贋坊主3
chapter3、更新できました_(^^;)ゞ
―――――― 3 ――――――
「ごめんくださいまし」
その日、雪之丞たち贋物屋の住居を訪れた客は涼しげな目元の美女であった。年増ではあったが圧倒的な色気とキメ細やかな白い肌、唇の横の小さなホクロが印象的だった。
美女の名はおふじ。日本橋の呉服商、山城屋のおかみだ。
「巳之衛門どのに言われてやってまいりました」
そう言った後、じっと黙ったままの女。もちろん、贋物屋という裏家業の者へ依頼に来る客なのだから最初っからべらべらとしゃべる奴はあまりいない。いつものことだ。
依頼の内容については贋物屋のクチ役であるところの大黒屋巳之衛門から聞き及んではいても、詳細な打ち合わせが必要だと判断された場合こうして直接依頼人と会うこともある。もちろん贋物屋の情報を他へもらさない確証がある人物(それほど切羽詰まっている)に限られるが。おふじはそのお眼鏡にかなったということなのであろう。
相当に差し迫った状況にある、とは言っても口にしにくいことというのはあるもので―――
「………」
おふじの目の前に座る助三もそれがわかっているので、気長に彼女の口が開くのを待っていた。そう、本日の聞き取り役は助三である。依頼人が少しでも話しやすいようにという人選であったが、それが的を射ていたことは、おふじの第一声で明らかになった。
「―――わたし、若いカゲマ(陰間)といい仲になってましてね」
と依頼人の女があまりにも堂々と言い出した。聞いていた助三以外の者がぎょっと目をむく。具体的に言うと、雪之丞とかゆきのじょうとかユキノジョウとか、なのだが。
助三はワタワタと慌てる彼の太ももをキュッとつねりつつ、
「なるほど。で?」
と動じもしない。
そもそも助三の知る限り山城屋のおふじはそういう方面では有名な女だ。駆け出しの役者にとってはいいパトロンな上、本人の器量は上玉でべらぼうに色っぽいとくればモテないわけがない。ただし一度に複数の愛人は持たない主義らしく、こちらがいくらコナをかけても無駄という話を楽屋スズメ達の雑談で聞いている。たしか今は森田屋の若い奴がそうだったと記憶していた。
そんな助三たちに構わずおふじは話を続ける。
「それをネタにある男に強請られておりましてね」
話し出した彼女には淀みがない。どうやら腹を決めたらしい。
実のところ金持ちの女房が若い男と密会というのはよくあることだ。ただしよくあることだから合法なのかと言えばそうではない。
現在とは違って、不倫・浮気は御定書百箇条(「公事方御定書」の下巻。訴訟・裁判・刑罰などの103条。)にも記されているれっきとした犯罪なのである。その刑罰はなんと死罪だ。軽くても追放や所払い(戸籍から抜かれて無宿人になるので現代人が思うよりも軽い刑ではない)重ければ市中引き回しの上に磔(生きたまま槍で刺される公開処刑)あるいは獄門(斬首された後、胴体は試し切りに使われ首は三日間晒される)。武士に至ってはその場で妻と間男を並べて切り殺したとて構わないし、町人であっても切り殺した夫が罪に問われることはない。それが天下の御法であった。
つまりどういうことかと言えば、おふじの場合は一発アウトということだ。もちろん、死罪にされる妻はそうそういるわけではない。多くの場合は慰謝料(和解金)+謝罪文(誓約書)で手を打つ夫の方が多いからだ。和解金の相場は金7両2分というから決して安くはない。が、出せない額ではない。おふじだってそれくらいのへそくりはある。だが、命があったとしても―――その後は―――
まずまともな再婚のクチはないだろうし、働くといったところで不貞の末に離縁された女など行きつく先は決まっている。転落の一途を辿ることだろう。
もっとも金持ちにはありがちなことだが、亭主が公認、少なくとも黙認していることも多い。不倫は厳罰と言ってもそれは女性に限ってのこと、御定書にも『密通いたし候【妻】、死罪』とあるだけで『密通いたし候【夫】』への言及はない。第一、公的に許された遊郭(吉原)があるのだから男の女遊びは咎められる対象ではなかった。その罪悪感(?)からか亭主の方にも探られたら痛い腹があるからか、そういう亭主に限って妻の遊びにも目をつぶっている場合が多かったというわけだ。
山城屋も同様、おふじの男遊びを黙認してはいる。
が、山城屋は呉服屋だ。客筋はほぼお武家と金持ちの商人。上流階級相手の商売なのだ。そもそも江戸は世界最先端のリサイクル・リユース社会で、庶民にとっては着物と言ったら古着のことですべてリユース品だった。必然的に呉服屋に反物(布地を巻いたもの、布は1反2反と数える)を買いに来るのは新しい着物を仕立てる金銭的余裕のある者ということになる。
とにかく客層が上流階級である分、呉服屋というのは醜聞は致命的な商売なのである。だから、山城屋の主人、おふじの亭主はおふじの男遊びを黙認はしたが、もしそれが評判になったとしたら何の躊躇もなくおふじを切り捨てることだろう。
おふじは今その転落人生への瀬戸際にいる。腹も決まろうというものだ。
「強請ってくるのは坊主のナリをした男で、これまでに三度、金子を渡しました。全部で五十両ほどです」
おふじは冷静に語った。もちろん、助三も雪之丞もすでに話は聞いている。おふじの言う坊主というのは高名なる静謫上人ということも、そしてそれを彼女が疑っているということも。
「で、」
と助三が先を促せばおふじは躊躇いつつも、
「―――ぜぇぇぇったいにニセモノだと思います」(ドきっぱり!)
断言した。
さあ、そこからは怒涛のように言葉が出てくる出てくる。よほどストレスが溜まっていたものとみえる。
「大体、世も末ですよ! あんなきっしょいのが坊主とか!」
「舐めまわすようにこちらを見てきて!」
「ああ、嫌だ。思い出しても寒イボが立つ!」
と止まらない。
だからと言って弱みを盾にとって彼女に淫らがましいことを強要してくるわけではないらしいのだが、
「だから、よけいにきっしょいんですよ!」
ということらしい。まあ、ともあれ、おふじにとっても密通の事実を盾に取られれば相手の要求を呑むしかないわけで。亭主に知られようが屁でもないが、そのことが世間様の口に上るのは本当にヤバいのである。だからこそおふじも五十両もの金を払ったのである。しかし、こうした脅迫はいくら払ったから終わり、というものではない。現にもう三度もせびられたというのにあのエセ坊主(おふじの中ではすでに確定)は次の約束も取り付けてきたという。腹に据えかねたおふじはもう金輪際!びた一文だって!払いたくないと、たとえ弱みをバラされて転落人生になったとしても!―――というところまで追いつめられていた。
「あんなのが高名なお上人様の筈がないんで!ぜぇっっったいに贋物なんで! あいつをぎゃふんと言わせるのに力を貸してくださいましな」
深々と頭を下げるおふじ。日本橋に店を張る大店の、山城屋のおかみとして大勢の使用人を差配する彼女が、たかだか裏家業の男たち相手に手をついて―――その手がふるりと震えていた。
クスリと笑う気配に、おふじが顔を上げた。
「……?」
彼女の不安を吹き消すような、カラリとした笑い声とともに、
「ハッ! こいつぁおもしれえ!」
助三の言葉。
続くように雪之丞。
「……面白い。ニセモノの、贋物―――と…いうわけですね」
そっと呟いた。
一応、chapter17までの予定です。