25. ひと夏の思い出 (1)
というわけでいつも通りの投稿です。今回含め二話ぐらいの小話にするつもりです。かなりいろいろかいつまんでしまいましたが……。続きはなるべく早めに投稿するつもりです。
茹だるような暑さ、騒々しいセミの鳴き声。クラスメイトは皆薄着の夏服を身に纏っている。
利麻の一件からあっという間に一月ほど経った今日。長かった一学期が終わりを迎えようとしていた。
「よーし、お前ら席につけ。今学期最後のホームルームを始めるぞ」
静香先生の声がクラス中に響く。すると、まるで訓練された軍人のように全員すぐに自分の席に戻るのだ。
別に先生が怖いわけではない。ただ、なんとなくみんな従ってしまう。それだけ先生のカリスマ性があるってことなのだろうか。
「というわけで、連絡事項だが……」
先生は夏休みにおける注意事項などを話し始めた。配られたプリントには、健康についてやハメを外すななどのことがびっしり書かれている。
退屈な説明に眠くなりながらも、どうにか起きようと頭を働かせると、ここひと月のことを思い出す。
利麻の一件から変わった事はいくつかあった。まず、利麻の周りとの関係だ。先輩たちのせいで広まっていた利麻の悪い噂がいつのまにか消えていた。
誰かがあの件を知ったのか、はたまた単純に噂が薄れていっただけなのか、利麻はクラスメイトと仲の良い関係を再び築けるようになった。
もともと利麻は気さくな性格だからか、周りに頼られ男女両方に好かれるようになっていった。
先輩たちについては詳しくは知らないが、停学後もあまり派手な行動はしていないみたいだ。
学校でも「先輩たちが何かをした」、という事は噂で広がり周りから距離を置かれるようになったらしい。
そして料研はというと、遅かれ早かれ先輩たちは抜けるはずだったわけで、人数はほぼ俺たちだけだった。
元からいた二年の先輩はあの先輩たちのせいで部活を休んでいたが、利麻の説得で部に顔を出してくれた。
そして、利麻が料理に興味があるクラスメイトを部に迎え入れてなんとか部として成り立つ人数になった。
利麻は部長を二年の先輩に譲ったものの、部のリーダーみたいに引っ張ってる。頑張ってる姿はすごく楽しそうに見える。
俺も変わったことがある。それは周りとの会話が少しできるようになったこと。
今まではエリスが隣にいないとどうしても動揺してしまったり言葉が出なかった。
でも、利麻に本音をぶつけたこと、本心から話をしたことが少しだけ自信に繋がった。
おかげで何気ない話なら話せるようになった。ただ、ガールズトーク?は苦手だ。好きな俳優とか、服や髪型とかのファッションの話題。
色恋沙汰なんてもってのほかだ。俺が男を好きになるなんて、そんなこと、あるはずがない!
後は、とにかくこのひと月俺に厳しいことが多かった。数ヶ月引きこもっていた俺にとって地獄ともいえる体育祭と球技大会。
この女の体ではかなり勝手が違うのは前に経験したけど、それ以上にダメダメだった。
リレーなんかはぐんぐん追い抜かれるし、運動神経も変わってるのか前まで出来てたものができない。動きがどうしても鈍くなってしまう。
球技大会なんかは酷かった。運動能力があまり必要なさそうなドッジボールを選んだものの、ボールはかわせず更には完全に投げ肩が女の子投げになっていた。
今でも忘れないのは向こうのクラスの男子が「優しく投げてやれよー」とか「お前狙うとか酷いよな」などと言ってたことだ!
自分のプライドがズタズタにされた思いだった。
ちなみにエリスはというとかなり活躍してクラスに貢献していた。それでいて、事あるごとに俺をスマホで撮っては俺のことを可愛い可愛い言ってきてた。
そして、そんなことよりもどんなことよりも辛かったのは……す、水泳の授業……だった。
も、もう思い出したくもない!あ、あんなぴっちりしたの……。更衣室はもはや俺が入れるような場所じゃなかった。
利麻から「なんで目を瞑ってるの?」って何度も聞かれたけど、目を開いたら、無理!絶対無理だから!
