勇者の証明
スキッドガルド軍対魔王軍の戦いで助力を求められるヴァルデミリアン。
しかし、彼はそれを断る。
戦士として己を証明すべきとユースミールをたしなめた。
戦局は予想通り魔王軍が優勢となるが、それでも戦いを諦めないユースミールと
レムリアに心を動かされ参戦する。
その圧倒的な戦闘力に魔王軍は血の雨を降らせるのであった。
等価交換としてユースミールの脳細胞から得た情報を元に、この惑星
の歴史(スキッドガルド周辺)を知ることができた。
この地は3つの人間の勢力が存在し、互いに協力しあい生存をしてき
たようだ。
150年前に魔王軍のドラゴンが来た時は滅亡しかけたが、突然現れた
勇者によって滅亡を免れたそうだ。
勇者はその後、3つの領土を均衡化させ末永く平和を保つことを誓わせ
たという。
「あの戦の時、他の勢力は何してたんだ?」
ユースミールは窓辺で遠い目をしながらため息をつく。
「もちろん、我々はヘブロン王とリクイッド王に援軍を要請しました」
「しかし、使者は門前払いを受けたのです」
「なるほどね。昔の約束は反故されているってことか」
レムリアが紅茶を差し出してきた。
「ヴァルデミリアン様、その、言葉がだいぶ聞きやすくなっておりま
すが、勉強されたのですか?」
「ん?ユースミールから脳細胞を少しもらってな。人間の言語を理解
できたわけだ」
「の、脳細胞?」
「心配するな。ユースミールには特に問題ないし、逆に俺はあいつの
左腕を強化してやったんだぞ」
「そうなのですか?」
俺は鉄製のコップをユースミールに投げる。
「左手で握ってみろ」
ユースミールは言われたように左手で握ると、コップは簡単にひしゃげる。
「こ、これは・・・」
「オーク親衛隊の隊長の細胞をお前の左腕再生に利用した」
「お前の左腕の筋力は人間の5倍はある。が、他の筋力やバランスを考え
ないと上手くは使えないだろう。精々鍛えるんだな」
「お、お兄様。凄いですわ!」
「あと、あの隊長の武器もやろう。その筋力なら扱うこともできるよう
になるし、またオーク共が攻めてきても戦力になるだろう」
「ヴァルデミリアン殿、かたじけない」
「それで、この周辺の話に戻りたいんだが」
スキッドガルド、ヘブロン、リクイッドの3カ国は長い間盛んに交流を
重ねていた。
スキッドガルドは3カ国の知恵、ヘブロンは矛、リクイッドは経済と
それぞれの役割を与えられていた。
しかし、直近のヘブロン6世とリクイッド8世はその役割に満足をして
はいなかった。
均衡化したと言っても、歴史上ではスキッドガルドが上でその下にヘブロン
とリクイッドが位置付けされている。
近年、ヘブロンは軍事化がかなり進み、他の2カ国を合わせても太刀打ちで
きないほどとなっている。
リクイッドは日和見主義になり、金によってどちらにもつく有様となっていた。
「あちらさんの言い分はどんな感じだったんだ?」
「ヘブロン王はゴブリンやオークが300程なぞ、自分達がでなくても十分
に倒せるだろうと。逆に倒せなければスキッドガルドは権威を損なうとま
で言ってきました」
「リクイッドは参戦の意志はありましたが、莫大な支援費を要求してきました」
なるほど。均衡は形骸化して今じゃ利害が一致しないと動かないわけだ。
話を聞く中じゃ、ヘブロンが勢力としては一番上のようだな。
「今回の戦の事で3カ国の首脳会議が開かれることに」
「王は病のため、代理として私とレムリアが出ることになりました」
「疲弊した国を吸収する話し合いって感じだな」
「まさにその通りです。現状、我が国の戦力は3カ国で一番下となって
おり、ヘブロンとリクイッドが仮に裏で取引をしていればそのような
絵を描いていても不思議ではありません」
