27. ひと夏の思い出 (3)
これで間章もおしまいです。いよいよ最終章になります。なんとか年内完結を目標に頑張ります!
活動報告は明日までには更新します。とうとう活動報告まで遅れ……。
追記 2019.10.29 活動報告を更新しました。
「それじゃあ行ってきます」
「はいよ、楽しんでおいでね。エリスちゃん、奏向のことよろしくね」
「はい! 任せてください!」
そう言って家を出ていく。今日は祭り当日。昨日はなんやかんやであのまま一日を過ごすことになった。髪はなんとか無事に解けて一安心だったけど。
利麻とは、祭りの近くの公園で待ち合わせをした。時間は夕方、空はまだまだ橙色で染まっていた。
ほどなくして待ち合わせの公園へと着く。そこには一足先に利麻が待っていた。
「利麻! お待たせしました」
「私も今来たとこだよ、と。二人とも浴衣なんだ!? すごい似合ってるね」
合流した利麻は俺たちの浴衣姿を褒める。対して利麻の服装はというと、夏らしく薄着でありながらも動きやすそうな服装だった。ショートパンツからは、健康そうな足がすらっと露わになっている。
利麻は、浴衣じゃないのか……。なら俺だって普通でよかったのに。
「ありがとうございます!」
「あ、ありがと」
「ほんと、襟澄はスタイルいいからなんでも似合うよね。それに、奏向ちゃんも浴衣姿可愛いしそのヘアピンも似合ってるよ」
エリスは昨日の髪型に何かが足りない、と言い出して今日はワンポイントで花のヘアピンをつけられている。
隣でエリスはニマニマとニヤつきながら、「自分の考えは間違ってなかった」とでも言いたげにうんうんと頷いている。
「と、とりあえず行こ! 早くしないと屋台なくなっちゃうし」
「屋台はなくなったりしませんよ」
褒められた羞恥に耐えきれなくなったからとにかく出発を提案する。このままでは顔から湯気が出てしまいそうだ。
祭り会場はかなり賑わっていた。様々な屋台が立ち並び、子供や大人、はたまたカップルたちが楽しそうに屋台を回っていた。
俺たちはとりあえず一番近い屋台、りんご飴の屋台に寄ることにした。それぞれ一つずつりんご飴を買うと、屋台の脇に行って一口かじる。
「甘いですね!」
「うん。美味しい」
外の飴は思ってたより固かったけど、とても甘い。飴の層が厚いのかなかなかりんごに辿りつかない。
そんな中、利麻が俺のことをじっと見てることに気づいた。
「えーと、どうしたの?」
「そのまま、ちょこっと飴を食べてみて」
「え?」
「いいからいいから」
そう言われて小さい口でりんご飴をちょこっとだけかじる。すると、驚くことに二人の表情が一変した。
「「か、可愛い!!」」
「えっ! えええ!?」
二人はそう言って歓喜の声を上げた。俺の仕草、りんご飴をちょこっとだけ食べる仕草が二人の何かにクリーンヒットしたみたいだ。
俺としては……、嬉しがってる自分と悲しんでる自分とがせめぎ合っているけど。
「やっぱり浴衣とりんご飴って似合うよね」
「そうですね。それでいて何と言っても」
「「小動物みたいな仕草!」」
「あ、あははは……」
二人はなんかよくわからないところで盛り上がっていた。俺はりんご飴を一口、もう一口と食べ進める。
利麻にとっては、今の俺は小動物っぽい感じの女子なのだろう。
ひとしきり食べ終わる頃には二人の会話も落ち着いていた。りんご飴も食べ終わったから別の屋台へと向かう。
「ほら、行きますよ奏向」
「あ、うん」
そうして、再び人の賑わう屋台へと向かおうとする。
「? かなた?」
「はい?」
屋台が立ち並び、人がごった返し列のようになってる中。その中から名前を呼ばれたような気がした。
声が聞こえた方に目を向けるが、人が多く誰が呼んだのかわからない。
「ん? どうしました、行きますよ」
「ああ、うん。今行く」
誰か他の人を呼んでたのかもしれない。同じ名前なんていくらでもいるし。そう思いながらエリスたちの方へと向かう。
「そんなわけ、ないよね」
そんな誰かの声は、人の賑わいによってかき消されていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ここならバッチリ花火が見えると思うよ」
「ほんとですね!」
「穴場ってやつなのかな」
あれから、ひとしきり屋台巡りを楽しんだ。スーパーボールすくいでは、エリスがひとつも取れなかったり、利麻の射的の腕がすごかったり。
ソース煎餅の枚数ルーレットでエリスが大量に煎餅をゲットしたり、かき氷を食べてそれぞれ舌の色が変わってるのを見て笑ったり。
