1話 ~告白と逃避~
いつものように朝早く家を出たレイジは、街の中心部にある広場に向かっていた。
というのも、広場の真ん中にはギルドが建っており、それを囲むようにして展開される朝市で朝ごはんの買い出しを済ませるためである。
この街の南東部は海に面しており、その近海を暖かい海流が流れているのだ。だから魚介類は美味しい。
それだけじゃない。反対側の北西部には、大陸の中心から流れてくる大河のおかげで作物は元気に育つ。
ふと視線を舗装された石畳から上げると、1人の女性が目に入った。
レイジが小走りをして彼女に近づいていくと、彼女もレイジに気づいたのかニコリと微笑む。
黒いドレスに身を包んだ彼女の前に着くと、レイジは彼女よりも先に挨拶をする。
「セシル、おはよう」
「おはよう、レイジ」
レイジの挨拶にクールに応えた金髪美女の名はセシル。
レイジより31歳年上。なのに若い女子達となんら変わらない美しさを持っている。
今日も腰下まで伸びた髪の毛先がクルクルと巻かれている。
――手入れが大変だろうな
そんなことを勝手に想像してると、セシルは広場に向かって歩き始めた。
レイジも慌てて追いかけセシルの横に並んで歩く。
「いつも早いな」
するとセシルは何気なく話しかけてくる。
「いえいえ、セシルさんこそ」
地味にブーメラン発言をしたセシルは、「そうだな」と言って微かに笑みを浮かべる。
でも、いつもはこんなに早くはない。
「今日はどうしたんですか?こんなに朝早く」
レイジがそう口にすると、セシルの表情が少し曇った。
「……」
何か困ったことでも起きたのだろうかと思いつつも、口を挟まずにそっとしておく。
しばらくして、セシルが口を開いた。
「極地派遣を命じられた……」
その瞬間、阿部は驚きと困惑に陥った。
しかし、阿部は必死に動揺を抑えて平然と振舞った。
―極地派遣―
それは、ギルドで登録されている正規雇用の上級戦闘員のみが命じられる役目。その主な活動内容は一般人には知らされておらず、かなり過酷なものなのだ。今までにも阿部の知り合いの上級戦闘員が何人も帰らぬ人となった。
つまり、セシルは上級戦闘員なのだ。
しかも大賢者の二つ名を持っており、精霊の加護を受けている。
それがどれだけ凄いことかと言うと……
大賢者は、過去500年で2人しか存在しておらず、精霊の加護を受けられる人間は極めて稀だ。
実際、最上級ダンジョンのボスを倒すという、前人未到の成果をあげている。
そんなんで、もちろん『史上最強』という言葉が当てはまる。
『史上最強』が極地に行けば速攻で始末が終わる。
が、やはり『史上最強』ともなると話は変わってくる。
レイジは横目でセシルを見たが、視線を足元に落とす。
「神境地派遣、ですか……」
是か非かはその沈黙が肯定をしてしまっている。
―神境地―
一見、響はかなりいいように聞こえるが、最上級ダンジョンの何倍も難度が高い極地である。また、その名の通り、敵となるのは神だ。神と言っても鬼神などの凶悪な『はぐれ神』だ。
史上、まだ誰も足を踏み入れたことの無い未開の地。
あまりにもリスクが高すぎる……
しかし、もう一度セシルの顔を見た時には曇りひとつない表情だった……
沈黙を保って歩いていると、朝市の喧騒がだんだんと近づいてきた。
と、セシルが少し先を進んで振り返る。
「じゃ、私はこれで失礼するね」
そう言うと、踵を返してギルドに向かい始める。
「あ、ちょっとセシ……」
レイジが呼び止めようとすると、セシルは振り返らずに、
「出発は明日の朝の《《予定》》だから……」
と言って人ごみの中に姿をくらました。
――まるで逃げるようにして。