8. 邂逅 (1)
今回はエリス視点の話になります。タイトルの通り、話が少し続きます。
「私は昔、奏に会ったことがあるんですよ?」
「俺がお前に?」
俺がエリスに会ったことがある?いきなりのことに困惑しながらも、過去の記憶を辿ってみる。でも、どうしたって思い出せない。
「でも四年も前の話ですから。見た目だって今の姿じゃなくて、最初にあった時の姿でしたし。それに会ったのは一回だけ、ですから奏向が覚えてないのも無理ないんです」
四年前。それでも、これだけ綺麗な人なら記憶の片隅には残っていてもおかしくはないはずだが。
「私たち天使には、数年に一度研修がありまして人間界を一月かけて見て回るというものがあるんです」
天使って、やっぱり会社員だろ。
「私は丁度研修先が日本でして、日本の北から南までいろんなところを見ていたのですが」
エリスが俺をまっすぐ見つめる。なんだか優しい、天使のような顔で。
「その時に、この街で奏に出会ったんです」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
まだ肌寒く、けどほんのりとした太陽の暖かさを感じられる。街にある桜の木が白桃色の花を満開にさせている。そんな季節を感じながら、私は今……。
「ここはどこですか〜!?」
完全に道に迷っていた。天使の研修で人間界に降りてから半月ほどがたった。人間界の国の一つ、日本の各地を順調に巡ってきたはずだったのに。右を見ても、左を見ても住宅街が続いている。地図と照らし合わせても、まず現在地がわからない。
「困りました。どうしましょう」
研修を無事終わらせるにはともかく今日泊まる宿まで行かなくてはならない。でも、地図のみでの移動は不可、頼みの綱の支給された電子端末、スマートフォンはあいにくバッテリーが切れて使えない。お金の方はあるものの、旅費は限られているためここで無駄に使うことはできない。
「八方塞がりです!はぁーどうしましょう」
いつのまにか公園の前まで歩いていた。
「とりあえず休憩にしますか」
公園はそんなに広くはないが、ブランコ、ジャングルジム、砂場、バネのついた乗り物など、遊具がそこそこ揃っていた。石でできたベンチに腰を下ろす。
「そういえば、さっき買ったやつが」
お茶を飲もうとカバンを漁ると、先程商店街に寄った時に饅頭を買ったことを思い出した。とりあえず、これを食べてから考えよう。
「わあ、美味しそう!いただきまーす」
その刹那。横から何かが飛びかかってきた。驚いて目を瞑ってしまうと次の瞬間。
「あ!私のお饅頭!」
野良猫だろうか。いつのまにかいた三毛猫が口に饅頭を咥えていた。
「こらー!泥棒猫!」
猫はすぐにどこかへと行ってしまった。道に迷い、饅頭を取られ踏んだり蹴ったりだった。
「あーあ、私のお饅頭……」
ベンチに座ると完全にしょげてしまった。これからどうしよう、もし宿に着かなければ。そんなことが頭をぐるぐる巡っている。
あー、お饅頭食べたかったな。あの甘そうなあんことカリカリ食感の生地。
「……さん?」
かりんとう饅頭?というそうで饅頭の優しい食感とは違いサクッとした新食感。
「おね……さん、……丈夫?」
お値段も少しお高めだったのに。
「うー!食べたかったのに!」
「え!?これを?」
ふと俯いていた顔を上げると目の前には目を丸くした少年が立っていた。手に持っているのは。
「かりんとう饅頭!?」
少年はたじろいでしまう。だが、私の心はもう止まる気配がない。ベンチから立ち上がり、少年に一歩ずつ迫ると。
「そ、それを、一つ私に、くださいな!」
と言い放つ。少年はかなり驚いていたけど、何故か同情の目をして。
「は、はい。どうぞ」
と、念願のかりんとう饅頭を差し出してくれた。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
お礼を何度も言うと。ゆっくりと香りを確かめながら、口の中へ。
「にゃあー!!」
猫が横から飛びついている。でも、もうその手は通用しません!華麗にターンを決めながら後方へと下がる。猫は私のいた位置の空中を舞いながら地面に着地する。
「シャー!!」
「しゃー!!」
猫との対峙の末、どこかへと行ってしまった。勝った!私は今度こそこのかりんとう饅頭を守り抜いた!
先ほどのベンチに座ると饅頭をゆっくりと口に入れる。
「ん!!何ですかこれ!生地がカリカリしててほんのり甘く、それでいて中のあんこと喧嘩をせずに調和を成している!」
夢中で食べ進める。饅頭自体大きくはないためすぐに食べ終わってしまうのだが、通常の五倍の時間をかけて味わいながら食した。
「ふー。ごちそうさまでした」
「ふ、ふふふ、あははははは!」
前にいる少年がお腹を抱えながら笑っていた。食べるのに夢中になっていて忘れていたが、これは貰い物だ。ってあの行動はどう考えても恐喝なのでは!?
