経験と成長
伯爵の強さの秘訣を知り、新たな目的を見つけたヴァルデミリアン。
しかし、生かされた代償としてデミトリウス伯爵を旅に同行させることになった。
彼らの旅は新天地へと向かう。
ポルト号はさらに西へと進む。
しばらく山岳が続き、それらが無くなると大きな湖が現れた。
湖畔には中規模の城塞都市があり、ある程度栄えているようだった。
目立たない場所で停泊し、近隣を偵察することに。
「俺は外に出るが、あんたはどうする?」
「私はしばらく船内で暮らすよ。外の様子は貴公の鎧から見える
ようになっているのだろう?」
伯爵はAIとの会話により、プレストルのテクノロジーを理解しは
じめていた。
「わかったよ。あんまり変なことするなよ」
アップデートされたスーツを着ると、ヴァルデミリアンは探索に出る。
夜ともあって森林は静まり返っていた。
光学迷彩をオンにして走り出す。
野生動物の鳴き声が聞こえるが、それ以外目立った様子はない。
(もう少し都市まで近づいてみるか・・・)
ドローンで見ると都市までは約30kmと出ている。
(今回はここまでにするか・・・)
引き返そうとした時、近くで悲鳴が聞こえる。
「た、助けてくれー!」
暇つぶしに悲鳴の方に行くと、人間の死体が散乱していた。
そしてそれをした主が荒ぶった声で唸っている。
顔はライオン、背中に山羊の頭とワシの翼、尾が蛇。
”あの生命体はキメラというものです。何種類かの生命体が一つ
にまとまっているのが特徴です”
数値は550と出ている。
「リハビリには丁度いいか」
光学迷彩を解除し近づくと、キメラが咆哮をあげる。
シミターソードを二刀で構えると、間合いを詰め始める。
キメラはゆっくりと回り込み隙を狙っている。
「闇雲に突っ込んでこないとこを見ると、それなりの知恵
があるんだな」
呼吸が静まった瞬間、キメラがその大きな体で襲いかかってきた。
巨体とは思えないほどの速さで近づくと鋭利な爪で攻撃してくる。
ヴァルデミリアンはそれをスウェイバックでかわす。
通常のライオンならそれで終わるが、相手はキメラともあって
今度は尾の蛇が襲いかかる。
蛇から毒液が発射されるが、ジャンプして回避。
空中にいたところを、山羊の頭が雷を召喚する。
「うお、こいつも無詠唱タイプか?」
雷がヴァルデミリアンに落ちるが、それをスピアで吸収する。
山羊の頭が驚いたような唸り声を出した。
「接近戦、遠距離、中距離と揃ってんのか。そりゃ人間なんか
相手にならんわな」
キメラの攻撃はさらに続く。
爪の連続攻撃と尾の毒、そして山羊の頭による魔法攻撃が波状
となってヴァルデミリアンを襲う。
「こっちもいくぜ!」
ハンターディスクを投げるとキメラは飛んで避けるが、追尾によって
翼に刺さり凍結する。
動きに制約ができたと思った瞬間、凍結が解除される。
「なんだと!?」
耐性が付いてるのか?
それとも何か違う方法で解除したのか?
