質疑
受付嬢の獣人"ミナ"さんの名前を"ミラ"に変更しました。
「さて、何か事情があるならまずそこを聞くが…何かあるのかな?」
しばらくの間沈黙の後、口を開いたのはシバタだった。
事情がある、と言えば複雑な事情はあるのだがまさか転生だの女神だの言われても信じてはもらえないだろう。
となると、ここは嘘は言わずに無難に答えるのがいいか…
「いや、特に盗賊のことに関して事情という事情はないが」
「ふむふむなるほど。盗賊に関しては、か」
今のを素直に聞き流してくれるほど、この男も甘いわけではないらしい。伊達にギルド会館の長などやってはいないということか。
「まぁ、今は君の素性やら秘め事を詮索するつもりもないからいいが…だがこの件に関しては隠し事は無しだ」
「あぁ。元々隠すつもりも何もないしな」
「それは良かった。もっとも、嘘をついたところで全てわかるがね」
先程からまるで嘘は簡単に見破れると言わんばかりの発言が多い。
…だが、嘘をつくつもりはないが今後のためにも後で1つ試しておくか…
「シバタ殿…」
「ん?あぁ、そうだな。一問一答形式なら君の方が適任かな」
先程騎士長と呼ばれていた鎧姿のガタイのいい男が一歩前に出てくる。
威圧感のある鋭い目と顔つきは硬いイメージがどうしても取れない。
前世で言うところのヤクザ…いや、強面刑事と言ったところか。赤みの強い短い髪が、刑事というには少し違和感もあるが。
「申し遅れた。私は帝国騎士団団長、グラダルドと言う。シバタ殿に代わって私からいくつか貴殿へ質問をさせて頂くが良いか?」
グラダルドは今も鋭い目でこちらを見てはいるものの、その態度は先程よりも柔らかい。
「答えられる範囲で、だが」
「そうか。では改めて、貴殿が『バンシラの凶弾』頭目及び構成員2名を捕縛した。この点は相違ないな?」
「俺が連れて来た3人の盗賊がその『バンシラの凶弾』と言う組織に所属していたのならそうだろう」
「つまり、貴殿が捕縛した。それで良いのだな」
「あぁ」
…やけに言葉の細部まで気にするな
言い回しの違いはあれど、肯定していることには変わりないがあくまで"俺が捕縛した"と言う事実がはっきりとわかる言い方でないとダメらしい。
もっとも、曖昧に答えられても困るだろうし、聴取としては当然だろう。
俺の確かな肯定を聞くと、続いて、と言いながら次の質問を投げかけてくる。
「この『バンシラの凶弾』頭目及び構成員2名に襲撃を受けた際、貴殿は終始自分ひとりで対応し、これを撃退した。この点も相違ないか?」
「襲われた時も捕縛した後も、この街に来るまで俺以外は誰ひとりとして関わっていない」
先程よりも明確に答えを言うと、グラダルドは1度シバタとミラのいる方を見る。
特に2人とも何かをしたわけではないが、シバタが隣にいるミラの方を向き、ミラが軽く首を縦に降る。
恐らく、俺がミラに報告した内容と違いがないか確認をしたのだろう。
ミラが頷くのを確認したグラダルドが再びこちらを向き、口を開く。
「では次の質問だ。貴殿は過去に『バンシラの凶弾』並びに他の盗賊団、犯罪組織などに所属した、もしくは関わったことはあるか?」
「ない。そもそも犯罪歴はそちらでも確認できるんだろう?」
「犯罪歴は確認できても、直接手を下していない者や少し関わっていた程度の者なら犯罪歴として精霊の鏡には表れないのだ」
「なるほどな…」
「貴殿は精霊の鏡を知らないのか…?」
ギルド会館の受付でミラと話していた時も、ミラが不思議そうにしていたことを思い出す。やはり精霊の鏡を知らないのは不自然なんだろう。
