功績に見合わぬ装備と童顔
前回の話はリリアリア視点がメインの話です。
本編にはあまり関わっては来ない蛇足的なものなので、興味のある方は是非どうぞ!
翌朝、少し重い瞼を一旦開き、閉じて二、三度瞬きを繰り返すと体を起こした俺は、まだ覚醒状態には至っていない意識の中でふと考えた。
…それにしても俺はまだまだ知らない事が多いな
それはリリアリアとの会話の中で痛感した事だった。
♢
「そうね、まずは順に説明しましょう」
賢者や悠久図書館に関する疑問を投げかけた俺にリリアリアがそう言って右手の人差し指を前に出す。
「まず、賢者って言うのは2回目に調べた通り、魔法関連職の最上位で特異職のひとつね。そもそも特異職って言うのは『称号』である事が多いの。その称号が与えられる人数は世界や地域・職業によって異なるけど、絶対的に少ないからこそ、その力も強力なのよ」
「王や教皇、あるかは知らんが勇者や魔王なんかも称号だからこそ、特異職なのか」
「えぇそうね。もちろんその2つもあるわよ」
リリアリアの説明は淡々と続いていく。
「賢者の職であれば一般的には魔導師の職を持っていてなおかつ神や前任者から任命されることでなれるわ」
「俺はリリアリアから任命された形なわけか」
「そう言う事。ただ、あの世界で同時期に存在できる賢者は1人までだったの。でも何故か初代を除いて今まで誰1人として賢者が選ばれていないのも不思議なのよね…」
「リリアリアが任命しないからだろう?」
「私はあの世界を管理している神じゃないから手出しができないの。転生したあなただったからできただけよ」
そこでようやく納得がいった。
神であるにもかかわらず俺の容姿や持ち物に関与できなかったリリアリア。
存在はしているものの伝説上でしか残っていない賢者という謎の職業。
「どれもこれもあの世界を管理していたやつのせいか…」
「あー、まぁ、あの男神なら仕方ないわ」
遠い目をしながら思い出したくなさそうな顔をしているので、深くは聞かないでおくことにした。
「それで、『悠久図書館』についてだけど、エラーコードが出たのは単にレベル不足だと思うわ」
「レベル不足?」
「要するに経験値が足りないって事よ」
色々な経験をして経験値を上げていかなければ見れる範囲に制限がある、という事らしい。
「戦闘するのが一番手っ取り早いとは思うけど、そのスキルを沢山使えばスキルの経験値は上がっていくと思うわ」
「それで1回目と2回目で情報が変わっていたのか」
「そういう事。1回目より2回目の方が正確ね」
根本的解決に至ったかはさて置き、抱えていた諸疑問の何割かは軽減されたことは確かだった。
「そうか…ありがとう」
そしてこの邂逅は終わりを。
♢
「改めて考えるとなんだったんだ一体」
若干の憤りを込めた一言を呟く。
記憶を思い返しているうちに意識は覚醒し、自分の未熟ではなく明らかな説明不足ではないだろうかと思い至ったのだ。
しかし、聞きたいことは大抵聞くことができ、湯呑みのお茶も美味しく頂けた事には満足していた。
だがその更に後。
現実に戻ろうとしていた俺に、リリアリアは「美味しいお茶があるのよ」「転生した貴方にとってこんな和風な家は恋しいでしょ?ゆっくりして行っていいのよ」「そうそう、私が来ているこの着物、実はまだ種類があって」などと関係ない話をしてきたため、「次来た時用意してくれ」「まだ1日と経ってないから特に」「来る度に変えてくれると視覚的にも楽しめるな」と言っておいた。
最終的には「まだ私とお話ししましょうよぉ〜」と泣いて縋ってきたが適当に放り投げておいた。
無駄な時間を過ごした気にもなるが、現実ではないのであまり関係はないだろうと言う事にし、自分の気を沈める。
そしてふと考えたのが、女神ともなると1人で寂しいのだろうか、という事。
……ちょくちょく行ってやるか…いや、俺からは行けないのか
「リリアリアから呼ばないと無理か」
自分の意思であちらに行く事はできない。いや、試したわけではないので絶対に出来ないかと言われればわからないことでもある。
