静謫上人は日蓮宗であって浄土真宗ではない)、すべての物事には抜け道がある。僧侶の吉原通いとて例外ではない。その特徴的な髪型(坊主頭)を隠すために頭巾を被る、あるいは頭を剃りあげていても違和感のないような、例えば医者や按摩(『あん摩マッサージ指圧師』は現代では国家資格)といった特殊な職業の人間になり済ますなどやりようはいくらでもある。現にこの静謫上人(仮)も今は(大分乱れてはいたが)医者のような風体をしている。
いきなり座敷に押し入った男は、その静謫上人(仮)に睨まれようとも意に介さずどっかと目の前に座り込み、出されてあった徳利から直に口の中に酒を流し込んでから、
「おい、与平。おめえ、聞いたかよ」
と言った。
「―――その名前で呼ぶんじゃねえよ」
不機嫌そうに答えた静謫上人(仮)は、乱暴に膝の上の遊女を突き飛ばした。
「おい、あっちに行ってな!」
静謫上人(仮)、いやその男は懐から幾許かの金を出し、妓の方へ投げた。妓は金を無言で拾い集めると、黙って部屋を出て行った。
「………」
それを横目で眺める男が二人。どちらも女の背中が視界から消えるまで口を開かなかった。
吉原で出世しようと思ったら、まず何といっても口の堅さが要求される。どんな身分の客が来ようとも、その客がどんな話をしようともそれを他に話すことはしない。今風に言えば守秘義務という奴である。情報漏洩をしようものなら妓楼は信用がた落ち、妓は店の主人から手ひどい折檻(体罰)を受ける。花魁(遊女の出世コースの頂点)ともなれば『財務監査官に対峙した公認会計士』以上に信用できる存在だった(ただし妓楼の主人は例外ですべて筒抜けだったりする)。
幕末の志士たちが密談場所として遊郭を多用していたというのは有名な話である(ただし、妓楼の主人には…)。
もっとも最高位の花魁ならともかくお忍びの坊主(変装済み)あたりを相手にする遊女程度では不安も残るというものだ。
妓を追い出した男、常からは静謫上人という皮を被り、新参の男とは親しげな間柄の男―――与平は女が出ていったことを確かめるとはだけた着物を整え乱入してきた男に向き直った。
「いってえ何だって言うんだ」
「お愉しみなところすまんこってすがね―――実は―――」
この男は与平の仲間なのであろう、でへりと淫猥な笑みを一つ零した。二十代の半ばをとっくにすぎて、真っ当な男であればそろそろ所帯を持ってもおかしくないような年回りだが、見るからに最底辺の…人の道を外れるのに一切の痛痒も感じないような…そういう顔つきをしている男だった。
一方の与平はといえば、年の頃なら四十を少しばかり越えたところか。飛び込んできた男よりはだいぶん年上に見える。四十となれば世間一般では【不惑】と呼ばれる年だが、とてもそうは見えない。いや、『迷いがない』という意味では真反対に振りきっているような気がするので、不惑と言えば不惑かもしれない。顔つきはそれなりに整っており、若い頃はさぞや…と思われる。今でも顔に刻まれた数本のシワが渋味を出していると言えなくもない。清潔感もあり(はだけてるけど)、逆にそのはだけた胸元から背徳的な色気が漂っている。ただし、静謫上人を名乗る常とは違い目付きが実にイヤらしげで、薄気味悪く光っている。さすが山城屋のおふじに蛇蝎のごとく嫌われているだけのことはある。昼間、衆生の話にうんうんと頷きニコニコと慰めていた―――とてもではないがそんな男には見えなかった。
「ニセモノだとぉ~?」
与平、頭を剃って僧服(今は医者の装いだが)を着たならず者は、思わずと言ったように大声を発しそれから少し黙った後に、
「へえ? 偽者のニセモノかい? へえ…そいつぁおもしれえじゃねえか?」
ニタリと笑った。
一方、偽者の静謫上人に化けた贋者の静寛(文治は舌を噛みそうになった)―――ようするに雪之丞たちが仕立て上げた静寛お上人様(そう呼ばれた時に本人はとても嫌そうだったと付け加えておく)であったが、これがまあ面白いほどに評判となった。
