贋坊主4
更新できました_(^^;)ゞ
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散々しゃべり倒したおふじがようやく帰っていった後、部屋には助三・雪之丞、それから座頭の惣右衛門、小平太、文治、吉三と贋物屋の主だった面々が勢ぞろいしている。ついでにおことと菊弥も勢ぞろいしている。
実のところおことと菊弥は今回の依頼に納得していない。おふじが非常に困った状況にあるのは理解しているが、元はと言えば彼女の派手な男遊び(不義密通)が原因であるとなれば、若い娘たちにはなんとなく割り切れない気持ちがあるのだろう。そういった男女関係には潔癖なお年頃なのだ。
前回の依頼ではこの二人には大いにせっつかれていた助三と雪之丞が、『駒吉の時にはあれだけ騒いだくせに…』とブチブチといじましくも呟いているが、おことと菊弥の耳には届いていない。もし、聞こえていたならば倍どころか十倍、二十倍にもなって返ってくるに違いない。助三と雪之丞に出来るのはぼそぼそと二人だけで反論するぐらいが関の山である。
おことと菊弥にだって言い分はある。だって仕方ないではないか。駒吉の時はすっかりロマンチックな展開だと思ってしまったのだ。愛する二人―――引き裂くわからずやの親たち―――それでも二世を誓い合い手と手を取り合って―――素敵! とまあ、こんなところだ。それが裏切られた(駒吉が思った以上の屑だった)時には本当にがっかりしたものである。もっとも今ではすべてを知っているにもかかわらずおちよを許し受け入れた近江屋彦四郎(おちよの現在の夫)の器の大きさに―――素敵! となっているのだから処置なしである。
それに比べると今回の依頼は……。
まあ二人の心境としては、おふじの素行は気に入らないものの贋物屋の仕事から仲間外れにされる方が『もっとイヤ』というところであろうか。もっとも彼女たちが作戦会議に参加している理由はそれだけではない。
その証拠に何とはなしにニマニマと嬉しそうである。
「それで?」
作戦会議の第一声とばかりに、そう切り出したのは雪之丞だったが、その後に続いたのはおことと菊弥だった。
「「どなたが贋坊主になるんですの?」」
実に楽しそうに声をそろえる二人。その声に雪之丞がわざとらしい渋面を作った。
「……なんですか、二人とも。そんな楽し気に。いけませんよ」
という雪之丞の言葉はおことと菊弥をたしなめるものであるにもかかわらず、声が完全にそれを裏切っている。あえて文字表記するならば『なんですかww二人ともwwwそんなw楽し気にwwブフッ』というくらいの勢いだ。こちらもおことや菊弥に負けぬくらいにニマニマとしている。
おふじの依頼に対して具体的な策を練るという、贋物屋としてとても大事な、要となる話し合いの場だというのに不謹慎なことこの上ない。普段は真面目すぎるくらい真面目な雪之丞にしては非常に珍しい姿である。
そもそものおふじの依頼はこうだ。『高名な僧侶に不義密通をネタに強請られている。そんな高名な僧侶がそのような真似をするとは思えないのでその坊主はニセモノだと思われる。その正体を暴くためにこちらでも高僧の贋物を仕立てて相手が馬脚を現すように仕向ける』というものであった。当然、贋物屋として要求されているのは『贋の静謫上人』であるわけなのだが―――
さて、誰がその贋坊主になるのかという話し合いの席、しょっぱなからコレである。これ以上はないくらいに揉めに揉めている。
というのも、舞台の坊主役であればカツラを付けたり、羽二重で押さえた上に頭巾をかぶるだけでもそれなりに見える。だが、現実において〈坊主に化ける〉となればそれでは済まない。まずはその頭髪をツルっとまるごと剃り上げねばならない。
つまりはそれを誰がやるのか、という話なのだ。
