秘密の放課後
夕焼けに染まる教室に、少女がいた。窓の外を見つめる目は満足感に満ち、口は緩やかな弧を描いていた。
「最終下校時刻10分前です。残っている生徒は下校してください」
教室に放送の少し高い声が響く。少女は鞄を持ち上げ、楽しげな顔で教室を後にした。
〜〜〜
次の日、その教室は塵ひとつ無いような爽やかさで生徒たちを迎えた。
「今日もキレイだな」
「それなー」
「このクラスの掃除はすばらしく完璧ってことだな!」
「さすが2年5組!」
どこからともなく笑いが起こる。朝から明るい教室内は、生徒にとって当たり前のことだった。
「はーい、席について〜」
ドアを動かす音と共に、先生が教室に入ってくる。先生のゆるい挨拶が、場を更にゆるい雰囲気にさせた。……少女を除いて。
先生がチラッと少女のほうに目をやると、少女は顔を顰めた。先生は微笑みを返し、何も無かったように生徒たちを見渡した。
「皆さん、おはようございます。今日はーーー」
先生の話が終わると同時にチャイムが鳴る。
「では、また6時限目に」
そう生徒たちに言い残し、先生は颯爽と教室を去った。
〜〜〜
放課後。
少女は眉間に皺を寄せ、職員室に出向いていた。目の前には朝に目が合った先生がいる。
「たなやん先生、早急に用件を済ませてください」
たなやん先生は苦笑した。
「ふふっ……本人を前にその呼び方でいいんですか?」
先生が思わずと言ったように呟くが、少女は意に介さず本題に入るよう促す。
「先生」
少女の目には隠す気のない怒りが宿っていた。
「おっと…すみません。実は笹原さん主導のお掃除部隊を結成したいと思っていまして」
「は?嫌です」
少女は断る。なかやん先生は少し考えてから、少女にニヤリとした笑みを向けた。
「内申が上がるかもしれませんよ?」
「嫌です」
少女は断る。
「友達が増えるかもしれませんよ?」
「他に要件がないようですので、これにて失礼します」
少女は断った上で職員室を去った。あまりに素早い退室を止めることができず、なかやん先生は苦笑していた。
〜〜〜
少女1人の教室に、雑巾を絞る音が響く。少女はゆっくり、丁寧に掃除をしていた。掃除ができる喜びを隠し切れないのか、目は輝き細められ両端の口角が上がっている。教室の窓から差し込むオレンジ色の光に照らせれ、とても楽しげな表情がよく見えた。
そんな少女をドアの窓からそっと覗いている少年がいた。口を押さえ、驚きに目を見開いている。
「……」
少年は息を呑み、見入ったように笹原をじっと見ている。
少女は不意にドアのほうへ目をやった。少年と少女の視線が絡まる。微笑みに満たされていた顔からは、何も感じ取ることができなくなった。
二人で目を合わせているうちに、少年は目的を思い出した。
「……あの、忘れ物とっていい?」
「どうぞ」
少年は申し訳なさそうに教室へ入り、自分の机の中を漁る。そして、沈黙を誤魔化す様に話題を切り出した。
「えーと、笹原さんだよね?いつも掃除してくれてるの?」
「……。みんなには秘密にして」
「えっ、なんで?」
少年は思わず少女の方を見た。少女は少年と目を合わせ、少し口角を上げる。
「それも秘密」
少年は少女に訝しげな視線を送った。
少女は視線に気がついていないように目を逸らし、掃除を再開した。
「……まぁ、いっか。じゃ、またね、笹原さん」
少年はひらひらと手を振って教室から出て行く。少女は何も言わずその背中を見送っていた。
しばらくして、少女は顎に手を当て思考を巡らせ始めた。
「……あの人、なんて名前だっけ」
少女はそれほど気にすることでもないと、止まっていた手を動かした。
教室を出た少年は、教室からは死角になっている階段に腰を下ろしていた。少年の頬が、薄ら色づいている。
「まじか、俺は……」
少年は茶髪の髪を揺らし、唸っていた。
〜〜〜
次の日、少女は朝一番に登校した。いつもはクラス1番くらいだが、今日は学校1番の早さだ。そんな彼女の無駄に早い登校を不思議に思う教師たちがいた。今朝もそのうちの1人が少女に疑問を投げかける。
「君、いつも早いけど今日は一段と早い登校だね。どうしたの?」
少女は教師の声に不快感を丸出しにして振り返る。その凄みが利いた表情と少女とは思えぬ威圧感に、教師はたじろいだ。
「登校時刻が早いことに、理由は必要でしょうか」
さらに威圧感が増し、教師は一歩後ずさる。
「い、いや。でも、その、家が嫌だったりする人もいるだろう?もしそうだったらーー」
「私はそのようなことはありませんので。それでは」
少女が強引に会話を切り、教室に向かっていった。会話を切られた教師は半泣きになり、周りの教師から慰められ
ていた。
〜〜〜
教室に着いた少女は自分の席に座り、外を眺める。走り込みをする陸上部、リズムを刻むその掛け声。そんな青春をひっそりと眺め、少女はニヤリと口角を上げる。
そして、ふいに校門へ目を向けた。昨日見た少年が登校してきている。
「あ」
二人の目が合う。かなりの距離があるが、しっかりとお互いを見ていた。少年が軽く手を振り、少女も軽いおじきを返す。
遅い今日が始まった。
読んでいただきありがとうございます!
彼らのこの後の話はまだ考えていませんが、気が向いたら投稿する予定です!
きっと、少年が少女を振り向かせようと奮闘するのでしょう…。(*^^*)頑張れ、少年!