ちなみに、当たり前のように泳げなくてビート板使って泳いでる姿を男子が"可愛い"などと宣ったことを俺は一生忘れないだろう。
と、そんなこんなで今日に至る。定期テストについてはエリスのスパルタ授業によって優等生と呼べるくらいの成績をとれた。
気がつくと先生の話も、もうじき終わりを迎えた。
「以上だが、しっかりルールは守るように。ハメを外さない程度にな。じゃあお待ちかねの通知表を返すぞ」
「いらねー」
「絶対ひどいって」
「あードキドキする」
終業式のメインイベントでもある通知表の返却にクラスはざわついた。俺も気にはなるけど、そこまで悪い成績ではないという自信があるためかあんまり動揺はしなかった。
着々と通知表は配られ、もらった人は喜んだり悲しんだりリアクションをとる。
「次は、柏木姉」
「だから、襟澄と呼んでくださいってば」
「おー、すまんすまん。ほいよ、うちの優等生」
「それ褒めてますか?」
エリスはスタスタと席に戻ってくる。浮かない顔をしている。
「どうだったの?」
「あまりいいものじゃないですよ。もう少しいいと思ったんですけど」
そう言ってエリスは自分の通知表を渡してくる。うちの学校は通知表が十段階評価だ。なので、十が最高評価になるのだが。
「こ、これってすごいんじゃ……」
エリスの成績はほぼ全て十や九で埋まっていた。
「あの出来だったらオール九くらいはいってたと思ったんですけど」
見ると確かに一、二教科八のものがあった。これでもまだ足りないのか、それとも自分に厳しいだけなのか。
エリスは喜びつつも、不満そうな顔をしている。あれだけ天然みたいなボケをするのに頭はいいんだよな。
思えばエリスについて、天使について俺はほぼ何も知らない。今まで何をしてきたのか、どう生きてきたのか。
「次は柏木奏向」
と、考えごとをしていたら呼ばれた。思えばエリスの次は名前的に俺だ。隣で何故かむくれてるエリスを余所に先生のところへ行く。
「今学期はご苦労だったな」
「本当ですよ。でも、いい経験できたと思います」
「そうか、ならよかった」
渡された通知表は想像通り、可もなく不可もなく平均よりは高めだが、優等生というわけではないくらいのものだった。
そして、通知表はあっという間に最後の人まで配り終わった。これで、ホームルームも終わりだ。
「それじゃあ、全員始業式に元気に会えるよう休みを過ごすこと!日直、号令」
「起立、礼」
『さようなら』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「二人とも夏の予定とかって決まってる?」
「いいえ、まだですよ」
「特には考えてないかな」
俺たちは利麻と一緒に下校することになった。お昼を一緒に食べようということで駅前のファーストフード店に来てる。
「ならさ、今度プールとか行かない?」
利麻は片手でポテトを摘みながら提案する。ぷ、プールですか……。
「それいいですね!私も行きたいです。ね、奏向!」
エリスは目を爛々と輝かせながら俺に尋ねる。だが、俺の答えとしては。
「いや、私は……。あんまり人前で肌とか出したくないし」
水泳の授業でさえあれだけ羞恥したのに、もっと人の多いプールになど行ける勇気がない。
それに、ここ数日クラスメイトから見せられたファッション誌に載ってた水着って……。
「もしかして、奏向ビキニ着るの恥ずかしいんですか?」
「は、はっきり言うな!」
当たり前だろう。あんな、まるで下着みたいな物。男の時は特に気にはしなかったが、今だと妙に肌を晒すのが恥ずかしい。
それなのにビキニのあの布面積はおかし過ぎる。世の女性はなぜ平気で着れるんだろう。
「そういえば、クラスで雑誌見たときも奏向ちゃん顔赤かったもんね」
「うーー」
あの水着をつけて自分が遊んでる姿を想像する。………………む、無理!絶対!
