贋坊主1
今までは一話が完成したタイミングで更新しておりましたが、今回はちょこっとずつ更新してみようかなと思いました。
上手くできるかな?
一話完結の贋物屋シリーズの四話目です。
今回はなんかいきなり濡れ場シーンからの始まりで申し訳ないです。シリーズ通しても多分ここだけ?だと思うので、もうしないから許してね。
本当は第四話目は贋大名駕籠の予定だったのですが、なんか誘拐モノばかり続いてしまったので順番を入れ替えました。そろそろ静寛さんも出したかったし。
静寛さんは『花のお江戸の烏ども』に出てくる人で。
若い頃はやんちゃしてたのねーっていうか、あっちでは悪役だったんですけどーって人です。
ちょっとお気に入りのキャラなので出してしまいました。
あ、でも、最初のエピには影も形もないです。最後に出てくるお坊さんは違うお坊さん。これから出てきます。
雪之丞は女形でございます。
女形といえばおなごのニセモノ
贋物屋に御用とあれば
この雪之丞が承りましょう!
第四話「贋坊主」
―――――― 1 ――――――
「おかみ……ねえ……」
男の甘ったるい声が背中にかかる。女はそれを聞き流しながら身支度をしていた。
彼らがいるその部屋は調度品など一切なく家具も箪笥どころか葛籠一つ行李一つ置いてなかった。部屋に入って目に入るものと言ったら布団以外には畳と障子と天井板……もっとも、その部屋で女が目に映すものといったらせいぜい天井板ぐらいのものだろう。
部屋の真ん中に敷かれた布団にしてもただ敷布団だけがペイっと広げられているのみだ。現代で言うところの掛布団である夜着(布団に袖が付いたというか、大判の着物に綿を詰めたようなもの)や掻巻(夏用の夜着)もない。
そう―――まあ、そういう用途で使われる―――ようするに時代的には無理はあるが、寝台の一つもグルグル回転していそうな―――そういう部屋だ。
唯一ある敷布団も相当に乱れていて、たった今まで行われていた行為の激しさがしのばれるようであった。現在時刻は午の刻(正午)を過ぎた頃合いの真昼間も真昼間で、おそらくは建物の二階にあるのであろうこの部屋の障子の向こうの窓から降り注ぐ陽光はさんさんと輝いている。
それに反しての室内は―――男と女の―――アレやソレやの濃密な香りで満たされておりむせ返るようであった。先ほどまで睦みあっていたと思われる男と女は、その濃密な空気にまったく気づいていないようであった。
女がつい、と後れ毛をかき上げた。その白いうなじは薄く汗に光って強烈な色香を放っている。たった今果てたばかりだというのに、またぞろむしゃぶりつきたくなるようだ。
「おかみ…ねえ、本当にもう帰るのかい?」
男の絡みつくような視線と伸ばされた指に、女はニコリと微笑んで―――
女の名はおふじという。日本橋に店を構える呉服問屋・山城屋のおかみだ。
男の方はというと、これは陰間役者の藤五郎。一応は大芝居・森田座の若手だが、あくまでも陰間役者でまだ舞台に立てているわけではない。陰間、というのは男色を示す名称でもあるが元々は陰の間(次の間、スポットライトの当たらない舞台裏)で控えている見習い女形のことを指す言葉なのだ。演技のために男に身を任せることもするが、本人は女がダメとかそんなことはない。女形というのは職業であって性癖ではないので、彼らだって自由恋愛もすれば普通に吉原通いもする。もちろん女形も陰間もそんな時には男姿で堂々と出かけていくのだが―――吉原の太夫の中には女形姿で来てほしいと言い出す酔狂者もいるとかいないとか…。
まあ、おふじにはそういう変わった趣味があるというわけではなく、藤五郎に声をかけたのはどちらかというと青田買い的な気持ちの方が強かった。『この子は役者として大成する!』と何故か思ってしまったのだ。藤五郎という役者、まだ陰間であり年若く現代ではおふじとの年齢差を考えると完全に事案となるであろう紅顔の美少年という奴なのだが、これがまた強かというかあざといというか…おふじの愛人になっているのも役者として大成するために必要な金を出してくれそうだと思ってのことで、決して恋やフナやの浮かれた話ではない。
そんな計算高いところも女性らしい(すなわち女形として大成しそう)だと思いはしたのだが。