「場所はどこでやる?」
「ヘブロン城にて開かれます」
既に大主気取りか。
スキッドガルドは民こそ無事だが、兵力が著しく低下している。
また魔王軍が襲ってくるかもしれないし、それを機にヘブロンが
寝首掻きにくるかもしれん。
これは面白いことになりそうだ。
「俺もその会議についていこう」
「本当ですか?それは心強い!」
「ただし、出席者としては参加しない。あくまで隠密行動に徹する」
そして会議当日、スキッドガルドからは代理の二人と従者5人がヘブロン
へと出発した。
ヘブロン城の大広間にて3カ国の首脳並びに来賓が顔を揃えていた。
「この度はスキッドガルドが魔王軍と戦い、勇敢な戦果をあげた。これは
非常に我々3カ国同盟を勇気づける事となる」
上座のヘブロン6世は主賓とばかりに音頭を取る。
リクイッド8世もそれにならい頷く。
「お忙しい2カ国の支援がない状況で、我がスキッドガルドは民の犠牲
無しに勝利を収めることができました」
ユースミールの皮肉が主賓に突き刺さる。
「まぁ、そう言うなユースミール殿。あの程度の烏合の衆ならば、貧弱な
スキッドガルド軍でも倒せると見越してこそだぞ?」
「議定書にはいかなる場合でもそれぞれの国に支援をすると記されていま
すが?」
「ヘブロンもリクイッドも、魔王軍に対して万全の対策をしている。いつ
攻められて対応できるように準備はしておる。今回はたまたまスキッドガルド
が攻められたのだ。我々も支援には時間がかかっておったのだ」
「ところで、今回の戦でスキッドガルド軍はだいぶ痛手を負ったと聞く。
その兵力でまた魔王軍、いや人間の蛮族からも襲われたら一溜りもないだ
ろう?」
人間の蛮族=自分達と暗に示している。
「そこでだ、3カ国議定書を見直してはどうだろうか?3カ国をヘブロン
に統一し、それぞれリクイッド地区とスキッドガルド地区として再編成
しようと思う」
ユースミールは眉をしかめる。
これが今回の狙いなのはわかっていた。
弱体化したスキッドガルドの名誉が欲しいヘブロン。
2番手となり経済の利権を成すがままに操るリクイッド。
そしてただ搾取されるだけのスキッドガルド。
魔王軍よりも汚らしく見えるその姿に虫酸が走る。
宴の2時間前
「おい、これを耳に付けていろ」
二人に渡されたのは小型のヘッドセットだ。
「これは・・・なんですか?」
「俺が近くにいなくても、それを耳につけていると俺の声が聞こえる。
またお前達の声も聞こえるようになる」
試しに50mほど離れてもヴァルデミリアンの声が鮮明に聞こえた。
「す、凄い!これもテクノロジーというものなんですね」
「俺が広間で身を隠しながら相手の状況をお前達に伝える」
「誰が味方で誰が敵かわかっていれば出せるカードが変わってくるだろう」
「ありがとうございます。ヴァルデミリアン殿」
再び会議場にて
(ユースミール、ヘブロン6世の隣にいる男は誰だ?)
(あれはバストル将軍です。代々ヘブロン王に仕えている軍人です)
(他の者は心拍数と体温が高いが、あの男だけは平常だ。ヘブロンの
演説に影響されていない)
(彼は義理堅い軍人です。もしかしたら今回の提案に反対している
かもしれません)
(やつを揺さぶれ)
(無理です。あの方は王が白と言えば例え黒でも白と言う人です)
(義理堅い忠犬か。笑えるな)
(我が父とも親交が深く、ヘブロン5世までは互いに支援を行っていました
が、5世の急死後は今のような状況になっているのです)
「皆の衆、休憩を兼ねて食事にしようではないか。我が国の自慢料理をふる
まおう!」
テーブルには各々料理が運ばれる。
まず最初にスープが配膳された。
(レムリア、ユースミール。その液体に手を付けるな)
(なぜですか?)
