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報酬とティーカップ

 受付嬢から教えてもらった通りにミラが待つ3階へと向かう俺の事を、すれ違うギルド職員やら関係者やらが皆それぞれ異なる表情で見てくる。



 …先程の受付嬢と言い、今と言い、これは早急に衣服類を整える必要がありそうだ。



 シンプルすぎる己の恰好がどれ程目立っているのかを自覚した俺は今日のこの後の予定について検討する。



「ミラと話をするのであれば、ミラにそのままこの街を案内してもらうのもよさそうだな」



 受付嬢がミラが休みだと言っていたため、今日ミラに街を案内してもらうのも悪くはないだろう。もちろん、彼女の同意があればの話だが。



 そんなことを考えているうちに受付嬢から教えてもらった『応接間』と書かれた部屋を見つける。


 わざわざ応接間なんて名前にしなくても、応接室で十分なのではないだろうか、と思いながら他の部屋より一回り大きな扉をノックをする。



「…はい?」

「来たぞ」

「あっ、トモギさん!お待ちしていました」



 少し扉を開いて顔を覗かせたミラが特徴的なうさ耳をピョコピョコ動かしながら人懐っこい表情で笑う。今日も可愛い。



「どうぞお入りください」



 そう言って扉を大きく開き俺を中へと招き入れるミラ。

 ミラは休みだと言うのに昨日同様、ギルド職員の制服姿に身を包んでいた。


 言われるまま応接間に入ると、



 …これは…確かに応接間、だな



 その部屋の中は応接室と呼ぶには広すぎていて、応接間と呼ぶのが確かに正しいのかもしれない。



 優に100人は余裕で入りそうなほどに中は広く、豪華なシャンデリア風の照明器具が天井を埋め尽くす。室内に点在する椅子やテーブルから装飾品やカーテンまで、どれをとってもそう手が出る値段ではないことが見てわかる。



「すごいですよねこのお部屋。ギルドの中でも1,2番目に綺麗で大きなお部屋なんです」

「…落ち着かなそうだな」

「私もこのお部屋に来るのは年に1回、ギルド全体でパーティーがある時だけなので…この広さと豪華さですし、1人で待ってる間どうにも落ち着かなくて…」



 そう話すミラは確かにそわそわした落ち着かない様子でいる。



「すまない、待たせてしまって」

「い、いえ!ゆっくりできたようで何よりです」



 立ち話もなんですから、と言ってミラが座っていたテーブルの方に案内してくれる。

 席にはティーポットと2つのティーカップが置いてあり、そのうち一つに紅茶が注がれている。


 紅茶の入っていないティーカップが置いてある方へ座ろうとするとミラに引き留められる。



「あ、すみません、カップ片付けますね」

「ん?いや―」

「えっと、そっちが私が座ってた方で、カップも私が使ったものなので……新しいものをお持ちしますね」

「いや、むしろ…」



 このままで大丈夫だ。そう言おうとしたところで脳裏にリリアリアの怒った姿が出てきて、既の所で思い留まる。



「俺は…飲まないからこのままで大丈夫だ」

「そうですか?それなら片づけだけでも」

「いや、待たせてしまって時間も勿体ない。このままでいいだろう」



 強引にミラを座らせて俺もそのまま椅子に座る。



 しかし、こちらがミラの物と言う事は、先ほどまで誰かいたのだろうか。

 そう考えている俺のことを察してか、ミラが口を開く。



「先程まで、グラダルド様がいらっしゃっていたんです。少しの間しかここには居ませんでしたが…」

「あの人は紅茶なんて飲まなさそうだしな」

「あ、いえ。これは3杯飲まれて4杯目を淹れたところで他の騎士の方が呼びに来られて…淹れたばかりの紅茶と来られた騎士の方を何度か交互に見た後、名残惜しそうに出て行かれました。その後すぐにトモギさんがいらしたので片付けが間に合いませんでした」

「そう言う事か…」



 ミラが落ち着かない様子だったのも、あのグラダルドと短い時間とは言え二人きりでいたのも原因ではないだろうか。落ち着こうにも気が休まらないだろう。


 …ましてや、ただでさえ広い部屋にも関わらず今いるのは俺とミラ2人だけだしな


 ミラがこの広さの部屋に1人で居る事に慣れていないせいか、俺たちが座っている席も一番端にある、部屋の中でも装飾品やら植物やらで陰になっている場所だった。



「しかし、どうしてこの部屋なんだ?」

「はぁ、それがシバタさんがこの部屋を使えって仰って…それと他の人が入れないように言い聞かせておくから、とも」

「ふむ、おかしな話だな」

「まぁなんとなく理由はわかるんですけど…」



 そう言いながらミラは俺の方を見て苦笑いする。



「?それはそうと、今日はどうしたんだ?」

「あ、はい。今回の報酬が出ましたのでお渡ししようかと思いまして」

「早かったな。だが、それはミラが俺に持ってくるんじゃだめだったのか?」

「その、大金過ぎて持ち運ぶのも…それに、報酬を受け取った際にサインを頂いてそれをシバタさんに渡さないといけませんでしたから」



 聞けば、ギルド会館に限らず、どのギルドでも報酬の受け渡し時には本人のサインが必要らしく、サインをする特別な紙はそこに掛かれた本人以外がサインをすることも偽造することもできないそうだ。



「御足労をおかけ致しました」と言って頭を下げるミラに、こちらこそ休みの日にわざわざすまないと謝る


 …だがなぜ休みのミラがわざわざ…?


