木の棒の向くまま
…やたらと長い夢を見た気がする。
昔読んだ異世界転生や転移ものでよくある、神様が出てきて転移がどうの能力や職業がどうのこうのって言う。
(まぁ夢なんて目覚めてしまえば忘れるものだ)
今日も布団は蹴飛ばしていたのか、体にかかる布団の重さが感じられない。
昔からの寝相の悪さの結果は気にせず、ぼやけた意識をはっきりさせるために洗面所へ向かう。
今だに重い瞼は開く気配すら見せてはくれない。
生まれた時から数えて30年間住み続け、慣れた家の構造は目を瞑っていてもぼやけた意識の中でも目的地にたどり着けるくらいは把握していた。
洗面所のドアを開けてー
「?ドアノブが…開けっ放しだったか…?」
瞼をこすりながら、いつもはドアノブのあるはずの位置に手が触れなかったことに違和感を覚えて目を開ける。
「あ…?」
ドアノブはない。
もちろん、ドアもない。
開けっ放しになっているわけではなかったが、その先に洗面所があるわけでもない。
というより、
「家が、ない…」
ドアが無ければ壁もない。
洗面所も無ければ家すらない。
そこにあったのは、地平線の先まで広がる草原。
「ここは…どこだ…?」
元々多いと言われているが、今は普段とは関係なく誰でもそう独り言を言ってしまうだろう。
この状況を整理するには、いつものルーティーンで目を覚ますことのできていない自分には難しかった。
♢♢♢♢♢
暫くぼんやりとした意識の中で歩き回った結果、運良く小川を見つけたお陰で意識を覚醒させることができた。
「今の状況を整理してみるか…」
そう言いながら適当な岩の上に座り、周囲の状況を改めて確認する。
先程居た場所から30分は歩いたのが今の場所である。
どの方位を見ても草原でしかなかったため、とりあえず太陽の方角とは逆に進んでみた(眩しかった)結果、木々が生い茂る場所があった。
そこそこ立派な森林だった為引き返して別の方へ進むことを検討したが、水音が聞こえた為水の音につられてついつい入り込んでしまったのが現状である。
「見渡す限りの草原が一転、見渡す限りの森林となってしまったか…」
誰に聞こえているでもなく呟いてしまう独り言は小さい時からの癖である。
「幸い、今日は日曜だから学校はないが…」
そう言う問題でもないか。と続く言葉は声には出さず、自分の置かれた状況の整理を再開する。
「まず、ここが何処だか分からない。時間もわからない。なぜこんな状況になったのかもわからない。そして何故こんな服を着ているのかもわからない。なにより…」
そう言って見覚えのない衣服を確認しながら、もう一度川の方へ歩き、そこに映る自分の顔を見て、
「これは誰だ?」
明らかに自分の顔がある位置に浮かぶ見知らぬ顔。
実年齢的にも自分は30歳とは思えない程若いとはよく言われていた。しかし、その川面に映る顔は若いとかそう言う次元ではない。
別人。知らない。
端正な顔立ちはしているものの幼さが少し残った感じは青年と呼ぶのにふさわしいだろう。
そして何より自分の髪はこんなに太陽の色を反射するような色ではなかったはずであった。
「よもや銀髪の青年と入れ替わったのか…?」
そんな超常的な現象が起こることなどにわかには信じ難いが、今のこの現状が夢ではない事も分かっているのでそれが現実として起こっているのだろう。
「世の中にはまだまだ不思議な事があるんだな…」
何一つ解決したわけではないが、自分の中の知的好奇心がくすぐられただけであるが、自分が知らない事実がそこに現象とした起きているその事実に、俺は深く満足していた。
♢♢♦︎♢♢
何もしていなくとも腹は空くものである。
この言葉に続いて「働かざる者食うべからず」と言うのが俺の母の口癖だった。
その言葉の通り、今も行動してみた結果が、
「これは…食べられるのだろか」
目の前に並ぶ様々な果実達である。
幸いなことに、それほど遠くない場所の木々に様々な果実が実っており、こうして入手することはできた。できたのだが…
「見たことないなこれは」
見た事がない。それもひとつではなく、目の前にある数種類の果実全てが、である。
「まぁ食わなければ死ぬし、食って死んでも一緒か」
見た目や態度に反して豪快な性格をしていると言ってきた同僚の言葉が何故か頭に浮かんだ。
♢
意外に美味しい果実を平らげた後、自分の次の行動を決めるべく手にしたもの、それは…
「割と手頃で良い」
と言う理由で選ばれた木。正確には木の枝である。
それを投げて倒れた方に進む。
古典的でなおかつ危険な運要素を強く含む方法をなぜとったかと言うと、
「やっぱり川に沿って歩いたとしても人が住んでいるかはわからないからな」
川に沿って進めば人が住んでいると言う話は有名ではある。
だかしかし、その先が果たして本当に人が住んであるかと言われれば疑問も多く、山にたどり着くかも海にたどり着くかも途絶えているかもわからない。
もっとも、川に沿って歩くのが一番迷わずにそして闇雲に動くよりも人と会う確率が高いわけだが。
「ここに来るまで道らしいものなかった…だが、このまま日が暮れるのを待っていても仕方ないしな」
そう言いながら自分の今後の命運を分ける賭けに出るべく、木の枝を天高く投げーそして地面に刺さった。
手に馴染む木の枝を選んだ結果、川の近くで緩んだ地面に見事に刺さってしまったのだ。
「上…も下も行けないか…となると」
行き先が上でもなく下でもなく、かと言って木の枝が指し示した道はそれ以外にはなく。
「なるほど、そう言うことか」
1人納得したように呟き、そして先程までの発言を全て撤回して…その場に寝た。
♢♦︎♢♦︎♢
「ねえ待ってどうしてそうなるの!」
若い女性の声がして目を覚ますと、そこは先程までいた場所とは異なり和風な家だった。
そして何故か寝っ転がったはずなのに、卓袱台の前に腰を下ろしている。
「……?」
目の前に置かれた僅かに湯気が立つ湯のみを手に取りお茶を啜る。
「おっ、これは美味いな」
「でしょ!やっとの思いで手に入れたのよその茶葉」
「日本人の心たる旨味が感じられる」
「!!そう!その旨味がわかる人間がいてくれて私は嬉しいわ〜」
ズゾゾゾゾ…
「「ふぅ」」
お茶を啜りながら二人してほっこりする。
「じゃないわよ!」
と、突然目の前に座る女性が声を荒げる。
和風な家の作りに合わせた着物姿に身を包み、しかしながら、淡いピンクの髪を一部編み込んだ髪と日本人離れしている顔立ちはどう見ても浮いてしまっている。
だが、
「似合っているなその着物」
「でしょでしょ!周りには不評だったんだけど私的にはー…だーかーら」
着物姿を褒められて髪と同じようにほおを染めながらクネクネしていたかと思えばいきなりこちらを睨んで、
「そう言う話じゃないのよわかってるでしょ!」
「?」
「なんで異世界転生して色々力持ってるのに全然進まないのよトモギ!」
あぁ、これは今日見た夢の続きらしかった。
読んでいただきありがとうございます。
続きはすぐに更新します!