私はあの夏で出来ている
ある夏のこと。私、ひなたは体の弱い祖父と2人暮らし。両親は交通事故でいない。
「ひなた、家の中でゴロゴロしてないで、外で遊んできなさい」
祖父からそう言われて、私はしぶしぶ外に出た。
「暑い……」
まぁこの季節だから仕方がない。それにしても暑い。
「あぁ、そうだひなた。あの森へは近づいてはならんぞ」
祖父が言うには、その森ではよく人がいなくなるらしい。そんなおとぎ話みたいなことがあるものか。私は話半分しか聞かなかった。
近くの川で遊んでいると、森の方が気になった。
「ちょっと行ってみようか」
私はどんどん森の奥へ入っていった。
「おい、お前何をしているんだ」
ふと誰かから声をかけられた。
「誰?」
「ここに何の用で来た」
「ちょっと遊びに来ただけだよ」
「ここは子どもの来るところじゃない。さっさと帰れ」
私に声をかけてきたのは、長身で赤い色の髪をして黒い羽織をした男の人だった。
「私、帰ってもすることがないの。ここで遊んじゃだめ?」
「お前、ここに来るなと言われなかったか?」
「言われたよ? でも、気になったからここへ来たの」
すると、男の人は黙ってしまった。
「……お前、名は? 歳はいくつだ」
「ひなた、7歳」
「なら、ひなた。お前がここに来た時は俺が遊んでやる」
「本当! やったー!」
「そんなに喜ぶことか?」
私が喜んだことに、男の人は首を傾げた。
「うれしいよ。だって、おじいちゃんのところでも私、1人だったようなものだもの」
「そうか……」
「そういえば、お兄さんの名前はなんて言うの?」
「俺の名はキバ」
「じゃぁキバ。これからよろしくね!」
「なれなれしく呼ぶな」
「いいじゃない。他にどう呼べばいいの?」
「キバ様と呼べ」
「絶対嫌だ!」
私がいーっと歯をむき出しにしてすねてみたら、キバはくすっと笑った。
「まぁいい。もうそろそろ日が暮れるから森の出口まで送ろう」
「ありがとう! キバは優しいね」
私がそう言うと、ジロッと睨まれた。あれ? なんかまずいことでも言ったかな。
「ここからなら帰れるだろ。気をつけてな」
「うん、キバもね」
私が振り向けばキバはもういなかった。それから祖父の家に帰った。
「ただいま」
「おかえり、ひなた。今日は何をして遊んだんだい?」
あぁ、いつもの問いかけか。私はうんざりしながら答えた。
「今日は川で遊んだよ」
「そうか」
祖父はそれだけ聞くと、自分の部屋に戻った。私がウソをついてるとも知らないで。
食卓にはご飯が1人分並べられていた。祖父は先に食べたらしい。私はそれを静かに食べる。会話も何もない。楽しくない。これが私の食事だ。
次の日、私は祖父に言われる前に外に出た。さぁ、今日は何して遊ぼうか。急いで森に向かうと、もうキバはそこにいた。
「おや、今日は早いな」
「だって急いで来たんだもん! それよりなんでいつも日陰にいるの? こっちで一緒に遊ぼうよ」
「俺はここでいいんだ。お前は好きに遊んだらいい」
いや、それだと1人で遊んでいるのと変わらないじゃない。
「「これじゃつまらないわ」」
「仕方ないな。おい、ちょっと相手をしてやれ」
キバがそう言うと、何やらいっぱい出てきた。狐やしっぽが2つに分かれた猫、1つ目小僧や小鬼、河童まで出てきた。
「わぁ! これって妖怪っていう子たちだよね!」
「なんだ、怖がらないのか?」
「なんで? だって皆、可愛いもの」
「河童も可愛いに入るのか……」
心なしか河童はうれしそうである。
「よーし! じゃぁ皆で鬼ごっこでもしようよ!」
「おー!」
皆は喜んで私の相手をしてくれた。だから私はさみしくない。この森にいる時が1番楽しかった。
また、日が暮れる頃になると、キバがやってきて、私を森の出口まで送ってくれる。それが日課になっていた。しかし家に帰ると、昼間楽しかった分、さみしさがこみあげてきた。
やがて、月日はたち私は14歳になった。ある日の夜、急にさみしくなり家を飛び出した。向かったのはあの森である。
「夜に行っても皆、話し相手になってくれるかな……」
私は森の奥へどんどん入っていく。でも、全然皆がいる様子はなかった。
「やっぱり寝てるのかな?」
私はまだ奥へと進んでいく。すると、後ろでガサッと音がした。私は笑顔で振り向くと、そこにいたのは大きな体をした鬼だった。
「ぐへへ……人間なんて久しぶりだな。どうやって食べてやろうか」
「ひっ……!」
私はあまりの恐怖に声が出なかった。鬼はよだれを垂らしながらこちらに近づいてきた。
「さぁ、大人しくしていろよ……」
鬼の手が私に伸びてきたところで、目の前を炎が遮った。
