贋坊主8
更新できました_(^^;)ゞ
BBAのストレス解消・自己満足の手慰み―――皆様のお目汚しとは思いますが、なにとぞご容赦ください。
―――――― 8 ――――――
「―――皆皆様には日頃より格別のご愛顧を賜り厚く御礼申し上げます。さて、夏の暑さもひと段落、まもなくすず風も吹くことでございましょう。葉は色づき実りの秋となりより一層の賑わいが戻ってくることと存じます。我らも板の上ではございますものの黄金色の実をつけてみせまする。その手始めといたしまして、今年も無事に小屋を掛けることと相成りました。これもまた皆々様方のご助力の賜物であると心得て、謹んで感謝申し上げるとともにより一層精進してまいりたいと存じまする」
つらつらと一息に言い切った座頭・惣右衛門の口上を合図に、雪之丞や助三はもちろんそのほかの役者も勢ぞろいで贔屓筋の旦那衆が居並ぶ中、深々と頭を下げる。
秋の興行の始まりを前に開かれる壮行会の宴の席である。雪之丞たちの深山一座は宮地芝居であり、シーズンごとに芝居の小屋を掛けたり壊したりもする。
芝居小屋(劇場)といっても簡易なもので建てるのも壊すのもあっという間なのである。夏の海辺に建つ『海の家』的な作りだと思ってもらえればよい。
そんな簡易な建物だが、いやそれ故にか、夏の暑い時期にはどこの芝居小屋も営業を休止する。役者は早着替えのための重ね着をするのでめちゃくちゃ暑く、観る方の客席もなるべく光が入らぬように閉め切りのため小屋には熱がこもる、演者観客ともに盛夏の芝居は地獄だ。
もちろんその地獄は大芝居でも同じなのだが、あちらは常設の芝居小屋なのでそうもいかない。夏の間は客の入りも少なくそれ故修業と称して若い役者たちが任されている(丸投げともいう)。ちなみに丸投げされた若い役者たちが編み出した画期的な出し物が幽霊モノで、あれは演者(幽霊役)は着物が少なくて済むし、観客もゾォッと肝が冷えて涼しくなる一石二鳥なのだ。たまに若手女形の薄絹姿に無駄に体温を上げている客もいるのはご愛敬である。ともあれ『夏=怪談』という図式が現代日本にまで連綿と受け継がれているのはこの所為なのである。
というわけで、小芝居の一座は夏の終わりごろにはこぞって小屋を建て始める。と同時に秋公演の宣伝も兼ねて贔屓筋へ挨拶回りに伺う。まだまだ残暑厳しい時期に役者の正装(=盛装)での挨拶回りはこれまた地獄なのだが。
雪之丞たち深山一座も例外ではなく少し前から後援者たちへのご機嫌伺いに歩き始めた。
ただ今年は伊勢屋の大おかみであるおとせ(雪之丞ファンクラブの名誉会長)が働きかけて主立った贔屓筋の旦那衆を集めてくれたおかげで格段に楽になった。残暑厳しい中をバッチリ着込んで本気メイクのまま汗みずくになって歩き回るということが少なくて済むので、実に有り難い。本来ならば役者風情が贔屓筋の旦那衆を呼びつけるなどと眉を顰められても致し方ないところではあるが、そこは伊勢屋の大おかみ主催の宴に深山一座を呼ぶという形になっていて角も立たない。
だが、その実この宴席を企画したのはおとせではなくその友人の山城屋のおふじであった。おとせはどうしてもと頼まれおふじの名を一切出さずに名だたる大店の主人のその妻女を集めて深山一座の秋公演の挨拶を宴席のプログラムに組み込んだのである。
いつの間におふじが雪之丞の贔屓になったのかモヤモヤとした気持ちはあったが、ともあれ可愛がっている雪之丞を大いに自慢でき他の者たちへのマウントにもなる絶好の機会なので、大喜びで他の旦那衆へ連絡を取った。
とにもかくにも様々な方面からの思惑を含みつつ、残暑厳しい中に伊勢屋の大広間をぶち抜いての伊勢屋の大旦那(おとせの夫=空気)が挨拶し、深山一座の座頭が挨拶を終え、おとせが一言述べ、そうして、
「―――さぁさ、おひとつ」
「まあ、ありがとう存じます―――」
「―――ほんに今年もこうして小屋を上げることが出来ましたのも相模屋さんや皆様方のおかげでございます」
座頭のあいさつの後、役者たちはあちらこちらの旦那衆の横に侍り忙しく酌をして回る。伊勢屋の座敷の一番大きな三間ぶち抜きの部屋も大店の旦那衆とそのおかみ達、そして深山一座の役者たちとで大いに賑わった。
もちろんその中でも一番人気は雪之丞と助三の二人である。あっちへもこっちへもと呼ばれては酌をし、相手の健康と商売繁盛を言祝ぎ、今後の深山一座への支援を乞う。