(毒が混入されている。量から見ると即死ではなく、2~5時間経過して死ぬ
ように調合されているな)
(なんという卑劣なことを・・・)
「ユースミール殿、レムリア殿。手を付けてないように見えるが口に合わない
のかな?せっかく用意した料理を粗末に扱うのはいかがなものかと」
ヘブロン6世はしたり顔で見ている。
「このような場で毒を盛られるとは思いませんでした」
ヘブロン6世は虚を突かれたが、それでも引き下がらない。
「な、何をたわけたことを言う!他の者は口をつけても平気ではないか!」
「それではヘブロン王よ。私のスープと交換していただいてもよいか?」
「ぐ、ぐぬぬ・・」
緊迫した時間の中でバストル将軍が口を開く。
「ユースミール殿があれ程言うのであれば、真偽を確かめねばなりませぬ。
王ではなく私の器と交換しましょう」
周囲がざわめく。
「な、ならん!あのような戯言にお前が付き合う必要はない!」
「このような場で毒などという物騒な騒ぎがあるのはいただけません。
もし、毒などなかったらユースミール殿もお覚悟があると思いますが」
「認めん!そんな戯言は断じて認めん!」
ヘブロン6世は何かを合図する。
柱の上に隠れていた暗殺者がレムリアとユースミール目掛けて毒矢を
吹こうとしていたが、ヴァルデミリアンがハンターディスクを投げ
燃焼する。
死体は落下し、テーブルの肉料理をさらに焼く形となった。
「な、なんだこの者は!」
来賓達が悲鳴をあげながら慄く。
悲鳴と怒号が入り混じり、大広間は混乱する。
「ヘブロン王よ、我々を暗殺する手立てとはどのような事か!」
ユースミールの眼差しにヘブロン王はたじろぐ。
「ユースミール殿、今日はお帰りになられよ」
バストル将軍は二人を大広間から連れ出した。
「バストル将軍、あなたもわかっているでしょう?今のヘブロン王は
正気ではありません」
「わかっています。しかし、私はそれでもヘブロン王に仕える身。王
の盾となりこの国を守るのが役目です」
従者と共に城門から出ようとすると、一人の大男が立ちふさがる。
「ここから先は行かせるわけにはいかんなぁ」
ヘブロン前衛部隊で十人力と言われているモブロス。
身長は2mを超え、数々の戦でその猛者ぶりが聞こえる。
「私が相手をしよう」
ユースミールはモブロスの前に立つ。
「お前のような優男が俺とやるのか?とんだ笑い草だな!」
「モブロス、邪魔をするな!」
「おっと、将軍。これは王直々の命令ですぜ」
「ぐ・・・」
「将軍、ここは私に任せてください」
モブロスとユースミールが対峙する。
「俺はお前のような色男が大嫌いでな。そのキレイな顔をぶっつ
ぶしてやらぁ!」
モブロスは手に持った鉄球を思い切り投げた。
が、その鉄球は左手で簡単に止められている。
「バ、バカな!」
(等価交換どころか、全然不釣り合いな恩恵ですよ。ヴァルデミリアン殿)
ユースミールは微笑むと、鉄球を思い切り投げ返す。
鉄球はモブロスの肩に当たると、肉と骨が粉砕され腕は皮一枚で繋がっていた。
「イデェ!いでええよー!」
モブロスは血溜まりの中でのたうち回る。
「ユースミール殿、もう争いは避けられませぬぞ・・・」
「それは百も承知です。いずれ支配されるならば我が命を賭けましょう」
「バストル将軍。次は戦場にてお会いしましょう」
従者を連れたレムリアとユースミールはスキッドガルドへと走り出した。
「結局は戦になるってことだ」
ヴァルデミリアンは携帯ゲーム機をしながら楽しそうにしている。
「あのような仕打ちを受けてカッとなってしまいましたが、我が兵力と
民のことを考えると間違いだったかもしれません・・・」
「お兄様!そんなことはありません。あのような卑劣な者に頭を下げる
ことは必要ないことです」
「しかし、我が軍は先の戦で8割も減少している。現実的に考えれば
無謀な戦いとなるだろう」
ヴァルデミリアンはドローンでヘブロン国を偵察していた。
「ざっと見たとこ、こっちの軍事力はせいぜい2000。そのうち320は
ユースミール、お前の数値だ」
「お前の左腕は鍛えれば強くなる。が、今はまだ時期尚早だ。あまり役には
立たないだろう」
「あっちは・・・そうだなぁ、7000はあるだろう。惨敗は確定しているな」
「やはり、今から私の首を持って降伏したほうがいいだろうか・・・」
重い空気が3人を包む。
「あのバストル将軍ってのは殺すには惜しいな」
「え?殺す?」
「ん?殺すんだろ?」
「いや、惨敗って先程・・・」
「あぁ、お前達だけならな。スキッドガルドには俺がいるだろう」
レムリアは涙が溢れ出す。
「レムリア、お前は泣き虫だな。戦士なのに恥ずかしいぞ」
「わかっています。でも、自然に涙が・・・」
といっても、スキッドガルドの兵はほとんど使い物にならんし
いても邪魔なんだよな。
どうするか・・・。
その時、スキッドガルドの歴史を思い出す。
「俺にいい考えがある。戦場には俺とユースミールだけで行く」
「え!私も行きます!」
「いや、この作戦はユースミールだけいれば十分だ」
「ヴァルデミリアン殿!私にできることは何でもします」
1週間後、ヘブロン・リクイッド合同軍がスキッドガルド領の手前まで
行軍してきた。
その数8000人を超える。
後方にはヘブロン・リクイッド王をはじめ貴族達が物見遊山でいる。
一方、スキッドガルド軍はユースミールただ一人であった。
「フハハハ!よもや諦めの境地のようだな」
「あの時、素直に毒を盛られていればいいものを・・・」
「いいか、レムリア姫は生け捕りにしろ!ワシの妾にする」
「ヘブロン王、それはずるいですぞ!私にも味あわせてください」
「ワシが飽きたらそなたにやろう」
二人の王は下卑た笑みを浮かべながら楽しそうにしていた。
(ユースミール殿・・・やはりこうなってしまったか)
バストル将軍はただ一人憂いの表情を浮かべていた。
(いいか、ユースミール。お前は堂々としていろ)
(わかりました。しかし、それ以外は何もしなくていいの
ですか?)