「まあ無理にとは言わないけど、もしよかったら考えといて。水着見に行くだけでもいいし」
「それもいいですね。パレオとかつければ奏向も平気かもですし」
二人して盛り上がってる。パレオってなんだったっけ?今年の夏はいろいろと忙しくなりそうだ。
それからも夏の予定や面白い話などしばらくだべっていた。気がつけばつまんでたポテトは無くなっていて、かれこれ一時間以上も話し込んでいた。
俺たちはお店を出ると駅に向かう。駅前だけあってすぐに駅に着いてしまった。
「せっかくだから今度私のバイト先にも遊びに来てよ。店長に言ってサービスするからさ」
「それはありがたいですね」
「うん。あそこのコーヒー美味しかったし、今度遊びに行くよ」
「楽しみに待ってるね。と、じゃあ私はこっちだから。何かあったら連絡してね、またね!」
利麻はこっちに手を振りながら駅へと向かった。
「さて、私たちも帰りましょうか」
「そうだね」
俺たちも別の駅の方へと向かう。これから、夏が始まる。エリスと出会ってから、俺は少しは成長できたと思う。
だから、今度はこの夏にもっと、もっと強くなって、あの時を乗り越える!やってやる!
空高くから照らす太陽が眩しく光る中、俺たちは地下の駅へと階段を降りていく。新たな決意を胸に。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「奏向、奏向ってば〜」
「うーん」
あんなことを思ってた時もあったな。今はこう思う、懐かしいと。
今日はもう八月の終わりだ。後数日で新学期が始まってしまう。そう、俺の夏休みは過ぎ去ってしまった。
初めは変わっていこう、頑張ろうと決意していた。でも、それは夏休みという魔の手によって日に日に崩れ去っていった。
休みの最初の方は人生初のバイトをした。利麻から連絡をもらい、夏風邪でダウンしてしまった人の代わりをしてくれないかと頼まれた。
エリスと二人で初のバイト体験をしたのが夏の初め。
その次はバイト代を使って買い物に出かけた。休み前に話してた通り二人に連れられて水着の試着をさせられた。
鏡に写った自分の姿が意外にも可愛いと思ってしまい、流されるままその水着を購入してしまった。
水着を買ったのだから、使わなくてはもったいない。そう言って近場の少し大きめのプールに行った。
夏休みのせいかかなり人が多く混雑していた。恥ずかしさもさることながら炎天下の中水浴びできるのが気持ち良くて、途中からは羞恥心は消え去っていた。
それからは部活に行ったり、遊びに行ったり。気がついた時には遊び疲れて意気消沈しながら、リビングで昼のワイドショーを見ている今現在である。
「もう、あと少しで学校なんですからしっかりしてくださいよ」
「わかってる、わかってるから」
残りの日程は特に決めてない。後は、夏休みの宿題を片付けて新学期を迎えるだけだ。
「奏向、あんたまだそんなところでダラダラしてるの?」
ふと振り向くと、いつのまにか母さんがリビングにいた。母さんは数日前に仕事に出かけたっきりだったのだが、帰ってきたのか。
「おかえりなさい、お母様」
「ただいまエリスちゃん。はいこれ、お土産」
「わあ、和菓子ですか? 美味しそうです!」
母さんはエリスに紙袋を渡す。エリスは嬉しそうに紙袋の中身を見ていた。疲れた顔の母さんはようやく一息つくと俺に一枚の紙を渡してきた。
「ん?これって」
「なんでも、明日からやるんだって。近所だし、せっかくだからあんたも友達誘って行ってきたら?」
渡された紙には、"夏祭り"と大々的に書かれていた。




