15. お弁当
ようやく、学園生活スタートです!
教室に入ると圧倒される視線に晒された。ほぼ、いや全員が俺たちを見ている。緊張が身体中に走る。足が重い、手がぎこちない。ようやく教壇近くについた頃には手が震えていた。
「えーと、それじゃあ……」
柏木奏向です、よろしくお願いします。柏木奏向です、よろしくお願いします。柏木奏向です、よろしくお願いします……。頭の中で自己紹介の挨拶を無限に繰り返していた。
「とりあえず、名前を黒板に書いて。はい、チョーク」
「はい」
「え、チョーク?」
「そ、ほら」
静香先生は俺たちに白のチョークを渡してくる。二人で受け取ると、後ろの黒板に名前を書き始めた。えーと、柏・木・奏・向、と。
書き終えると静香先生にチョークを渡す。
「それじゃあ、最初はこっちから自己紹介いこうか」
静香先生は俺を指差した。最初は俺からだ。えと、自己紹介自己紹介っと。って、あれ?言おうとしたことが出てこない。緊張のあまりか、予想してなかった名前の記入で頭が空っぽになってしまった。
「もう始めていいぞ。ギャラリーもお待ちかねのようだしな」
視線を前に向けると、クラスのみんなはこっちを向いている。緊張が増す、頭がふわふわして何も考えられなくなってくる。
「奏向」
エリスが手を握ってくれる。その刺激で一瞬だけ冷静になると。そうだ、名前と挨拶。それだけ、早く、早く言わないと。
「あ、あにょ!きゃ、きゃしわぎ!きゃなゃ!」
「噛んだ」
「噛んだよね」
「噛んだな」
「あ、え、と、か、柏木、奏向です。よ、よろしくお願いします」
まばらな拍手が聞こえる。噛んだ、噛んでしまった。頭が真っ白になった焦りか、呂律が回らなかった。
隣からは先生の笑い声が聞こえる。堪えようとしてるけど堪え切れなくて口元を手で押さえつけていた。
顔がマグマにでもなったように熱い。恥ずかしすぎて、前が見れない。
「えーと、私は柏木襟澄です」
そんな中で、エリスが自己紹介を始めた。
「名前を見てわかるように、私たちは姉妹です。しかも双子です!ちなみに私が姉で、奏向が妹です!奏向は人見知りなので、できれば優しく接してくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
姉妹とか、双子の単語にクラスが少しざわついた。エリスの方を向くと、にこりと微笑んでいた。とりあえずはなんとかなった、かな?
「はいはい、静粛に」
先生が手を叩いて話し声を止める。
「二人は入学早々、家の事情で転校になったから勉強についていけてない部分もあると思う。だから、みんなでサポートしてあげてほしい。異論のない奴は拍手」
クラス中から拍手の音が鳴り響いた。静香先生のおかげか、緊張してた雰囲気が一気に柔らかくなった気がする。
「と、二人の席は後ろで悪いが一番後ろの窓際の二席だ」
クラスの後ろの方には窓際に並んで二つ、空席があった。エリスと二人で教室後方まで行く。道中かなり見られたけど、兎にも角にも俺の学園生活は始まったのである。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ねえねえ、前はどこにいたの?」
「好きな芸能人とかいる?」
「この髪、手入れとかどうしてるの?」
「っ!!」
「あ、あはは……」
休み時間、それは地獄の時間。転校生の一番餌食にされる時間。授業が終わるや否や、俺たちの机の周りにクラスメイトが集まり始めた。
もともと、エリスとはある程度質問についての答えを用意しておいた。特に、「前の住んでいたところ」とかはあらかじめ考えてないとボロが出てしまうからだ。
でも、
「ねえ、奏向さん」
「襟澄さんの名前って海外の人みたい」
「お前、どっちが可愛いと思う?」
「姉かな、妹も……どっちもかな」
こんなの、対応できないよ!!