依頼人である山城屋のおふじは旦那公認で浮名を流すとんでもない遊び人なのだが、その分顔も広かった。おふじが”粉をかけた”不倫相手はおもに役者などで後腐れのない口の堅い者ばかりだったが、条件さえ合えば割りと頻繁に相手を変えていたためとにかく人数が多い。だからこそおふじの持つ伝手は多岐に渡った。役者界隈はもちろん、若い相撲力士たち(若い役者と並んで金持ちの愛人となることが多かったという)の間でもおふじは金離れの良い上客だったようでそちら界隈にも顔が利いた。もっともそののおかげで今回はこのような(脅迫という)仕儀になっているわけだが…。
他にも本業である商売関係の人々にだっておふじはそれなりの信頼を得ていた。不仲は置いておいてもおふじとその夫である山城屋はビジネスパートナーとして至極良い関係を築いていた。少なくとも店の者たちの取りまとめにはおふじはすでに欠かせぬ存在となっていたのである。
それ故、”静寛=本物の静謫上人”説が江戸の上流社会に瞬く間に広まったのは不思議でもなんでもなかったのだ。
上流社会に広まった噂は当然、そこに出入りしている静謫上人(仮)の一味の耳にも入るということである。
「今ごろさぞや慌てていることでしょうよ―――ね?」
くすりと天女のように微笑んだ雪之丞は実にイイ顔をしていた。
今後の相手の出方次第では荒事になるかもしれないのだが、今のところこちらの過剰戦力は明白(文治調べ)のようで。それもこれも相手の出方次第―――まあ、うしろ暗いことをしている連中のやることなど相場が決まっているというものだが。
それにしても噂というものの効果は本当に恐ろしいものだ。噂一つで大損や身を滅ぼす元になったり、逆に一夜にしてきらびやかな世界で頂点に立つことも出来る。それは役者という水ものの商売をしている雪之丞たちには自明のことだった。
そもそも『静謫上人』という噂さえ出所不詳、まことしやかに人々の間に広まってはいるものの真実は定かではない。
静謫上人の噂の一番最初はかわら版だったという。
かわら版は日本におけるジャーナリズムの起源であると言われている。その発祥は大坂夏の陣を報じた読売(辻売り、またはかわら版ともいう)というから雪之丞たちの時代からしてすでに八十年も前からあることになる。
元禄六年のこの頃には”読売“は大いに刷られていたし大いに読まれていた。
そして、静謫上人と言えばひと頃その読売を賑わした話題の人物なのである。
―――日蓮宗の僧侶であり京都にある檀林(僧侶の教育機関)で修業した人物で、元は武家の出であった、とか。エリートとして京都に残ることも出来たにもかかわらず庶民に教えを広めたいと江戸に戻った無欲の人。また、当時旗本奴や町奴(現代で言うところの半グレ)の闘争激化などが社会問題になっていたが、静謫上人はこれを憂えて女子供に無体を働く傾奇者どもを懲らしめたなど―――まるで物語のような逸話がいくつもある。
この話が面白おかしく読売に刷られ、辻々で売られたのである。ちなみに出世を蹴って野に下ったため『上人』という敬称は『号』ではなく、かわら版を読んだ庶民からの敬意の表れであった。
そんなわけで静謫上人の雄姿は京都を舞台にしたものが多かったのだが、江戸の人にもそれなりに名が通っているというわけだ。ただあまりにも派手な行動の割には江戸においては本人の顔を知るものが少なく、実のところその存在は物語的な扱いとなっていたのである、これまでは。
そこへ突如として”江戸へ舞い戻ってきた静謫上人”という人物が出てきたわけだ。近頃では静謫上人の活躍話を載せた読売が京都でとんと見かけなくなっていた(ブームが去った?)ところであったため、江戸の人々は『なるほど江戸へ戻ってきていたのか』とすんなり受け入れてしまったのである。
ところがここに来て【静寛】という僧侶が彗星のように顕れた(笑)
そのバックについているのは江戸社交界でも相当に信用のおける筋ときたからには、これはもう大騒ぎである。どちらが本物か、あっちか、いやこっちだろう、大店の主人もおかみも手代も女中も(主人から話が漏れた)、コソコソヒソヒソと様々なところで噂しあっていた。