「いや、勿論知っている。名前や年齢、性別に職業や種族、犯罪歴の有無もわかるんだろう」
「他にもわかる事があるが、一般的にはそれくらいだな」
…一般的には…?と言うことは他にも情報を引き出す事ができるのであろうかあの鏡は。それに思いがけないところでまたひとつ『悠久図書館』の穴を見つけてしまったな…
実は思ったよりも万能ではないのかもしれない。と少し失礼な事も考えたが今のままでも十分力になっている。
そしてもうひとつ気になることがあったが…
それを深く考える前にグラダルドが次の質問へと移る。
「貴殿は何か特別な力を持って、そう、例えば精霊術やユニークスキルなど一般的ではない力を持ってして『バンシラの凶弾』を退けた。そう言う解釈をしているがこの点は?」
この質問には少し考えさせられる。
何をもってして一般的だと判断するのか、そして何が精霊術でユニークスキルかもわからない俺は、どう判断していいかがわからない。
…『悠久図書館』で調べた方がいい気もするが…いや、ここはこのままの状態で質問に答える方がいい気がするな。
そう思った俺は一瞬だけ間を空けてその質問に答える。
「その点に関しては誤解があるな。俺は特に特別な力もユニークスキルも使っていない」
「ほぅ?ならば人の持てる力を持ってしてあの者らを退けた、と」
「あぁ。そういうことだと」
俺は種族的にも人間であるし人の持てる力であの盗賊たちを撃退したのは事実であるためそう答える。
「そうか……貴殿の職業はなんだ」
「?おかしな事を聞くな。俺の職業は精霊の鏡で見たはずだが?」
「いや、名前なんかと違って職業やスキルに関しては精霊の鏡の持ち主であると認められた国の長にしか見ることができない」
「それは初耳だな」
いや、言われてみればミラが階級が上の人しか見れない情報があると言っていたな…まさか国王にしか見られないとまでは思わなかったが。
そしてスキルに関しても国王なら見ることができると言う点も俺は聞き逃さなかった。
「それは仕方ない。これは基本的にはギルドの長や上位貴族、力のある者たちしか知らない事だからな」
少し鼻に付く言い方をするグラダルドだが、本人にそれを意識した様子はない。それがこの国にとっては普通、と言う事だろうか。
…と言うか思ったより『悠久図書館』は穴が多いな。やはり詳しく調べておく必要があるな。
質疑応答の最中ではあるが、俺は今後の方針のひとつを固める。
「話を戻すが、貴殿の職業は?」
この瞬間、俺は『賢者』と言う職業について『悠久図書館』で調べる。穴だらけと言った矢先に頼る事になるとは。
賢者のスキルはどちらも普通ではなさそうなものだった。となると、『賢者』と言う名前からもこの職業が一般的ではない可能性を考えたのだがーー
『賢者』ーー魔法関連職の最上位職。現在この世界で確認されている賢者はおらず、書記にのみ残る伝説上の職業の1つとされている。
俺の危惧は大方予想通りと言ったところだろう。このまま賢者を名乗れば今よりも余計な面倒ごとに巻き込まれかねなかっただろう。
だかしかし、俺はこの世界の他の職業を知らない。
魔法を使える人間や戦闘向きの職業の人間もいるだろうが、正しい職業の名前がわからないのだ。
「どうした。答えられない理由でもあるのか」
先程よりも沈黙が長い俺に対し、グラダルドは少し威圧的な目で牽制をかけてくる。
俺は仕方なくそのまま魔法に関して一か八か調べてみる。
…これだ!