「リリアリアって誰?」
独り言のつもりで呟いた言葉に返す声があった。
声の主を探してそちらを向くと、声の主ーーアンナががいつの間にか椅子に座ってこちらを見ていた。
「…どうやって…」
「ここはアタシの店だからな。合鍵ぐらい持ってるって」
背もたれの部分をこちらに向け、その上に肘を置いたアンナがニカニカ笑う。
「滞在者の許可無しにそんな事をしていいのか…」
「トモギとアタシの仲だろう?」
昨日会ったばかりの人間にそんな事を言われるとは思ってもいないが、朝目が覚めて美少女が部屋にいるのは悪い気がしない。
「それでなにさ、昔の女の夢でも見てたのか?」
「いや、そういう訳ではないが…」
「はーん?ふーん、そう」
アンナは少し呆れたような表情をしながら立ち上がり、こちらに近づいて右手を俺の方に突き差し、
「昔の女もいいけど、ミラを泣かせたら承知しないからな」
「だから誤解だって…」
とは言え、転生時に神の部屋を通っていないアンナにリリアリアの事を伝えたとしても信じてもらえるかもわからない。
言い訳がましくなるのも面倒なので説明する事は諦めた。
「それで、どうして俺の部屋にいるんだ?」
「話を逸らしたな…今朝、ギルド会館に行きがけのミラが来て、トモギが起きたらギルド会館に来て欲しいって言ってたからそれを伝えに来たんだよ」
「ミラが…?随分早い出勤だな」
「はぁ?何言ってんだ…もう昼だよ」
そう言われて窓の外を見ると、太陽はすっかり真上に登っていた。
…リリアリアの所にいた時間はそんなに長くなかったはずなんだが…
不思議に思い思考を巡らせていると、背後から近づいてきたアンナが俺の背中を強く叩き、
「ほらほら、寝坊助さんはとっとと準備してミラの元に向かいな」
準備をしろと言った割には準備をする間を与えず、そのまま部屋から引きずり出されてしまった。
♢♦︎
「しっかりやんなよーミラ!」
トモギを宿から追い出したアンナは、ギルド会館でトモギを待つ親友に向けて遠くからエールを送る。
酒場宿屋『ラブホテル』の女主人アンナは実に働き者だった。
朝は日が昇ると同時に起床し、夜は酒場の客が帰っても働いていた。
トモギを見送った今も、トモギの部屋を含め全ての部屋の清掃や夜の仕込みなどやる事は山ほどあった。
従業員は2人いるものの、酒場のスタッフとして雇い夜に営業しか来ないため、それ以外の仕事は全て彼女がしていた。
従業員2人も、アンナの多忙さは知っていたため何度も手伝おうとしたが、子育て中の奥方2人に長い時間の労働はさせられないと拒否しているのが現状であった。
「流石にちょっと、無理をしすぎかね…」
トモギの部屋を掃除している最中襲った目眩に、思わずそう呟く。
ベッドを借りて少しだけ横になることにしたアンナは、前世の記憶と今世の記憶を思い返していた。
前世で宿を経営していた両親の手伝いをしていたアンナはその仕事が嫌で嫌でよく逃げ出していた。
しかし、いざこの世界に来てその事を思い出した時、突然両親のことや宿の仕事が恋しくなった。
1人になったアンナが宿を自分で経営しようとしたのもそんな前世での思い出があったからだ。
「やばいなー…眠くなって…けどもう少しこうしていたいな」
ベットで横になっているうちに眠気が襲ってきたアンナは、ベッドに残るトモギの匂いに名残惜しさを感じて立つことができないでいる。
多忙を極める彼女の仕事ぶりはこの街では有名で、疲れていても決して顔には出さずに頑張る姿や高級宿顔負けの綺麗さと清潔さのある部屋、雑に見えて優しさのある接客も相まってその人気は本人が思いもよらないほどであった。
薄れゆく意識の中、先ほどのトモギとの会話を思い出していたアンナは、ふとある疑問を抱く。
…そう言えば、昔の女って言ってもあの格好、この世界に来たばっかだよな…リリアリアなんて名前、この世界のやつでもない限り…外国人だったのか…
抱いた疑念について深くは考えることができず、そのままアンナは眠りにつくのだった。
♢♢♦︎♢♢
ギルド会館に着くと、そこにミラは居なかった。
…休憩にでも言ってるのか?