「えーと…つまりは、どういうこってす?」
と言ったのは深山一座のモテ男、筋金入りのコミュ力を生かして様々な情報をとってくる文治だ。ハテナマークを顔中に張り付けている。そんな文治に雪之丞は苦笑とともに、
「だって―――贋者(静寛)の模倣元が『本物』とは限らないじゃないか」
と笑った。
噂をする者は自分達の推す方が本物だといい相手をニセモノだと強く非難するのだが、その心理として何故か両方がニセモノだとは思わぬものらしい。
だが、残念ながら世間には生臭坊主と呼ばれる者は多い。その大半は頭を丸めて僧服を身に付けた自称・僧侶でしかないが、中には有名人を名乗ってそれを信じた人々から大金を巻き上げたりする者もいるという。
実際に被害を受けたおふじは静謫上人(仮)がそんな騙り坊主の一人だと確信するからこそ、その化けの皮をひっぺがしてくれようと贋物屋に依頼してきたのだ。
そうだ。化けの皮というものは必ず剥がれるものなのだ。エサ(静寛という名の)は撒いた。後は仕上げをゴロージロー、だ。
「フフッ…楽しみにしておりましょう」
ニンマリと雪之丞は笑って見せるのだった。(ちなみに文治は余計にコンランした)
さて、三日後のことである。
雪之丞は料理茶屋・菊秀の一室に来ていた。恒例の、雪之丞後援会の有志(女性限定ではないのに出席者はほぼ女性で埋まっている)の集いである。この会は定期的に開かれているのだが、今回は少々突発的に開催が決まった。一応、名目的には秋公演の始まりを直前に控えた雪之丞を応援しようという趣旨である。会の主催は雪之丞の贔屓筋のおかみ連合が持ち回りであり、数日前に深山一座の顔見世を一手に引き受けた伊勢屋ではなく、今回は江戸でも有数の米問屋・越後屋のおかみが取り仕
切った会であった。伊勢屋のおとせが今回の臨時開催を言い出し、取り回しも自分がと手を挙げたもののそれでは次は自分と張り切っていた越後屋のおかみが黙ってはおらず、すったもんだの末にこちらが取り仕切ることになった。
定期で開催されている際には雪之丞本人が顔を見せないことも多いし、雪之丞の代わりに別の著名人をゲストに迎えて講演会的なものを催すこともあった。要はファン同士で集まって推し語りをしたいオタク女子のオフ会的なそういう会なのだが、参加者がそれなりの地位も金もある家の女性たちばかりなため、ちょっとした教養セミナー的な側面もあった。
ところが、この日は最初からいささか問題が発生していた。
実は主催の越後屋のおかみも知らされていなかったのだが、雪之丞本人がサプライズとして登場したのである。どうやら秋公演の顔見せを一度で済ませてくれたファンの方々へのお礼にと雪之丞と伊勢屋のおかみが企画しての突発開催だったらしい。女同士の譲り合い(という名の牽制)により主催が越後屋のおかみに交代していたため、主催にもサプライズの演出となってしまった、とまあそこまではいい。
「キィィヤァァ~~~~」
という黄色を通り越してキラキラと金粉でも舞っているのでは?という悲鳴のような嬌声のような声が一斉に上がり障子の桟がビリビリとしたくらいのものである。
その後にトラブルが起きた。
雪之丞が友人と言って連れてきた人物がいたのだ。名は『静寛』という。そう、今ちまたで噂のあの僧侶・静寛だ。いや、それはいい。『雪之丞さまが友人だとおっしゃるなら大歓迎ですわ!』である。ただ……
(これが―――今日以外だったら―――)
越後屋のおかみにとって雪之丞の登場がサプライズだった。ということで越後屋のおかみ、いつものように会を盛り上げる本日のゲストとして著名人を招いていたのである。そうだ、話題のネタになって皆が喜ぶかと思って―――今ちまたで噂のあの―――
「…こちらは、あの、その…静謫上人さまです…」
言いづらそうに逡巡した挙げ句、蚊の鳴くような小さな声でやっと紹介をした越後屋のおかみ。
「此方はわたくしのお友だちでございます。とっても素敵な御方なので皆さまにもご紹介したくって―――静寛さまとおっしゃいます」