ただ一つだけ問題があった。それはおふじとはとことんウマが合わなかったという…実に根本的な問題だった。
なんというかおふじという女はさっぱりした気性の、言うなれば超絶サバサバ系女子(自称ではない)なわけで。そんな女がよく言えばちゃっかり、悪く言えばあざとい、そんな性格の(しかも男)と気が合うかという話である。もっともアッチの方の相性は抜群で、ともすればおふじの方が本音をさらけ出してしまうこともしばしばなのだが―――それすらも藤五郎の年若さを思うと、もやもやとするおふじなのだった。可愛がるのならば少年の初々しい拙さの方が好ましいというところだろうか。それもそれでずいぶんと得手勝手な話だ。この二人、自分勝手な者同士で存外お似合いなのかもしれない。
どうであれ不倫であり、爛れた関係であるには間違いなかった。
足元で可愛らしくねだる仕草をする藤五郎をおふじは一瞥した。こんな可愛らしいのにいざとなるとその行為は野獣のように激しいのだから嫌になる。いや、そのギャップがまた好いのだという女の方が大多数ではあろうが。おふじは違った。
(もうこの子も切り時かしらね)
と、嫣然と微笑みながら胸中でこぼした。
「ありがとうございましたぁー! またのお越しをォ~」
おふじは威勢よくしるこ屋の暖簾をくぐり出た。
背中にかかる小女の声に振り返ることはない。おふじはここの常連ではあったが、働いている店の女たちと親し気に言葉を交わしたことはない。中に入ればすぐに二階へと上がってしまう。二階の座敷で甘味を口にすることもあるにはあるが、そういう時でも店の者は障子の向こうに品物を置き中に声をかけるだけで去っていく。そういうシステムなのだ。女が甘味処へ出入りするのはごく普通のことであり、男だって甘いものが好きな者もいるので甘味処に立ち寄る男も多くはないが少なくもない。
だからして、こういう店は訳アリ男女が逢瀬を楽しむのにとても都合がいいのだ。例えて言うならフルーツパーラーとラブホの入り口が同じになっているようなものだろうか。もっとも、男の方は裏口から入って裏口から出ていく者も多い。おふじが今し方会っていた相手、陰間役者の藤五郎も彼女とはタイミングをずらして裏から出て行ったようである。可愛い顔をしていても甘いものは苦手らしい。いつも匂いだけで顔を顰めている。
というわけでおふじは一人で店の外に出た。
その時、ふと視界に影が差し、
「―――おかみさん」
声がかかった。
ビクリ
と、肩を揺らしたおふじは絞り出すような声で、
「………お約束はもう少し後でございましょう………」
振り向きつつ返した。その表情も声もいつものおふじとは思えぬほどに暗く固い。
声をかけてきたのは男、とはいっても僧服でもちろん剃髪もしている立派な僧侶だった。着ている僧衣は上等な仕立てだし、物腰にも品格があふれている。二人が言葉を交わしている姿に訝しく思うものなどおるまい。おふじもひきつりはしていてもその顔から笑みを絶やさないし、男の方は心底会話を楽しんでいるようである。
「左様でございますな。―――ただ、姿をお見掛けしましたので声をかけさせていただきました。どうにも、気が急いて。少々早うございますが、いかがです?―――場所を―――変えた方がようございましょう?」
人品卑しからずといった言葉がピタリとはまるような立派な僧侶は、ちらりとおふじが出てきたばかりの甘味処を、その二階あたりへ視線をやってからおふじへ移動を促した。
「さて、どこへ―――もう甘いものはしゃぶり飽いたでしょうからなぁ―――」
サッとおふじの顔から血の気が失せる。
僧侶の上品な声音もにっこりと微笑む顔も、何もかもがその下劣極まるジョークとは不釣り合いであった。
「ふ、うふふふ…しっぽりと……さぞや…いや、うらやましい…ぐふふ…」
自分の言葉にさも気の利いた面白いことを言ったとばかりに上機嫌になるその最低最悪の品性に、おふじはドン引きした。が―――
それでも、彼女はその男の中についていくしかなかった。
(………きッッッッしょっっ!!………)
先ほど食べた汁粉が胸元へせり上がってくる感覚に全力で耐えながら、おふじはその僧侶の言うままにのろのろと足を動かすのであった。
次回のエピも頑張ります。