デミトリウスの確信
城の中庭は静まり返っていた。
血の匂いはすでに消えている。
消えた、というより――最初から“存在していなかった”かのようだった。
デミトリウスは崩れた石壁に腰を下ろし、ワインを傾ける。
「……やはり、だ」
独り言だった。
だが、その声はどこか楽しげだった。
ヴァルデミリアンは少し離れた場所で装備の点検をしている。
戦闘後のいつもの動作。
勝ったかどうかではなく、次に備えるための動き。
「なあ」
ヴァルデミリアンが顔を上げる。
「さっきの連中だが……妙だったな」
「妙、とは?」
「強さだ。
あの動き、あの連携……
ただの雑魚じゃない。
なのに、倒した後の“手応え”が薄い」
デミトリウスは口角を上げた。
「それは当然だよ。
彼らは結果になる前の存在だった」
「……?」
「勇者“だったかもしれない”者たちだ」
ヴァルデミリアンは黙る。
少し考え、言葉を選ぶ。
「つまり、未来の話か?」
「正確には未来“になるはずだった存在”だ」
デミトリウスは城の天井を見上げる。
崩れた天井の向こうに、夜空が覗いている。
「この惑星はね、面白い仕組みをしている」
「また始まったな」
「聞いてくれ。
世界は常に可能性を計算している。
誰が英雄になり得るか、
誰が災厄を止めるか、
どこまでなら許容できるか」
ワインを一口。
「この惑星はP.E.Iという指標に制御されている」
「P.E.I?」
P.E.I.(Planetary Existence Index)とは
(惑星存在指数)
この惑星において、どれだけ「惑星に干渉できる存在か」
これは
•強さ
•背景
•影響力
•契約
•運命
をすべて含んだ指標で、ヴァルデミリアンか見ていた数値と一致する。P.E.Iが高いほど惑星に適応でき、歴史に組み込まれる。
デミトリウスはヴァルデミリアンを見る。
「貴公は、その計算に含まれていない」
「……」
「今日、確信に近づいた」
デミトリウスは地面に落ちていた、砕けた剣の欠片を拾い上げる。
「彼らはね、このまま進めばいずれ世界に必要とされる英雄になっていたかもしれない」
「だが?」
「貴公と遭遇した瞬間、その可能性は刈り取られた」
剣片は、手の中で砂のように崩れ落ちた。
「倒されたから、ではない。
存在そのものが、惑星の計算式から消えた」
ヴァルデミリアンは眉をひそめる。
「つまり……」
「惑星は、彼らを“使う前に失った”」
沈黙。
風が城を抜ける音だけが響く。
「面白いのは、ここからだ」
デミトリウスは立ち上がる。
「通常、英雄候補が死ねば、代替案が生まれる。
別の英雄、別の勇者、別の物語だ」
「だが今回は違う」
「“空白”が生じた」
ヴァルデミリアンがゆっくりと問い返す。
「……その空白は、埋まらないのか?」
「今のところ、兆候はない」
デミトリウスは楽しそうに笑った。
「仮説①
貴公が倒した存在は、
単なる個体ではなく“系譜”ごと消えている」
「仮説②
惑星はその損失を認識しているが、修正できない」
「仮説③――」
一瞬、言葉を切る。
「惑星の意志よりも、貴公の存在の方が強く干渉している」
ヴァルデミリアンはしばらく黙っていたが、やがて言った。
「それは、いいことなのか?」
デミトリウスは即答しなかった。
「……さあね」
少し間を置き、続ける。
「少なくとも、私にとっては非常に興味深い」
そして、静かに告げた。
「仮説④
この惑星は貴公を排除できていない」
「だから観測を続ける。
魔物や英雄を新たに用意し、それでも止まらなければ…」
デミトリウスは、にやりと笑う。
「おそらく、P.E.Iが低い存在を殺した場合、惑星には悪い影響が出るがそれは自然災害と同じだ。例えば貴公が殺したパルノア兵42000人など。」
「だが、今回のようなP.E.Iが高い存在を殺した場合、惑星は同じ存在を再構築ができなくなる。できたとしても、劣化版だろう。」
「それってこの惑星にとっては良くないことだろ?」
「そうだ。私が見ていた長い歴史はバランスを望んでいた。以前話したように勢力の拮抗を生んでいたが、貴公の出現によりそれができなくなっている」
「俺はウィルスかよ」
「ベルトラン達を倒したことによって、あるべき未来が改変された。それは救われる人々が救われなくなった可能性もある。そして、この地域では彼らほどの戦力は生まれなくなる」
「おいおい、俺は迷惑な存在なのか」
「そうではない。貴公の存在によって救われる人々もいる。現にリューンは魔族からもパルノアからも救われた。あれもまた歴史の改変だ。」
「ただ、この惑星にとって貴公は善悪の区別がつかない存在だ。魔王軍も倒すし勇者候補も倒してる」
「おい、それって…」
デミトリウスがほくそ笑む。
「そうさ、我々は似ているのだ」
ヴァルデミリアンは溜息をついた。
「……面倒な惑星だな」
「同感だよ。だが、貴公が来てから退屈はしなくなった」
夜空に、雲が流れる。
デミトリウスの頭の中では、
仮説が一つ、確信へと変わりつつあった。