「あ、あの!本当にありがとうございました!」
急いでお礼をする。でも、少年はずっと笑っていた。ようやく治ると私にこう言った。
「いいよ別に。あんなに美味しそうに食べる人初めて見たし。それに猫と喧嘩する人も」
顔が熱くなる。無我夢中だったとはいえ、子供の前であんなはしたないことを。穴があったら入りたいぐらいだ。
「お姉さん外人さん?日本語上手だね」
少年が聞いてくる。今の姿はこの国、日本に住む人にとっては珍しい金髪碧眼である。少年は私のことを異国から来た者だと思ったようだ。とりあえず話を合わせておこう。
「は、はい。そうなんです」
「へえー。でも、こんなところで何してるの?」
流石に住宅街の公園で饅頭をせがんだり猫と格闘してれば怪しまれるか。ここは素直に状況を説明した方がいいかな。
「えと、宿に向かってるのですが道に迷ってしまって」
「え!迷子ってこと!?」
まあ、迷子でも間違ってはいないのだが、それだと私がポンコツみたいに聞こえる。
「はい。だいたい合ってます」
「それじゃあ大変だよ!」
少年は自分のことのように心配そうな顔で私を見る。この子、まだ合ったばかりなのに。なんか不思議な子。
「迷って疲れたのでここで休憩を取ってたのですが、買ったお饅頭をさっきの猫に盗られまして。たまたま同じものを持ってたので、ついせがんでしまいました。あ、お饅頭のお金返しますね」
子供にものを貰いっぱなしはいけないと思い、鞄から財布を取り出す。
「いやいいよそんなこと。それよりもお姉さんの方が大変でしょ!」
少年は私の財布を手で鞄に押し返す。この子、本当に優しい子なのかも。私の前で腕を組みながら何かを考えてるみたいだ。
「その宿の名前とかわかる?」
「え、宿の名前ですか。確か、ホテル・ライラでした」
「それって、駅前にある大きいビルみたいなホテルかな?」
「たぶん、駅前にあったはずです!」
今回の研修の宿は全部ビジネスホテルのようなところだった。研修費を出来るだけ安くした結果である。
「そこなら場所わかるよ!」
「ほんとですか!?」
これは降って湧いた幸運だ。この子に案内してもらえれば宿に行くことができる。そこで、ふと疑念が生じた。
「君は公園で誰かと約束とかしてないのですか?」
「あ!そうだった」
子供が公園に来る理由は大抵遊ぶ約束をしているとかだろう。そう思って聞いてみると図星のようだった。これじゃあ、案内は無理かな。
「無理しないでいいですよ。お姉さんだって道さえ教えてもらえればなんとか着けますし」
まあ、その結果がこれなのだが。移動のほとんどはスマホのナビに頼りきっていた。いざそれがなくなってみると人に聞いたり、地図に頼ったりしてみたのだがこの有様だ。でも、この子が私を案内したら友達との約束を破ってしまうかもしれない。流石に、そこまではさせられない。
「で、でも」
「いいからいいから。地図の場所に印をつけてもらえればなんとかなりますから」
そう言って持っていた地図を広げる。
「お姉さん。これ日本地図だよ……」
「へ?」
日本の各地を回るということで全ての地域が網羅されてる地図を持ってきたのだが。よくよくみると細かい地域は詳しくは描かれてない。これじゃ迷うはずだ。
「あ、あはは。大丈夫大丈夫」
苦笑いを浮かべながらも、なんとかやんわりと断ろうとすると少年はため息を一つこぼした。
「行く」
「え?行くって、約束は?」
少年は真っ直ぐな瞳で私を見つめる。
「お姉さんほっとけないし、それにあいつならわかってくれるから」
よっぽど私が頼りなく見えたのか、少年の友達をかなり信頼しているのか。ともかく少年は私を案内してくれるみたいだ。
「本当にいいの?」
少年は元気よく首を縦に振った。
「人が困ってるのにほっとけないし!」
にこりと笑う少年の顔に、私は負けてしまった。
「わかりました。宿までのガイドをお願いします」
「ラジャー!」
元気よく敬礼ポーズをとる少年。いつのまにか、暗かった気持ちが明るくなってる気がする。
「私の名前はエリスです。君の名前は?」
少年へと手を差し出す。少年も手を出して、互いに握手をする。
「俺の名前は奏!」
奏に手を引かれながら、再び住宅街へと歩き出す。これが、私と奏の初めての出会いだった。