静寛の方へ手のひらを向けニコニコと微笑む雪之丞とは裏腹に、非常に、ひっじょーに気まずい雰囲気の中で会は執り行われた。
「………」
「………」
沈黙ばかりが流れる。それを破ったのは越後屋のおかみの少々上ずったような声だった。
「―――じょ、静寛さまは雪之丞さまのお近くに住まわれているのでございましたわね。それで親しくなられたとか…」
伊勢屋のおかみが執り行った深山一座の顔見せの会にもこの僧侶は来ていたはずだ。そこで大いに話題に上ったのであるから、越後屋のおかみも当然知っていた。だが、誰の紹介とも言われず、ただそこで話題を振り撒くだけ振り撒いて去っていったので、伊勢屋の知り合いかと思っていたのだ。
(まさか雪之丞さまのお友だちでいらっしゃったなんて……)
今回、特別ゲストとして静謫上人を呼んだのは多分に伊勢屋のおかみへの対抗心からであった。言い訳になるかもしれないが、なんだかそういう流れだったのだ。今更ながらに後悔しつつも、越後屋のおかみ。
『このままじゃいけないわ!』
はたと主催者としての使命感にかられたのか、少々上ずったような声ながらも雪之丞の連れてきた静寛に話を振った。
「そうじゃな。近くと言うても、あそこらは田舎ゆえ、まあ、それなりに付き合いはさせてもろう取るよ。江戸へ舞い戻った折にわしの棲み暮らす家として我が弟御どのが用意してくださった家じゃ、文句も言えまい」
静寛はぼつりと答えた。いつもと違い今日の彼は口数が多い。先日の深山一座顔見世での態度を雪之丞に散々に叱られたので、今日はめんどくさそうにしながらも付き合ってくれている。
いや、そもそも静謫上人との直接対決は最初の計画にはなかった―――それを『面白そうではないか』の一言で実現させたのは静寛の方なのである。おふじとの悪ノリの結果ともいう。存外に二人の気が合っているようなのが恐ろしいと思う雪之丞であった。
とにかく自ら名乗りを上げた手前、先日よりも口数を増やすことにしたらしい。愛想がいいとはとても言えない受け答えではあったが。
静寛の言葉に周囲の人々がほぉーと頷く中、ピクリと静謫上人さまの片眉が持ち上がった。
こうして二人、比べてみると似ているのは名前だけでその他の外見については似ているとはとても言えない。
もちろん二人とも僧服で剃髪してはいるが、静寛の方は年は三十がらみで大柄で背が高い。みっちりと筋肉が詰まっている感じだ。それも見せかけではない、実用向きの筋肉だ。実際、深山一座の住まいの奥にある鍛錬場で手合わせをすれば助三でさえ互角のパワータイプという―――とんでもない破戒僧なのだ。ちなみに助三とは同派らしく、それも朝倉一刀流の本家・朝倉智晋の下で修業したという筋金入りのゴリゴリで、助三がしきりに羨ましがっていた。
かたや、静謫上人の方はというと、これがまあ絵に描いたような柔和な宗教人である。見た目だけは。年の頃は四十をいくつか越えていようが、中々の美僧である。体格はなよなよとしてか弱く、目は細く常に微笑んでいるようだ。優しく頷くことで衆生に懺悔の言葉を促している―――実に慈悲深い姿であった。見た目だけは(大事なことなので2回書いた)。
どちらが徳の高い僧侶かと聞かれたらまず間違いなくこちらに軍配が上がるだろう。
もっとも静寛の方とて妙に威厳というかオーラというか、人に何かを命じることに慣れているようなというか、とにかくやたらと偉そうではある。
静寛の言葉に周囲の女性たちは、
「まあ、そうなんでございますね」
サヤサヤと頷き合い、口をそろえて『雪之丞さまの近くにお住まいなんて羨ましいこと』と顔をひきつらせながらも笑いあった。色々とツッコミどころはあれど、図らずも(謀ったのは別の者だが)本物の静謫上人対決の様相を呈したこの場を何とかしようと必死である。
『静寛』というよりも『雪之丞さまのお友だち』として扱おうという作戦だ。
「―――――――――おや? 江戸へ、と申されましたが………以前はどちらに……?」
(ああぁ、もうっ!!)