「いや、すまない。適切な表現が思い浮かばなくてな」
「ほう?そんなに変わった職業なのか、貴殿のものは」
「いやーーー」
俺ははっきりとその部分を否定して答える。
「俺は魔法使いだ。ただ、特に秀でた部分がなかったからな…」
「…なるほど。まぁ可もなく不可もなくいい意味で万能である証拠だ」
「ありがとう。そう言って貰えて助かるよ」
『魔法使い』文字通り魔法を使う者全般を指すものだが、一般的にはそれぞれが得意とする魔法毎に『風の』『火の』などをつけることが多いそうだ。ただ、稀にどの才能にも恵まれたわけでも、かと言って他のものより極端に劣るわけでもない平均的な魔法使いが生まれることがあるらしい。
今回はそれに賭けてみたのだが、うまく先程の沈黙もカモフラージュできたようだった。
「それに『バンシラの凶弾』の頭目をも退けるとなれば、一般的な魔法使いよりも優っているのだろう」
「だな。質問はこのくらいで良いか?騎士長殿」
それまで話には入ってこなかったシバタが質疑応答の終わりの頃合いを見て割って入る。
「ありがとうございました、シバタ殿」
「いや、お礼なら彼に」
「そうですな。トモギ、だったな。色々と疑って悪かった 」
「いや、これも仕事だろうから仕方がない」
何事もなく終わったことで俺も少し安堵を覚える。
「あの『バンシラの凶弾』を退ける程の力を持っていながらトモギと言う名前を聞いた事がなかったものでな。つい疑ってしまった」
「ここにいる者たちも皆、同じ思いだった、と言うわけだ。もう誰も君を疑ってはいない」
グラダルドとシバタが笑みを浮かべてそう言う。
…そう言えば賭けという点もあったが試す意味も含めた「魔法使い」発言は指摘されなかったな…
嘘を見抜けるのが事実でも、他の質疑の時や『悠久図書館』のように穴があるのだろうか。
そんなことを考えていると、「そうそう」と言ってシバタが隣にいたミラに声をかける。
「ミラもありがとう」
「い、いえ…あの…」
突然声を掛けられたミラが肩をびくりと震わせて反応するが、何か考え事をしていたのか心ここに在らずと言った返事をする。
「トモギ君には言っていなかったが彼女は『見破り』というユニークスキルを持っていて、彼女の前では嘘がつけないんだ」
…なるほど…
ここでようやく彼女がここに呼ばれた本当の理由と、嘘はつけないことを強調していた理由を知る。
「そうだったのか…付き合ってくれてありがとう。ミラ」
「は、はい…」
ミラは浮かない表情を浮かべて俺の方をチラッとだけ見て目をそらす。
そしてそのままグラダルド、シバタの順に一瞬だけ視線を向け、そして
「わ、私、仕事があるので先に戻っていますね」
と言って急ぎ足で出て行ってしまった。
「彼女は性格が性格でな、人を騙すようなことをするのに向いていないんだ。だから彼女の力は滅多に借りないんだが…」
「今回は事が事でしたからね」
「あぁ。トモギ君もありがとう。また報酬や他の連絡は追ってするとしよう。来たばかりという事だしこの街には暫く居るんだろう?」
「あぁ」
「ならまた近いうちに来るといい。今日はありがとう、もう帰っても大丈夫だ」
そう言ってシバタとグラダルド、そして最後までモブでしかなかった十数名の男女もそのまま部屋から出て行ってしまった。
シバタとグラダルドは、ミラが良心を痛めてあんな態度になったと思っているのだろう。
それも間違ってはいないかもしれない。
だが、俺は最後に見せたミラの反応と、もうひとつ、
「やっぱりあの時ミラが驚いた表情をしていたのは…」
魔法使いを名乗った時、他の面々も多少なりとも驚いてはいたが、ミラだけは少し反応が異なっていた。
それらが指し示す事はーー
「帰りがけにでもミラに声を掛けてみるか」
目的はミラに真相を問うため。
決して来たばかりのこの街をデート気分で案内してもらうためではない。
「あいつらが持ってた金も回収しておいてよかった」
そう独り言ながら、俺も部屋を後にするのだった。
読んでくださりありがとうございます。
4000時でおさまりませんでした…しかもら4444文字。不吉ですね…どこか1文字増やそうかな
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