早すぎる邂逅
先程まで居た部屋は階段のすぐ近くだったため、部屋を出てすぐに階段を降り始める。
…さて、どうやってミラを誘うか…
今日初めて会った人間をうまく誘える程器用ではない事は自覚していた。そもそも、それ程の器用さがあるなら年齢的にも前世では結婚していてもおかしくなかっただろう。
「きゃっ」
「おっと」
そんなことに思考を奪われていたせいか、下から走ってくる人物に注意がいかず階段の中程でぶつかってしまう。
「すまない…考え事をしていたせいで」
「い、いえ、私も急いでましたから…」
思わず受け止めて抱き合うような形になってしまった人物の事を見ようと視線をやるーー途中、特徴的な耳がピョコピョコと動く。
「あ、トモギさん…」
「ミラだったのか。どうしたんだそんなに急いで?」
「えっと、その…」
ミラは少し困ったような表情をしながら何やら言い淀む。
そんな俺たちの事を下から見ていたのか、グラダルドを見送ったシバタがニヤニヤしながら、
「お、流石若いだけあるな。良かったら部屋を貸そうか?」
なんて言ってくる。
にやけ顔でギルド会館中に聞こえる程の大声で言われたため注目の的になっていることに少し呆れてしまう。
ため息をつきながら俺は、勿論、
「あぁ、是非とも」
お願いした。
「えっ、えぇっ!あ、あと、トモギさんいつまでこの格好で…」
俺の腕に抱かれながらミラは顔から湯気が出るのではないかと思うほどに赤面していた。
耳も今日1番ピョコピョコしていた。
♢♢♢♢♢
シバタが部屋を貸してくれると言っていたが、ミラは「こんな所で落ち着いて話せません!特に今は!」と顔を真っ赤にして言いながら俺を連れてギルド会館から出てしまった。
その際、シバタが「今日の残りの仕事はトモギ君にこの街を案内してあげる事だぞー」と気を利かせてくれた。
ミラは「あ、ありがとうございます…」と少し頬を膨らませながら言っていた。
「お腹、空きません?ちょうどいい時間ですし、どこかで落ち着いてお話しませんか?」
「そうだな…夕飯でも食べながら話すか」
「はい!」
街をぶらぶらしながら話をするつもりでいたが、ミラからそう提案されては断れない。
「私、美味しいお店知ってるんですよっ!」と言いながら俺の手を引いて案内してくれるミラ。
そう、手を引いてくれているのだ。もっと詳しく言うなら、ギルド会館で俺を引っ張って行った時からずっと手を繋いだままなのだ。
…店は遠ければ遠い程よし。
「着きましたよ!」
…あっ。
満面の笑みを浮かべてここです、と指を指す。ちなみにまだ手は繋いだままだ。
「早速入りましょうか…あっ、あっ、その、私ったら…」
そこでようやく自分がずっと俺の手を握っていた事に気付いたらしいミラは慌てて手を離し、激しく動揺する。
「いや、俺もあえて何も言わなかったからな」
「そ、そうですよねっ…え?」
「それより、ここは…宿屋か?」
何か言いたげなミラをよそに、俺は連れて来られた店の看板を見て少し首をかしげる。
この世界の文字は勿論読む事ができる。
そしてこの店の看板に書かれている店名はーー『ラブホテル』
前世の記憶がある俺にとって、とてもストレートかつパンチの効いたその宿屋の名前に流石に少し混乱する。
…そしてどう言うつもりでここへ連れてきたのだろうか。まさかミラは思ったよりも…いや確かに静かで落ち着いて話せはするが…
かなり不思議に思っているのが顔に出ていたのか、ミラは深呼吸をしたあと小さな声で「よしっ」と言って俺に説明をしてくれる。
「ここは宿なんですが、一階部分が酒場、二階部分が宿屋になっているお店で、私のお友達が経営しているんですよ」
「一階が盛場に…」
「美味しいお酒も沢山ありますし、なんと言っても私の友達、とっても腕がいいんです!」
「そ、そうか…いや、ミラが言うのなら信じてついて行こう」
「はい!損はさせませんよ?」
笑みを浮かべてそう言うミラの姿が、先程までの印象とは少し違って見える。
…それに…ミラの友達も参加するのか…?いや、ミラは参加せずにそちらが…?