すべての出席者の心の声が一致した瞬間であった。誰もツッコまずにスルーしたというのに、おまえが言うか―――という心の声である。
ちなみに声をかけたのは雪之丞であった。この瞬間ばかりは女性たちも雪之丞のファンをやめたくなって(いたかもしれなくもない…ような気もしないではない…)。
天然(のフリをした養殖)の雪之丞はきゅるんと音がしそうな可愛らしい顔で小首を傾げている。
「あ、すみません。多少なりともお交誼いさせて頂いておりますのに、お聞きしたことがなかったなぁと思いまして」
これは本当のことだ。近所に住む怪僧。静寛とはそれ以上でもそれ以下でもない交誼を続けている。ただ、その剣の腕前から武家の出だろうとは思っているし、どうやら生活費の出どころは家を継いだ兄弟がいてそこからだろうというのは普段の会話から見えていたが、はっきりと聞いたことはなかった。踏み込まず、踏み込ませずの気楽な付き合いの出来る御仁なのである。今回の件でニセ坊主を引き受けたこととて、実のところとても驚いている。すんでのところで頭を剃られそうになっていた座頭の惣右衛門は一も二もなく受け入れていたが…
「京じゃ」
雪之丞のきゅるるん攻撃(笑)に動じる気配もなく静寛はぼつんと答えた。
「おや、京でございますか」
わざとらしく目を見開いて驚いて見せる雪之丞。話を合わせてくれた静寛ににっこりとご満悦である。
「これは奇遇でございますこと。此方様もやはり京よりお越しとか…もしやすると何処ぞで擦れ違うていらしたかもしれませんねえ」
静謫上人の額に青筋が浮かぶ。さすが雪之丞、”首都高の煽り運転”並みである。
「そうじゃな。静謫どのがどこで修業されたかは知らぬが、どこぞで会うていたら面白いであろうな。どこで修業なされたのかは知らぬがな」
まるで大事なことなので2回言いましたとでも言いたげにそういうと、静寛は茶を啜った。
こちらの煽りスキルも中々のものである。言われている静謫上人の頬はさきほどからずっと引きつっている。
見ている方はwktk(…期待でワクワク、顔がテカテカ輝いている様子)違った、ハラハラドキドキである。
「……もちろん、日蓮宗の学問所で修行して参りましたとも。……こちらはね」
と静謫上人が静かに返した。
「………」
と。
両者の間に火花が散っているようだった。静寛が言えば静謫上人の方も負けじと言い返す。やれ品がないだの、やれ僧侶の佇まいではないだのと『ホホ』と口元に手を添え眉を顰め、静寛の傍若無人な態度を盛大にあてこする。
両者を並べてみれば、確かに僧侶らしくないのは静寛の方である。妙に堂々とした態度、がっしりとした体躯、板についた武家言葉―――どこからどう見ても立派な”怪僧”である。
一方で静謫上人の方はというと温和な物腰も話す言葉も優しげで、こちらをどんと受け入れてくれる懐の深さを感じるような―――そう、何でもかんでもしゃべってしまいそうな―――そんな徳の高い雰囲気なのである。
(これはやはり並べられたら不利なのでは…)
と雪之丞が思ったのかどうか、少し不安げな様子でちらりと静寛を振り返った。だが、
「―――いや、ご安心めされよ。どこで修業なさったとは尋ねようとも思わぬ」
肝心の静寛は相手を歯牙にもかけぬといった風に余裕をかましている。そしてその余裕がなおさらに相手を煽っている。”東名の煽り運転”も真っ青である。
静寛は、
バツッ!