ライオンが咆哮を上げると金縛り状態となる。
「う!?」
”解除まで残り1.8秒”
その間にも山羊の頭が口をモゴモゴとさせ火の玉を吐く準備にかかる。
「マジかよ」
”状態異常解除されました”
そのアナウンスと共に回転しながら避け、火の玉が周りの木々に当たり爆発する。
ヴァルデミリアンは戦いながらセンサーと自身の反応速度が上がって
いるのに気づく。
伯爵との戦いでAIが攻撃速度に対する感知が上昇していたのだ。
「まぁ、あいつと比べれば全然だよな」
互いに向き合うと、猛ダッシュで接近する。
前足をシミターソードで切り落とし、バランスを崩したところを
プラズマキャノンでライオンの頭を吹き飛ばす。
しかし、まだ山羊と蛇がいるので動きは止まらない。
蛇が毒の霧を吐き出し、距離を取る。
山羊がモゴモゴと口を動かし火の玉を出そうとしたところ、スピア
を投げて射抜くと爆発した。
尾の蛇しか生き残っていないため体が動かずにいる。
蛇は最後まで毒を発射していたが、ハンターディスクが当たると
焼死した。
「ずいぶんとバラエティに富んだやつだったな」
あたりは人間の死体とキメラが残した爪痕として焼け焦げた木が
残っている。
生存者はいないと思っていたが、サーモグラフィーが体温を感知
する。
大人の死体をどけると、そこには子供が泣きながら隠れていた。
「お前しか生き残らなかったのか?」
子供はショックで言葉が出ないが首を縦に振る。
親は殺され、こんな森に残っても獲物にされるだけだろう。
「あの都市に知り合いはいるのか?」
子供はうなずく。
ヴァルデミリアンはため息をつくと、子供を肩に乗せる。
「俺があそこまで連れていってやろう」
その映像を見ていた伯爵が声をかける。
「貴公は本当にお人好しなんだな。一つアドバイスをしよう。
貴公の格好は異質過ぎる。なのでローブを纏ったほうがいい。
そして、そのキメラの死体も運んだ方がいいだろう。ギルド
から賞金が出るかもしれないからね」
「こいつは賞金首かなんかだったのか?」
「そのクラスだと人間社会にとって脅威の対象だ。殺せば
謝礼は出ると思う。それをその子に渡せば良い」
「ご教授ありがとよ」
ローブを纏ったヴァルデミリアンは子供と共に都市へと向かった。
都市の入り口まで着くと、守衛が驚く。
「お、おい。それはキメラか?」
「そうだ。この子供はこいつに親を殺され唯一の生き残りだ。
この都市に知り合いがいるそうだから連れてきた」
「ちょっと待ってろ。隊長を呼ぶ」
しばらく待つと装備が少し違う男が現れた。
「どなたかわからぬが、感謝する。そのキメラには我々はとても
苦しめられていたのだ」
「なんでもいいが、まずこの子供の身寄りを探してくれ。あと
もしこいつが賞金首なら賞金を貰おう」
子供はやがて身寄りが見つかり引き取られていった。
ヴァルデミリアンはギルドに案内をされ、キメラ討伐の賞金と
して5万Gをもらう。
「あぁ、この金だがさっきの子供にやってくれ。これから大変
だろうからな」
「え?全部か?」
「あぁ、その代わりあの子供のために使うよう身寄りに誓約書
を書かせろ」
「わ、わかった」
ヴァルデミリアンはギルドを出ると宿を探す。
ポルト号に戻ってもいいが、近隣の情報は住民から聞いた方が
早いだろう。
ドローンからのマップが映し出され宿の場所を設定する。
途中、薄暗い道に入ると物陰に隠れた人間がサーモグラフィーに
反応する。
そして目の前に3人の盗賊が現れた。
「あんた、賞金を全部寄付したんだってな」
「てことは、もっと金を持ってるってことだ」
人間というのは本当に愚かな生き物だ。
自分達よりもはるかに強いキメラを倒した相手を襲うというのだ。
物陰に6人。そのうち弓を構えてるのが4人。
弱いなりに数で一応陣形を作ってるんだな。
プラズマキャノンは目立つし、ここはハンターディスクで終わらせ
るか。
「金を出した方が身のためだぜ」
ヴァルデミリアンはハンターディスクを両手に持ち投擲の準備