思考が永遠とまとまらずに、再び腕を引かれて店内へ連れ込まれる。
腕を引かれながら入るその姿は、わかるものから見ればもう、それだった。
♢♢♦︎♢♢
結論から言えば店内は盛況な酒場だった。
日本にあった居酒屋と言うよりは、西洋の…西洋を舞台にした異世界モノでありそうな、まさにそんな酒場だった。
「ミラ…ここは?」
「はい?酒場ですよ?」
「酒場、だな」
「少し騒がしいですけど、ご飯を食べた後上の部屋を借りますのでそこでなら落ち着いて話せますし、今日来たばかりで宿をお探しならそのままここに泊まれますよ」
…そこまで考えてくれていたのか…流石はギルド会館の職員だーーいや、恐らくこれはミラの人柄だろう。
そして同時に、ミラはやはりミラだったと先程までの自分の勘違いを深く反省して小さな声で「すまない」と謝る。
ミラは俺の言葉を、宿まで用意してくれてありがとうの意味での「すまない」と捉えたらしく、笑顔で「いえいえ!」と言ってくれる。
その笑顔が今は眩しすぎる。
「入り口のあんたら!そんなとこに突っ立ってちゃ邪魔だよ!…ってミラじゃないか」
「アンナちゃん!」
カウンターから料理を持って出てきた犬のような耳と尻尾が特徴的な紫のポニーテールの獣人がこちらに向かって近づいてくる。
「んん?ほほぅ、遂に男を…わかった。何も言うな何も言うな、二階の1番奥の部屋を使いな」
「待ってアンナちゃん、何か勘違い…」
「皆まで言うな皆まで言うな。ちゃんとわかってる。店の中の奴らは二階には上がらせねぇ。今日の二階は貸切にしといてやるからいくらでも大声だしな」
「だからっ、違うのっ!」
顔を真っ赤にして必死に抗議するミラ。
アンナと呼ばれたタンクトップに短パンのエプロン姿の女性は全く聞く耳を持たず大声で笑いながら料理を持って去っていく。
「ほらよっ、お待ちどう」
「あ?待てこんなもの頼んでねーぞアンナ」
「あぁ?知らねーよ食っとけ」
「おい待てアンナ!それは俺たちが頼んだやつだ!」
「そうだったか?まぁいい。食われる前に取りに来な」
…なんで無茶苦茶な…
だがそんな態度をされているのにも関わらず、客たちは本気怒っているような様子ではなく、むしろそれを楽しんでいるようだった。
「アンナちゃんったらホント相変わらず…」
先程よりも幾分か落ち着いた様子のミラが呆れながらも優しい目をアンナに向けてそう呟く。
「そんなことよりほら、ご飯食べましょ!カウンターでいいですか?」
「あ、あぁ…」
くるりとこちらを向いたミラがそのまま俺の腕を引きカウンターへと連れて行ってくれる。
…恐らく、店に入る時も今もずっと腕を組んでいたのも勘違いの原因だろうな
そんな事を思いながら席に着く直前、再びその状態に気づいたミラが赤面するのは言うまでもなかっただろう。
♢♦︎♢♦︎♢
初めて食べるこの世界の食事は想像よりはるかに美味かった。
酒も少し飲んだが何も言われなかったのでこの世界では今の歳でも大丈夫なようだ。
「満足していただけたようで何よりです」
俺と同様、少量のアルコールの入ったカクテルのようなものを飲んだミラは、少し頰が赤らんでいた。
「あぁ、正直想像以上だった」
「だろうな!私が作ってんだから」
カウンターの奥にある厨房からアンナが出てきて自信に満ちた表情でそう言う。
「料理の腕は相当だな。それに雑なようでしっかりと客のことも見ているんだな」
俺がそう言うのも当然、アンナは先程から厨房から出てきては度々客と戯れ言葉を交わし、楽しませていた。
それでいて、俺やミラ、他にも静かにしていたりそれぞれの話で盛り上がっているグループには迷惑がかからないように気を配っていた。
「アンナちゃんは気配り屋さんなんです」
「やめろやめろそんなわけないだろこんな雑な女が」
「いや、いい奥さんになるんだろうな」
「っ!あーーー調子狂うなっ」
アンナが恥ずかしそうに少し赤く染まった頬を掻く。
「それよりほら、上、使うんだろう」
「あ、うん…で、でもアンナちゃん」
「わかってるって。ミラにはそんな度胸もつもりもないってのは」
「そんな言い方しなくても…」
「それならその度胸、見せてくれるのか?」
調子を取り戻したようにミラをからかいケラケラとアンナが笑う。
ミラもそれをわかっているようで、もーと言いながら軽くアンナを叩く。
微笑ましくもそんな2人を見ながら、ふと最初に疑問に思った事を思い出し、アンナに尋ねる。
「そう言えばここの店名、あれはアンナが考えたものか?」
「ん?あぁ、『ラブホテル』な」
「そう!あれはね、愛しの宿って意味があるんだって!素敵ですよね〜」
お酒が入っていたせいか、アンナと話していたせいか、先程までよりも少しミラの話し方がくだけたものになる。
「ミラはその話し方の方がいいな」
「え…?あっ、すみません!ついアンナちゃんと話してると気が緩んじゃって…」
「いや、俺はそっちの方が好きだぞ」
「あ、えっと……アンナちゃんーん」
「あははは、あんたもいい性格してんね!」
ミラが困ったようにアンナに助けを求めるが、アンナはその手をするりと抜けて俺に笑いかける。
「それより、何か店の名前が引っかかるのかい?」
「珍しい名前ですもんね」
「いや……」
…確かにミラが言った意味でも間違ってはなさそうだが、珍しいということはこの言葉、特に「ホテル」という言葉はこの世界にはないのではーー
そう思い穴だらけの『悠久図書館』で調べてみるもやはり見つからない。
思い至った可能性を確かめるべく、ミラのことをからかっているアンナにもう一つ尋ねる。
「『ラブホテル』って言葉の意味は、知ってるのか?」
「え、それは先程私が言った意味ではーー」
「いや、ミラが教えてくれた方じゃなく、本当の意味だ」
「本当の?」
不思議そうな顔をするミラ。
それとは対照的に、アンナはミラをからかっていた時のような表情ではなく、まるで探しものを見つけたかのような笑みを浮かべて、
「へぇ…なかなか面白い人を連れてきたねミラ。あんた、名前は?」
「トモギ、だ」
「トモギ……?変わった名前だな」
「そうか?あんたの方はあんずさんか?」
「……あぁ、あんずだ」
「あんたとはまた詳しく話したいな」
「アタシもだよ」
俺とアンナのやり取りに全くついていけないでオドオドするミラを尻目に、俺とアンナはニヤリと笑って握手を交わした。
読んでくださりありがとうございます。
寝てしまって思ったよりも遅くなりました…
この続きを早く書きたいと思ったのですが、このまま書くと文字数が多くなりすぎると思ったので、一旦ここまでで投稿しました。
さて、続きを書きますか
おそらく昼までには次話を投稿している思います
この次もよろしくお願いいたします