と音を立ておもむろに扇子を開いた。懐から取り出した無駄に趣味の良いソレ(私物)でもって、優雅にさやさやと風を起こしている。扇面には野々村宗達作と思われる絵(当時、京都で流行っていた)が描かれている。
雪之丞たちの秋公演が始まる、と言っても今はまだ残暑厳しい頃である。日中はまだまだ太陽光に温められた空気にジワリと薄汗がにじむ。扇子を使うことはおかしなことではない。
ないがしかし、静寛の取り出した扇子は少々変わっていた。骨の部分が鉄で出来ているいわゆる鉄扇(重い)と呼ばれるものなのだが、それを軽々と動かしているところがおかしいのである。
鉄扇というのはそもそも平安末期からあった道具で刀を持ち込めない場所に武士が赴く時、武士に(大事なことなので2回言ったし傍点もふった)重宝されていた護身用具だ。
鉄扇は鉄扇でも、親骨だけが鉄で出来ている総量500gくらいの物が一般的だが、静寛の持っているのは扇のすべての骨が鉄で出来ている。しかも、間数(骨の数)も多い。それがすべて鉄で出来ているということは…つまりこの坊主は、一貫(3.75kg)はありそうな扇で優雅に涼をとっているということになる(筋トレかな?)。
そんな静寛の様子に度肝を抜かれたように呆けていた周りが、コホンと小さくもらされた咳払いにハッと我を取り戻す。咳払いの主はもう一人の丸刈り頭の男である。
「―――御坊は……」
言いさして、静謫上人が黙る。その躊躇うような仕草であったり、焦ったような素振りであったり、中々に見事な役者っぷりである。本物の前で堂々たるものだ。
当然、その挙動不審な態度に周囲は気づく。気づかせるようにあからさまな、だが、さりげない。相手にはそれと悟られないように…上手いものである。もし山城屋のおふじからの依頼話がなかったのなら、うっかりと騙されていたかもしれない。
「どうかなされましたか?」
越後屋のおかみが静謫上人に話を振る。会合の主催者ということもあり、静寛にも静謫上人にも平等に声掛けをするように心がけている。そんなおかみに静謫上人は慈悲深い笑顔でにこりと応えてから、扇子をパタパタと動かす静寛へ向き直った。
「いえ、その…御坊も京で修行なされたとのことですが、どちらの学問所でもお見受けしなかったと―――いや―――その、私が京におりました時とは時期が違うたのでござりましょう。いや、お気になさらず」
ホッホッホッと坊主頭が大きく揺れている。
京都の壇林と一口に言っても数も多いし人も多い。だから、机を並べていたのでもない限り、一度も見たことがないことも普通にあり得ることだ。しかし、このような言い回しでしかも気にするななどと念を押されれば逆に気になるのが人の常。見たことがないと言われれば『おや?』と思ってしまう。静寛に対しての疑念が持ち上がる。
己の持っていきたい方向へ人々の意識を誘導する、中々高度な技を使うこちらも、ただ者ではない。
ピリピリとした緊張感が突き刺さってくるようだ。そもそもがみんな仲良くとはいかぬ状況である上に、雪之丞が天然(養殖)ゆえの発言で無意識に煽っている。越後屋のおかみは胃がキリキリしてくるようで、先程から何度も腹に手を当てているのが気の毒であった。ただでさえ近頃は米の値段が安定せずに家内の雰囲気が悪いというのに唯一の癒しというべき雪之丞に裏切られた気分だ。
(越後屋さん、ごめんなさい…)
雪之丞は心の中で手を合わせた。
「左様か」
静寛が静謫上人の言葉を真正面から受け止めて、それからゆっくりと茶をすすり、さらりと言った。―――「あっそう(意訳)」―――と。
美味そうに茶を口にして、菓子にも手を伸ばす。
「………」