「なんだ?!」
鬼が慌てていると、上からキバがおりてきた。
「何をしている……」
「何って、人間を喰おうとしてただけじゃねぇか」
「これは俺の獲物だ。手出しは許さねぇ……」
キバに睨まれた鬼は、何も言えずしぶしぶ森の奥へ姿を消した。私は緊張が解けてその場にへたりこんだ。
「大丈夫か」
キバに聞かれて頷こうとしたが、私は涙があふれてきた。
「どうした? どこか痛いのか」
「違うの……怖かった……初めて妖怪が怖いと思ったの」
私が途切れ途切れに話すのを、キバは静かに聞いていた。
「本当に食べられるかと思ったぁ……」
私が泣き始めたのをキバはそっと抱きしめてくれた。
「ありがとう、キバ……」
ふとキバを見ると、キバにも鬼と同じ角が生えていた。でも、さっきのような恐怖はない。
「俺が怖いか?」
「うぅん……大丈夫。だってキバはキバだもの」
「そうか……しかし、何故夜にここに来た?」
キバは私を抱きしめたまま問いかけてきた。
「私、急にさみしくなってここに来たの」
「ここは夜になると、俺たち妖怪は力が増して活発になるんだ。だから、お前を日が暮れる前に森の外へ送っていたんだ」
「そうだったの……」
私は何も知らなかった。キバの優しさが身に染みて、また涙があふれそうになった。
「さぁ、そろそろ森から出よう。また、襲われたらいかんからな」
「待って! まだ一緒にいたらだめ?」
「わがまま言うな。さっき襲われたばかりだろ」
「大丈夫よ。だってキバがいるんだもの!」
私が笑顔でそう言うと、キバは苦笑いをした。
「しょうがねぇな。あと少しだけだぞ」
「うん!」
そして私たちは何気ない会話を続けたのであった。
しばらくして、キバが私を祖父の家の近くまで連れて行ってくれた。
「もう夜には来るんじゃないぞ」
「わかった。ねぇ、また会える?」
「あぁ、今度は昼間に来たらな」
そして2人は笑いあった。
「おやすみ、キバ」
「あぁ、おやすみ。いい夢を」
そして私は静かに家に入った。祖父はまだ寝ているようだった。
あれからまた月日は流れて私は17歳になった。もうすぐ誕生日が来て18になるのだが、そんな時祖父が倒れた。病気が悪化したらしい。お見舞いに行った時、祖父が弱々しい声で話してきた。
「ひなた……お前はよく森に行っていたな」
私はぎくりとした。ばれていたのか。
「だが、ワシは見て見ぬふりをした。お前に何かあるかもしれないのに、気にしなかった」
ぽつりぽつりと話す祖父の言葉に私は静かに耳を傾けていた。
「あの晩もお前が家から出ていくのを知っていた。そして探しもしなかった。ひなた、すまなかった……さみしい思いをさせたね……」
今更謝られても困るのだが。それでも私はにこっと笑う。
「気にしないで、おじいちゃん。私は何もさみしくなんかないよ」
私がそう言うと、祖父は少し微笑んだ。それが私の見た祖父の最後だった。それから葬式を終えて私は祖父の家に帰ってきた。とうとう私は1人になった。
すると、窓がガタガタと揺れた。窓を開けると、そこにはキバがいた。
「なんで……」
「ここにはもうお前しか気配がなかったからな。大丈夫と思ったからだよ」
「うん……おじいちゃんが亡くなったの」
「そうか……そこでお前に提案なんだが、俺たちの森で一緒に暮らさないか?」
「え?」
「もちろん、人間ではなく俺たち鬼になってもらうんだが……」
キバは少し話しづらそうだった。でも、私は人間界に未練などない。友達もいなければ、両親もいない。唯一の身内であった祖父も亡くなった。私の迷いはなかった。
「いいよ。私もキバと同じになる。そうすれば一緒にいられるんでしょ?」
「あぁ。だが、構わないのか?」
「うん! だって私はキバが大好きだもの!」
そう言って私はキバに抱き着いた。キバは少し戸惑っていたようだったが、少しして抱きしめてくれた。そして、私の首にかみついた。これで私は鬼になる。
あぁ、そういえば今日は私の誕生日だった。そんな日に好きな人と一緒になれるのだから、めでたいことだ。
「あのね、今日は私、誕生日なの」
「それはめでたいことだな。おめでとう、ひなた」
「ありがとう、キバ!」
私はめでたく鬼になり、今もあの森で暮らしている。後悔なんてない。大好きな人と一緒にいられて私は幸せです。
「おーい、ひなた! 何をしてるんだ。早く行くぞ」
「待ってキバ! すぐ行くから!」
今日も私はキバと一緒にいる。こんな日がずっと続きますように。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。