をした。
「待たれよ!お主達。命を粗末に扱うな」
大きな声と共に筋骨隆々な男が現れた。
「げ!マスター・クワイ」
「ワシが止めていなければ、お主達は今頃野良犬の餌だったろう」
「命があるうちに改心せよ」
盗賊たちは一目散に逃げていった。
「旅のお方よ。無益な殺生をしないでくれてありがとう」
スキンヘッドにヒゲを蓄えているが、優しげな風貌をしていた。
「私はマスター・クワイ。この都市でモンクをしている」
”モンクとは素手や杖で戦うことに特化した僧兵で、中には真言という
魔法に似た技能を持つ者もいます”
「そのマスターが俺にいったい何のようだ?」
「お主がこの都市に来てからの話を聞いて興味が湧いたんだ」
「興味?」
「そう、子供をキメラから助けさらに賞金を全て寄付。なかなか
できることじゃない」
「そんな大した事じゃないさ」
ヴァルデミリアンはマスター・クワイをスキャンする。
個体値が600を示している。
(へぇ・・・人間でこんな数値が出るのか)
「あんただって本気出せばあのキメラくらい倒せるだろ」
「倒せるかもしれん。が、無傷ではいられまい。相応の代償を
払うことになるだろう」
「しかし、お主はまったくの無傷だろう?いったい何者なのだ?」
ヴァルデミリアンは無言でいる。
「がははは、申し訳ない。ちと踏み込みすぎたな。せっかくの縁
だし我が僧院にお招きしたいのだが」
考えてみればこの惑星の貨幣をもっておらず、宿にいっても宿泊は
できない状態だったのでマスター・クワイの好意を受けることにした。
案内された僧院は古いが立派な造りで、歴史を感じさせる。
「我々は肉を食べないので、精進料理が合うかどうかだな。しかし
酒は飲んでもいいので幾らでも飲んでくれ!がははは」
テーブルに出された料理は野菜と穀物のみだ。
動物性タンパク質を取らずにあの肉体を作るのは並大抵ではない。
それだけでもマスター・クワイの凄さがにじみ出ていた。
「そうそう、あのキメラをどうやって倒したのか教えてはくれんか?
我々も頭を悩ませていたのだ」
あまり詳しく説明しても面倒なので、テクノロジーの部分は隠して
うまく説明をした。
「なんと!ライオンの頭を潰してもまだ動くのか。やはり、そこは
重要ではなかったのだな・・・」
「我が僧院からも何人か討伐に出たのだが、一人だけしか戻らなかった。
しかも、その者も毒に冒され体の半分は焼けただれていたので
長くはもたなかったのだ」
「あれは人間の手には負えないだろう」
「がははは、おかしなことを申すな。まるで自分は人間ではないとで
も言わんばかりだ」
「もう気づいてるんだろ?」
マスター・クワイは酒をグイっと飲み干す。
そして破顔していた。
「そうだな。お主からは底しれぬ何かを感じていた。だから後をつけて
いたのだ」
「しかし、そのおかげで無駄死にを防げたのは幸運だったわい」
「あんたも純粋に自分の強さを知りたいのか?」
「も?ということは今までにも似たような事が?」
「まぁな。俺は戦う前から相手の強さがだいたいわかる。例外も
あるがな」
「ほほう、千里眼でも持っておるのか」
「その千里眼なんてのはわからんが、たぶん似たようなもんだ」
マスター・クワイはさらに酒を煽るとヴァルデミリアンをまじまじと
見つめた。
「我が流派にも真理として、戦わずに相手を知ることとある。お主は
すでにそれを会得しとるとはたまげたわい」
「それにだ、今のワシがお主に挑んでも勝てんだろ。それくらいワシ
にもわかる」
「あんたみたいな話がわかる人間が多いとこっちも楽なんだがな」
「ふむ。強さを追求すれば自ずと相手の強さを知るわけだ」
相手の強さか・・・。
伯爵の強さを知って自分の中の何かが変わった。
数値だけにこだわるのではなく、戦い方や経験が重要だということ。
時には数値が下の者にだって策略で倒されるかもしれない。
俺にはまだその経験が絶対的に不足している。
その日はマスター・クワイの言葉に夜遅くまで耳を傾けていた。