お気になさらずと言われて本当に気にしていないような態度をとる人間というのはあまりいない。静寛が特殊な例なのだ。その特殊な例を目の当たりにして、静謫上人は思わず鼻白んだ。なるほど、静寛の方が肝は太いようである。
「―――まあ、わしは―――其処許のような男のことはよう知っておるがな」
静寛の唐突な言葉に、静謫上人は少しだけ警戒するような表情を見せ、次の瞬間には愉快げな表情に変えた。
「ほう。拙僧をご存じでしたかな」
その声には相手を見下すような響きがあった。自分を知っているという言葉を『正体が露見した』ではなく、『京都でお見かけしましたよ』という自分の方にすり寄る言葉と解釈したらしかった。静寛が京で修行したという己れの言に信憑性を持たせようと、静謫上人に見覚えがあるなどと見え透いたことを言ってきたのだと、そう思ったようだ。
一瞬、ニヤニヤと嫌らしげな笑みを浮かべようとしたが、さっと表情を穏やかな、さも人の良さげな好々爺然としたものに変える。
だが、雪之丞はそれを見逃してはいなかった。ちらりと静寛の方を上目遣いに見やる。静寛は知らぬとばかりに涼しい顔でそれをスルーしていた。
「いや、京でのことではない。まだ江戸にいた頃の話よ…」
「え…江戸…?」
静寛のその言葉に今度は静謫上人が不思議そうな表情となる。どうやら江戸へ来たことがなかったのは(名や身分はどうあれ)本当らしい。
静寛はその様子を観察しつつわずかに沈黙したもののすぐに続けた。
「其処許を、と言うたのではない。其処許のような奴はイヤと言うほど見てきたものよ」
そう言って遠くを見るような目をする静寛。雪之丞はそんな静寛を見守りながら―――そういえばこのお人はお若い頃には相当なやんちゃで、様々な悪所にも足を踏み入れていた、とか―――
(言ってたなぁ)
雪之丞はそこまで思って、可笑しくなって笑ってしまった。我慢しようと思ったが、フッと息がもれた。どう考えてもこの二人では、まるで役者が違う(演技力のことではない)。静寛の方が二枚も三枚も上手である。
慌てて袖で口元を隠すが、少し遅かった。ピキリと静謫上人のこめかみに青筋が走る。馬鹿にされたことだけは伝わったようだ。この座敷の中で一番の美人(雪之丞)にクスクスされたのが地味に堪えたらしい。
「―――御坊は―――どちらの学問所にてご修行なされたのでしょうか? いや、なに、先程はお答えいただいていないような気がいたしましてな」
と今度は静謫上人の方が攻撃の一手を繰り出してきた。ひくひくと震える口許がまだ動揺を隠しきれていなかったが。
「鶏冠井であるな」
落ち着いた声音。もう相手にするのにも飽きてきてしまったのかもしれない。
京都府向日市にある鶏冠井壇林、日蓮宗の学校である。
ちなみに京都にあるものを関西六壇林と呼ぶそうだ。当然、関東にも八壇林(こっちの方が多い)あるが、江戸でやらかして(吉原で大暴れした←…昔の話である)父親に無理矢理頭を丸めさせられた静寛としては、近場では差し障りがあったため京都行きにさせられたわけである。
「で? そちらは?」
まるで興味がなさそうな、といった声音である。静謫上人の方で聞いて欲しそうな空気を出していたので聞いたまでである。
「松ヶ崎でございます」
と答えたのは京にある地名(現在の京都市左京区)で、確かにそこにも日蓮宗の壇林はある。
それにしても松ヶ崎とはまた微妙なところを出してくるものだ。松ヶ崎と鶏冠井では行って帰るのに一日がかりの距離、微妙だ。少なくとも京の町でバッタリなどという距離ではない。
この静謫上人、先程から誤魔化しつつ自分の良いように話を持っていくのがやたらに巧い。
(手慣れているな)
というのが雪之丞の印象であった。
