持たざるもの
圧倒的な強さでアダメスス朝ペルノアを制したヴァルデミリアン。
次の目的は北の大国ボルトレスに向かい、王であるサムディーン
と戦うことを決意する。
アダメスス朝ペルノアを下したヴァルデミリアンは
ボルトレスへ向かう準備をしていた。
「本当に行く気かい?」
伯爵が尋ねる。
「サムディーンを倒せば何か変わるかもしれない。
戦利品を取って故郷に帰るチャンスだ」
伯爵はため息をつくと、子供をあやすように語り
始めた。
サムディーンは伝説の勇者パーティの中で唯一の人間だった。
これの意味はとてつもないことを現す。
他の者はハイエルフや魔族とのハーフなど、人間と比べて
強靭で強力な能力を持つ。
ではなぜ人間の彼がそのパーティにいたのか。
生まれは定かではなく、決して高貴の身ではなかった。
そんな彼の名が広まったのは、ある国を悩ませていた
人食いトロールを退治したことだった。
その醜く薄汚いトロールは毒のブレスを吐き、強力な
再生能力によってダメージを与えられないとされていた。
何百人もの騎士や傭兵が退治に出向いたが、全員が骨
となっていた。
そんな化け物に人間のサムディーンがなぜ勝てたのか。
それは彼の強い意志が糧となっていた。
心に決めた事は必ず成し遂げる。
言うのは簡単だが実行は難しい。
しかし、サムディーンはどんなに時間がかかろうと
鋼の意志で必ずやり遂げる男だったのだ。
人食いトロールに対しても、何十回も立ち向かい自分の
弱点を克服して作戦を練る。
その繰り返しで倒したのであった。
そう、彼は何も持たない状態から始まり、過程で何かを
得ていく。
つまり、成長を止めない人間であった。
いくつもの難敵を倒していったサムディーンは、己の
成長に拍車をかけていった。
やがて彼は少しずつ名が知れていき、多くの諸侯や王は
彼を雇い入れたがった。
しかし、どこにも所属せずただひたすら己を強くするた
めに鍛錬を続けいていた。
人間として頂点に近い強さと相応の装備を手に入れたサ
ムディーンは、ある男と出会う。
今までの経験を全て駆使し、その男と戦うが圧倒的な強さ
の前に土を舐める事なる。
驕っていたわけでもない。
純粋に強さを追求した時間を粉砕されてしまった。
サムディーンは死を願ったが、その男は殺さなかった。
理由を尋ねると、男はこう言い放った。
「もっと強くなってくれ。私の時を止めるために」
以来、サムディーンは魔王を倒した後も鍛錬を重ねている。
その約束を守るために。
「おい、その男ってまさか」
伯爵は口角を上げるとワインを飲み干す。
”緊急事態です。何者かが接近しています”
ポルトのアラートが突如鳴り響く。
「何者ってなんだ?この船に近づいてるのか?」
”どのような手段かはわかりません”
「む、まずいな・・・」
伯爵がつぶやいた時、船内をバラの匂いが広がり始める。
「なんだこの匂いは?」
やがてその匂いは強烈になり、自分達の目の前に集中
する。
「やれやれ、地獄耳だね」
伯爵は困惑すると、目の前に人型のシルエットが現れる。
光を帯びながら輪郭がはっきりと浮かび上がった。
「久しぶりね。デミトリウス」
現れたのはハイエルフの女王ルイツァであった。
「相変わらず美しいね、ルイツァ」
圧倒的な存在感を放つ二人にヴァルデミリアンは少し気負う。
「それがあなたの新しいオモチャ?」
「そうだ。結構気に入ってるよ」
「誰がオモチャだ!」
ルイツァはヴァルデミリアンを一瞥すると、デミトリウスに
を再び見る。
「なぜここに?と言いたそうな顔だけど、アポリッフェの
契約を使えばあなただってすぐわかるわ」
「確かにそうだね。君はこの世界の魔法を熟知している。
強力な契約を使えばすぐバレるだろう」
「長いこと表に出て来なかったあなたが今更何を企んで
いるのかしら?」
伯爵はワインを口にしながら笑みを浮かべる。
「この新しいオモチャが原因?ならあなたに聞かなくても
これに聞けばいいわね」
「さっきから勝手に俺の事をオモチャ扱いして・・・」
