4話 ~持ちつ、持たれつ~
「あ、あれは……なんだ?」
不時着した飛空艇から這い出た乗組員たちは遥か上空を見上げた。
そこにはこの世のものとはとても思えないほどに煌びやかな星空が広がっていた。
しかし、それ以上に彼らの視線を惹きつける現象が起きていた。
――マナ覚醒――
それは、ある1つの生物的個体が最大魔力値の限界を突破して更なる飛躍を遂げること。
しかし、そうそう起こりうるものではない。
発生条件はいくつかある。
1つは、高い魔力を保有する者にその個体の最大魔力値以上の魔力を送り込まれ、それに耐えきった場合。ただ、耐えきれなかった場合、文字通り、精神が崩壊する。空っぽの個体になる。
もう1つは、魔力値の高い魔物などに取り憑かれた時。原理としては、魔力の保管場所すなわち【マナ】が、その個体から魔物に移されるからだ。この場合も自我を失って暴走。挙句の果てには、個体の身体が古くなったり耐えきれなくなると死に至る。要は寄生虫のようなものだ。
……
……
そしてこれが最強で最厄の方法。
自分より魔力値の高い魔物や神、神・幻獣を取り込むこと。
2つ目と何が違うかと言うとそれは……
――自ら取り込む
ということと、
――その取り込んだ魔物のなどを多少なりとも制御
するという2つの点。
逆にそれ以外、マナなどは2つ目と何ら変わりない。
完全に制御出来るようになると、2体目を取り込むことが出来る。
そして今まさに、その最強にして最悪の条件が揃ってしまった……
というわけだ。
いやまあ、むしろ喜ぶべき事実なのだろうが……状況が状況だから仕方ない。
――少し前――
「諦められるかぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
その時、自分の脳みそが「いける!」と、そう叫んだ。
その力は脳みそから体の隅々まで行き渡り、神経の1本1本まで、細胞の一つ一つまで力が溢れる。
未だかつて無い衝動に体がついて来ている。心と体が1ミリの誤差もなく連動している。と、そうレイジは感じた。
その感覚は見事に的中した。
最初はただ落下していくだけだったが、だんだんと落下速度は上がっていき、しまいにはソニックブームを起こした。
しかし、レイジは驚かなかった。「そういうことか」と納得したように、落下していくセシルに手を伸ばすとセシルも手をレイジに向けた。
だが、その手と手が触れ合う寸前でレイジの体を紫の光線が襲った。
あまりに一瞬の出来事だったのでセシルも何が起こったのか、全く状況が飲み込めなかった。それ以前に、セシルの脳内と心には助けて欲しいという願望と愛しているという感情だけが渦を巻いていた。
のだが……、紫の光線をまともに食らったレイジの姿がない情景をその瞳に映して数秒で理解すると、あるひとつの感情がセシルを飲み込んだ。そしてとぐろを巻く大蛇のようにきつく締め付けた。
そんな感情とは裏腹に、セシルの体からはおびただしい数の精霊が放出された。しかもただの精霊ではなく、精霊の中でも一際力がある上位精霊を……
何故か。それはやはりセシルが持つ感情が原因だ。
その感情は、『怒り』『憎悪』などである。それを総称して……
―腐の感情―
とそう呼ぶ。
だから心と行動が矛盾しているのだ。腐の感情とはそういうものだ。人の心を貪り、支配し、腐っていく。これこそが人間という生物の最大の弱点なのだ。
そして、魔法や精霊術を使用する上でももっとも大切なことなのだ。
心が乱れると加護を受けている精霊の意思も乱れ、荒れ狂う。仲間の生命はもちろん、自らの生命をも危険に晒すことになりうるのだ。
セシルは魔法使いであり精霊使いでもある。その最大の利点は精霊術と魔法のコンビネーション。今までには、同じ属性同士を掛け合わせたり、どの属性にも効果的なオールマイティな技などを作り上げてきた。
