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01.好色の古代ローマ

 古代ローマ世界で性愛の代表として語り継がれていた女がいる。

 彼女の名はサモス島のフィラニス。紀元前4~3世紀頃の人物で、快楽ἀφροδισίων(※アフロディーテ)に関する本を書いたと考えられていた。

 ──考えられていたというのは、快楽の本はフィラニスを中傷するために書かれたとアテナイオスが主張しているからだが、どちらにせよ古代ローマの世界においてフィラニスが快楽に関する本を書いた性愛の代表者であると見做されていたことは否定されない。


 肝心のその著作は現存しないが、アリストテレスは夢占いの本にて彼女の詩編に「快楽、快楽…」と繰り返し書いてあることに触れる。

 またオクシリンコスで見つかったパピルスの断片がある。その断片には「オキメネスの娘、サモス島のフィラニスが、人生の真実を知りたいと望む者たちのためにこの本を記す」「誘惑について。誘惑する者が何をしているのか彼女に気付かれないように、衣服や髪を整えないことが必要で…」「老女を若い娘のようだと言うように、醜い女を魅力に満ちた女神のようであると…」とある。


 逸話の中にいるフィラニスは、男性だけでなく女性とも関係を築いている。

 マルティアリスは「彼女は男を口淫fellatしない。代りに女への口淫Cunnum lingereを男らしいと考える」(7.67)とか「フィラニス、レズビアンの彼女たちを愛撫tribadumするあなたが、性交する相手を女友達と呼ぶのは道理だ」(7.70)と記した。


 またルキアノスは男同士の愛と男女の愛についての優劣を論争する作品「愛について」にて「男の快楽の方法を創出し、女たちに同等の権威を与えよう。淫らな器官の欺瞞的な創造物、種無しの巨大な謎と連れ立ち、男のように女と一緒に眠ろう。好色なトリバスτριβακῆςの恥ずかしい行為を公然にしよう。私たちはみなフィラニスであるべきだ。それは男が女役をするより優れている」と書く。



 女の同性愛者はトリバス/トリバードτριβάς/tribadeと呼ばれていた。

 パエドルスは、酔ったプロメテウスが男の身体に女の器官を付け、女の身体に男の器官を付けたために歪んだ喜びを享受する同性愛者tribasが生まれたという。またカエリウス・アウレリアヌスは、1世紀の医者ソラノスの著作を引用して、トリバードは悪質な心の情動であり、正しい治療法の無い病理なので、心の抑制をすべきだと書く。


 プトレマイオスはテトラビブロスにおいて、火星と金星の位置によってトリバスが生まれるという。またテーベのヘパイスティオンは星占いの本で、生まれたときの太陽の位置によって女がトリバスとして生まれるといった。一方、ヴェッティウス・ヴァレンスは山羊座とトリバスを結び付ける。

 こうした古代ローマの占星術において、トリバスは男性性を持った女性として扱われていて、彼女達による百合は不適切で卑猥なものとして扱われた。



 一方で、ルキアノスの書いた遊女たちの対話には、楽器弾きの女レアイナがレスボス島でメギッラとデモナッサという女同士の夫婦と一夜を明かした話がある。男のように筋肉をつけたメギッラはまるで男のようにレアイナに口付けして胸を揉んだというが、どんな風に快楽を与えられたかについては秘匿する。

 他にも同書には、彼氏に相手にされずに寂しがっていたイオエッサという女が友人の女ピュティアスと同衾する話もある。こちらはピュティアスが病気で髪を剃っていたために彼氏が勘違いを起こしてしまうという話なので、女同士で繋がるのは一般的に無いと考えられていたのだろう。

 ローマ法は女同士の姦淫に関して何も規定しない。ただ大セネカは架空の犯罪において、妻とトリバードの姦淫を目撃した夫が二人を殺した事件について触れている。


 ペトロニウスのサテュリコンにおいてスキンティラとフォルトゥナータが唇を重ねる描写は、互いの好意というよりも互いの夫への当てつけとして描かれているように見える。二人は夫からの贈り物を自慢し合った後、酒を飲んで酔っ払ってからキスし合うが、やがてスキンティラの夫によってフォルトゥナータが足を引き摺られてしまう。

 そのほかアルテミドロスは夢占いの本で、女同士で絡む夢を見たならば、相手の女の秘密を知ることになると主張した。



 オウィディウスがヘーローイデスでサッポーによる男性の恋人ファオンへの書簡を書いたように、サッポーと言う象徴は古代ローマにおいて必ずしも同性愛を示さない。マルティアリスによる二つの風刺詩もプルタルコスのモラリアも、詩人としてのサッポーを高評価するのみである。

 彼らが1~2世紀の人物であるのに対して、2~3世紀頃の人物であるルキアノスは、サッポーの暮らしていたレスボス島と同性愛を結び付けているし、また3世紀の学者ポンポニウスはサッポーがトリバスと疑われて中傷されていることに触れている。通説によれば4世紀にはナジアンゾスのグレゴリウスがサッポーの詩を焼却したと言われる。

 そのほか紀元前4世紀の女詩人エーリンナがレスボス島と結びつけられたのは、彼女の出身をレスボス島と書いた2世紀の神学者シリアのタティアノスによる。タティアノスはギリシャ人への言葉において、無価値な女の詩人としてサッポーとエリンナの名を並べて挙げた。


 レスボスの女は2世紀から3世紀にかけて同性愛と関連付けられるようになり始めるが、この言葉がレズビアンとして再び現れるのは近世になってからだった。

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