ヴァルデミリアンはそう言いかけたが、思考が停止した。
何かに脳を直接触られているような、引きずり出されてる
ような感覚が襲う。
”ヴァルデミリアン、危険です。その場を離れて”
ポルトの音声も虚しく響くだけで、届くわけはなかった。
「そこまでにするんだ、ルイツァ」
伯爵は指を鳴らすとヴァルデミリアンは意識を戻す。
と、同時に得体のしれぬ恐怖感に襲われた。
「な、なんだったんだ今の・・・」
伯爵とはまた違った次元の存在。
全身から汗が吹き出す。
「へー、あなたを結構楽しませたのね」
ルイツァはヴァルデミリアンを初めて意識したかのように見る。
「それに普通の人間だと今ので精神が崩壊するけど、普通じゃ
ないのは戦闘力だけじゃないみたいね」
「何勝手に人の脳みそいじってんだ・・・」
ヴァルデミリアンはスピアを手にする。
が、体は自らの意思とは逆の行動を取り、スピアを手放すと
床にうつ伏せに寝始める。
「な、どうなってんだ!?」
「ヴァルデミリアン、貴公は今自分では動けないよ」
伯爵の優しい声が聞こえる。
「ルイツァの魔法にやられてるのさ」
「これならサムディーンの方がいいじゃない。もっとあなた
を楽しませるでしょ?」
「ヴァルデミリアン、すまない。君の状態を解除することは
できるがイタチごっこになって君を消耗させるだけだ。
今は少し我慢してほしい」
伯爵の言葉を聞いてルイツァは眉を動かす。
「なんでこんな小虫にそんな言葉をかけるの?」
「それよりも私のエリアに土足であがってほしくないんだ
がね」
「そんなこと言っていいの?この小虫の糸を切っても
いいのよ」
二人の間に緊迫した空気が漂う。
”緊急着陸を行います”
ポルト号は山の頂上に着陸した。
「すまないね、ポルト。賢い判断だよ」
「300年ぶりに動いたと思ったら、サムディーンに力を貸し
に行くの?私の願いには一切無視していたくせに」
ルイツァの周辺の空気が淀み始める。
その禍々しさにヴァルデミリアンは気が狂いそうになる。
伯爵はため息をつきながらルイツァを見つめる。
「君は何か勘違いをしているようだ。私の意思でサムディ
ーンに会いに行くのではない。ヴァルデミリアンが行く
のでついていくだけなのだよ」
「この小虫が?サムディーンにさえ会えないわ」
「私もそれは言ってるんだが、本人の意思なのだ」
誤解が解けたようでルイツァの禍々しいオーラが収まった。
それと同時にヴァルデミリアンを支配していた魔法も
解除された。
「そこの小虫、デミトリウスを楽しませるのはいいが、
身の程知らずも大概にせよ」
伯爵はやれやれといった表情をしている。
「愛しい人、ハーデルンはいつでもあなたを待ってるわ」
そう言い残すと、バラの匂いと共にルイツァは姿を消した。
「わかっただろう?あのレベルなんだ、サムディーンも
サイクリスも」
ヴァルデミリアンはしばらく自室にこもると、再びデッキ
に姿を現した。
「もう一度聞く。お前は何者なんだ?」
伯爵は窓から月を眺めている。
美しい満月が全身を照らし、神々しさを醸し出す。
「私にもわからないんだ。それを知るために時を傍観
しているとも言える」
「サムディーンじゃお前を止められないのか?」
「それもわからない。できるかもしれないし、できない
かもしれない。もしできなかったら、私は落胆する
だろうね」
「さっきの女はできないのか?」
「戦いには相性というものがある。魔法で私を止めること
は難しいだろう。まだ物理の方が可能性はあるね」
「お前にしても3人の王にしても、一体なんなんだ?
それだけの力を持っているのになぜ戦わない?」
伯爵は笑みを浮かべると満月を見つめる。
「もしかしたら今求められているのは、このバランス
なのかもしれない。これが崩れる事によって、次の
何かが始まるかもしれないが」
「・・・」
「貴公もわかっただろう。恐怖というものを。それは
弱さではなく強さに繋がるのだ」
圧倒的な存在を目の当たりにしたヴァルデミリアンは
何も言うことができなかった。