とてもじゃないが常人になせる技ではない。さすがは大賢者だ。
――そんな大賢者でも泣くこともある。
――そんな大賢者でも絶望することもある。
その煌びやかな長い金髪を風になびかせながら風の精霊術を発動し、体の真下への逆噴射でブレーキをかけながら大気中の魔素に精霊を掴まらせて、上空で静止した。
しかし精神的に崩壊しているため、その動きはぎこちなく、上空の突風に煽られて常に不安定な状態にある。
しかしそれでも持ちこたえるところは「さすがは大賢者」と言ったところだろう。
おびただしい数の上位精霊。と言ったが、その容姿にも色々ある。大きな者から小さい者可愛い者から屈強な者。性別こそないが見た目だけはメスからオスまで、もちろんおネエじみた個体もいる。
そんな上位精霊たちには、今のセシルの息が直接かかっている状態であるために、非常に気がたっており凶暴化している。今にもデーモンに襲いかかりそうだ。
ある意味ではデーモンに対しては強くなっているであろうが、どうだろうか……
「……ぃ……ない……さない……許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……許さないッ!!!!!!!!!」
どうやらずっと腐の感情に耐えていた精神力も崩れ落ちたようだ。
ただでさえ神境地への極地派遣のこととレイジとの別れで疲弊していた精神力に、レイジとの再会を果たして安心しきったところに一切の塵も残らずこの世からレイジが消し飛んだこという事実を目の当たりにしたのだ。この感情の落差からはどうやっても這い上がることは出来ない。
まるで……いや、表す言葉が見つからない。これが現実なのだから。
「行け、上位精霊たちよッ……」
これが現実だ。
命令を下された上位精霊たちは川の堰を切ったように総攻撃をかける。
するとセシルは上位精霊たちに命令を下すのと同時に魔法を放ち始める。
「インフェルノショットッ!!!インフェルノショットッ!!!インフェルノショットッ!!!インフェルノショットッ!!!インフェルノショットッ!!!インフェルノショットッ!!!インフェルノショットッ!!!イ ン フ ェ ル ノ シ ョ ッ ト ォ ッ !!!!!!」
だがそれは素人目で見ても下手くそで脳の無い攻撃だった。
上位精霊たちの肉薄攻撃は全て防がれ、セシル自身の放ったインフェルノショットが上位精霊の数のが多過ぎるがために直撃している。
更に敵であるデーモンも防戦一方では留まらず、先程の紫色の光線で上位精霊たちを薙ぎ払うように放ってくる。
もちろん馬鹿みたいに急接近した上位精霊たちは一瞬にしてすっぱりと上半身と下半身に切り分けられる。
まったく……コンビネーションとはよく言ったものだ。コンビネーションもクソもあったもんじゃない。
統率もとらずにただただ肉薄攻撃を仕掛ける上位精霊たちはあっという間に掃討される。
その頃にはセシルの魔力も底を尽き、空中に浮遊しているのがやっとだったが次第にゆっくりと落下し始めた。
そんなセシルはデーモンにとって格好の的。黒と深い紫色のがっしりとした鎧のような体をセシルに向けて狙いを定める。デーモンのおでこからは鋭く尖った若干いびつな形の角が生えており、そこに大気中の魔素とデーモン自身の体内の魔素を集中させる。とても黒くて鈍い光源が発生してだんだんと膨張していく。
「……ごめん、レイジ。……本当は私が守るべきなんだ。私が無力だったばっかりに……」
そしてその膨張が止まった時、目にも止まらぬ早さで……まさに一瞬で、極太の光線がセシルを包み込む。
その時、セシルの可憐な瞳から1滴だけ涙が微かに零れ落ちた。
「ごめ……ん……ね」
その威力は絶大で、風圧だけでも周囲1kmの木々や岩石、自然の遺物などをえぐっていく。
…………
「勝手に人を殺すなよ。それに……俺たちは支え合って生きていくんだよ。……持ちつ、持たれつだ……」