 その疑問を口にはせず、先ほどのやり取りを聞いて思ったことを率直に言う。



「しかし、意外と面倒なんだな」

「そうですね。でもこれのお陰でギルド職員や管理職員の横領だったり、報酬を受け取っていないと言って二重請求する方の防止にも繋がっているんです」



 思ったよりこの世界もしっかりしているな、と思うが、この街が商業大国の首都だったことを思い出し、契約や取引は商人にとっての要でもあるため納得する。



「それで、これがその報酬です」



 何処から取り出したのか、重そうな革袋をドンとテーブルの上に置く。



「私、こんな大金渡すの初めてで緊張しちゃいました」

「これは…やっぱり大金なんだな」



 革袋の中を軽く覗いてみると、そこには白金色や金色、銀色の硬貨が大量に入っている。



「このお金は世界中で共通の筈ですが…薄々わかっていましたがトモギさん、微妙に常識ないですよね」


 一瞬驚いたような表情を見せた後、すぐにクスクスと笑うミラ。



「これが受取証です。ギルド会館長の名前、受け渡しをした職員である私の名前、今回の功績と報酬の金額が書いてあります。その1番下にトモギさんの名前を書いてください」



 そう言って手渡された受取証に目を通す。

 そこにはミラが言う通り、シバタの名前とミラの名前、今回の盗賊をとらえた件とそれに伴う報酬額が書かれている。



 …白金貨2枚、金貨36枚、銀貨50枚。本当に価値がわからん



「あ、一応袋の中の枚数も確認お願い出来すか?サインをした後だと足りなくても請求できませんので…」

「あぁ、そうだな」



 ミラにそう言われ、袋の中の硬貨を机の上に全て出す。



 …いくら価値がわからない俺でも、見た目でなんとなくわかる…ん?



 鮮やかな銀色の硬貨が50枚、金色の硬貨が36枚、少しだが見て違いが分かるほどには黒い銀色の硬貨が2枚。

 金貨は問題ないだろうが、白金貨と銀貨がこれでは逆のような…



「問題、なさそうですね」

「ん?…ミラ、白金貨って言うのは、こっちか?」

「はいっ!白金貨なんて滅多に見ませんが…銀貨と少し似ていますが色と模様で判別できますね!」



 まさかミラが嘘をついているとも思えず少し混乱していると、ふと前世での幼馴染とのやり取りを思い出す。



『プラチナリング…やっぱり高いわね…』

『ん?こっちがプラチナじゃないのか?』

『バカ。そっちはシルバ―リング、銀よ。銀の方が明るい銀色で、プラチナの方が少し暗めの落ち着いた色なの』

『白金色なんて色の名前なのにか?』

『なのに、よ。そんくらい覚えときなさいよ…まったく』



 …そうか、こっちの鮮やかな銀色の方が銀貨で少し暗く見える方が白金貨なのか…これは初見には難しくないか?



 前世の記憶のお陰でようやくそれを理解し、改めて銀貨と白金貨を見比べる。確かにミラの言う通り、白金貨の方が銀貨よりも模様が凝っていて複雑だ。



「そうか…報酬額も問題ないようだし、サインもしてしまうぞ」

「ぜひっ!」



 報酬額に関する憂いもなくなり、サインを書くべくミラからペンを預かり受取証の一番下の欄に記入しようとしてふと思い至る。



 …読めはするが、この字、書けないな…



 この世界に来て言語の壁や文字を読むことに困りはしなかった。


 と言うのも、前もってリリアリアに説明されていた通り、この世界ではすべての言語が自動翻訳されるようで、何処に行っても誰と話しても言語がわからない、と言う問題には直面しないらしいのだ。聞けば聞くほど、ゲームのような世界である。


 しかし、文字を書くとなれば別で、読めはするもののその文字を自分が書くことはできない気がしていた。文字を書くことに関して、リリアリアは何も説明していなかった。



 …試してみるか…



 ペンを握って書類を睨んだまま動かない俺をミラが不思議そうな表情をしているのに気づき、覚悟を決めてカタカナ――ではなく、ローマ字で自分の名前を書く。

 そしてそのままミラに渡すと、ミラは笑顔で、



「はいっ、確かにサイン頂きました!」



 と言って書類を直す。


 どうやら、書いた文字も自動的に翻訳されるらしい。とても助かる仕組みだ。



 無駄に疲れた俺は、ティーポットのお茶を目の前のカップに注ぎ、一気に呷る。



「あっ、それは――」



 途中、その動作に気付いたミラが何かを言おうとしたが、言い終わる前に飲んでしまい、空になったカップをソーサーの上に戻す。

 少し冷めてしまってはいるものの、とても香りがよく美味い。



「わた、しの、で、す……」



 俯きながら顔を赤くして消えそうな声でそう呟くミラ。


 言われた事で一番最初のやり取りを思い出し、一気に飲んでしまったことを後悔した俺が、再びカップに紅茶を注いで飲もうとしたが、それは更に顔を赤くしたミラに全力で阻止された。


読んで下さりありがとうございます

そして予定よりも投稿が遅れて申し訳ありません…



次の話はミラとのデート回!


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