旦那衆は、豪快に笑って助三の肩を叩き、雪之丞の手にそっと自分の手を置く。
あるいはおかみ達は、微笑まし気に雪之丞の肩を撫でてねぎらい、助三からの盃を受けうるんだ瞳でそっと助三の盃に酒を注ぎ返す。
口元に手をやり科を作って、
「…まあ、フフフ」
と雪之丞。
グイッと盃を干し、
「―――ありがとうござんす」
と助三。
秋公演の始まりはいつも忙しない―――
さて、その宴の席で。
クルクルと独楽鼠のごとくに雪之丞ら役者たちが旦那衆へ酌をして回るその間、ずっと座敷の真ん中、上座の特等席で黙って座っている男がいた。
「………」
黙って、時折、酒を口に含んでいる。あまり美味そうには見えない。
ただ、その男の着けている僧服の素晴らしさは誰の目にも明らかであった。上物の絹糸で織られた本絹の法衣の袖は広く(広ければ広いほど格が高い)、白絹に銀糸で縫われた袈裟には見事な蓮の花が金糸で刺繍されている。ちなみに燕尾帽子(別名:蝉丸帽子←金ピカ)は本人が断固拒否した。
その反面、男の顔にはとても不本意そうな表情が浮かんでいる。この場に知り合いなどいそうにもなく手持無沙汰でそれ故に一人黙って酒を口に運ぶ。その様子に、誰かが気遣うように伊勢屋の大おかみに向かって声をかける。
「おかみ…その、あちらの…御坊は、その、どういったお方でございます? 何やら、その、ご立派な―――さぞや名のある御坊なのではと…」
主催者である大おかみだ、もちろん知らぬはずもない。わが意を得たりとばかりに矢継ぎ早にしゃべり始めた。実はその御坊こそが今回の宴を催した真の目的、彼を江戸の大商人たちに売り込むこと、それこそが今回のおとせの使命。長年の友人である山城屋のおかみのおふじに頼まれた重大案件である。そこはもう張り切ってツナギをつけさせてもらいたい。
「まあまあ! そうなのでございますよォ。こちらッ! たいっへんご高名な!御方でッ―――」
小さい『ッ』(促音)たっぷりに張り切ってしゃべり始めたおとせだったが、
「ケ、ホン…」
と軽い咳払いが入った。雪之丞が受けた盃をいっきに飲み干してしまい、強い酒精に咽たようだ。
ふとおとせの気が雪之丞へと向く。雪之丞はおとせの視線をとらえ何度かの小さな咳で喉を整えた後、
ニコリ
と、天使のように柔らかく微笑んだ。
「大おかみ。静寛さまはあまりお目立ちになるのを好みませんので…」
おとせはその言葉にハッとした。山城屋のおふじからの頼まれごとは二つ。静寛を旦那衆に売り込むこと、その売り込みにはくれぐれも雪之丞の言うとおりにすること。それを―――『くれっぐれもッ!』―――と強く(しつこく?)頼まれていた。
その雪之丞からはなるべく勿体をつけるように、あくまでも情報は小出しに。その方が『効果的でございますよ』と言われていたことを思い出した。
「ま、まあまっ、まあ! そうでございましたわね―――(ん、コホン)皆さま!」
慌てて取り繕った後、いくぶん落ち着いた声音で座の注目を集めるように声を大きくした。
「皆さま、ちょいとよろしゅうございますかしら! こちらの御方は〈静寛さま〉とおっしゃられて、京の都で修業なさっておられたとても徳の高い御方でございますがね、先頃、このお江戸に戻られたそうでございます。これからは江戸にてお暮しなさるということなので、皆様にお引き合わせいたしたくお連れしましたの」
伊勢屋の大おかみの言葉にその場の旦那衆が『ほぅ』と声を上げる。紹介を受けた本人(静寛)は相変わらずつまらなさそうに、
「…静寛…と申す。―――名は江戸に戻った時に変えたのでな。よしなに……アー、頼む」
ぼつん、と言うだけ。協力しようという気があるのかないのか。元からあまり愛想のよい方ではないが、何というか一言しゃべっただけだというのに妙に偉そうでいて、何故か妙にそれが堂に入っているようで不思議な人物であった。
もっともそれがより一層、謎めいた雰囲気を醸し出し、まさに『効果的』な印象を人々に植え付けていた。
そんな謎めいた人物像と―――静寛という法号(今巷で有名な静謫上人の法号ととてもよく似ている)こと、そして京都から来たということ(静謫上人も京都からきている)。
おまけに名は江戸に戻って変えたというではないか。
サワサワと静かに、だが、確かにざわめきは広がっていった。