「ミラは今は居ないのか?」
とりあえず空いていた受付嬢の元へ行き、ミラのことを尋ねる。
尋ねられた受付嬢はこちらを見ると不思議そうな顔をして、
「ミラ…ですか?彼女は今日はお休みですよ」
「休み…?」
おかしい。
アンナにはミラがギルド会館に来て欲しいと言われたのだが…
「お客様はミラに何用でしょうか?」
不審に思われたのか、少し警戒した様子でこちらに尋ねてくる。
「あぁ、ミラに呼ばれて来たんだが」
「ミラにですか?」
声には出さないようにしていたのか、落ち着いた受付嬢の声は崩さず、しかしその顔はとても怪訝そうに歪めていた。
「失礼ですが…お名前を」
「トモギ、だ」
「……はぁ…」
受付嬢が俺を見る目が不審者を見るような者から、蔑むような憐れむような目に変わる。
「それではご確認のために精霊の鏡に手を」
言われるがままに昨日同様、精霊の鏡に手をかざす。
「ちなみに、トモギ様はあの『バンシラの凶弾』のリーダーとその幹部を捕らえた方ですので、名を語るにはいささか…」
そこまで言い終えたところで精霊の鏡に俺の情報が映ったようで、それを見た受付嬢が先程までの呆れた表情のままで固まる。
「どうかしたのか?」
「………」
固まる。
「おい、どうかしたのか」
「……あっ、す、も、申し訳ありません!」
突然、ギルド会館中に聞こえる程大き声で謝る受付嬢。
「ま、まさかあの『バンシラの凶弾』を討ち取った方がそのような見窄らし…いえ!簡素な格好をされているとは思いもせず…」
……なるほど、そういうことか。
言われてみれば俺の格好はこの世界に来た時の薄手の肌着と長ズボンというシンプル過ぎるものだった。
確かにこの格好では噂の盗賊団の団長を捕らえた人間には見えないだろう。
「そ、それにーー」
俺が無言でいる事を怒ったと勘違いしているのか、受付嬢の言い訳は止まらない。
「まさかこんなにお若い青年だとも…」
そう言えばこの世界の自分は銀髪幼顔であったことを思い出す。
「勘違いくらい誰にでもあるから気にしていない」
「ありがとうございます!それでミラでしたらーー」
「いや、居ないのなら大丈夫だ。また出直す」
一旦帰るために出口の方を向こうとした時、アンナが伝えたミラの伝言を改めて思い出した。
…そう言えば、ミラに呼ばれはしたがミラが用事があるとは言っていなかったか。となると昨日のーー
昨日の事を考えると、用があるのはミラではなく、シバタかグラダルドだろうか。
そこまで考えたところで慌てて引き止めるように受付嬢が叫ぶ。
「い、いえ!ミラはギルド会館の3階にある部屋でトモギ様のことを待たれていますので!」
「…そうか。ならそこに行けばいいんだな」
ミラの言伝に関して考えたのが、ただの考え過ぎだったことを知る。
読んでくださりありがとうございます!
次回もよろしくお願いします!