もちろん、女性であるおことと菊弥は最初から論外であるし、女形である雪之丞も当然のように除外される。それで、安全圏にいる三人は先ほどからずっと草を生やしているというわけだ。依頼には真摯に向き合うのが信条の(堅物)雪之丞まで大ウケしているところを見るとよっぽど助三たちが間抜けな顔をしていたのであろう。珍しいことに息も絶え絶えに笑っている。
そんな彼らの視線から逃れるように助三や文治は頭に手をやり自分の髪を押さえていた(隠しているつもりだろうか)。髪は男の命です?と小首を傾げたくなるような逃げっぷりだ。
「俺は剃らんぞ! この深山一座の立役者だぞ! 舞台に立てなくなったらどうする!」
喚く助三にその横の文治が青くなる。自分は裏方、道具方だ。舞台に影響がない、となれば……
「き、…聞き込み! そう! 聞き込みに触りが出るじゃありませんかっ、髪がないとっ!」
慌てて言いつのるも、おことと菊弥にに『なるほど、わからん』みたいな顔をされるので泣きそうである。だが、確かに文治は一座の立役者の助三を差し置いてのモテ男たる謎のコミュ力で情報を引っ張ってくるのがウリなのだ。それがなくては贋物屋としては困ることになる。
「いやいや、近頃は身体もよく利きませぬ。お役に立ちたいのですが…」
吉三は頭髪(もうほとんど無いに等しい)を剃り上げることに抵抗はなさそうだが、何といっても一座の最年長だ。最近は腰も痛むし、と申し訳なさそうに言い出した。
「………」
「………」
「わたしゃは生まれて此の方、芝居なんぞやったことはねえのですが……」
こちらも裏方(道具方)の小平太が困惑気味につるりと顔を撫でながら言う。そうなると残るは―――
「………」
全員の視線が惣右衛門に集中した。座頭の惣右衛門は確かに役者をする時もあるが(おもに敵役、悪代官役)、ほとんどの場合は戯作者(脚本・演出)として活躍している、ようするに裏方だ。舞台に上がる時にはそれこそカツラで十分、助三のように激しい殺陣(アクションシーン)があるわけでもなし十分にも十二分にも間に合うだろう。
「………」
全員の視線を受けた惣右衛門がたらりと冷や汗を流しておのれの頭髪に手をやったのは無意識だったろう。
「……致し方なかろうな……」
色々とあきらめたように深く嘆息して惣右衛門がそう呟いた時だった。
「ごめん! 誰かおらぬか!」
と、実に良いタイミングで人が訪ねてきたのは―――
「おや、これはこれは。静寛どの」
訪ねてきたのは近所の小さな庵に住む僧侶であった。名はじょうかん、話題の静謫上人ではなくこちらは〈寛永寺〉の『寛』の字がつく。確か宗派は静謫上人と同じ日蓮宗の筈だ。
「いや、なに。暇を持て余してな。また―――借り受けてよろしいか」
と言ったのは、この人物、坊主のくせに剣術の腕が滅法立つ。しかも、雪之丞と同じ朝倉一刀流の遣い手である。この深山一座の住居の奥に道場があると知ってからは身体が鈍るなどと言っては竹刀を振りにやってくるのだった。元は質のよさげな僧服をボロボロに着崩し、体格は朝倉一刀流の鉄の入った木刀を軽々と振り回すほどで、とてもではないが僧籍に身を置く人とは思えなかった。
「取り込み中か? ならば出直そう」
部屋に勢ぞろいする面々にじろりと視線を投げ、静寛は踵を返そうとした。表で声をかけ返答がないまま声のするこの部屋へ近寄ってきた、といったところか。特別な用事があるわけでもなく本当にたまたま道場を借りようと立ち寄っただけなのだ。取り込み中とあれば邪魔をするつもりはない。
「いえ。お待ちを。丁度良いところへ―――いえ。こちらのことです」
訝しげな静寛に雪之丞はニコリと微笑んで、掌で部屋を指し示す。
「―――道場であればお好きにお使いいただいて構いませぬが、一つ茶でも召し上がった行かれませぬか?」
と。
ようやく静寛さまが出てきました。(^_^)/~