それというのもこの場にいるのは伊勢屋の大おかみが今日のために集めた名のある商人たちだ。雪之丞や助三ら深山一座の役者たちのファン、たんに伊勢屋と取引関係にある大店の主人ということで声をかけられた者、そのまた知り合い―――普段はそれぞれが別々のコミュニティに属しているのだろう。そして、その別のコミュニティで『今巷で有名な』静謫上人と名乗る徳高い僧侶を紹介されたことがあったとしてもおかしくはない。
静寛か静謫か―――その人々が何を考え、どう判断を下すのか―――
ざわめきの中で、深山一座の役者たちだけが涼しげな顔でニコニコとあいさつ回りを続けていた。
ちなみに商人たちに紹介した静寛の名前は『静寛』のそのままであった。山城屋のおふじからの依頼は『静謫』の贋物ということではあったが、相談の上で静謫ではなく静寛のままで通すことにした。贋物屋としては例外的となるが、今回は騙り(詐欺)とならないギリギリを攻めることにしたのである。『静謫』と『静寛』で名が似ていた偶然(偶然…)も幸いしたし…。
彼らはただ、人の集まりに顔を出し『京から戻った』『静寛(似ている名)だ』とあちらこちらで喧伝しただけ、つまり嘘は言っていないということになる。
今回の仕掛けは、静寛のデビュー(江戸の社交界デビュー)の舞台を整えるところから、伊勢屋のおとせの力を借りざるを得なかった所為である。というのもこれは依頼人のおふじの暴走であった。依頼人としてドンと構えて大人しくしていてほしいのだが、おふじという女はそういう性質ではない。とにかく精力的に働き(暴走し)がちで雪之丞たちもほとほと手を焼いているところである。とにかくおふじが暴走し、静寛をごてごてと飾り立てお上人(静謫)に仕立て上げたのもそうだが、その足でおとせに頼んで静寛デビューのお膳立てまでしてしまったというのだから、いやはやスゴイ女である(褒めてない)。
だから、静寛を静寛として紹介したのは伊勢屋を守るためであった。雪之丞たち深山一座の者たちならば万一のことがあっても覚悟の前であるが、伊勢屋に迷惑をかけるわけにはいかぬ。
それ故の『嘘は言ってはいないが…』という現在の状況である。このあからさまな匂わせに、中には『ピュキィィ~ン』とばかりに顔を輝かせ一人で納得する者はいたし、反対に大声で騒ぎだそうとする者もいた。
その度に雪之丞や助三、座頭の惣右衛門ら深山一座の者たちが意味ありげな笑みで応え、否定も肯定もせず受け流した。
人というのはおかしなもので、そうされることで尚更に静寛の存在が大店の商人たちの間で(ひっそりと)評判となっていった。
もちろん、山城屋の名は何処にも、欠片さえも人々の口の端に上ることはなかった。ここでおふじの名が出てニセ静謫の一味に気づかれでもしたら、すべてが台無しである。
おふじは不義密通をネタに恐喝を受けているのだ。不義密通が表沙汰になればおふじは死罪。おふじの相手をした役者、若い…子供のようなあの男も死罪となる。
元禄六年の今よりもおよそ五十年後に制定される御定書百箇条(公事方御定書)にはっきりとそう定められているし、明文化(取り決めを文章に起こすこと)されていなくとも元禄六年のこの時代にも同じようなものはある(御触書集成という幕府の発布した法令集や辻に立てられた高札が、ソレである)。
とにかく現代と違って江戸社会においては『不倫は死罪!』が常識なのだ。正確には『不倫した既婚女と間男は死罪!』なのだが(…浮気した既婚男については―――あー、まあ…公的機関としての色街もあるし…推して知るべしだ)。
とはいえ、万事がその通りになっていたかというと、それは別の問題である。妻の不倫を知った夫というものは往々にして外聞を気にするものだ。それ故、妻と間男を内々に処分することはあったとしても(いわゆる『妻と間男を重ねて四つに叩き切る』というもの。たとえ殺してもお咎めはない)、馬鹿正直に奉行所に訴え出るという男は少なかった。
おふじの夫・山城屋だってそうだ。 そもそもおふじの浮気は山城屋の公認だったりする。おふじと山城屋の婚姻は家同士、店同士の結びつきで成立したものであって、そこに愛があったわけではない。とはいえ、結婚した時のおふじは十六。今も相当に色っぽいが当時は花のように、いや、花の方で恥じ入って顔を赤くするほどの可愛らしい少女であった。今は見る影もない(美しくなくなったという意味ではない)が……。
――― 閑話休題 ―――