この時代、情報というものの精度はあまり正確ではなかった。『自分はかの有名な○○である』と自称したからといって本当にそうであるかはわからない、あくまでも自己申告でしかない。ではそれを真実とするにはどうするか。静謫上人のように大店の主人が後ろ楯になっているなど、一般的には信用するに足る人物の紹介などによって贋者か本物かが決まる。その後援者本人がそもそも騙されていたのでは元も子もないのであるが、そういう人物というのは大抵自分の『人を見る目』に何故か絶大な(そして根拠のない)自信を持っているものだ。静謫上人の後ろ楯となった商人も町で旗本奴に絡まれて困っていたところをたまたま通りがかった静謫上人に助けられて―――すっかり信奉してしまったというわけらしい。
雪之丞たちの時代から少し先の、35年後の未来に起きる『天一坊事件(某暴れん坊な将軍様の隠し子騒動)』の例を見るまでもなく、この時代は言ったもん勝ちというか声のデカい方が勝ち!というちょっとアレな時代なのだ。
とはいえ、贋物屋などという商売が曲がりなりにも成り立っているのはそのおかげなので、静謫(本物)ならともかく雪之丞としてはなんとも言えないところではあった。
だからこそ、この静謫(仮)に疑惑があったとしてもそれを証明するのはなかなかに難しい。今のところこの静謫(仮)は江戸の名だたる商人たちの間でまあまあ本物であると認識されている。これに対抗するには贋物屋がただ本物(もちろん贋物屋の用意する本物だ)を連れてくるだけではダメで、それを本物だと保証する身元引受人も必要なのだ。この場合はきちんと寺を構える住職か、あるいは江戸の政財界で相応に信用のおける存在が必要になる。さらにはそれを多勢の前で知らしめなければならない。
だが、あまりやり過ぎて相手に警戒させるのも愚策、ここらが引き時であろう。
「…静寛様…」
そ、と雪之丞が静寛の袖に触れるように引いた。
「む、」
バツリ!と鉄扇を閉じた静寛はすっくとおもむろに立ち上がった。
取り付く島もない静寛に皆があっけに取られる中、雪之丞だけが平静を保ちその背を見送った。とりあえずボロが出る前にさっさと追い出したい一心である。
「―――おや、他にご用事が?―――左様でございますか―――それは残念でございますこと―――ええ、こちらはお気になさらず―――それではまた―――よしなに―――」
捲し立てるように雪之丞は一人で受け答えし、静寛を送り出した。
そのまま振り返り、
「申し訳ございません。ああいうお方なものですから…どうかこの雪之丞に免じでご容赦いただけますれば―――」
心底申し訳なさそうに言った。
そうだ、仕方ない。当代一の人気女形の雪之丞とてその中身はまだまだ若い青年、いや少年と言ってもおかしくない年なのだ。周囲の人々は口々に雪之丞を慰めた。
それに誰が悪いわけでもない。本当に間が悪くかち合ってしまっただけなのだから(ということになっている)。それに元々が雪之丞のファンの集まりである。
「―――皆さまに喜んでもらえるかと思ったのですがこのような仕儀となり誠に―――特に越後屋さんにはご迷惑でしたでしょう?」
しょんぼりと犬耳を垂らして(幻視?)、背の高い雪之丞が器用にも上目遣いでうるうると見つめてくる。当然、越後屋のおかみは秒で許した。
許しを得た雪之丞がパンと手を打つ。その一瞬で場の空気は変わった。
「では、皆様! せっかくの静謫上人さまが来てくださいましたのですもの。じっくりお話をお聞かせいただきましょう、ね?」
にっこりと―――
笑顔を向けた先には静謫上人と名乗る剃髪で僧服の、青い顔をした男がいた。
こっそりと投下