時間もだいぶ経った頃、利麻の提案で俺たちは祭り会場から少し離れたところの神社に行くことにした。
前に祭りに来た時、利麻はそこから花火を見たらしく人もそんなにいないため花火を見るには最高のスポットということだった。
俺たちは最後に焼きそばを購入すると、その神社に向かうことにした。神社は人がまばらにいるものの、周りが開けていてこれなら花火も見ることができるだろう。
「もう少しかな」
利麻はスマホで時間を確認する。スマホの光が利麻を照らし出す。祭り会場の方は屋台の明かりで満ちていた。
そんな光景を見ながら、近くの座れるような段差に三人で並んで座ると買ってきた焼きそばを食べ始める。
時間的にも夕飯時だからか、どうしてもお腹に溜まるものが食べたくなってしまった。それでついつい焼きそばの屋台で買ってしまった。
ほんのりと温かい焼きそばは、ソースの香りや味が食欲をそそる。具沢山の野菜とお肉が入っておりとても美味しかった。
花火が打ち上がるまではもう少し時間がある。利麻が話題を振ってきた。
「二人はもう進路とか決めてる?」
「進路?」
今はまだ高校一年の夏である。流石にまだ将来について考える人は多くはないと思う。
「ほら、進路指導の先生とかが言ってたじゃん。有名大学とかは今から勉強しないとダメだって。だから、二人とも成績良いし進路とかも考えてるのかなって」
そういえば、学年全体の集会でそんな話があったっけ。俺にとっては今の現状の方が重要だったから考えもしなかった。
「特には考えてないかな」
「私もどこ行くかとかは決めてないですよ」
「そうなんだ。やっぱり将来のこととか今から考えるの難しいよね」
「ええ、なかなかこれっていうやりたい事が思いつかないんですよ」
俺は、将来どうなっているんだろう。脳裏を昨日考えてたことが過ぎる。
エリスは言ってた、今の状態は一時的に世界の概念を変えているだけ。俺の人間不信や過去のトラウマの問題が解決したら、全てが元に戻ってしまう。
じゃあ、利麻とは他人になってしまうのか? エリスはどこかへ行ってしまうのか?
その時、俺は誰と一緒にいるんだろう。全てが前に戻る? あいつらとまた一緒にいられる?
今の俺はどっちを望んでいるんだ。初めは人を信じられない、人と接せられない自分が嫌だった。
じゃあ今は? 人とも接せられるようになって、友達もできて、今の暮らしが楽しくて。今が、今の方が大切なのか?
もし、あの時を乗り越えられた時俺は、どうするんだろう。
バーン!
バンバーン!
パンパン!
「うわっ!」
空高くから爆発のような音が響いてくる。考え事にふけっていたせいで、急に発せられた音に驚いてしまう。
「お、始まった始まった」
「わぁ、綺麗ですね!」
二人は立ち上がって夜空を見上げる。雲が一切ない夜空には大きな火の花が咲き乱れていた。
その輝きはとても綺麗で、次々に打ち上げられる花火に目を奪われていた。
花火が放たれ、空高くから爆発を起こすたびに体中に爆音が響き渡り肌を震わせる。その衝撃が、美しさが頭の中を全て塗り替えていく。
「たーまやーー!!」
隣にいるエリスが花火に向かって大声で叫ぶ。利麻と二人してエリスに視線を合わせる。
「こんなに綺麗だと、叫びたくなりませんか?」
いつものように自信満々の表情でそう答える。すると、利麻は両手を口元に当ててメガホンのようにした。
「たーまやーー!」
利麻も花火に向かって叫ぶ。叫び終わった利麻は満足そうな顔をしていた。すると、二人はこちらを向く。二人の視線が刺さる。
…………っ、もう! 二人の視線に耐えきれなくなり、俺も利麻と同じように手を口元に当てる。
「たーまやーー!!!」
勢いのまま叫んだせいか二人よりも声が大きかった。叫び終わって周囲を見ると、神社に来ていた人たちがこっちを、主に俺を見ていた。
は、恥ずかしい……。顔が熱くなっていくのがわかる。でも、気持ちはすっきりとしていた。さっきまでの不安が、絡まっていた考えが全て吹き飛んだみたいだ。
「ふふふ、どうですか?」
エリスが顔を覗いてくる。
「なんか、すっきりした」
「でしょうでしょう、ふふん」
「私も、久しぶりに大声出したから胸がすっとしたよ」
エリスは堂々と胸を張る。そして、再び三人で花火を見る。
本当に、悩んでたこと全てが吹き飛んだようだった。全てが終わったら、それは全部終わった後に考えればいい。
先のことで不安になるよりも、今は前に進みたい、今を楽しんでいたい。
夜空に光る花火を、俺たちはずっと眺めていた。過ぎ去った夏を締めくくるかのように、大きく、大きく、光り輝いていた。