おふじと山城屋は新婚当初からその婚姻が破綻していたわけではなかった。ただ、その新婚生活も三ヶ月、半年、1年と経つごとに山城屋が悪い虫を起こし始めた。端的に言えば、他所に女を囲い始めたのだ。
当然おふじは怒った。そらもう怒りに怒りまくった。病みもした。なにしろその時のおふじは十七だ、現在のおふじとは違う。だが―――もともと彼女は超絶サバサバ系女子だった。欝々と思い悩んでいたある時、『どうせ親に言われて好きでもなく結婚した相手、そんなのに浮気されたって屁でもなかったわ』ふと悟ったのである。それからだ。今の山城屋の夫婦関係が確立されたのは。お互い、外では好き放題のやりたい放題。商売に支障さえなければ万事OKという―――山城屋本人も妻にうるさく言われることもなくなり喜んだというのであるから、元々が相当変わった夫婦なのだろう。とにかくおふじはそれ以来自分も好き勝手始めた。不倫相手は色々だがいずれも後腐れのない口の堅い者ばかり。おかげで多方面への伝手も出来て商売にも役立っている、といいことづくめだ(……)
しかし、それはあくまでも家内でのこと。表沙汰になろうものなら商売に差し障る。おふじは死罪にこそならねども身一つで山城屋からおっぽり出されることになるだろう。
だから、あんな破れ坊主に脅されてはたまらぬのである。何としてでもあの坊主、いやさニセ坊主の強請り野郎の化けの皮をはがしてこのお江戸から追い出してくれよう!と…。この場にいないおふじが誰よりもフツフツと闘志を燃やしていたのである。
宴もたけなわ。
「おい、雪之丞や」
とある大店の旦那が、酌をして回る雪之丞を呼び止めた。
「ここだけの話にしておく故、教えておくれでないかい。あの御坊はもしやして―――」
と言いかける。それを最後まで言わせず、雪之丞。
掴まれた袖を外すようにそっと手を添える。普段よりも派手めの艶やかな着物。ひかれた袖がピンと張って身八口(女性用の着物は袖と身頃の間、ちょうど脇の下の部分に穴が開いている、そこ)から白い肌が見えそうで見えず、ちらりと覗く襦袢がなんとも艶めかしい。
思わず視線が行ったそこからスーッと下がった袖の先。その少し大きめの袖口から雪之丞のしらうおのような細く長い美しい指が現れる。
男の視線はくぎづけになったままだ。
その様子に雪之丞は紅い唇でニィッと嗤う。
「―――」
白い指をスイッと立てて、おのれの蠱惑的な唇にそっと押し当てた。
「シィィ~……」
声、というよりもほとんど吐息だ。
ぶるりと震える。まるで―――色香が―――したたるようであった。
遠目で見ていた助三が思わず、
「おっかね~」
と呟いた。言葉とは裏腹、呆れたような響きが含まれる。
雪之丞の所為で宴席のほとんどの男衆が股間をもぞりとさせて尻を浮かせているし、女衆は頬を染めて腰砕けである。控えめに言ってカオスであった。
これが天然なのが、雪之丞の怖いところなのだ。
やれやれ、と助三が心の中で肩をすくめていたところ、
「―――っと、」
膝に生じた濡れた感触に声を上げた。
見れば、彼に酒を注いでいた(返杯)どっかのおかみも雪之丞の色気に充てられて、ボウーッと徳利を傾けたままそのまま助三の盃から酒をあふれさせていた。
助三のあげた声に気が付いて、慌てて懐から手拭いを出して助三の膝に当てている。
「まあまあ、ごめんなさい。あたしったら」
このおかみは玉之屋のおかみ。伊勢屋の大おかみとは年は違うが同郷で、親しく付き合っているとか。旦那もあの伊勢屋と付き合えるとはと、いい嫁を貰ったと喜んでいるらしい。伊勢屋の大おかみから雪之丞を紹介されて深山一座の芝居を見てから、助三の大の贔屓だ。
助三の膝を拭いながら頬を真っ赤に染めている。
「なんの―――」
助三が玉之屋のおかみの手にそっと手を重ね、意味深に囁いた。
「此方様の手で濡らされたとあらば本望というもの―――我慢の利かなかった俺の罪だ」
ボワッとほんものの火が付いたようにおかみの顔が火照りあがる。
「ギィヤヤヤァァ〜〜」
「イヤァァァァッッ!!!」
まるで悲鳴のような黄色い声が上がる。今度は女衆のほぼ全員が(給仕の女中も例外なく)腰を押さえてへたり込んだのだった。
―――あちらもこちらもいつも通りの、通常運転であった。
( ゜∀゜)人(゜∀゜ )オヒサー
亀更新、どころかミジンコ更新です。
ミジンコはぎりぎり肉眼で見えます。見えます、見えますよね? ね?