(締めの言葉だけ任せる)
「全軍、進めー!」
ラッパの音と共に巨大な人波が押し寄せる。
レムリアは城内でドローンからの映像をスクリーンで見ていた。
「お兄様・・・」
両軍の距離が残り500mとなった時、突如爆音が流れる。
「な、なんだ!?」
ユースミールの頭上に巨人が映し出された。
「なんだアレは!?」
その巨人はドローンから映し出されたホログラムであった。
スキッドガルドの歴史に出ていた勇者アラヴェインを映像化し
それをユースミールに被せるようにして表示させている。
「我が名は勇者アラヴェイン。この地を150年前に平定した者だ」
8000人の兵が動きを止める。
そして後ろに陣取っている王達も見つめるばかりであった。
「我が盟約において、その方ら3カ国は争わず互いに共存すると
記したはずだ」
勇者の声が戦場に響き渡る。
「この盟約を破り、己の利益だけを求める者は誰だ?」
兵士と貴族は一斉にヘブロン王とリクイッド王を見る。
「ひぃ!わ、私は違います!ヘブロン王にそそのかされたのです!」
リクイッド王は土下座をしながらヘブロン王を指差した。
「こ、こやつ、ワシだけの責任にするつもりか!」
「あんなものまやかしだ!弓兵、射抜け!」
弓兵は戸惑っていたが、命令に従い一斉に発射する。
矢はホログラムを突き抜けユースミールの後方に落ちていく。
「やはりまやかしだ!騙されるでない!」
兵もその言葉を信じ、行軍を再開しようとした矢先、勇者の声
が轟く。
「この勇者に楯突く不届き者がわかった。今、天罰を与える!」
勇者のホログラムはヘブロン王を指差す。
「まやかしに何がで・・・」
その瞬間、上空から一筋の光が落ちヘブロン王へと突き刺さる。
そこにはヘブロン王の姿はなく、黒い焦げだけが残っていた。
「よし、狙い通りだったな」
ドローンからプラズマ弾を発射し、ヘブロン王だけを射殺していた。
(ユースミール、後はお前の演説だ。任せたぞ)
「我が名はスキッドガルドのユースミール。勇者アラヴェインの血筋
の者だ。勇者アラヴェインの名においてこの戦を終結させる」
合同軍は目の前の奇跡を目の当たりにし、繊維を喪失している。
「歯向かう者には天罰を下す。しかし、投降する者には慈悲を与える」
兵士達はそれを聞くと武器を地面に落とす。
「スキッドガルドの代表として、ここに宣言する!ヘブロンの新しい
王はバストル将軍を任命する。またリクイッドは両国の預かりとし
後に新しい王を決める」
リクイッド王は絶望したまま取り押さえられた。
そして夜が明けた。
「よくあんな作戦を思いつきましたね」
「歴史を学んだ結果だ」
「しかし、勇者アラヴェインの血筋と言ってよかったのでしょうか?」
「大丈夫だ。あれを目の当たりすれば誰もが信じるだろう」
結局、8000対1の戦で死者一人で終わったのは3カ国において
被害を最小限に抑えることができた。
もしこれが俺が加担することによって相手を皆殺しにしたとしても
問題が山積みとなるだけだ。
これから魔王軍などが押し寄せてきても、3カ国が互いに協力すれば
互角にはなるかもしれない。
俺がそこまで面倒を見る必要もないので、あとは好きにやってくれればいい。
「ヴァルデミリアン様、本当に行ってしまうんですか・・・」
「ここには長居をしすぎた。それにお前達の面倒も見すぎた」
「確かに・・・そうですね」
「この惑星にいて暇な時はまた寄らせてもらう」
「ほ、本当に?」
「ユースミール、その時までに左腕を馴染ませておけよ」
「もちろんです。その時は手合わせ願います。」
「またな」
俺は光学迷彩をオンにするとポルト号へと戻った。
「本当はついていきたいのだろう?」
「お兄様・・・・」
「わがままを言ってもいいのだぞ」
「私は・・・今度またヴァルデミリアン様と会う時までにこの
泣き虫を直しておきます」