気がつけば休み時間が恐怖に感じるようになっていた。話の中では常にエリスが俺のフォローをしてくれた。実際返事は「うん」とか「そう」とかしか言えなかったし。
あっという間に休み時間は過ぎ去っていき、息つく間もなく授業が始まる。気がつけば昼休みを迎えていた。また、質問責めに会うのかとビクビクしてると早速声がかかる。
「奏向ちゃん!襟澄!やっと声かけられた」
声をかけてきた人物は顔見知りだった。
「り、利麻!?」
「利麻、お久しぶりです」
この間知り合った初めての友達、祠堂利麻。彼女の美しいルックスは制服を纏っても健在だった。むしろより綺麗に見える。
「二人とも人だかりが凄くてなかなか声がかけられなくてさ」
「り、利麻!!」
「ちょ、か、奏向ちゃん!?」
俺はすぐさま利麻に抱きついた。安心感となんとなくの助けを求めて。
「えーと、利麻。どこか落ち着ける場所を知りませんか?奏向が質問に当てられてもう限界みたいで」
「質問に当てられてって。そういえば、人見知り激しいんだっけ?」
ともかく今は安全な場所に行きたい。助けを求めて利麻を見つめる。利麻は少したじろいだ。
「わ、わかった。落ち着ける場所案内するから、そんな捨て猫みたいな瞳で見つめないで」
「あ、ありがとう」
「ふふふ、じゃあお弁当持っていきましょうか」
人が集まる前に、私たちはそそくさと教室を後にした。廊下に出ると、人が少ない方へと進む。そこには実験室や準備室のあるところだった。端まで行くと、階段を降りて一つ下の階に行く。そこで足は止まった。
「ここよ」
「ここって、家庭科室?」
利麻はカバンから鍵を取り出すとドアの鍵穴に差し込んだ。カチャリという音とともに扉は開かれた。
「さ、入って入って」
「ってここ勝手に入って大丈夫なんですか?」
「あー大丈夫大丈夫。許可は取ってあるから」
そう言って利麻は教室の中に入っていく。俺たちも後に続いて教室に入る。中はいくつもの大きな机があってそれぞれに流しとコンロが備え付けられていた。周りには食器棚が置かれていて、取り皿や茶碗が仕舞われている。
利麻は真ん中の机に座り、俺たちも同じ机に並んで座る。
「はあ、やっと一息つける」
「あはは、災難だったね」
大きく伸びをしながら机に突っ伏した。ようやく、緊張から解き放たれた。体が凝り固まってたせいか伸びをすると身体中ポキポキと音が鳴った。
「うちの担任あんな感じだからさ、転校生なんて聞くとクラスが盛り上がっちゃうんだよね」
「一応お手柔らかにとは言ったんですけど、効果なかったですね」
「まあ、この時期の転校だしね。それに二人とも美人さんだし」
「び、美人だなんて!?それをいうなら利麻だって美人だし」
「あはは、ありがと。とりあえずお昼食べちゃおっか」
利麻はカバンからお弁当を取り出し広げ始めた。俺たちもカバンからお弁当を取り出す。
「へえー、二人ともお弁当派なんだ」
「そういう利麻だってお弁当じゃないですか」
利麻の弁当は色鮮やかなおかずが彩っていた。見るからに食欲をそそるようなお弁当だった。
「うん。親が作ってくれてね。二人も親が?」
「いえ、私たちは手作りですよ」
「え!ほんとに!?」
そう、このお弁当は俺たちが作った弁当なのだ。朝、普通に投稿するよりも三時間も早く起こされた。制服とか、身だしなみに時間がかかるのもあったがお弁当を作る時間も含まれていた。
まあ、結果としては美味しいお昼を食べれるわけだからいいんだけど。でも、俺も料理をする意味ってなくないか?
「へぇー、そうなんだ。あっ!その卵焼きひとつもらってもいい?私のきんぴらごぼうあげるから」
「いいですよ!これ、奏向が作った自信作なんですよ」
「ちょ、エリス!」
「へー、奏向ちゃんが。いただきまーす」
正直いうと、卵焼きとかの簡単なものしかできなかったから作ったのだが。それでも、焼き方とか味付けとかは多少はこだわって作ったけど。
「ん!お、美味しい!なにこれ凄くふわふわで甘くて美味しい」
「褒められちゃいましたよ奏向!」
「う、うん」
利麻は美味しそうに卵焼きを頬張る。その表情を見ると少しだけ嬉しくなった。
「これ、もう一つもらってもいい?」
「いいですよ!じゃんじゃん食べてください」
「ありがとう!」
そう言って利麻は二つ目の卵焼きに箸をつけた。代わりに利麻からはきんぴらごぼうをもらう。ん、このきんぴらもなかなかの絶品だ。
「ご馳走さま!凄く美味しかったよ奏向ちゃん」
「あ、ありがとう。きんぴらも美味しかった」
素直に褒められると、なんだかくすぐったい気分になる。
「奏向ったら、照れちゃって」
「て、照れてない!」
「顔赤くしてるくせに」
「べ、別に赤くなんて!」
「赤いですよー」
「ふ、ふふ、あはははは!」
利麻の方を向くと、利麻は腹を抱えて笑っていた。
「いや、やっぱり二人面白いね。あはは、お腹痛い」
「っ!まったく、もう」
すぐに、箸でおかずを掴むと口の中へと放り込んだ。賑やかな食事はもうしばらく続いた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「じゃあ二人ともまだ部活とかは考えてないんだ」
「うん。特には」
「何があるかもわからないですしね」
お弁当を食べ終わった後、利麻から部活について聞かれていた。
「うちの学校、部活参加は必須だから何かしらに入んないと先生から指導入るんだよ」
「え、マジで?」
「マジマジ」
天ヶ崎学園は部活動に力を入れていて、何かしらの部活に入らなければならないらしい。でも、部活って言われても俺はあまり大人数と関わりたくないんだけど。
「うーん、なら体験しましょう!」
「体験?」
「それいいね、今ならまだ部活の体験とか自由にできるからいろいろ見て回るといいかも」
体験?なんか嫌な予感がする。エリスならとんでもないことを言い出しそうな気がする。例えば、全部の部活を回るとか。
「せっかくですから、行ける部活全部見て回りましょうよ」
ほら!やっぱり。
「無理、そんなの無理!」
「やってみなくちゃわからないですよ?とやかく言わずに放課後早速行きましょう」
「全部は無理だって!せめて文化系の部活だけで!」
「せっかくなんですから全部見ますよ。利麻、よろしければ案内をお願いしたいんですけど大丈夫ですか?」
「うん。任せて」
なんかどんどん話が進んでいく。俺の意思とは関係なく、部活動体験は行われることになった。ここって幾つ部活あるんだろう。そう考えると、頭が重くなってきた。
いつのまにか、あんなに嫌がってた昼休みを求めるようになってたのである。




